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第七章 ユーリと氷の女王
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侍女のシンシア殿に魔狐の毛皮で出来た外套を
着せてもらい、サイズ調整のためにその格好のまま
くるくるとその場で回って着丈感をみせている
ユーリ様の愛らしい姿を、オレはしっかりと
目に焼き付けるように見つめる。
ダーヴィゼルドから王都へ戻れば、ユーリ様の
護衛騎士の任務もひとまず一度は
終了してしまう。なんとも残念なことだ。
・・・ユーリ様のためにキリウ小隊を
除隊しようと思えば、殿下の許可を
得ずともその方法がないわけではなかった。
簡単なことだ。腕の一本でも切り落とせば
任務遂行不可能者としてすぐにでも除隊できる。
小隊任務ならまだしも、護衛騎士程度なら
腕一本でも充分賄えるので、最終手段として
それも考えていたがリオン殿下はどうやら
それすらも見透かしていたらしい。
ユーリ様の護衛騎士にしてもらうために
申し出て押し問答になった際、
あまり強く突っぱねるとオレが何をしでかすか
分からないと言った殿下は、その後にこっそりと
バカな真似をすればユーリ様が悲しむし、
万が一何かしでかしてもユーリ様の力は
身体欠損すら癒やすことを忘れないようにと
言ってきた。
つまりはオレが除隊のために自分を
傷付けても無意味だと釘を刺したのだ。
そこまで言われてしまっては、
殿下の言葉に従うしかない。
ユーリ様の短剣。
それが届くまでがオレの護衛期限。
しかし、イリヤ殿下より下賜されるその剣は
ユーリ様に扱いきれるだろうか。
様子を見て、もしも扱いが難しいようであれば
オレがその短剣を躾けるためにという理屈で
もう一度ユーリ様のお側へ侍ることも可能だろう。
そのためにも、帰ったら小隊任務の案件に
なりそうな国内の問題は先に調べて
さっさと潰しておこう。
そうすれば小隊任務で何処かへ突然
遠征させられる心配もなく、
気兼ねなくいつでもユーリ様の側へ
すぐに駆けつけられる。
そう思いながら見つめる先にいる
ユーリ様は、嬉しそうにその身に纏う
毛皮を見下ろして笑顔を見せているが
その瞳はいつものように美しい。
黒曜石の中に星の光を閉じ込めたような
その美しい瞳の色が、嬉しい時や
恥ずかしそうな時など感情が大きく
動く時にゆらめいて変化している事に
ユーリ様本人は気付いているだろうか?
いつもは控えめな輝きを見せる金色が、
感情の振り幅の大きさで鮮やかに色の強さを
変えていることにオレが気付いたのは
つい最近のことだ。
ユーリ様を称賛するオレの言葉に
恥ずかし気に頬を膨らませて怒った時など
いつもよりも強い金色に煌く瞳をされると
ただただ美しいだけで、女神の怒りに
触れているというのに少しも怖くない。
むしろその瞳が夜空の星のように美しく
金色に輝くところをもっと見たくなり、
一体何を言えばその美しい色をより一層
鮮やかにして見せてくれるのだろうかと
考えてしまうくらいだった。
そんな時。思いがけずオレのその望みが
叶ってしまった。その時のことを思い出す。
それは魔物に操られたカイゼル殿の処遇について
ユーリ様に知られてしまった時のことだ。
全く知られずに任務を遂行することは
不可能だろうとは思っていた。
その結果、ユーリ様がどれだけオレに
腹を立てるのかは分からなかったが
