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第九章 剣と使徒

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「王宮のこの部屋も久しぶりだと何だか
新鮮ですね!」

今私はこの世界に来たばかりの頃にお世話に
なっていた王宮の客間にいる。

奥の院のガーデンルームを私の新しい部屋に
改装するためにしばらくの間はまたこちらに
お世話になるのだ。

リオン様も同じくしばらくの間は王宮の客間暮らし
だそうだ。陛下は、リオン様には元々王子宮が
あるって言ってたけどそっちに住まなくても
いいのかな?と思ったら、目を怪我した時に
もうそちらに戻ることはないだろうと自分の甥っ子、
大声殿下の息子で次代の皇太子殿下に譲って
しまったという。

『まあ僕は奥の院でユーリの側にさえいられれば
王子宮なんて必要ないしね。改装が終わるのが
待ち遠しいね。』

にっこり笑ってそう言われれば、そうですか・・・と
言うしかない。何というか私に気持ちを伝えてからの
リオン様はわりと自重しないで思ったことを
伝えてくるような気がする。

かわいいと言われることも増えた気がして、
そんなにしょっちゅう甘いセリフを吐くような人
だっただろうか、シェラさんでもあるまいし
どこか頭でもぶつけたんだろうかと真剣に心配して、
一体どうしたんですか?と一度真面目に聞いて
しまった。そうしたら、ユーリには思った事を
まっすぐ伝えないと全然伝わらないからね。と
笑われた。あれ?私が鈍いって言ってるのかな?

腑に落ちないなあと首を傾げたけど、私にぼんやり
している暇はなかった。

新しい部屋の壁紙やカーテンの材質、色、筆記机の
大きさやソファの形に椅子の数、その他諸々
決めたり選んだりしなければいけない事が多くて
よく分からない忙しさに追われていた。

ちなみにリオン様の部屋はほんの少し手直しが
入るだけで基本変わりはない。

私だけが忙しい。ルルーさんなんかは、

「ゆくゆくは奥の院の女主人になるんですもの、
その練習だと思って頑張って下さいましね。」

なんて楽しそうにしているけど。
人ごとだと思って・・・。

色の組み合わせとか全然センスがないので、
そういうのが得意そうなシェラさんに泣きつこうと
思っていたら、なんと断られてしまった。

『申し訳ありません。オレはこれから暫くの間、
王都を離れて国のあちこちに行かなければ
ならないんです。全てはユーリ様の目に映る世界を
美しく保つためですので。次にお会いする時は
なるべく片時も離れないように努めますから。』

キリウ小隊の任務だろうか。用事があると言うなら
引き止めるわけにはいかない。

そんなわけで今日も私はカーテンの色見本と
にらめっこをしていた。

するとレジナスさんが私を呼びに顔を出した。
日中のこの時間帯はいつもリオン様と一緒に
執務室にいるのに珍しい。

「ユーリ、今少しいいか?イリヤ殿下の短剣が
届いた。とりあえずリオン様の執務室まで
一緒に来て欲しいんだが・・・。それから、
シンシアかルルー殿も一緒に。」

大声殿下の短剣。リオン様の目を治したお礼と
私へのお詫びにあげるって言われていたものだ。

これがあるからシェラさんは護衛しなくていいって
リオン様は断っていたっけ。

結局、短剣が届くまでの間にいい使い道は全然
思い付かなかった。届くまでは結構時間が
あったのに。

それでケーキを切り分けてもいいのかな?
それともやっぱり護身用だから駄目だろうか。

あとは野営する時に焚き火用の木の枝を切り落とす
くらいしか思い付かない。

うーん、と悩んでいる間にも私はさっさと
レジナスさんに縦抱きにされて運ばれていた。
私の後ろからシンシアさんが付いてくる。

「レジナスさん、やっぱり私に短剣はいらないと
思うんですけど。何に使えばいいですか?
ケーキを切ったりしてもいいんでしょうか?」

レジナスさんみたいな騎士ならいい使い道を
教えてくれるかな、と思って聞けば目を丸くして
笑われてしまった。

「ユーリがそうしたいというなら、それで
いいんじゃないか?よほどのことがない限り、
本人に拒否権はない。まあ普段は本来の使い方を
する機会はそんなにないだろうし、それに比べれば
ケーキを切るなんて平和で良い使い道だな。」

本人に拒否権はない、って何の話だろうか。

「レジナスさん?私が貰うのは短剣ですよね?
なんだか今おかしな事を言ってませんでしたか?
本人って何のことですか?」

そこでピタリとレジナスさんの歩みが止まった。
あと少しでリオン様の執務室というところだ。
私の後ろでシンシアさんもあっ、と声を上げた。

「そうですよ、レジナス様。ユーリ様はこの国の
方ではありませんでした!どなたかイリヤ殿下の
剣について説明なさっていなかったんですか?」

「そうか・・・そういえば、俺もリオン様も
話していなかったかもしれない。」

なんのことだろう。

レジナスさんがしまったと言うような顔で
私に話してくれる。

「ユーリ、イリヤ殿下の短剣と言うのは言葉通りの
ものではない。殿下の身辺を護る特別な騎士・・・
というか殿下自らが選び育て上げた、特殊任務や
護衛を担う暗部部隊のことだ。王宮に勤める者は
皆、殿下の剣と言えばそれで通じていたから
すっかり失念していた。すまない。」

失念していたすまない、じゃないよレジナスさん!

