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第七章 ユーリと氷の女王

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例の銀の毛皮を持つ魔狐のコートの件について
私は切り出した。

片手でペンをくるりと回して手遊びをしながら
書類を確かめていたシグウェルさんが顔を上げる。

『俺の実家からの見舞い品?』

「はい、すごくいい物をもらっちゃって。
それを私が使うにはシグウェルさんの許可を
貰った方がいいだろうってユリウスさんや
シェラさんが言ってたんです。だからその許可が
どうしても欲しくって。」

『・・・?俺の実家が何を渡したかは知らないが、
君に贈ったということは使って欲しいと
いうことだろう?何故俺の許可がいる?』

あ、やっぱりシグウェルさんはこの件に
全然関与してないんだ。
よいしょ、と私は自分の横に置いておいた
あの銀色の素敵な毛皮のコートを取り出して
シグウェルさんの前で着てみせた。

「魔狐の毛皮だってユリウスさん達は言ってました。
着るにはシグウェルさんの許可がいるんですよね?」

『は?魔狐の毛皮だと?』

シグウェルさんは手遊びをしていたペンを
取り落として呆気にとられている。

「はい。本当はユールヴァルト本家の人しか
着ちゃいけないって。でもせっかく贈って貰ったし、
すごく気に入ったのでぜひシグウェルさんに
許可して欲しいんです。」

お願いします、と言ってフードを被って
お辞儀をした。
例のケモ耳付きだ。こんなあざとい格好を
してシグウェルさんにお願いするのは
もの凄く恥ずかしい。
だから他の人達のこの場への同席を断ったのだ。

そんな私に、最初は呆気にとられていた
シグウェルさんだったけど、
やがてその顔がうっすらと朱に染まった。

『父上と叔父上の仕業か・・・‼︎
セディも関わっているな。』

あいつら、と舌打ちをしたシグウェルさんは
口元に手を当てて考え込むように俯いてしまった。

だ、ダメだろうか。ユリウスさんは私が
これを着てシグウェルさんにおねだりすれば
絶対オッケーしてくれるって言ってたんだけど。

シンシアさんも、もし渋られたらケモ耳フード姿を
見せてみて下さい、そうすれば万事うまくいきます!
って力説してたから恥を偲んでお願いしてみた。

・・・やっぱりこれってシグウェルさんちにとって
すごく大事なものなのかな。返さなきゃダメかな。

どきどきしながらシグウェルさんに声を掛ける。

「あの、やっぱりダメですか・・・?」

『いや、そんなことはない。』

いつもは冷たい氷の彫像みたいに無機質で綺麗な顔を
まだほのかに赤く染めたまま、シグウェルさんは
顔を上げて私に向き直った。

『先日君は王都全域に及ぶ癒やしの力を使ったが、
その他にも殿下の目を治したり星の砂に
加護を付けたりと多大な貢献をしている。
特に、君と俺で作り出した星の砂については
セディの奴が無断で俺の実家に持ち出してしまった
借りもある。それらを考え合わせれば、
ユールヴァルト家の者以外が銀毛魔狐の毛皮を
所有していても何の問題もない。
俺も実家に話しておくから、君は安心してそれを
着てくれればいい。・・・よく似合っているし、
着て貰えれば俺も嬉しい。』

そう言って静かに微笑んでくれた。
シグウェルさんにこんなにストレートに
私の容姿について褒められることは
あまりないのでなんだか気恥ずかしくなる。

「あ、ありがとうございます。じゃあ遠慮なく。
えーと、そしたらこれを着てても私が
シグウェルさんちの子になるとか、
そういう意味にはならないんですよね?」

念の為に確かめる。確かユリウスさんは
そんな意味のことを言っていた。

それを聞いたシグウェルさんは珍しく一瞬
言葉につまったようで、一拍おいてから
頷いてくれた。

『今回に限ってはそんな意味はない。
父上らにも俺からよくよく話しておこう。
まったく、年寄りというのは余計な事を
してくれるものだ。』

「良かった、ありがとうございます!
もしこれでシグウェルさんちの子になったら
どうしようってちょっと緊張してました‼︎」

ほっとして笑ったらシグウェルさんに
微妙な顔をされた。

『・・・君はユールヴァルトの家に入るのは嫌か?』

「嫌かどうかの分別がつくほどシグウェルさんちの
ことは知りませんけど、有名な魔導士で
大貴族の家なんですよね?
そんなところに私なんかが行ったら、不作法過ぎて
怒られちゃうかも。きっと緊張して大変ですよ?」

それに何故かオマケでシェラさんまで
ついてきそうなのだ。意味が分からないけど。

『仮に君が我が家の一員になったとしても
好かれこそすれ嫌われることはないと思うが。
もし何かあれば俺が守ってやるしな。』

「それは頼もしいですね!じゃあもしも
そういう事になったらその時はよろしく
お願いします‼︎」

そう言ったら、ますます微妙な顔をされた。

『・・・君、絶対意味が分かっていないだろう。
俺はこれでも結構君のことを気に入っていると
いう事に最近自分でも気付いたところだ。
だから、今回はともかくこの先何かのきっかけで
君が我が家に縁を持つことになった時は
俺も少し真面目に考えてみようと思う。
だから君もモノに釣られてないで、もう少し
真面目に自分のことを考えた方がいいぞ』