それも覚悟の上だった。
しかし、リオン殿下に頼まれたその任務を
知った後のユーリ様の行動と、オレに対する
態度は予想外のものだった。
『それはリオン様に頼まれましたか』
カイゼル殿に短剣を向けたオレに、
ユーリ様は真っ直ぐそう問い掛けた。
答えは最初から分かっていたのだろう。
それでもそう聞いてきたのは、
できれば否定して欲しかったからなのか。
沈黙を返せば、それが答えだとも理解していた。
一瞬悲しそうな顔をしたが
『私も一人で勝手にやりますから!』
そう宣言して、突然着ている物のボタンを
緩めたりブーツを脱ぎ捨て始めたかと思うと
倒れている兵士の酒をその懐から奪い取った。
魔物に操られているカイゼル殿は手強く、
本気で仕留めるためには一瞬たりとも
気を抜けないと言うのに
ユーリ様の突然のその意味不明な行動は
気になって仕方なかった。
『リオン様は間違ってるんですよ!』
酒の入った小瓶を手に怒ったように
そう言ったユーリ様はぐいとそれを煽る。
その直後、目を開けていられないほど
強い光と共にそこにいたのは
大きく成長した姿のユーリ様だ。
さっきまで足元近くまでをすっぽりと
その身を包んでいた毛皮の外套から、
すらりと白く長い素足が膝下辺りから
足のつま先まで覗いていた。
あの意味不明な行動はこのためか。
怒りに任せたように見えて、体が変化したら
どうなるかまでをきちんと考えている辺りが
ユーリ様らしいなと思った。
ふらりと立ち上がるその姿を目の端に捉える。
カイゼル殿がそちらに攻撃しなければいいが。
そう思いながらカイゼル殿を見れば
僅かにたじろぎ、怯えているようだった。
それはオレに対してではない。
ユーリ様に対してだ。
何故だ、と改めて意識をユーリ様に向ければ
感じ取れる魔力の雰囲気がいつもと違った。
オレは魔導士ではないから詳しい事は分からない。
それでも、いつものユーリ様から感じ取れる
優しい力強さと暖かさのある魔力では
ない事だけは理解できた。
もっと威圧感のある・・・・
そう、普段のユーリ様が救いを求める人々を
その手の平の上に掬い上げ包み込んで
くれるような優しさに満ちた魔力だとすれば、
今感じているこれは上から有無を言わさず
抑えつけられて従わされるような、
思わず膝をつき頭を垂れ、その威を
敬わなければと思わされるものだった。
それだけでも普段のユーリ様とは
違っているのに、暑いと言って自分の服を
左右に引き裂いたその剛力にも驚いた。
ただのドレスだけならまだしも、
上に羽織っていた毛皮のついた厚い外套を
いともたやすく素手で引き裂いたのだ。
やはりいつものユーリ様ではない。
そしてその瞳。いつもと違い、怒りに輝きを
増したその瞳の色は金一色だった。
オレが見たいと思っていた、鮮やかに
強く輝く美しい星の光の色だ。
オレも同じような金の瞳だが、ユーリ様の
その色に比べればまるで劣って色褪せて見える。
そう、比べるものなどないほどユーリ様の
瞳の色は美しい。瞳の中で、金色の炎が
ゆらめき燃え盛っているようだった。
その瞳を金色に染めた怒れるユーリ様は、
自らの握った拳を額に当てて祈った。
それを思い切り振り下ろせば、あの威圧感のある
魔力がぶわりと膨れ上がり、一瞬で魔物を
消し飛ばしてしまう。恐る恐る声を掛けた
ヒルダ様とのやり取りから察するに、
どうやらその力は戦神グノーデルの
加護の力らしかった。
1人の人間に複数の神が加護とその力を
分け与えるなどあり得るのか?
