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第八章 新しい日常

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王宮の奥の院にあるガーデンルームは、
病弱だった王妃様の心を慰めるために国王陛下が
作らせた、ベッドの上からでも奥の院の美しい
庭園を眺められるような造りになっている。

そしてそこは、もし王妃様が体調を崩して
動けなくなってもそのまま体調が回復するまで
快適に過ごせるよう浴室や衣装部屋、
侍女さん達の控えの間まで備え付けてあり、
ガーデンルームという名称以上に立派で豪華な、
国王陛下の王妃様への愛情が感じられる
部屋でもある。

更には、王妃様のためのガーデンルームと
いうこともあってそこは王妃様の部屋・・・
今はリオン様が使っている、その居室にも
直結していて廊下に一度出なくても往来が出来る。

そのため今はリオン様のプライベートの大事な
お話や会合の時に利用したり大切なお客様を
個人的にもてなす時などに使われたりもする
部屋になっていた。

私もそんなに入ったことはない場所だ。

そして今、そんな場所に私はリオン様と二人で
座っている。

王妃様のお部屋だった時にあったベッドは
今はもう取り払われていて、ドーム型の屋根に、
半円形で窓がたくさんある広々とした明るい
部屋には普通に椅子とテーブルがあるだけだ。

庭園で咲き誇る色とりどりの鮮やかな花の色と
綺麗に刈り込まれた生垣の緑が目に眩しい。

そんな綺麗な場所で、長椅子に座る私は隣に
腰掛けるリオン様に向き合われると、両手を
取られて謝られていた。

ダーヴィゼルドの鏡の間で酔っ払った勢いのまま
言った、例の謝罪の時間である。

「本当にごめんねユーリ。君に余計な心配は
かけたくなかったんだ。まさかあんなにも
怒るなんて思ってなかったんだよ。」

「リオン様の心配する気持ちは私もちゃんと
分かっていますよ?でもあの時も言いましたけど
内緒にされるのはやっぱり悲しいし腹が立ちます!
もう絶対こんなことしないで下さいね?」

「分かったよ、約束する。ユーリにはもう絶対
隠し事はしないし、嘘もつかない。」

「ならいいです。人間、信頼が第一ですからね!」

きゅっと優しく握られた手とリオン様の神妙な
態度に私は頷いた。どうやら本当に反省して
くれているらしい。ならば良し。

悪いことをしたらきちんと謝るのに身分の上下は
ないと思う。・・・いや、もしかしたらそれが
一国の王子様ともなれば国政に関わるから本当は
簡単に頭を下げるなんてダメなのかも知れないけど。

でもリオン様がどっかの大声殿下みたいに、
自分が頭を下げるのはイリューディアさんと
奥さんだけだ!なんて開き直るような人じゃ
ない、優しい人で良かった。

「もう怒っていない?」

「謝ってくれたからもういいです!」

一応私の機嫌を伺うように聞かれたので、明るく
笑って答えればリオン様もほっとしたように
微笑んでいつもの笑顔を見せてくれた。
無事仲直りだ。

リオン様はそのまま、すいとテーブルの上の
お菓子を一つ取って私の口元に近付ける。

テーブルにはまるで私の機嫌を取るかのように
いつもより数も種類も多めにたくさんのお菓子が
乗っている。お茶も数種類が並べてある辺りに
リオン様がどうにかして私に機嫌を直して
もらおうと思っていたのが見て取れた。

仕方がない、仲直りのためだ。
リオン様の差し出したお菓子にぱくりと齧り付く。
そうすれば、リオン様は嬉しそうにいそいそと
お茶も淹れて私に渡してくれた。
そんなリオン様に念のために言っておく。

「私が言った隠し事をしないで下さいね。って
いうのは、何もリオン様がレジナスさんや
シェラさん達へ命じる任務に限ったことじゃ
ないですからね。リオン様本人も何かについて
悩んでたり困ってる時は隠さず教えて下さい。
そういう時は私も一緒に何かいい方法が
ないか考えますし、カイゼル様の時みたいに
一生懸命頑張りますから!」

「僕の悩み事かぁ。」

ふーんとリオン様が考えている。
何もないならそれが一番だ。

「もう私に内緒にしてることとか、隠し事も
ないんですよね?」

「あ」

念を押したらリオン様が思わずと言った風に
ぽつりと声を上げた。

えっ、まだ何かあった?