あれ、なんだか忠告された。どういう意味だろう。

「どうしたんですかシグウェルさん、なんだか
いつになく真面目ですね?」

『いつになくは余計だろう。まあなんだ、
自分の人生の横に君がいたら面白そうだなと
思ったということだ。』

それは100年前にシグウェルさんのご先祖の
キリウさんが勇者様に感じたのと同じような
気持ちだろうか。ズッ友かな。
ふーん?と分かったような、分からないような
気分になる。

とりあえずこのフカフカコートを持っていても
いいという許可が出たのでよしとしよう。
嬉しくなってほくほくと微笑む私に、
シグウェルさんが

『・・・今、俺はわりと大事な事を言ったと
思うんだが。』

それをスルーするか、と呟いてまた微妙な顔を
しているのに全然気付いていなかった。



シグウェルさんとの面談を終えて、
やりました!このコートを着る許可を
勝ち取ってきましたよ‼︎
とシンシアさんに喜びの報告をするために
部屋に戻った。するとそこには見覚えのある
赤い猫耳フード付きのポンチョを羽織った
フレイヤちゃんがいた。

「えっ⁉︎」

「お帰りなさいませユーリ様。」

驚いている私にシンシアさんがにこりと
いつもの優しい笑顔を見せて出迎えてくれる。

「どうしてこれがここに⁉︎」

そんな私にフレイヤちゃんが笑いかける。

「ユーリおねえちゃまかわいい‼︎」

私は浮かれてケモ耳フードを被ったまま
コートを着て部屋まで戻って来ていた。
ハッとして慌ててフードを脱ぐ。

鏡の間を出てから部屋まではシェラさんが
ついて来てくれてたのにどうして何も
言ってくれなかったのか。
抗議の意味を兼ねて後ろのシェラさんを見れば、

「大変可愛らしいですよ。なぜ尻尾がないのか
はなはだ疑問です。それさえあればまるで
仔ギツネの精霊のような愛らしさがもっと
増すと思うのですが。お作りしましょうか?」

ニコリと麗しい笑顔をされた。やめて欲しい。
それではコートを着てるんじゃなくキツネの
コスプレになってしまう。
そして私は褒めて欲しくてシェラさんを
見たんじゃない。

「そんなにオレを見つめてもらえるなど
光栄です。むくれたお顔も可愛いですよ、
疲れたでしょう?
今甘いものを準備させますからね。」

私の抗議の意思は全くシェラさんに伝わらなかった。
仕方がないので、しぶしぶフレイヤちゃんと
一緒にテーブルに着く。決しておやつに
釣られたわけではない。

「ええと、本当にどうしてそれがここに?」

赤い猫耳フードを被ってご機嫌のフレイヤちゃんは
とてもかわいいけれど、見ればみるほどそれは
やっぱり私が王都の街歩きの時に着ていたものだ。
私サイズなので、フレイヤちゃんには少し大きい。

「こちらでの滞在中、時間がある時に裏地へ
暖かな生地を張り、ポンチョのふちには
ふわふわの毛皮を取り付けて冬仕様に変えて
みようかと持参しておりましたら、
フレイヤ様にお気に召されてしまいまして。」

シンシアさんはそう言ってポンチョを着たまま
椅子に座っているフレイヤちゃんのドレスを
整えてあげている。

「癒やし子様の素敵な猫耳の髪型については
ここダーヴィゼルドまで噂が届いておりますが、
まさかこんなにも可愛らしいご衣装まで
お持ちだとは知りませんでした!」

「本当に!しかも今ユーリ様がお召しのその
もふもふとした耳のついたコートも愛らしく、
大変お似合いです‼︎公爵城お抱えの衣装係に
申し付けて同じような衣装をフレイヤ様に
お作りしてもよろしいですか?」

「もちろんですとも!ちなみにユーリ様がお召しの
コートについているモフモフのお耳は、
ケモノの耳・・・ケモ耳と言うんですよ」

公爵城の、フレイヤちゃん付きの侍女さん達が
シンシアさんに話しかけて和気あいあいと
話が弾んでいる。うん、仲が良いのは良いことだね。
話題が猫耳とケモ耳って言うのが釈然としないけど。

しかも私のあの猫耳ヘアがこのダーヴィゼルドまで
噂になっているなんて知らなかった・・・。

フレイヤちゃんは私のあの赤いポンチョを
すっかり気に入ってしまったので、
高貴な貴族のお姫様にお下がりはどうかと
思ったけどそれはあげることにした。

癒やし子様から下賜された!と侍女さん達は
すごく喜んでくれたけど何だか申し訳ない気持ちだ。

そして私にとても懐いてくれたフレイヤちゃんは
私が例のグノーデルさんの加護がついた山へ
泉を作りに行く時や穀倉地帯に加護を付ける時など、
あちこちへ一緒について来てくれた。

当然あの赤い猫耳フードのついたポンチョを着て。
そして私はといえば、シグウェルさんに
許可をもらったケモ耳付きの魔狐のコートを着て
出歩いていた。

2人一緒に耳付きの外套姿で外出していると
周りの人達の視線をもの凄く感じていたけど
それは生温かい・・・ではなく、微笑ましいものを
見守る視線だったと思いたい。

すごく恥ずかしかったけど、あのモフモフコートの
軽くて暖かい気持ちの良さには逆らえなかったので
後悔はしていない。こうして私はダーヴィゼルドで
残りの数日をわりあいのんびりと過ごして、
王都へと戻ったのだった。

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