信じられない思いでいれば、ユーリ様は
空に向かって語りかけ手を振っていた。
そしてそれに呼応するかのように薄暗い空には
腹の底に響く獣の唸り声のような雷鳴が鳴り渡り、
山全体に荘厳な光の柱、数多の雷が降り注いだ。
ヒルダ様の魔力を持ってしても排除に
あれだけ苦労した魔物は全て消し飛んでしまい、
カイゼル殿は助かりヨナス神の色をした泉も
消え失せてしまった。あっという間の出来事だ。
目の前でそれを見せられてはユーリ様の
力にグノーデル神の加護の介在があることは
もはや疑いようもない。
つくづく、オレの女神は規格外だ。
その素晴らしさに感嘆し震えるようなため息を
つくと、肌を露出しているユーリ様へそっと
外套を羽織らせる。無邪気なもので、ユーリ様は
ニコリと上機嫌な微笑みをオレに見せた。
シェラさんだ。と気だるげに手を振られれば
羽織らせた外套の隙間から、半分以上露出した
白く豊かな胸もそれに併せてふるりと
柔く揺れるのが見える。
それを目撃したのがオレだけで良かった。
こんな姿を他の者にも目撃されていたら
そいつらの目玉を抉り出さねばならない
ところだった。
そう思っていたら、なぜかユーリ様は
オレにおぶさろうとして来た。
理由を聞けば、大きくて縦抱きは無理でしょう?
と言われた。
・・・そういう時は普通は横抱きで運ぶのだが。
だが、酔っているユーリ様は背中に
もたれかかる方が楽らしい。
押し留めたオレを無視して背に乗ると、
殿下からの任務をオレに負わせた事と
それに早く気付けずに悪かったと謝られた。
その言葉には驚いた。
この件が知られたら、叱責されるのは
覚悟の上だった。まさか謝られるとは。
しかも鏡の間でリオン様に文句を言う
ユーリ様はオレに対しても、
殿下に怒ってもいいんですよ!
とまで言う始末だ。
どうやらオレが殿下に理不尽な命令を
されたと思っているらしく、
そんなオレの為に怒ってくれているらしかった。
オレはオレの任務について今まで一度も
理不尽だと思ったり辛いと思った事はない。
全て納得した上でのそれに対して、
まさか謝られたり怒って庇ってくれようと
する者が現れるとは思いもしなかった。
しかもユーリ様はそれだけでなく
身の回りの世話をするオレの
ちょっとした習性にまで
気付いてくれた。
奉仕する相手は徹底的に観察し、
相手に違和感を感じさせないレベルで
ごく自然に日常の動作をさせる。
それは昔の奴隷仕事で身に付いた
癖というか習性のようなものだった。
何しろオレの仕えていた王族の奴らは
オレがどんなに幼くとも、少しでも
しくじれば容赦なく熱い茶を頭から
浴びせてきたり体に鞭打つような連中だった。
今にして思えば、あれは子供に鞭打つ事に
悦びを感じる嗜虐的で歪んだ性癖を満たすために
オレの仕事の粗探しをしていたのかもしれないが。
とにかく、そんなひどい目に遭わないために
ミスなく相手に奉仕するため身に付けた
習性のようなものであり、まさかその
こまかい気遣いを気付かれるとは
思わなかった。
それに対しても礼を言われて、
なぜかあの幼い頃の苦痛にまみれた日々が
報われたような、不思議な満ち足りた
気持ちになった。
・・・ただ、これはユーリ様には秘密だが
ユーリ様の癖はもう一つある。
履き物を履く時、ユーリ様は必ず
左足から足を入れているのだ。
そのため、オレがユーリ様に履き物を
履かせる時や馬のあぶみに足を掛ける際は
左足からにしているのだが、どうやらそれには
まだ気付いていないらしい。
いつかそれにも気付いてくれるだろうか。
ユーリ様なら気付くかもしれない。
そう思えば自然と顔がほころんだ。
そういえば酔いが覚め、元の姿に戻った
ユーリ様に朝焼けを見るかと提案した時だ。
ユーリ様は微笑みながら、オレの目の色は
まるで美しい星の色のようだと言った。
騎士として国に仕えるこの身もまた、空から
地上を見守る星のようだとも。
それはなんと畏れ多くも勿体無い言葉だろうか。
手を伸ばしても決して届くことのない、
あの冬の夜空に輝く星。
それは幼い頃から他人に対する怒りと憎しみが
