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第一章 召喚した者・された者
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「うーん、やっぱり取れないなぁ」
びよんびよん、と私は自分の首に
くっ付いているチョーカーを
寝転がりながら引っ張ってみた。
目が覚めてから、パンとスープの軽食を
食べさせてもらった。
子どもだからだろうか。
デザートに甘くておいしい、
煮リンゴにクリームがのったのも出てきた。
軽食もベッドに座ったまま取ったのだが、
その後もベッドから出ずに
おとなしくしているようにと
また寝かしつけられた。
今はお昼寝の時間よろしくゆっくり
休めるようにと1人にされている。
病人じゃないんだけどなあ。
どうやら召喚の儀式で転がり出て来てから
しばらく起き上がらなかったのが
よほどまずかったらしい。
どこか異常があるのでは、と
思われている節がある。
転んだのが恥ずかし過ぎて
起き上がりたくなかっただけなんだけど、
こんな事ならさっさと
立ち上がっておけば良かった。
そんなわけで、私はさっきからやる事もなく
ベッドの中でうだうだしているのだ。
で、このチョーカーだ。
触った感じ、ベルベットみたいな
なめらかさがあって手触りがいい。
引っ張ると多少は伸びるんだけど、
全然取れない。
真ん中についている赤い宝石は
キラリと輝いている。
試しにハサミを借りて近くにいたメイドさんに
切るようにお願いしてみたんだけど
ダメだった。
切れ目の一つも入らない。
一体なんなんだろう。
イリューディアさん何も言ってなかったよね?
なぜかミニマムになっているサイズ感といい、
自分の身に何が起こっているのか。
こんなサイズになっちゃったけど、
ちゃんとイリューディアさんから
預かっている加護の力は使えるのかしら。
これで何にも出来なかったら一体なんのために
あんな恥ずかしい登場の仕方までして
ここに来たのかいよいよ分からなくなる。
「とりあえず、誰かにお願いして
早いとこ何か仕事をさせてもらおう」
うん。そうしよう。
1人納得した時だった。
「ユーリ様、お休みのところ失礼いたします。
お会いしていただきたい方がおりますが、
ただいまよろしいでしょうか?
お疲れでしたら、お断りいたしますが」
あのぽっちゃりして優しい初老の女性が
遠慮がちに部屋をノックしてきた。
名前はルルーさんというそうだ。
何でもイリヤ王子やリオン王子達の
乳母だったらしい。
「私にお客さまですか?
あ、もしかしてレジナスさん?」
この世界に知り合いはいない。
唯一話したことのある
知り合いらしい知り合いは
さっきここに連れてきてくれた
レジナスさんくらいだ。
「いえ、この国の宮廷魔導士団を束ねてらっしゃる
魔導士団長、シグウェル・ユールヴァルト様です。
さきほどの召喚儀式も
取りまとめていらした方ですよ」
・・・なんと。それは渡りに船だ。
魔導士団長、ということは
加護の力の使い方も知っているかもしれないし、
これから私がその力を使う上でも
色々指導してもらえるかもしれない!
「会います!会ってみたいです‼︎」
がばりと起き上がって声を上げた。
「ではお通ししますね。
ユーリ様はそのままお待ち下さい」
えっ、ベッドの上でいいの?
失礼じゃないのかな?
慌てて寝乱れていた髪の毛を手櫛で整えて
ベッドの上に座り直すと、すぐにルルーさんが
男の人を2人連れて入ってきた。
2人とも同じ紺色の軍服みたいなのを着ていて、
先に入ってきた人は気難しげな顔をし、
長めの銀髪を後ろで一つに纏めている。
その人の後を追うように入ってきたもう一人は
手に何か持っていて、
人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
ルルーさんは私の背中にさっと
クッションを差し入れて
座りを良くしてくれるとそのまま
私の側に控えてくれた。
「ユーリ様、こちらは魔導士団長の
シグウェル様です。
ご一緒されているのは副団長のユリウス様。
お二人とも本日の召喚の儀式にて
ユーリ様の召喚に立ち合われております」
紹介されて、人懐っこそうな笑顔を
浮かべていた方の男性・・・
赤茶色の髪の毛のユリウスさんという人が
にっこりと手に持っていた包みを差し出してきた。
「お初にお目にかかります。
甘いお菓子はお好きですか?
