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第七章 ユーリと氷の女王

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ユーリ様に遅れること2日半をかけて
ダーヴィゼルドの地に着いた私を、
早朝だと言うのに両手を広げてわざわざ
出迎えてくれたのはそのユーリ様本人でした。

「シンシアさん‼︎」

そう言って一介の侍女に過ぎないというのに
まるで数年来の友人のように親しげに
抱きしめてくれるのです。
その肌からは、ふわりと軽やかで甘い
香りが漂います。
肌水だろうか?それとも乾燥しないように
手にオイルを塗り込んでもらっている
のかも知れない。
爪も綺麗に磨かれ、整えられているのにも
感心しました。

どうやら私がいない間も、このダーヴィゼルドで
ユーリ様は朝から丁寧にお世話をして貰って
いるらしいことが伺えて安心しました。
さすがは公爵城の侍女と言ったところでしょうか。

よく見れば、つやめくあの美しい黒髪にも
時間と手間のかかりそうな複雑な編み込みが
施されていて、あの愛らしい顔まわりを
華やかに彩っています。

しかもその編み込みには今の時期
手に入れるのは難しいだろう生の白い
小花も一緒に編み込まれていて
ユーリ様の可憐さをより一層
引き立てているのだから、
この城の侍女の仕事は王宮勤務の
私達にも引けを取らないセンスを持って
いるようで驚かされました。

私もまだまだ精進しなければ。

そう気を引き締めて、王宮を出る時に約束した
毛皮のコートをユーリ様に見せれば大変喜んで
いただけたので、侍女冥利に尽きるというものです。

ただ、まさかそれが大変な意味合いを
持っている、お見舞い品と言うよりは求婚者への
献上品とでも言うような代物だったのには
さすがに驚いてしまったのだけれど。

ユリウス様やシェラザード様のお話から察するに、
あれを贈られる女性は次期ユールヴァルト本家
跡継ぎのご婚約者様か奥方様と認められた方だけ
ではないのかしら?

それをシグウェル様の御実家がユーリ様に
お見舞い品とは言えわざわざ贈って来たところに、
深い意図を感じずにいられません。

ユーリ様は殿下のご寵愛深い方と存じて
いるはずなのになんとそら恐ろしいことでしょう。

そう言えばノイエ領の領事官長、アントン様は
ユールヴァルト家御当主様の弟君でした。

アントン様も随分とユーリ様の事を
お気に召していらしたし、
もしかすると当主である自分の兄に
何某かの進言をしてユーリ様を
ユールヴァルト家に嫁がせようと
しているのかもしれません。

そう思うと少しばかり落ち着かない
気分になります。


・・・ダーヴィゼルド公爵・ヒルデガルド様に
お茶の誘いを受けて楽しげにお菓子を
つまみながら紅茶を飲むユーリ様は、
今までに比べて2、3歳ほど年齢が
上がったように見受けられます。

12、3歳といえば貴族の子女ならば
嫁ぐことも充分可能。
ましてや、ユーリ様ご本人はお気付きに
なっていないようですが、ほんの少し
成長されただけなのにその容姿は随分と
美しさが増しているのです。

今まで奥の院や王宮でユーリ様とすれ違う者が
ユーリ様に向ける視線は幼く可愛らしい子どもへの
微笑ましく暖かく見守るようなものばかりだったのに
成長されたユーリ様へと向けられるその視線は、
ほんのりとした思慕や恋情を含むものも
見受けられるのは気のせいではないと思うのです。
当の本人は相変わらず全く気付くご様子も
ないけれど。

すでに癒し子として数々の名だたる功績を
残し始めているユーリ様へ、畏れ多くも早々に
求婚の申し出をしてくる者がいるとは
思えないけれど、それでもユールヴァルト家や
その他の貴族がユーリ様へ求婚してくる前に、
なんとかリオン殿下やレジナス様との間に
進展はないものか。歯痒い思いでいたところに、
ヒルデガルド様のお茶会は思わぬ話題に
及んでいました。