心の底から染み付いてしまっている醜いオレには
一番縁遠いものだと思っていた。
それなのに、まさかその星のようだと
言ってくれるとは。
それ以上の賛辞はないし、そんな事を
オレに対して言ってくれるなど、
ますますユーリ様から離れ難くなるではないか。
着せてもらい、サイズ調整のためにその格好のまま
くるくるとその場で回って着丈感をみせている
ユーリ様の愛らしい姿を、オレはしっかりと
目に焼き付けるように見つめる。
ダーヴィゼルドから王都へ戻れば、ユーリ様の
護衛騎士の任務もひとまず一度は
終了してしまう。なんとも残念なことだ。
・・・ユーリ様のためにキリウ小隊を
除隊しようと思えば、殿下の許可を
得ずともその方法がないわけではなかった。
簡単なことだ。腕の一本でも切り落とせば
任務遂行不可能者としてすぐにでも除隊できる。
小隊任務ならまだしも、護衛騎士程度なら
腕一本でも充分賄えるので、最終手段として
それも考えていたがリオン殿下はどうやら
それすらも見透かしていたらしい。
ユーリ様の護衛騎士にしてもらうために
申し出て押し問答になった際、
あまり強く突っぱねるとオレが何をしでかすか
分からないと言った殿下は、その後にこっそりと
バカな真似をすればユーリ様が悲しむし、
万が一何かしでかしてもユーリ様の力は
身体欠損すら癒やすことを忘れないようにと
言ってきた。
つまりはオレが除隊のために自分を
傷付けても無意味だと釘を刺したのだ。
そこまで言われてしまっては、
殿下の言葉に従うしかない。
ユーリ様の短剣。
それが届くまでがオレの護衛期限。
しかし、イリヤ殿下より下賜されるその剣は
ユーリ様に扱いきれるだろうか。
様子を見て、もしも扱いが難しいようであれば
オレがその短剣を躾けるためにという理屈で
もう一度ユーリ様のお側へ侍ることも可能だろう。
そのためにも、帰ったら小隊任務の案件に
なりそうな国内の問題は先に調べて
さっさと潰しておこう。
そうすれば小隊任務で何処かへ突然
遠征させられる心配もなく、
気兼ねなくいつでもユーリ様の側へ
すぐに駆けつけられる。
そう思いながら見つめる先にいる
ユーリ様は、嬉しそうにその身に纏う
毛皮を見下ろして笑顔を見せているが
その瞳はいつものように美しい。
黒曜石の中に星の光を閉じ込めたような
その美しい瞳の色が、嬉しい時や
恥ずかしそうな時など感情が大きく
動く時にゆらめいて変化している事に
ユーリ様本人は気付いているだろうか?
いつもは控えめな輝きを見せる金色が、
感情の振り幅の大きさで鮮やかに色の強さを
変えていることにオレが気付いたのは
つい最近のことだ。
ユーリ様を称賛するオレの言葉に
恥ずかし気に頬を膨らませて怒った時など
いつもよりも強い金色に煌く瞳をされると
ただただ美しいだけで、女神の怒りに
触れているというのに少しも怖くない。
むしろその瞳が夜空の星のように美しく
金色に輝くところをもっと見たくなり、
一体何を言えばその美しい色をより一層
鮮やかにして見せてくれるのだろうかと
考えてしまうくらいだった。
そんな時。思いがけずオレのその望みが
叶ってしまった。その時のことを思い出す。
それは魔物に操られたカイゼル殿の処遇について
ユーリ様に知られてしまった時のことだ。
全く知られずに任務を遂行することは
不可能だろうとは思っていた。
その結果、ユーリ様がどれだけオレに
腹を立てるのかは分からなかったが
それも覚悟の上だった。
しかし、リオン殿下に頼まれたその任務を
知った後のユーリ様の行動と、オレに対する
態度は予想外のものだった。
『それはリオン様に頼まれましたか』
カイゼル殿に短剣を向けたオレに、
ユーリ様は真っ直ぐそう問い掛けた。
答えは最初から分かっていたのだろう。
それでもそう聞いてきたのは、
できれば否定して欲しかったからなのか。
沈黙を返せば、それが答えだとも理解していた。
一瞬悲しそうな顔をしたが
『私も一人で勝手にやりますから!』
そう宣言して、突然着ている物のボタンを
緩めたりブーツを脱ぎ捨て始めたかと思うと
倒れている兵士の酒をその懐から奪い取った。
