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第九章 剣と使徒

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シオンさんと領事官さんにお仕着せ姿を褒めて
もらいテーブルに着くと出て来たのは焼いたお肉に、
とろりとしたとろみのついた美味しそうな
シチューだ。

シチューなのに色々なキノコが入っていて珍しいなと
思ってふと気付く。エル君、さっき私の革袋を
料理人さんのところへ持っていったけどまさか
私のキノコを使ったのかな?

このとろみは例のジャガイモみたいな芋じゃ
ないだろうか。シェラさんはあの芋はとろみがついて
体が暖まるって言ってたし。

え、せっかく採ったのにまさか全部使ってないよね?

おいしいシチューだったけど気になる。

エル君の方を見ても素知らぬ顔で侍女さんと一緒に
私達の給仕をしてくれているし。

シオンさんにワインを注いで、お酒を飲まない
私や領事官さんの食事の進み具合にも気を配り
デザートのお皿まで完璧なタイミングで出してくる
エル君はまるで元からこのお屋敷に勤めている
侍従のようだ。シオンさんも感心して、

「さすが王宮仕えの者ですね。小さくてもとても
素晴らしい気配りをされる。うちの侍女達にも
見習わせなければいけませんね。」

そう言ってエル君を褒めてくれた。
ちょうど例のリンゴを使った温かいフルーツティーを
私と領事官さんに出してくれたところだったエル君は
ありがとうございますとぺこりとお辞儀をする。

「でもこのお屋敷の侍女さん達も、少ない人数で
広いお屋敷を整えているのはすごいと思います!」

お茶請け代わりにフルーツティーに入れなかった分の
リンゴの砂糖漬けも少し出してくれていたので
それをかじりながらそう言えば、シオンさんは
謙遜するように首を振って笑った。

「いえいえ、まだまだですよ。この屋敷で
使っている者達は障害や不自由があって他では
雇ってもらえない者達ばかりですので、ここで
のんびりと働いてもらっている分、不作法が
なければ良いのですが。」

なるほど、障がい者雇用的な?

言われてみればあのスレンダー美少女系侍女さんは
私を案内してくれる時も少しゆっくりな動きだったし
小柄な巻き毛のかわいい侍女さんも一言も
声を発していない。もしかして料理人さん含め、
ここで働いているその他の人達も何かしら
体に不自由を抱えているんだろうか。

もしそうなら、明日ここを出発するまでの間に
皆の仕事の合間を縫って私が治せたらいいんだけど。

そう思いながら私がお茶とリンゴの砂糖漬けを
味わっている間にも、領事官さんはシオンさんと
打ち合わせをしていた。

どうやら雨足が少し弱くなって来たようなので、
食べ終わったらすぐにでも領主の館へ向かうようだ。

私の護衛騎士を1人お借りしますと申し出られて
頷いて返す。ここにはまだレジナスさんが
来ていないから、どこかで合流してもらえれば
いいんだけど。

さっきの土砂降りで牧草地から森へと続く
私達の馬車の跡が消えていれば、さすがの
レジナスさんでもこんな森の中のお屋敷まで
すぐに辿り着くのは難しいかも知れない。

そうして食後、この館の馬を借りて出発した
領事官さんと騎士さんを見送って部屋に戻ると
どっと疲れが出る。

お仕着せのままベッドへダイブしたらエル君に
注意された。

「お休みになるならきちんと着替えて下さい。
夜着も確かここの侍女の物を借りてますよね?」

そうなんだけど、何だかすごく眠いんだもん。
あとお腹もちくちく痛い気がする。食べ過ぎたかな。
癒しの力を使って治すほどではないけど
ちょっと休みたい。

「エル君、なんだか私ちょっとだけお腹が
痛いかも。このまま少しの間でいいから
横にさせて下さい。」

そうお願いすれば、エル君は少し考え込んだ後に
分かりましたと頷いた。

「じゃあお水をもらって来ます。ユーリ様は
そのまま横になっていて下さい。部屋の外には
護衛騎士もいるので安心して休んで下さい。」

そう言うと、僕が部屋から出たらきちんと
鍵をかけるんですよと念を押される。

その間に私が眠り込んだらエル君を閉め出して
しまうと心配すれば、殿下の剣である僕が
鍵の一つも開けられないと思いますか?と
ピッキングできます宣言をされた。
・・・頼もしいと言っていいんだろうか?

エル君が部屋から出て、きちんと鍵をかける。
思いがけず泊まることになってしまったけど
リオン様やレジナスさんに心配をかけていなければ
いいんだけど。そう思いながらうとうとしてしまい、
ハッと気付いた時には部屋の中は暗くなっていた。

ベッドサイドには水差しとコップが一つ。
枕元のランプだけが小さく灯りを灯している。

鍵を開けた記憶はないから、やっぱりいつの間にか
寝てしまった私を起こさないようにエル君が
自分で解錠して水を持ってきてくれたみたいだ。

でもそのエル君が部屋の中にいない。
シーンとした部屋の中は暗く、窓の外を見れば
夜空に星が輝いている。雨は上がったみたいだけど
もしかして夜中だろうか。

「エル君・・・?」

そっと部屋の扉を開けて廊下を覗いてみたら、
扉のすぐ側にうずくまる人影にびっくりする。

な、何事⁉︎ぎょっとしてよくよく見れば私の部屋を
護衛してくれていた騎士さんだった。

規則正しい呼吸の音が聞こえてきているので
どうやら眠り込んでいるらしい。

・・・厳しい訓練を積んだ騎士さんが護衛対象を
放ってその部屋の前で眠り込むとかあり得ない。

エル君もいないしなんだかヘンだ。

周囲を確認してこっそり部屋を抜け出す。
元々このお屋敷にいる人達は少ないと言う話の通り、
与えられていた2階のはじの部屋から1階まで
誰にも行き合わずに降りることが出来た。

