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第七章 ユーリと氷の女王

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リオン様に頼まれましたか?
そう聞いた私に、

「違う、ユーリ様!私が頼んだのだ‼︎
リオン殿下もシェラザード殿も、
私の意を汲み、配慮してくれた‼︎」

たまらずヒルダ様が声を上げた。

「自らカイを手にかけるには力不足な
場合に備えて、シェラザード殿の
力添えを頼んだのは私だ‼︎
決して殿下が手を下すよう
命じたのではない‼︎」

うん、分かってる。

多分リオン様がシェラさんに
頼んだのは、ヒルダ様の意志を
尊重して手伝うようにって事だろう。

いくら何でもリオン様がカイゼル様を
殺すように命じるはずはない。

そうなる前に、リオン様ならきっと
いくらでも手を尽くしてくれる。

自分とレジナスさんが王都を離れるのは
無理でも、騎士団や魔導士さんを
派遣してくれるだろう。

場合に寄ってはシグウェルさんや
ユリウスさんをここに寄越してくれたかも。

でもそれをしないということは、
ヒルダ様がそれを望まなかったから。

かわりにヒルダ様はカイゼル様を
失う方を選んだんだ。

それも一つの選択だ。

でも私がイヤなのは、それを私に
教えてくれなかったことだ。

シェラさんは多分、事態が動く
ギリギリまで口止めを
頼まれていただろうから
責めることは出来ない。

でも、リオン様。リオン様は
どうして私にも話してくれなかったの?

ヒルダ様の決断を、万が一の時の
カイゼル様のことを。

『辛い事だけどシェラに頼んであるんだよ、
それも一つの選択なんだ。』

私にもそう言って欲しかった。

言ったら私が悲しむと思った?
それともそんな事はさせないって
子供じみた我が儘を言うと思った?
・・・何とかしてそんな事は避けようと、
私が無理をするのが怖かった?

もしかすると優しいリオン様なら
その全部を恐れたのかもしれない。

だけど私はそこまで
聞き分けのない子供じゃない。

悲しいのはリオン様やヒルダ様、
シェラさん達が苦渋の選択をした
その覚悟を一緒に背負えなかったことだ。

私一人だけ、身綺麗な優しい世界に
勝手に置いていかないで欲しい。

みんなと同じように、ちゃんと全部
分かった上で一緒に悩んで
頑張らせて欲しいんだよ。

「・・・私一人にだけ何も教えないとか
ズルいです。私に内緒で何かするなら、
私にも考えがありますから!」

悲しくて悔しい気持ちのまま、
2人に向かってそう叫べば
そこで初めてシェラさんが私を
チラリと見た。

「ユーリ様はそこから動かないで下さい」

「イヤです。二人は二人で好きなように
して下さい。私も一人で勝手にやります‼︎」

宣言してブーツをぽいと脱ぎ捨てた。
途端に足元からしんしんとした冷えが
伝わってくる。寒い。でも我慢だ。

厚くて暖かい長靴下も、思い切って脱ぐ。
ついでに毛皮のケープの中をちょっと
覗いて確かめる。
今日のドレスはワンピース型で
幸いにも前ボタンだ。
良かった。

ケープの中をごそごそして、
ドレスの前ボタンも3つくらい
開けておく。これくらいでいいかな?

あとそうだ、これも。
ウエストを締めていたドレスのリボンも
取ってブーツと靴下の横にぺいっと
投げ捨てた。
途端にマタニティウェアみたいに
ドレスが楽になった。よし。

いくら上にケープを羽織っていても、
外した前ボタンと緩くなったドレスの
隙間からは冷気が忍び込んで来て
途端に鳥肌が立つ。

バサバサッ、シュルリ、と
突然身に付けているものを
脱ぎ捨て始めた私に、
ヒルダ様は呆気に取られている。

「ユ、ユーリ様、一体何を・・・?」

シェラさんも気になるのか
カイゼル様へ意識は向けたまま
私にも注意を払っている。

魔物達が少しずつ回復して
動き出そうとして来たので、
ヒルダ様がもう一度凍らせた。

カイゼル様はシェラさんの殺気に
注意を引かれて動かずに
シェラさんをみている。

早くしないと。
まずは倒れた人達の回復だ。

裸足に緩くなったドレス、
かじかむ指先で寒さをこらえて
もう一度地面に力を流した。

今度は癒しの力を。
ケガをした人達はみんな地面に倒れているから
これで回復できるはず。後はこのまま、
この騒ぎが収まるまでゆっくり
寝ていて欲しい。

ぽうっ、と倒れている人達が光ったのを
確認して、私はすぐ側に倒れていた
騎士さんの1人の懐を探った。

見つけた、これだ。

「リオン様は多分、私が無理をして
カイゼル様を助けるんじゃないかって
心配してたんですよね?
だから私には内緒にしたって言うなら、
それは大きな間違いですよ。
カイゼル様を助けるのに、
私は自分に与えられた力は全力で
使うって決めてるんですから。
それは無理でもなんでもないです、
リオン様は間違えてるんですよ!」