魔物に操られているカイゼル殿は手強く、
本気で仕留めるためには一瞬たりとも
気を抜けないと言うのに
ユーリ様の突然のその意味不明な行動は
気になって仕方なかった。
『リオン様は間違ってるんですよ!』
酒の入った小瓶を手に怒ったように
そう言ったユーリ様はぐいとそれを煽る。
その直後、目を開けていられないほど
強い光と共にそこにいたのは
大きく成長した姿のユーリ様だ。
さっきまで足元近くまでをすっぽりと
その身を包んでいた毛皮の外套から、
すらりと白く長い素足が膝下辺りから
足のつま先まで覗いていた。
あの意味不明な行動はこのためか。
怒りに任せたように見えて、体が変化したら
どうなるかまでをきちんと考えている辺りが
ユーリ様らしいなと思った。
ふらりと立ち上がるその姿を目の端に捉える。
カイゼル殿がそちらに攻撃しなければいいが。
そう思いながらカイゼル殿を見れば
僅かにたじろぎ、怯えているようだった。
それはオレに対してではない。
ユーリ様に対してだ。
何故だ、と改めて意識をユーリ様に向ければ
感じ取れる魔力の雰囲気がいつもと違った。
オレは魔導士ではないから詳しい事は分からない。
それでも、いつものユーリ様から感じ取れる
優しい力強さと暖かさのある魔力では
ない事だけは理解できた。
もっと威圧感のある・・・・
そう、普段のユーリ様が救いを求める人々を
その手の平の上に掬い上げ包み込んで
くれるような優しさに満ちた魔力だとすれば、
今感じているこれは上から有無を言わさず
抑えつけられて従わされるような、
思わず膝をつき頭を垂れ、その威を
敬わなければと思わされるものだった。
それだけでも普段のユーリ様とは
違っているのに、暑いと言って自分の服を
左右に引き裂いたその剛力にも驚いた。
ただのドレスだけならまだしも、
上に羽織っていた毛皮のついた厚い外套を
いともたやすく素手で引き裂いたのだ。
やはりいつものユーリ様ではない。
そしてその瞳。いつもと違い、怒りに輝きを
増したその瞳の色は金一色だった。
オレが見たいと思っていた、鮮やかに
強く輝く美しい星の光の色だ。
オレも同じような金の瞳だが、ユーリ様の
その色に比べればまるで劣って色褪せて見える。
そう、比べるものなどないほどユーリ様の
瞳の色は美しい。瞳の中で、金色の炎が
ゆらめき燃え盛っているようだった。
その瞳を金色に染めた怒れるユーリ様は、
自らの握った拳を額に当てて祈った。
それを思い切り振り下ろせば、あの威圧感のある
魔力がぶわりと膨れ上がり、一瞬で魔物を
消し飛ばしてしまう。恐る恐る声を掛けた
ヒルダ様とのやり取りから察するに、
どうやらその力は戦神グノーデルの
加護の力らしかった。
1人の人間に複数の神が加護とその力を
分け与えるなどあり得るのか?
信じられない思いでいれば、ユーリ様は
空に向かって語りかけ手を振っていた。
そしてそれに呼応するかのように薄暗い空には
腹の底に響く獣の唸り声のような雷鳴が鳴り渡り、
山全体に荘厳な光の柱、数多の雷が降り注いだ。
ヒルダ様の魔力を持ってしても排除に
あれだけ苦労した魔物は全て消し飛んでしまい、
カイゼル殿は助かりヨナス神の色をした泉も
消え失せてしまった。あっという間の出来事だ。
目の前でそれを見せられてはユーリ様の
力にグノーデル神の加護の介在があることは
もはや疑いようもない。
つくづく、オレの女神は規格外だ。
その素晴らしさに感嘆し震えるようなため息を
つくと、肌を露出しているユーリ様へそっと
外套を羽織らせる。無邪気なもので、ユーリ様は
ニコリと上機嫌な微笑みをオレに見せた。
シェラさんだ。と気だるげに手を振られれば
羽織らせた外套の隙間から、半分以上露出した
白く豊かな胸もそれに併せてふるりと
柔く揺れるのが見える。
それを目撃したのがオレだけで良かった。
こんな姿を他の者にも目撃されていたら
そいつらの目玉を抉り出さねばならない
ところだった。
そう思っていたら、なぜかユーリ様は
オレにおぶさろうとして来た。
理由を聞けば、大きくて縦抱きは無理でしょう?