そう思って、かちゃりと紅茶のカップを置くと
まじまじとリオン様を見つめた。

そんな私に、珍しくリオン様はしまったと
言うように口元に手を当てて顔を逸らした。

眉根も少し寄せて困ったようにしている。
しかも口元に当てた手で隠されたその頬が
うっすらと赤く見えた。珍しい。
あのリオン様が、照れている・・・?

「え?なんですか、まだ私に何か隠してる
ことがあるんですか?差し支えなければ
教えて下さい‼︎」

それが内緒にしている特殊な性癖とか趣味嗜好
なんかなら別に言わなくてもいいけども。

「いや、うん・・・。ユーリに言ってないことが
一つだけあるなって思ったら思わず声が
出てしまったんだけどね。」

「はい」

一体何だろう。迷いながらもリオン様はまた
私の両手を取って目を伏せた。珍しく歯切れの
悪い物言いだ。

「リオン様、言いにくいなら別に無理して
言わなくてもいいんですよ?」

助け舟を出すつもりでそう言ったら、いや、と
顔を上げ私の目をまっすぐ見つめてきた。

「これもいい機会なのかも知れないね。
ユーリに言っていないことって言うのはね、」

「はい」

ものすごく真剣に、そしてリオン様にしては
珍しくやや緊張の面持ちで言葉を続けられた。

「僕がユーリを好きで、ずっと一緒にいたいと
思っているってこと」

「ええ⁉︎」

突然の告白に思わず大きな声が出る。
いやっ、私の言った内緒とか隠し事って
そういう意味じゃなくて・・・‼︎

って言うか、好き⁉︎誰が誰を?

あまりの衝撃に意味が一瞬分からなくなって、
パチクリと目を瞬く。でもそんな私の手を取って
リオン様はじっと見つめてきていた。

その青い瞳には少しもふざけたところはなく、
真摯で真っ直ぐな色が浮かんでいる。

あ、これは本気だ。
そう思ったら固まってしまった。

私の両手の甲をリオン様は優しく親指で撫でて
言葉を続けた。

「驚かせてごめんね。僕も本当はまだ
言うつもりはなかったんだけど・・・。
ユーリの言葉を聞いたらつい。
ね、ユーリは覚えてる?君が僕の目を治して
その力で僕にたくさんの加護を与えて
くれた時のことを。あの時ユーリは青くなって
どうやって責任を取れば、って言ったよね。」

確かに言った。一国の王子様を強化人間に
してしまって、どうしようと思った時のことだ。

「あの時、僕の言ったことを覚えている?
ずっと僕のそばにいて、僕を見てれば
いいんじゃないかなって言ったことを。
あれは僕の本心だよ。冗談でも何でもない。
本当に、僕のそばにずっといて欲しいと
思っているんだ。
初めて会った時から、君はずっと僕の特別で
大切な女の子なんだよ。
・・・好きだよ、ユーリ。今もこれからも、
いつまでもずっと僕のそばにいて。もし君が
誰かを選ぶなら、その時は迷わず僕を選んで。」

静かにそう言ったリオン様は、握った私の指先に
ひとつ口付けを落とした。さらりと流れる
クリーム色の柔らかな髪の毛と、伏せた瞳を
彩る長いまつ毛をぼんやりと眺めてしまう。

そして今聞いた言葉を自分の中で反芻して、
その意味を改めて理解すると一拍遅れて
自分の顔がじわじわと赤くなってきたのが
分かった。
・・・・うわ。うわぁ、ちょっと待って。

こんなに正面切ってどストレートに告白
されたのは初めてだ。どうしよう。

心の恋愛師匠ことヒルダ様の言葉を必死に
思い出す。私は考え過ぎるところがあるから
そうじゃなくて素直に心の感じるままに、
ありのままにしなさいって言ってたっけ。

私の気持ち。あのダーヴィゼルドでヒルダ様に
言われて思ったリオン様に対する想いは。

リオン様に握られている手を思わずぎゅっと
握り返した。








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