それでもまだお屋敷の中は静かで暗い。
窓から差し込むわずかな月明かりを頼りに
暗がりに慣れ始めた目で辺りに目を凝らすと、
お屋敷の外がうっすらと明るくて人らしい
話し声がボソボソと聞こえてきた。

そっとそちらに近付く。そこはお屋敷と外の
馬小屋や作業小屋らしいところを繋ぐポーチに
なっているみたいだ。

「・・・早くしろ愚図が‼︎お前達のせいで面倒な事に
なったらどうしてくれるんだ‼︎」

小さく潜めた声ながらも誰かを叱責しているあの声。

シオンさんだ。ええ?どういうこと?

「申し訳ありません!雨宿りを申し出たのが
まさかあんな偉い人達だなんて」

ハスキーな小声がシオンさんに謝っている。

「成り行きで追い出す訳にも行かず仕方なく
泊めたが、これがきっかけで商売がダメになったら
どうしてくれる⁉︎いいから気付かれないうちに
商品を移動させるんだ、騎士にはちゃんと
薬を盛ったんだろうな⁉︎」

「はい、さっき夜食とお茶をお出しした時に。
朝まで起きないはずです。ユーリ様の夕食にも
シチューの中に同じ物を入れましたし、最後に
見た時はぐっすりと眠っておいででした。」

う、うわあ。何だか知らないけどどうやら私と
部屋の前で眠っていた騎士さんは一服
盛られていたらしい。あれ、でも私はもう
目が覚めてしまっている。

私達を眠らせてシオンさんは一体何をしようと
しているんだろう。

そっと窓のはじから見つからないように気を付けて
外を覗いてみる。そこでは作業小屋らしき所から
早くしろとシオンさんに急かされて荷馬車に
乗せられている小さな子供達が数人いた。

そしてその子達に手を差し伸べて転ばないように
誘導しているのはあのスレンダー美少女な侍女さんと
小柄で巻き毛のかわいい侍女さんだ。

・・・さっきシオンさんは商品を移動させるって
言ってたけどまさか。

「・・・ああ、クソッ気分が悪い。おいお前達、
ユーリ様だけでなくオレの夕食にも何か
入れたんじゃないだろうな⁉︎夕食を食ってから
ずっと吐き気がして腹が痛い、まさかオレを
裏切ってユーリ様達に助けでも求めるつもりか⁉︎」

「そ、そんなわけありません!」

「なぜ狼狽える、怪しいじゃないか!疑われたく
なければさっさとこいつらの移動を手伝え!
朝までに取引相手の所へ運んでしまうぞ‼︎」

どん、とスレンダー美少女な方の侍女さんが
突き飛ばされてそれを止めようとした小柄な方の
侍女さんもシオンさんにぶたれた。

どうやら足が悪いらしいスレンダーな方の
侍女さんはそのままバランスを崩して倒れてしまう。

「まったく、使えない奴らだな。そろそろ
入れ替え時か?見栄えの良い孤児など手に入れようと
思えばいくらでもこのトランタニアにはいるんだ、
お前達の代わりを探すなど造作もないんだぞ⁉︎」

「やめて下さい‼︎」

ハスキーな声で侍女さんが転んだまま声を上げた。

「他の子達をボク達みたいな目に合わせるのはどうか
やめて下さい!ちゃんと働きますし、裏切ろうなんて
思ってもいませんから‼︎」

転んだままの侍女さんを庇うように傍らに
しゃがんだ小柄な方の侍女さんも声は出せないので
コクコクとそれに頷いている。

「だったら早くしろ!いいか、少しでも裏切ろうとか
逃げようなんて考えてみろ。次は足の骨を折るだけ
じゃない、足の腱も切ってやるからな。」

そう言って笑うシオンさんの顔はあのキツネっぽい
笑顔が言動と相まってとても恐ろしい。

い、今の話・・・あの侍女さんは元から体に
障がいがあったんじゃなくて、まさかここで働かせて
逃げ出せないようにするためにシオンさんが
わざとケガさせたってこと⁉︎怖すぎる。

もしかしてもう1人の小柄な方の侍女さんが声を
出せないのも、助けを呼べないようにそれこそ
声が出なくなる薬か何かを飲ませたんじゃ・・・。

頭の中でぐるぐる考えながら、スレンダーな
侍女さんが足をさすりながら立ち上がるのを
見つめる。ああ、なんとかして助けてあげたい。

それにあの荷馬車に乗せられている子供達も。

気分が悪いとぶつぶつ言いながら調子の悪そうな
シオンさんの他に、男の人は3人いる。

どうやらシオンさんの配下か仲間らしい。

私1人じゃどうにもできない。騎士さんは私の
部屋の前で眠らされているし、もう1人の
騎士さんも領事官さんと一緒にここを離れて
領主の館へ向かってしまった。

もしかしてそれもこのお屋敷に残る人を減らすために
シオンさんがそう仕向けたのかも知れない。

こっそりここを抜け出して他の所へ助けを呼びに
行けないかな?そう考えていた時だった。

後ろから服の裾を静かにくいと引かれた。

驚いて振り向けば、そこにいたのはエル君だった。

しぃ、と私の口に白くて小さな指先を当てられて
声を出さないようにとジェスチャーをされた。





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