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第二章 誰が為に花は降る
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リオン様に目を治させて欲しいとお願いをする。
いざそう決めて話を切り出す時は物凄く緊張した。
「お待たせしました」
お待たせし過ぎたかも知れません。
どっかの全裸の監督の名言が
つい口をついて出そうになる。
いけないいけない、緊張のあまり
おかしな事を言いそうだ。
「この1ヶ月、リオン様を治療するために
色々試行錯誤して、私なりに頑張ってみました。
たぶん、今なら治せると思います。
・・・リオン様、私にあなたの目を治す
お手伝いをさせて下さい。」
私の話をじっと聞いていたリオン様が
治せると思う、という私の言葉を聞いて
大きくその薄水色の瞳を見開いた。
言葉は何も発しなかったけど、
その形の良い唇が小さくわなないていた。
私達の側に護衛騎士として
控えていたレジナスさんも
信じられない事を聞いたかのように
顔をこわばらせて、私の言葉を
一つも聞き逃すまいと凝視している。
「リオン様。リオン様はいつも私達に
気を使ってとっても優しくしてくれますよね。
いつもいつも、自分の辛さや悲しさを隠して
我慢して微笑んでくださいます。
でも、今この時たった一度だけでいいんです。
リオン様の本当の願いを言ってくれませんか?」
心の中で思うだけでも構いません、と続けた。
治りたい、とリオン様が口には出さずとも
そう願うことが大事なのだ。
そうすれば私のこの力は
きっとずっと強く発揮されるはず。
「祈りは力、願えばそれは叶うんですよリオン様」
励ますように私は満面の笑みを顔に浮かべた。
私の言葉に、いつも穏やかに
微笑んだところしか見たことがない
リオン様の顔がくしゃりと泣き出しそうに歪む。
「・・・そんな事、願ってもいいんだろうか?」
「もちろんです!あとは私が頑張りますから‼︎」
つるぺたな胸を張って
自信たっぷりに頷いて見せる。
あまりにも得意げに、自信たっぷりなものだから
ありがとう、とリオン様が
泣き笑いのような顔をした。
「ではリオン様、リオン様はそのまま
テーブルの側に立って目を閉じてもらえますか?
レジナスさん、お行儀が悪くて申し訳ないんですが
私をテーブルの上に立たせてください」
自分で靴を脱ぎ、テーブルの上を片付けて
立つスペースを確保するとレジナスさんに
手伝ってもらってその上に立たせてもらった。
これで良し。今、お互いの顔は
ちょうど同じくらいの高さにある。
このままちょっと背伸びをすれば
リオン様の額に私の唇が届く高さだ。
なにしろ私はこれからリオン様の顔に
口付けをするつもりなのだ。
高さを揃える、これ大事。
レジナスさんが、これから一体何が始まるのかと
じっとこちらを見ているのが
多少恥ずかしいが仕方がない。
これも人助けのためだ。
目は瞑ったままでいて下さいね。と
リオン様にお願いすると、
素直に従ってくださった。
整った顔立ちの美々しい青年が
静かに目を閉じている姿が至近距離にせまり
私の緊張も半端ない。
心を落ち着かせるために
すぅはぁ、と一度大きく深呼吸をしてから
傷跡なんかでちっともその美しさを
損なうことの出来ない
リオン様の整った顔に触れた。
背伸びをして、そっとその両頬を
手で優しく包み込むように触れると
リオン様の瞑ったままの瞼が
ピクリと僅かに動き長いまつ毛が震えた。
「きっと治ります」
小さいけど、はっきりした声で
励ますように言った私の言葉は
リオン様に向けただけのものではない。
私自身にも放たれた言葉だ。
声に出すことによって、
絶対にこの癒しは成功するんだ、と
自分に暗示をかける。
リオン様の頬に手を添えたまま、
左の瞼、右の瞼、そして最後に額へと
順番に口付ける。
多少ぎこちなくなったがそれは許して欲しい。
なにしろ自分から男性の顔を掴んで
キスをするなど元の世界でも経験がないのだから。
最後に口付けた額からゆっくりと唇を離し、
リオン様と私の額をくっ付けて、
どうかこの優しい人が治りますように。と願う。
もう二度と、こんな悲しい目に
遭うことがありませんように。
瞼の裏には、薄紅色の花びらが舞い落ちる
木陰の傍らに立っていつものように
静かに微笑むリオン様の姿が浮かんだ。
そして呟く。
「ヒール」
その瞬間、自分の中から何かがブワッと
込み上げるのを感じた。
ハッとして目を開けたら、
自分の中から溢れ出した光が
私を中心に一瞬で衝撃波のように広がると
パンッ!と弾けるように消えた。
それと同時に、頭上からキラキラした