私はてっきり小型のナイフみたいなものだと
思ってたのに、それが人⁉︎

ていうか暗部部隊って何。え?忍者的なやつ?
本来の使い方をするような機会はそんなにないって?
それはつまり、護衛だけじゃなくて命令したら
人も殺すような漫画とかドラマによくある感じの
アレってこと?

大声殿下、なんて物騒なものをくれようと
してたんだ!普通に考えたらただの女の子に
そんなのをプレゼントするとかない。
ないない、絶対ムリ。
単純に短剣を貰う以上に、なおさら使い道が
分からない。ついでに意味も分からない。

「い、今から断ることって出来ますか⁉︎
返品・・・」

「いや、今まで殿下が自ら剣を分け与えた事はない。
それはリオン様に対してもだ。それだけ今回は
特別なことなんだ。断ることは出来ない。」

きっぱりとレジナスさんに言われてしまい
青くなる。あの大事な兄弟のリオン様にさえ
与えていない人材を、よりによって私に?
それは本当におおごとだ。なんて迷惑な。

「じゃ、じゃあ一度貰ってからリオン様か
レジナスさんに貸します!それならどうですか⁉︎」

貰う前から事の重大さに狼狽える。
どうしてこんなに大事な事を誰も私に教えて
くれなかったのか。

そんな私にレジナスさんは首を振る。

「いや、あの時殿下はを与えると言った。
つまりユーリのサイズに合った剣を選び、
ユーリ専用の者を与えるということだ。
俺やリオン様が使っても良いものを与えて
下さるつもりだったなら、わざわざ短剣などと
言わなかったはずだ。そんな者がいるのかどうか
不思議だったが、実際先ほど届いた剣はユーリの側に
置いても見劣りしないものだった。」

「見たんですか⁉︎」

その時のことを思い出したのか、レジナスさんは
少しだけ戸惑い気味に頷いた。

「サイズはユーリの隣にあっても違和感はない。
容姿は多少目立つかもしれないが。
見たところイリヤ殿下のところでしっかりと護衛の
基礎も叩き込まれているようだしユーリの護身用の
短剣としての任務はしっかりこなせるだろう。」

護身用の短剣。つまりは護衛騎士代わりってことか。

「だからあまり嫌がらないでくれ。イリヤ殿下の
心遣いでもあるし、本人もこれが殿下の剣として
命じられた初めての任務だからな。大事にして
やってくれないか?」

そう言われてハッとする。あ、そうか。
短剣だなんだって言葉に惑わされそうになるけど、
私が与えられるのは一人の人間なんだ。

簡単にいるとかいらないとか、貸し借りなんて
口にしちゃいけない。物じゃないんだから。
どうすればいいか分からないけど、とりあえず
側にいてもらうだけでもいいのなら。

反省してこくりと頷く。

「分かりました、ごめんなさい。私が間違って
ました。物じゃないんですもんね。」

「ありがとう、そう言ってもらえれば助かる。」

ホッとしたレジナスさんに笑い掛ける。

「でも私サイズってことは私と同じ位の歳の
女の子ですよね?この世界に来てから同年代の
女の子と一緒になるのは初めてです!
仲良くなれるといいんですけど。
甘いものは好きかな?やっぱりケーキを切って
もらって、一緒に食べたりできるといいなあ。」

「いや、ユーリそれは・・・」

その時前方でガチャリと扉の開く音がした。

「さっきから何だか騒がしいと思ったらやっぱり
君達か。そんなところで立ち話なんかしてないで
早く入って来たらどうなんだい?」

顔を覗かせたのはリオン様だった。
申し訳ありません、と頭を下げてレジナスさんが
足を向ける。そしてそのままリオン様に私を
手渡した。パスされて今度はリオン様の腕の中に
収まると、にっこり笑いかけられる。

「時間はかかったけど、その分だけ素晴らしい
働きをしてくれる者だと思うよ。普段は護衛と
言うよりも侍従のような働きをする事になる
だろうから、ルルーかシンシアも同席させようと
思ってね。さあどうぞ、兄上から贈られた
ユーリの短剣だよ。」

侍従?侍女じゃなくて?
リオン様に促されて、執務室の中でその視線の先に
佇む小柄なシルエットを見る。

そこに立っていたのは、私より少し小さな、
髪も肌も全身真っ白で黒い半ズボンに白い
ブラウスを身に纏い、赤い瞳でこちらをジッと
見つめるだった。




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