そう言って、騎士さんの懐から
取り出した気付け薬・・・もとい
お酒をぐいと煽った。

消毒にも使われるくらいだから
度数は相当高いだろう。
ウォッカのように90度以上は
あるかもしれない。

ノイエ領ではたった三口のワインで
酔っ払って元に戻った。
だから今回はひと口だけ。

ただ、勢いがつき過ぎて思ったより
そのひと口が多くなった気がする。

ひたすら熱さだけを感じる何かが
喉の中を通り過ぎたのが分かる。
味なんて何にもしない。

飲み込む前からなんだかもう
頭がフワフワしているし。

でもお腹って言うか、
胸のうちはさっきからずっと
チリチリモヤモヤしている。

これはあれだ。ヒルダ様の決断を
内緒にされたことに対する
悲しみって言うか怒りだ。

リオン様、私怒ってるんですからね。

全部終わったら絶対そう言おう。
そう思った時、自分の体が自分でも
目を開けていられないくらい
強く光った。

瞑ったまぶたの裏で、眩しさを
感じなくなりそっと目を開ける。

飲んだ後、立っていられなくて
膝をついて両腕で体を支えていたけれど、
目の前に見える自分の両腕がすらりと
伸びているのが目に入った。

そこにはシグウェルさんのくれた
魔除けの鈴がころんと転がっている。

そうか、大きくなるとヨナスの
チョーカーは消えるんだっけ。
この鈴はチョーカーに留めてたから
落ちちゃったんだな。
ワンピースのポケットにそれは
大事にしまった。

顔も体も暑いし、やっぱりあれは
相当度数が高いお酒だったんだろう。

うう、胸元も苦しい。
おかしいな、前回のことを踏まえて
さっき前ボタンを開けておいたから
苦しくないはずなのに。

足も大きくなると思ったから
ブーツも脱いだし。

そう思ってもう一度自分の胸元を
覗き込んだ。

あっ、下着かぁ‼︎
ワンピースの開いたボタンの隙間から、
子供用のタンクトップみたいな下着に
きつきつに詰め込まれている
ご立派な胸が見えた。
まるで寄せて上げるブラをしてる
みたいに盛り上がっている。

そう言えば下に履いてるパンツもキツい。
けど脱ぐわけにもいかないから我慢だ。

・・・こんな事を考えられるくらい
度数の高いお酒を口にしたわりには
今回の私は余裕がある。

前回より少し成長しているからだろうか。
それにしても暑い。胸が苦しい。

突然変化した私に呆気に取られている
2人を前に、

「うう・・・っ、ぅあっつい‼︎」

思わずそう言い捨てて、ケープの上から
胸元に風を入れようとぐいと広げた。
つもりだった。

何が起きたかというと、ビリビリッと
ケープごと下着まで胸が半分見えるくらい
左右に引き裂いてしまった。

ウソでしょう?私、そんな怪力じゃ
なかったはず。

でもかろうじて胸の先は
見えていないから、ギリセーフだ。
・・・いや、違う。
自分から服を引き裂いて胸を
見せてる辺り全然セーフじゃない。
痴女だよ。

やっぱりお酒で思考がちょっと
フワフワしている。
でもとにかく、ノイエ領の時みたいに
意識を失う前にカタを付けないと。

トゲトカゲの毒毛をはじいた
魔除けの鈴を見て思い出したのは、
ノイエ領に行く事になる前に
私が本当はもっと大きい姿だと
知ったシグウェルさん達と
話していたこと。

『気になるのは、元の姿に戻れば
その時に使える癒しの力は
今よりも強いのかどうかだ。』

シグウェルさんはそう言っていた。

その言葉を思い出した時
もし元の姿に戻れて使える力が
大きくなるというのなら、
カイゼル様を助けるために
できる事は全部やろう。そう思って
お酒を口にしてみたのだ。

後からリオン様に怒られる位なんだ。
私だって怒ってるんだから。

身の内に感じるのは、いつもの
穏やかなイリューディアさんの力じゃない。

もっと鋭く熱い、攻撃的な気持ちの何かだ。
少しでもふらつくと制御できなくなりそうだ。

その時ふいにグノーデルさんの言葉を
思い出した。

『ー俺も加護を与えたぞ‼︎』

この、いつもと違う攻撃的な気持ちの
何かといい、怪力じゃなかったはずなのに
ケープごと服を引き裂いてしまったのは
もしかして。

「グノーデルさんの加護の力・・・」

あれ?もしかして使えるのだろうか。
ゲーキ・ダマーを?
いやいや‼︎

アレは駄目だ、なんか恥ずかしい。
もっと違う何かはないだろうか。
フワフワする頭で必死に考えた。



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