光の粒と薄紅の花びらが降ってくる。
降り注ぐ光の粒と花びらは、地面に届く頃には
淡い光になって雪のように溶けて消えていくのが
とってもきれいでずっと見ていられた。
その光景に気を取られていたら
「・・・見えている・・・」
信じられない。という呟きがすぐ側から聞こえた。
リオン様だった。
深い青色をした瞳を見開いたまま、
ぽろぽろとその涙がこぼれるままに
顔を拭いもせず私を見ていた。
戸惑いと興奮でうっすらと
朱に染まっている顔には
あの大きなピンク色の傷跡もない。
良かった、成功した。リオン様を治せたのだ。
「ありがとう、ユーリ。僕を救ってくれて。
・・・君の顔を見ることができて、とても嬉しい。
ありがとう、僕の小さな愛しい人。」
君はこんなに素敵な人だったんだね。
そう言って、まだテーブルにつっ立ったままの私を
リオン様はぎゅうぎゅう強く抱きしめると
私の小さな肩口に顔を埋め、
また静かに涙を流した。
リオン様の上に降り注いでは消える花びらが、
まるで薄紅色の雪みたいでとても綺麗だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー治せると思います。
ハッキリとそう言い切ったユーリの、
思いもよらない言葉に
僕は今までになく動揺した。
そんなまさか、いや、でも癒し子なら。
だけどユーリに迷惑をかける、
やめてくれ、もし治らなかったら
僕はまた3年前と同じ絶望に
打ちのめされるのか?
色々な感情が僕の心の中に溢れ返って、
そんな風に自分の心が波立つのは
失明寸前で回復の見込みはないと
告げられたあの時以来だった。
あれ以来、諦めの気持ちにも似た感情で、
僕に気を使う皆に心配をかけまいと
なるべく平静を装って暮らしてきた。
癒し子が現れたと聞いた時は
治るのかも、と確かに一度は
淡く期待もした。
でもいざユーリ本人から
治せると思う、と聞くと想像以上に
自分の心が動いた。
「たった一度でいいんです。
リオン様の本当の願いを言ってくれませんか?」
祈りは力、願えばそれは叶うんですよ。
神官らが説法で言う、お決まりのセリフだ。
それなのになぜかユーリが言うと僕の胸を打つ。
心の中で思うだけでもいいから
僕の本当の願いを、とユーリが求める。
そんなわがまま、言ってもいいのだろうか。
ああ、それでも。
僕が心から願うことは、3年前のあの日から
たった1つしかない。
「そんな事、願ってもいいんだろうか?」
自分の顔がひどくみっともなく
歪んでいるような気がする。
「もちろんです‼︎」
見えないけれど、ユーリが自信満々に
得意げな顔をしているのを
確かに感じる。
ありがとう。
その言葉が僕の心をどんなに救うのか
君には想像もつかないだろう。
たとえどんな結果になっても全てを受け入れる。
僕の全てを、ユーリの手に委ねよう。
素直にそう思った。
レジナスの手を借りて
テーブルの上に立ったユーリに促され、
静かに目を瞑る。
彼女が大きく一度、深呼吸したのを感じ取る。
そしてその小さな手がそっと僕の両頬を
包み込んだ。
・・・僕の願い。
もう一度、目が見えるようになりたい。
父上に兄上、カティヤ、レジナス・・・
その他たくさんの、
僕の大切な人達の顔をまた見たい。
そして何より、ここまでしてくれる
小さなユーリの姿を一度でいいから
目にしたい。
そう思っていると
「きっと治ります」
ユーリのきっぱりとした言葉が聞こえ、
同時に僕の左の瞼に柔らかい何かが
そっと触れた。
そしてそれは右の瞼、額へと続く。
ああ、これは。ユーリが口付けているのか。
大切な宝物に触れるように、
巫女が信者に祝福を与えるように。
緊張しているのか微かに震える唇が、
最後にゆっくりと額から離れた。
そしてこつん、と額を合わせられると
僕の顔のすぐ目の前で呪文が唱えられる。
「ヒール」
ユーリの口付けた両の瞼、
そして今触れている額と両頬が
わずかに熱を持つ。
見えないはずなのに、彼女の体が光を放ち
それが庭園全体に広がったのを感じた。
一体何が起きたのか。
つい確かめたくなって、
目を瞑るよう言われていたのに
思わず目を開けてしまった。
そうして僕の視界に飛び込んできたのは、
光の粒と薄紅色の花弁が舞い落ちる中、
横髪を綺麗に編み込んだ黒髪の小さな少女が
目をキラキラ輝かせて僕の目の前で
頭上を見上げている姿だった。
まんまるに見開かれたアーモンド型の
ちょっと吊り上がり気味の目が
黒髪と相まって、まるで黒い仔猫を思わせる。
まさか。この子がユーリなのか。
いや、それよりも。
夢中になって頭上を見上げている彼女の姿を、
魔力や精霊に頼らず今しっかりと僕は
この目で見ているのではないか?