こちらは王都で今人気の焼き菓子になりますので、
落ち着いたらぜひ召し上がってくださいね」
おお・・・初対面の人間に手土産をかかさないとは
デキるなこの人。
「あ、ありがとうございます」
受け取らないわけにはいかないだろう。
あと甘いものは大好きだ。
それにしても癒し子だからって、
こんな小さい子の
ご機嫌取りまでさせて申し訳ないなあと
ちょっと恥ずかしくなって、
頬が少し熱くなった。
そんな私の様子を見たユリウスさんは
目を丸くして驚くと、
「ははっ、かーわいい‼︎」
さっきより更に笑顔になった。
そのまま私の頭をよしよしと撫でてきて、
社交辞令めいていた口調も急に崩れる。
「・・・気安いぞ、ユリウス」
部屋に入ってきてからルルーさんに紹介された後も、
今の今まで私とユリウスさんのやりとりを
一言も発せずにジッと観察するみたく見ていた
銀髪のシグウェルさんがそこで初めて口を開いた。
初対面なのにさっきからなぜか少し不機嫌そうだ。
シグウェルさんは銀髪に紫の瞳で
顔が整っているので、
そんな人が不機嫌顔をしていると迫力がある。
別に自分が怒られたわけではないのだが
妙な迫力に思わずぴっ、と背中が伸びた。
もし私がネコだったらビビって
ぶわわっと全身の毛が逆立っていたに違いない。
「団長、態度が大人げないっす。
子どもを怖がらせたらダメですよ!」
もっと愛想良くできないんスか、と
ユリウスさんが呆れている。
でも私の頭を撫でる手は止めない。
ごめんね、ここに来るまで
無理やり着替えさせたりしたから
機嫌が悪いんだー。と
ユリウスさんがフォローしている間も、
シグウェルさんは腕組みをしたまま
私と私の首にはまっているチョーカーを
交互に見ていた。
「・・・やっぱりおかしいな」
シグウェルさんが、銀髪の髪の奥から
覗いている紫色の瞳を
すうっと細めると突然私の顔の近くに
急接近した。
鼻先が触れそうな距離だ。
前触れもなくいきなり銀髪の
美青年の顔が近付いてきたので、
びっくりし過ぎて固まってしまう。
ち、近っ‼︎いきなり何なの⁉︎
距離感どうなってるのこの人‼︎
キスされるかと思った‼︎
「シグウェルさまっ⁉︎」
「ちょっ、何やってんスか団長‼︎」
ルルーさんとユリウスさんの2人も
驚いて声を上げた。
ユリウスさんが慌てて私から
シグウェルさんを引き剥がす。
「なんだユリウス邪魔をするんじゃない」
もの凄く嫌そうな顔をしたシグウェルさん。
「邪魔って‼︎アンタ一体何やってんすか!
どの口が俺に気安いとか言ってんの⁉︎
人がせっかく頑張ってアポねじ込んだ
癒し子様との貴重な面会なのに、
魔導士団長が女児淫行罪とか
マジで笑えないっすからね⁉︎」
魔法に夢中なのはいいけど
誤解を招くような事はやめて下さい!
ユリウスさんがまくし立てるように
抗議の声を上げた。
「え・・・?ま、魔法?」
我に返ってつぶやくと、そうだ。と
シグウェルさんが頷く。
ユリウスさんに掴まれていた腕を
振り解くと今度はきちんと失礼、と断りを入れてから
私の傍のベッドサイドへと腰掛けた。
「このチョーカー」
シグウェルさんは腰掛けたまま
私の方へ身を乗り出すと、
人差し指をくいとチョーカーに引っ掛けた。
チョーカーを手にしていない方の、
もう片方の手をベッドについて
ぐいと顔を寄せてこられると、
ベッドを背もたれに座っている私に
逃げ場はなくちょっとした壁ドン状態だ。
シグウェルさんの肩から、
背中に一纏めにしている銀髪がさらりと流れて
私の方へ重心が移動したベッドが
ギシリ、ときしむ。
だから距離感っ‼︎とまたユリウスさんが
声を上げたがシグウェルさんは
それを綺麗に無視して続けた。
「ヨナスの力を感じる」
くいくいとチョーカーをもてあそびながら
その瞳は私の目をひたりと見据えて、
私がどう反応するか観察している。
ヨナス・・・?
