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閑話休題 千夜一夜物語

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妙に私に接触したがるシェラさんを
牽制して、両腕の中に私を
抱え込むようにしているリオン様は
くるくるとその手に持つ飴細工を
弄びながらシェラさんと話を続けた。

「それより、ユーリにだけ会いに
来たんじゃなく僕にも用があると
聞いているんだけど、それは何かな?」

飴細工の包みを外し、それをすっと
私の口元に差し出した。
つんと小さく私の唇に飴細工が当たる。

あ、はい、食べなさいってことですね。
素直にそれを口にする。

例のイチゴ事件の後にリオン様から
強制的にイチゴを食べさせられてからは
こうされると何となく断りにくい。

恥ずかしいのを堪えて仕方なくそれを
口に含むと、それを見届けたリオン様が
満足そうに頷いて飴細工の柄の部分を
私に持たせた。

そんな私達をシェラさんはじいっと
羨望の眼差しで見つめている。

「殿下が羨ましい。いつかオレにも
ユーリ様のそのかわいらしいお口に
手ずから給餌する光栄なる役目を
授からせていただきたいものです。」

目元に色気を滲ませながら本当に
羨ましそうにそう言った。
やめて欲しい。リオン様だけで
もうお腹いっぱいだよ!

あと、そんな事をされたらその後の
リオン様が怖い。

「はいはい、分かったから。それで、
その書類が僕に渡したいもの?」

私達を見たシェラさんが羨ましそうに
している姿に独占欲が満たされて
満足したのか、リオン様はすいと
手を出すとシェラさんから
数枚の紙の束を受け取った。

「オレがあの時王都で把握していた
護衛騎士達の動線です。
護衛に気付いたのは屋台街に入る
辺りからですので、そこから騒ぎが
起こるまでの8人の動きを
書き起こしてあります。
後はその警備体制について
改善点の提案も一緒に。」

へえ、さすがの記憶力だね。
そう言って書類を確かめるリオン様に
シェラさんが続ける。

「直接団長に渡しても良かったのですが
殿下から騎士団へ話していただく方が
彼らも鍛錬に身が入るでしょう。
あれでは全く駄目です、無駄な動きで
美しさも、効率の良さの欠片もない。
ユーリ様を守るのならば、
もっと精進するべきですね。」

色気の滲む金色の目元に、
ほんの僅かだけど鋭さが加わった。

「それから捕縛した2名の窃盗団員、
うちの隊員が半殺しにする前に
少しだけ情報を聞き出しておりました。
頭領の名はバァリ。
ユーリ様と一緒にいた男だそうです。
少し前までは窃盗団の中でも
目立たない小物だったのが、
ヨナス神を祀る古い神殿がある洞窟へ
盗掘に行った後から人が変わり、
元々の頭領を殺して成り代わったとか。」

それを聞いて、この世界に
来たばかりの頃にグノーデルさんの
言っていたことを思い出す。

女神ヨナスはこの世界のあちこちに
災いの種を撒き散らしているから
それを潰すのだけでも大変だって
話だったっけ。

ヨナスの力は魔物を強くするだけでなく、
悪人にも力を与えたり、今回の窃盗団の
騒ぎもその一つなんだ。
ちょっとだけ恐ろしくなり、
飴細工の柄を握る手に少し力が入った。

「ヨナス神絡みか・・・。厄介だね。
もし他にもヨナス神を祀る祠や神殿を
見つけたら安易に近付かないよう、
すぐに宮廷魔導士団へ知らせるように
改めて国内に周知させるよ」

「ありがとうございます。
ーさて、オレの本題はここからです。」

シェラさんはそう言って私を見ると
ふんわりと微笑んだ。・・・ん?