「見えている・・・」
本当に?信じられない・・・‼︎
僕の小さな呟きを聞き取ったのか、
目の前の少女がハッとして僕に視線を向けた。
2人の目が合うと、彼女はほっとしたように
花がほころぶような満面の笑みを浮かべる。
笑みを宿すその瞳は、
黒曜石のような美しい黒の中に
複雑な紫紺色が見え隠れしていて、
キラキラ輝く金色が僅かにのぞく。
まるで瞳の中に星が棲んでいるようだ。
人の容姿をあれこれ言うことのないレジナスが
彼女の容姿だけは馬鹿みたいに
褒めていたのが分かる気がする。
ありがとう。僕の願いを叶えてくれて。
僕の両目からはとめどなく涙が溢れ出てくるが
それを拭い彼女の姿が一瞬でも目の前から
見えなくなるのが惜しい。
なので、みっともなく涙を
流し続けているというのに、
そんな僕に嬉しそうに笑いかけてくる彼女に
心の底から愛しさが溢れてくる。
湧き上がってくる、温かくて
じれったくももどかしさを感じる
今まで経験したことのないこの感情。
こんな気持ちは誰にも感じたことはない。
薄紅色の花びらが庭園に舞い落ちる中、
僕は初めて感じる恋情のまま
彼女をぎゅっと抱きしめて静かに涙し続けた。
いざそう決めて話を切り出す時は物凄く緊張した。
「お待たせしました」
お待たせし過ぎたかも知れません。
どっかの全裸の監督の名言が
つい口をついて出そうになる。
いけないいけない、緊張のあまり
おかしな事を言いそうだ。
「この1ヶ月、リオン様を治療するために
色々試行錯誤して、私なりに頑張ってみました。
たぶん、今なら治せると思います。
・・・リオン様、私にあなたの目を治す
お手伝いをさせて下さい。」
私の話をじっと聞いていたリオン様が
治せると思う、という私の言葉を聞いて
大きくその薄水色の瞳を見開いた。
言葉は何も発しなかったけど、
その形の良い唇が小さくわなないていた。
私達の側に護衛騎士として
控えていたレジナスさんも
信じられない事を聞いたかのように
顔をこわばらせて、私の言葉を
一つも聞き逃すまいと凝視している。
「リオン様。リオン様はいつも私達に
気を使ってとっても優しくしてくれますよね。
いつもいつも、自分の辛さや悲しさを隠して
我慢して微笑んでくださいます。
でも、今この時たった一度だけでいいんです。
リオン様の本当の願いを言ってくれませんか?」
心の中で思うだけでも構いません、と続けた。
治りたい、とリオン様が口には出さずとも
そう願うことが大事なのだ。
そうすれば私のこの力は
きっとずっと強く発揮されるはず。
「祈りは力、願えばそれは叶うんですよリオン様」
励ますように私は満面の笑みを顔に浮かべた。
私の言葉に、いつも穏やかに
微笑んだところしか見たことがない
リオン様の顔がくしゃりと泣き出しそうに歪む。
「・・・そんな事、願ってもいいんだろうか?」
「もちろんです!あとは私が頑張りますから‼︎」
つるぺたな胸を張って
自信たっぷりに頷いて見せる。
あまりにも得意げに、自信たっぷりなものだから
ありがとう、とリオン様が
泣き笑いのような顔をした。
「ではリオン様、リオン様はそのまま
テーブルの側に立って目を閉じてもらえますか?