って、あのヨナス?
「まさか・・・」
「へぇ、心当たりあるのか」
私の動揺に何を思ったのか、
さして驚く風でもなくシグウェルさんは
そこで初めて口の端を
わずかに持ち上げて笑った。
「オレはてっきり、あの儀式で呼ばれたのは
女神イリューディアの力を騙った、
女神ヨナスの手の者かと思って
それを確かめに来たんだが」
だけど、とシグウェルさんは男の人にしては
長くて形の良い綺麗な指を
チョーカーから外すと
今度はついっ、と私の鼻先を撫でた。
続けて右頬、左の顎下、
最後に唇をその形の良い指でなぞられる。
またそれが妙な色気を伴った
触り方だったものだから
私はあっという間に赤面した。
な、な、この人は一体
子ども相手に何をしているのかしら⁉︎
それを側で見ていたルルーさんと
ユリウスさんの2人も
その色気に当てられたのか
赤くなって、ただ口をパクパクさせている。
平然としているのはシグウェルさんだけだ。
最後になぞった唇の近くに指を置くと、
トントン叩きながら
目を伏せて何かを考え込んでいる。
「近くで見て確信した。
今なぞったあたりに何らかの傷はなかったか?
回復魔法で治癒された気配が残っているんだが、
そっちはそっちでヨナス神じゃなくて
イリューディア神の
加護を感じるんだよなぁ・・・
女神イリューディアとヨナスの、
反発しあう2人の加護を受けるなんて
見たことも聞いたこともない。
ユーリ、あんた一体どうなっているんだ?」
「わ、分かりません!ていうか近いですっ、
もっと離れて下さい‼︎
恥ずかしいのでもう触らないでっ‼︎」
「わ、わぁぁーっ、マジですみませんっ!
ホント申し訳ないっす、許してください‼︎
この人魔法バカで友達も恋人もいなくて
普段の人付き合いも悪い人だから
ちょっと他人との距離感おかしいんっス‼︎
悪気はないんで淫行罪とか不敬罪で
連れてかないで‼︎
処すのだけは勘弁してくださいっ‼︎」
「シグウェル様‼︎ユリウス様も!
悪気がなければ何をしても良いという訳でも、
何でも許される訳でもございませんよ!
このルルー、イリヤ様から直々に
ユーリ様のお世話を言いつかっております!
このことはしっかりと殿下に報告させて
いただきますからね‼︎」
ユリウスさんがそんなぁ!と悲鳴をあげて
シグウェルさんを再び私から引っぺがすと
土下座しそうな勢いで頭を下げた。
ルルーさんは顔を真っ赤にして
怒ってくれて私を抱きしめる。
私はただただ恥ずかしい。
それでもシグウェルさんは一人平然としている。
それどころか、ちょっと小馬鹿にしたような
冷たい眼差しで騒いでいる私達を見た。
「ふん、オレはただ召喚で呼び出された者が
何なのか見極めに来ただけだ。
召喚に携わった者として儀式の結果を
最後まで確かめるのは当然の義務だろう?
一体何が問題だ?