と言われた。
・・・そういう時は普通は横抱きで運ぶのだが。
だが、酔っているユーリ様は背中に
もたれかかる方が楽らしい。
押し留めたオレを無視して背に乗ると、
殿下からの任務をオレに負わせた事と
それに早く気付けずに悪かったと謝られた。
その言葉には驚いた。
この件が知られたら、叱責されるのは
覚悟の上だった。まさか謝られるとは。
しかも鏡の間でリオン様に文句を言う
ユーリ様はオレに対しても、
殿下に怒ってもいいんですよ!
とまで言う始末だ。
どうやらオレが殿下に理不尽な命令を
されたと思っているらしく、
そんなオレの為に怒ってくれているらしかった。
オレはオレの任務について今まで一度も
理不尽だと思ったり辛いと思った事はない。
全て納得した上でのそれに対して、
まさか謝られたり怒って庇ってくれようと
する者が現れるとは思いもしなかった。
しかもユーリ様はそれだけでなく
身の回りの世話をするオレの
ちょっとした習性にまで
気付いてくれた。
奉仕する相手は徹底的に観察し、
相手に違和感を感じさせないレベルで
ごく自然に日常の動作をさせる。
それは昔の奴隷仕事で身に付いた
癖というか習性のようなものだった。
何しろオレの仕えていた王族の奴らは
オレがどんなに幼くとも、少しでも
しくじれば容赦なく熱い茶を頭から
浴びせてきたり体に鞭打つような連中だった。
今にして思えば、あれは子供に鞭打つ事に
悦びを感じる嗜虐的で歪んだ性癖を満たすために
オレの仕事の粗探しをしていたのかもしれないが。
とにかく、そんなひどい目に遭わないために
ミスなく相手に奉仕するため身に付けた
習性のようなものであり、まさかその
こまかい気遣いを気付かれるとは
思わなかった。
それに対しても礼を言われて、
なぜかあの幼い頃の苦痛にまみれた日々が
報われたような、不思議な満ち足りた
気持ちになった。
・・・ただ、これはユーリ様には秘密だが
ユーリ様の癖はもう一つある。
履き物を履く時、ユーリ様は必ず
左足から足を入れているのだ。
そのため、オレがユーリ様に履き物を
履かせる時や馬のあぶみに足を掛ける際は
左足からにしているのだが、どうやらそれには
まだ気付いていないらしい。
いつかそれにも気付いてくれるだろうか。
ユーリ様なら気付くかもしれない。
そう思えば自然と顔がほころんだ。
そういえば酔いが覚め、元の姿に戻った
ユーリ様に朝焼けを見るかと提案した時だ。
ユーリ様は微笑みながら、オレの目の色は
まるで美しい星の色のようだと言った。
騎士として国に仕えるこの身もまた、空から
地上を見守る星のようだとも。
それはなんと畏れ多くも勿体無い言葉だろうか。
手を伸ばしても決して届くことのない、
あの冬の夜空に輝く星。
それは幼い頃から他人に対する怒りと憎しみが
心の底から染み付いてしまっている醜いオレには
一番縁遠いものだと思っていた。
それなのに、まさかその星のようだと
言ってくれるとは。
それ以上の賛辞はないし、そんな事を
オレに対して言ってくれるなど、
ますますユーリ様から離れ難くなるではないか。
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