レジナスさん、お行儀が悪くて申し訳ないんですが
私をテーブルの上に立たせてください」
自分で靴を脱ぎ、テーブルの上を片付けて
立つスペースを確保するとレジナスさんに
手伝ってもらってその上に立たせてもらった。
これで良し。今、お互いの顔は
ちょうど同じくらいの高さにある。
このままちょっと背伸びをすれば
リオン様の額に私の唇が届く高さだ。
なにしろ私はこれからリオン様の顔に
口付けをするつもりなのだ。
高さを揃える、これ大事。
レジナスさんが、これから一体何が始まるのかと
じっとこちらを見ているのが
多少恥ずかしいが仕方がない。
これも人助けのためだ。
目は瞑ったままでいて下さいね。と
リオン様にお願いすると、
素直に従ってくださった。
整った顔立ちの美々しい青年が
静かに目を閉じている姿が至近距離にせまり
私の緊張も半端ない。
心を落ち着かせるために
すぅはぁ、と一度大きく深呼吸をしてから
傷跡なんかでちっともその美しさを
損なうことの出来ない
リオン様の整った顔に触れた。
背伸びをして、そっとその両頬を
手で優しく包み込むように触れると
リオン様の瞑ったままの瞼が
ピクリと僅かに動き長いまつ毛が震えた。
「きっと治ります」
小さいけど、はっきりした声で
励ますように言った私の言葉は
リオン様に向けただけのものではない。
私自身にも放たれた言葉だ。
声に出すことによって、
絶対にこの癒しは成功するんだ、と
自分に暗示をかける。
リオン様の頬に手を添えたまま、
左の瞼、右の瞼、そして最後に額へと
順番に口付ける。
多少ぎこちなくなったがそれは許して欲しい。
なにしろ自分から男性の顔を掴んで
キスをするなど元の世界でも経験がないのだから。
最後に口付けた額からゆっくりと唇を離し、
リオン様と私の額をくっ付けて、
どうかこの優しい人が治りますように。と願う。
もう二度と、こんな悲しい目に
遭うことがありませんように。
瞼の裏には、薄紅色の花びらが舞い落ちる
木陰の傍らに立っていつものように
静かに微笑むリオン様の姿が浮かんだ。
そして呟く。
「ヒール」
その瞬間、自分の中から何かがブワッと
込み上げるのを感じた。
ハッとして目を開けたら、
自分の中から溢れ出した光が
私を中心に一瞬で衝撃波のように広がると
パンッ!と弾けるように消えた。
それと同時に、頭上からキラキラした
光の粒と薄紅の花びらが降ってくる。
降り注ぐ光の粒と花びらは、地面に届く頃には
淡い光になって雪のように溶けて消えていくのが
とってもきれいでずっと見ていられた。
その光景に気を取られていたら
「・・・見えている・・・」
信じられない。という呟きがすぐ側から聞こえた。
リオン様だった。
深い青色をした瞳を見開いたまま、
ぽろぽろとその涙がこぼれるままに
顔を拭いもせず私を見ていた。
戸惑いと興奮でうっすらと
朱に染まっている顔には
あの大きなピンク色の傷跡もない。
良かった、成功した。リオン様を治せたのだ。
「ありがとう、ユーリ。僕を救ってくれて。
・・・君の顔を見ることができて、とても嬉しい。
ありがとう、僕の小さな愛しい人。」
君はこんなに素敵な人だったんだね。
そう言って、まだテーブルにつっ立ったままの私を
リオン様はぎゅうぎゅう強く抱きしめると
私の小さな肩口に顔を埋め、
また静かに涙を流した。
リオン様の上に降り注いでは消える花びらが、
まるで薄紅色の雪みたいでとても綺麗だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ー治せると思います。
ハッキリとそう言い切ったユーリの、
思いもよらない言葉に
僕は今までになく動揺した。
そんなまさか、いや、でも癒し子なら。
だけどユーリに迷惑をかける、
やめてくれ、もし治らなかったら
僕はまた3年前と同じ絶望に
打ちのめされるのか?