あと、ルルー。
王子の乳母だったかなんだか知らないが
告げ口できるならするがいい。
オレも面会後に殿下に報告する事になっている。
この程度のこと、殿下は歯牙にも掛けないだろうよ」
た、確かにあのデリカシーのない殿下には
この恥ずかしさが全然伝わらなさそう・・・。
ルルーさんもそう思ったのか、
クッ、と悔しそうに口をつぐんだ。
さすが殿下の乳母をやっていただけあって
あのデリカシーのなさそうな性格は
良く分かっているらしい。。。
「とりあえず無害そうなことは確認できた。
あとはユーリ、何か話したくなったら
魔導士団まで来るがいい。相談には乗る」
シグウェルさんは自分の気になる事を
確認できたら満足したらしい。
用は済んだとばかりに
後ろ手にひらりと手を振ると
さっさと出て行ってしまった。
「あっ、ちょっと団長⁉︎
結局謝らないんっスね⁉︎あーもう‼︎」
本当にうちの団長がすみませんでした‼︎
このお詫びは後日必ずっ‼︎
と最後にもう一度深く腰を折って
ユリウスさんは頭を下げると、
慌ててシグウェルさんの後を追っていった。
「な、何だったの一体・・・」
良く分からない恥ずかしい目にあって
私は精神的に疲れる召喚初日を終えたのだった。
びよんびよん、と私は自分の首に
くっ付いているチョーカーを
寝転がりながら引っ張ってみた。
目が覚めてから、パンとスープの軽食を
食べさせてもらった。
子どもだからだろうか。
デザートに甘くておいしい、
煮リンゴにクリームがのったのも出てきた。
軽食もベッドに座ったまま取ったのだが、
その後もベッドから出ずに
おとなしくしているようにと
また寝かしつけられた。
今はお昼寝の時間よろしくゆっくり
休めるようにと1人にされている。
病人じゃないんだけどなあ。
どうやら召喚の儀式で転がり出て来てから
しばらく起き上がらなかったのが
よほどまずかったらしい。
どこか異常があるのでは、と
思われている節がある。
転んだのが恥ずかし過ぎて
起き上がりたくなかっただけなんだけど、
こんな事ならさっさと
立ち上がっておけば良かった。
そんなわけで、私はさっきからやる事もなく
ベッドの中でうだうだしているのだ。
で、このチョーカーだ。
触った感じ、ベルベットみたいな
なめらかさがあって手触りがいい。
引っ張ると多少は伸びるんだけど、
全然取れない。
真ん中についている赤い宝石は
キラリと輝いている。
試しにハサミを借りて近くにいたメイドさんに
切るようにお願いしてみたんだけど
ダメだった。
切れ目の一つも入らない。
一体なんなんだろう。
イリューディアさん何も言ってなかったよね?
なぜかミニマムになっているサイズ感といい、
自分の身に何が起こっているのか。
こんなサイズになっちゃったけど、
ちゃんとイリューディアさんから
預かっている加護の力は使えるのかしら。
これで何にも出来なかったら一体なんのために
あんな恥ずかしい登場の仕方までして
ここに来たのかいよいよ分からなくなる。
「とりあえず、誰かにお願いして
早いとこ何か仕事をさせてもらおう」
うん。そうしよう。
1人納得した時だった。
「ユーリ様、お休みのところ失礼いたします。
お会いしていただきたい方がおりますが、
ただいまよろしいでしょうか?
お疲れでしたら、お断りいたしますが」
あのぽっちゃりして優しい初老の女性が
遠慮がちに部屋をノックしてきた。
名前はルルーさんというそうだ。
何でもイリヤ王子やリオン王子達の
乳母だったらしい。
「私にお客さまですか?
あ、もしかしてレジナスさん?」
この世界に知り合いはいない。
唯一話したことのある
知り合いらしい知り合いは
さっきここに連れてきてくれた
レジナスさんくらいだ。
「いえ、この国の宮廷魔導士団を束ねてらっしゃる
魔導士団長、シグウェル・ユールヴァルト様です。
さきほどの召喚儀式も
取りまとめていらした方ですよ」
・・・なんと。それは渡りに船だ。
魔導士団長、ということは
加護の力の使い方も知っているかもしれないし、
これから私がその力を使う上でも
色々指導してもらえるかもしれない!
「会います!会ってみたいです‼︎」
がばりと起き上がって声を上げた。
「ではお通ししますね。
ユーリ様はそのままお待ち下さい」
えっ、ベッドの上でいいの?
失礼じゃないのかな?
慌てて寝乱れていた髪の毛を手櫛で整えて
ベッドの上に座り直すと、すぐにルルーさんが
男の人を2人連れて入ってきた。
2人とも同じ紺色の軍服みたいなのを着ていて、
先に入ってきた人は気難しげな顔をし、
長めの銀髪を後ろで一つに纏めている。
その人の後を追うように入ってきたもう一人は
手に何か持っていて、
人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
ルルーさんは私の背中にさっと
クッションを差し入れて
座りを良くしてくれるとそのまま
私の側に控えてくれた。
「ユーリ様、こちらは魔導士団長の
シグウェル様です。
ご一緒されているのは副団長のユリウス様。
お二人とも本日の召喚の儀式にて
ユーリ様の召喚に立ち合われております」
紹介されて、人懐っこそうな笑顔を
浮かべていた方の男性・・・
赤茶色の髪の毛のユリウスさんという人が
にっこりと手に持っていた包みを差し出してきた。
「お初にお目にかかります。
甘いお菓子はお好きですか?