「本日限りでキリウ小隊を除隊させて
いただきたいので殿下にはその許可を」

「えっ」

シェラさんの思いがけない申し出に、
ビックリして思わず飴を落としそうに
なってしまった。

リオン様も目をすがめる。
その後ろのレジナスさんも僅かに
身じろいだのが分かった。

「へぇ、また急な申し出だね。
一応理由を聞こうか。」

その言い方はシェラさんが何を
言い出すのか分かっていそうだった。

「勿論、ユーリ様の護衛のためです。
今現在、ユーリ様には専属の護衛が
ついておりませんよね?
であれば、実力から鑑みるにオレが
誰よりもその任に相応しいと考えます。
オレでなければレジナスを、と
言いたいところですがまさか殿下の
護衛騎士を奪う訳にもいきませんから」

「・・・ユーリのために、
国防の任務から降りると?」

リオン様の問いかけにもシェラさんは
怯まない。胸に手を当て微笑む。

「隊にはオレ以上に国を思い、その
持てる力全てを国の為に奮う者ばかり。
後進も育っておりますので安心です。
しかしオレは国よりもオレの女神である
ユーリ様にこそ、この身も心も忠誠を
捧げたいと思っておりますので。
先日の騒ぎを考えれば、
ユーリ様には早急に専属の護衛騎士を
つけるべきでしょう。」

そうして、リオン様から私へと
向き直り言葉を続ける。

「ユーリ様。オレならばこの先
幾千夜、幾千日であろうとも
この命ある限りあなたにお仕えして
見せます。この世の醜い者どもから、
あなたのその美しく崇高な志と
かわいらしいお姿をお守りするのに
労は惜しみませんよ?」

だからオレを選んで下さい。
暗にそう言う金の瞳が私を射抜く。

ひえ、これはイエスと言わないと
いけない雰囲気なんじゃ・・・。
どうしよう。

その時リオン様が、大丈夫だよ。と
私の頭を撫でた。

「君の気持ちはよく分かった。
ユーリに対するその篤い忠誠心にも
まったくもって痛み入る。
だけど悪いね、ユーリには兄上から
短剣が授けられることになっている。」

「イリヤ殿下の短剣・・・?
そんな物騒な物をユーリ様のお手元に
置こうとは。オレと違って高貴な方の
お考えは分かりかねますね。」

シェラさんがその眉を顰めたけど、
それすら悩ましげな色気を放っている。

すっかり忘れていたけど
そういえば大声殿下、私に短剣を
くれるって言ってたっけ。

でもシェラさんが眉を顰めるくらい
危ない物なの?
あの大声殿下はお詫びの印だって
言ってたけど、一体私にどんな短剣を
くれるつもりなんだろう。

皮肉にも聞こえるシェラさんの言葉を
気に留めることもなく、リオン様は
ニッコリ笑うと青い瞳を煌めかせた。

「兄上のご意志だよ。その剣ならば
どんな脅威からもユーリを守るだろう。
だから君には引き続きキリウ小隊で
その類稀なる才能を奮って欲しいね。」

・・・2人の間で見えない火花が
散っているような気がする。

王族には逆らわない方が良いと
思ったのか、根負けしたのか、
シェラさんはふっと溜息を一つつくと
仕方ないですねと呟いた。

「それではせめて、イリヤ殿下の
短剣が届くまでの間はオレに
ユーリ様の護衛をさせて下さい。」

「そこが落としどころかな。
これ以上押し問答をしていると
君が何をしでかすか分からないからね。
ただし、奥の院にユーリがいる時の
護衛は不用だ。レジナスがいる。」

そう言ったリオン様は自分の後ろに
立つレジナスさんに目配せをして、
レジナスさんも静かに頷いた。

「それではユーリ様が外出なさる際は
オレが必ずお守りいたしますよ」

「いいだろう。ではそういうことで、
君の本分はこれから先もキリウ小隊の
隊長で、ユーリの護衛は兄上の短剣が
届くまでの間とする。
また、小隊の任務が入った時は
極力そちらを優先させるように。」

2人の間で交渉が成立したらしい。
あの王都での戦いぶりを見ても
シェラさんは物凄く強いもんね。

そんな人に国の大事な騎士を
辞められたら困るだろうし
うまく話がまとまって良かった。

そもそも私はしばらくの間、
王都での癒し子フィーバー的なものが
おさまるまではこの奥の院で
おとなしくしていることになっている。

シェラさんはまだそんな私と
リオン様達との約束を知らない。

外に出ることは当分ないはずなので、
そうなるとシェラさんが私の護衛を
することも必然的に少なくなる。

リオン様の作戦勝ちかな?
そう思いながら私は飴をなめた。

まさかこの後シェラさんと一緒に
辺境に出掛けることになるとは
全く知らず、この時の私はそれは
のんきなものだった。
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