自分の色恋沙汰にはとんと無頓着で無自覚な
あのユーリ様が、自ら理想の男性像を
語ってらっしゃる・・・⁉︎

多少強引ではあるものの、ヒルデガルド様の
矢継ぎ早の質問にユーリ様はとつとつと
答えておられる。

さすがは音に聞こえた高名なる女公爵、
ヒルデガルド様。
もはや尋問の如きそれに答えるユーリ様のお言葉を
努めて冷静に給仕に徹しながら傾聴していれば、
その理想像は聞けば聞くほどリオン殿下と
レジナス様のことではないですか!と
思わず叫びたくなりました。

そこまで口に出しておきながら一体
何故気付かないのでしょう⁉︎

召喚者と言うのは神から与えられたその任務を
全うするために自分の心を元の世界にでも
置いて来てしまっているのでしょうか。

あまりのもどかしさに、不敬にも思わず
高貴な方の会話を遮り口を挟むと言う
あり得ないことをしでかしてしまいました。
私としたことが。

しかし、そんな私にヒルデガルド様は
慈悲をかけて下さり、思わずリオン殿下と
レジナス様のことを匂わせるような事を
言った私の話に耳を傾けてくださいました。

カイゼル様を助けていただいたお礼とばかりに
他の殿方をユーリ様に勧められては敵わないので、
申し訳ないけれどもヒルデガルド様には
こちらの事情をお話しました。

リオン殿下とレジナス様がユーリ様にお心を
寄せられていること。今のお話から察するに、
ユーリ様御自身も無自覚ながらもどうやら
お二人の事を意識されているらしいこと。
そのため、どうかこのままユーリ様のことは
見守っていて欲しいこと。

そう伝えれば、ヒルデガルド様は快く理解して下さり
その話はそこで終わりになったはずでした。

まさかのユーリ様御自身が蒸し返すとは
思いもよらず。

ユーリ様は気になることがあるとその物事を
わりと突き詰めて考えるところがおありになる。

そのおかげで、マールの街道修繕費の策を講じたり
窃盗団の頭目の正体を見破ったりとその聡明さで
これまで様々な物事の答えを導き出して
来られました。

それが今回は、私とヒルデガルド様の内緒話が
どうにも気になった結果、ご自分の気持ちを
自覚することになったように見受けられます。

ただ、本当に無自覚だったらしく
己の気持ちに気付いた途端に
とても狼狽えておられる。
そんな姿は年相応の少女らしく
大変可愛らしく微笑ましいものでした。

どうすればいいのか分からないと
顔を赤くしてヒルデガルド様へ
訴えられて、

『ユーリ様は聡い分、なんでも頭で
物事を考え過ぎるのです』

と笑われてしまっていましたが
本当にその通りだと思います。

黙ってあの美しい瞳でお二人を見つめ、
その手を取るだけでよろしいのに。
それだけで万事上手くいくはずです。

勇ましいヒルデガルド様は
好いているかどうかなど抱けば分かる、
と極端な事を口にされていましたが
初心なユーリ様には聞こえていない事を
祈るばかりです。
まだ少しばかりユーリ様にそれは早いでしょう。

・・・でも、そうだ。

ユーリ様がご自分のお気持ちを自覚されたのなら
いずれあのお二人とお気持ちが通じる日も
近いのかも知れません。
そうなれば、お部屋はどういたしましょう。

王宮へ帰ったらルルー様へ相談をして、
ユーリ様のお部屋をリオン殿下の隣へ
移す準備をしておいた方が良いのかも知れません。
そうなるとレジナス様のお部屋は?
いっそ殿下とユーリ様をご一緒の部屋にして、
レジナス様を隣室にするべきか。

新たな考え事が出来て忙しくなりそうですが、
それが慶事となるとなんと心が躍る事でしょう。
ダーヴィゼルドでの仕事を終えて王宮へ
戻るのを心待ちに、私はいまだに紅潮した頬を
押さえて困惑しているユーリ様へそっと
お茶のおかわりを差し出したのでした。
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