色々な感情が僕の心の中に溢れ返って、
そんな風に自分の心が波立つのは
失明寸前で回復の見込みはないと
告げられたあの時以来だった。
あれ以来、諦めの気持ちにも似た感情で、
僕に気を使う皆に心配をかけまいと
なるべく平静を装って暮らしてきた。
癒し子が現れたと聞いた時は
治るのかも、と確かに一度は
淡く期待もした。
でもいざユーリ本人から
治せると思う、と聞くと想像以上に
自分の心が動いた。
「たった一度でいいんです。
リオン様の本当の願いを言ってくれませんか?」
祈りは力、願えばそれは叶うんですよ。
神官らが説法で言う、お決まりのセリフだ。
それなのになぜかユーリが言うと僕の胸を打つ。
心の中で思うだけでもいいから
僕の本当の願いを、とユーリが求める。
そんなわがまま、言ってもいいのだろうか。
ああ、それでも。
僕が心から願うことは、3年前のあの日から
たった1つしかない。
「そんな事、願ってもいいんだろうか?」
自分の顔がひどくみっともなく
歪んでいるような気がする。
「もちろんです‼︎」
見えないけれど、ユーリが自信満々に
得意げな顔をしているのを
確かに感じる。
ありがとう。
その言葉が僕の心をどんなに救うのか
君には想像もつかないだろう。
たとえどんな結果になっても全てを受け入れる。
僕の全てを、ユーリの手に委ねよう。
素直にそう思った。
レジナスの手を借りて
テーブルの上に立ったユーリに促され、
静かに目を瞑る。
彼女が大きく一度、深呼吸したのを感じ取る。
そしてその小さな手がそっと僕の両頬を
包み込んだ。
・・・僕の願い。
もう一度、目が見えるようになりたい。
父上に兄上、カティヤ、レジナス・・・
その他たくさんの、
僕の大切な人達の顔をまた見たい。
そして何より、ここまでしてくれる
小さなユーリの姿を一度でいいから
目にしたい。
そう思っていると
「きっと治ります」
ユーリのきっぱりとした言葉が聞こえ、
同時に僕の左の瞼に柔らかい何かが
そっと触れた。
そしてそれは右の瞼、額へと続く。
ああ、これは。ユーリが口付けているのか。
大切な宝物に触れるように、
巫女が信者に祝福を与えるように。
緊張しているのか微かに震える唇が、
最後にゆっくりと額から離れた。
そしてこつん、と額を合わせられると
僕の顔のすぐ目の前で呪文が唱えられる。
「ヒール」
ユーリの口付けた両の瞼、
そして今触れている額と両頬が
わずかに熱を持つ。
見えないはずなのに、彼女の体が光を放ち
それが庭園全体に広がったのを感じた。
一体何が起きたのか。
つい確かめたくなって、
目を瞑るよう言われていたのに
思わず目を開けてしまった。
そうして僕の視界に飛び込んできたのは、
光の粒と薄紅色の花弁が舞い落ちる中、
横髪を綺麗に編み込んだ黒髪の小さな少女が
目をキラキラ輝かせて僕の目の前で
頭上を見上げている姿だった。
まんまるに見開かれたアーモンド型の
ちょっと吊り上がり気味の目が
黒髪と相まって、まるで黒い仔猫を思わせる。
まさか。この子がユーリなのか。
いや、それよりも。
夢中になって頭上を見上げている彼女の姿を、
魔力や精霊に頼らず今しっかりと僕は
この目で見ているのではないか?
「見えている・・・」
本当に?信じられない・・・‼︎
僕の小さな呟きを聞き取ったのか、
目の前の少女がハッとして僕に視線を向けた。
2人の目が合うと、彼女はほっとしたように
花がほころぶような満面の笑みを浮かべる。
笑みを宿すその瞳は、
黒曜石のような美しい黒の中に
複雑な紫紺色が見え隠れしていて、
キラキラ輝く金色が僅かにのぞく。
まるで瞳の中に星が棲んでいるようだ。
人の容姿をあれこれ言うことのないレジナスが
彼女の容姿だけは馬鹿みたいに
褒めていたのが分かる気がする。
ありがとう。僕の願いを叶えてくれて。
僕の両目からはとめどなく涙が溢れ出てくるが
それを拭い彼女の姿が一瞬でも目の前から
見えなくなるのが惜しい。
なので、みっともなく涙を
流し続けているというのに、
そんな僕に嬉しそうに笑いかけてくる彼女に
心の底から愛しさが溢れてくる。
湧き上がってくる、温かくて
じれったくももどかしさを感じる
今まで経験したことのないこの感情。
こんな気持ちは誰にも感じたことはない。
薄紅色の花びらが庭園に舞い落ちる中、
僕は初めて感じる恋情のまま
彼女をぎゅっと抱きしめて静かに涙し続けた。
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