こちらは王都で今人気の焼き菓子になりますので、
落ち着いたらぜひ召し上がってくださいね」
おお・・・初対面の人間に手土産をかかさないとは
デキるなこの人。
「あ、ありがとうございます」
受け取らないわけにはいかないだろう。
あと甘いものは大好きだ。
それにしても癒し子だからって、
こんな小さい子の
ご機嫌取りまでさせて申し訳ないなあと
ちょっと恥ずかしくなって、
頬が少し熱くなった。
そんな私の様子を見たユリウスさんは
目を丸くして驚くと、
「ははっ、かーわいい‼︎」
さっきより更に笑顔になった。
そのまま私の頭をよしよしと撫でてきて、
社交辞令めいていた口調も急に崩れる。
「・・・気安いぞ、ユリウス」
部屋に入ってきてからルルーさんに紹介された後も、
今の今まで私とユリウスさんのやりとりを
一言も発せずにジッと観察するみたく見ていた
銀髪のシグウェルさんがそこで初めて口を開いた。
初対面なのにさっきからなぜか少し不機嫌そうだ。
シグウェルさんは銀髪に紫の瞳で
顔が整っているので、
そんな人が不機嫌顔をしていると迫力がある。
別に自分が怒られたわけではないのだが
妙な迫力に思わずぴっ、と背中が伸びた。
もし私がネコだったらビビって
ぶわわっと全身の毛が逆立っていたに違いない。
「団長、態度が大人げないっす。
子どもを怖がらせたらダメですよ!」
もっと愛想良くできないんスか、と
ユリウスさんが呆れている。
でも私の頭を撫でる手は止めない。
ごめんね、ここに来るまで
無理やり着替えさせたりしたから
機嫌が悪いんだー。と
ユリウスさんがフォローしている間も、
シグウェルさんは腕組みをしたまま
私と私の首にはまっているチョーカーを
交互に見ていた。
「・・・やっぱりおかしいな」
シグウェルさんが、銀髪の髪の奥から
覗いている紫色の瞳を
すうっと細めると突然私の顔の近くに
急接近した。
鼻先が触れそうな距離だ。
前触れもなくいきなり銀髪の
美青年の顔が近付いてきたので、
びっくりし過ぎて固まってしまう。
ち、近っ‼︎いきなり何なの⁉︎
距離感どうなってるのこの人‼︎
キスされるかと思った‼︎
「シグウェルさまっ⁉︎」
「ちょっ、何やってんスか団長‼︎」
ルルーさんとユリウスさんの2人も
驚いて声を上げた。
ユリウスさんが慌てて私から
シグウェルさんを引き剥がす。
「なんだユリウス邪魔をするんじゃない」
もの凄く嫌そうな顔をしたシグウェルさん。
「邪魔って‼︎アンタ一体何やってんすか!
どの口が俺に気安いとか言ってんの⁉︎
人がせっかく頑張ってアポねじ込んだ
癒し子様との貴重な面会なのに、
魔導士団長が女児淫行罪とか
マジで笑えないっすからね⁉︎」
魔法に夢中なのはいいけど
誤解を招くような事はやめて下さい!
ユリウスさんがまくし立てるように
抗議の声を上げた。
「え・・・?ま、魔法?」
我に返ってつぶやくと、そうだ。と
シグウェルさんが頷く。
ユリウスさんに掴まれていた腕を
振り解くと今度はきちんと失礼、と断りを入れてから
私の傍のベッドサイドへと腰掛けた。
「このチョーカー」
シグウェルさんは腰掛けたまま
私の方へ身を乗り出すと、
人差し指をくいとチョーカーに引っ掛けた。
チョーカーを手にしていない方の、
もう片方の手をベッドについて
ぐいと顔を寄せてこられると、
ベッドを背もたれに座っている私に
逃げ場はなくちょっとした壁ドン状態だ。
シグウェルさんの肩から、
背中に一纏めにしている銀髪がさらりと流れて
私の方へ重心が移動したベッドが
ギシリ、ときしむ。
だから距離感っ‼︎とまたユリウスさんが
声を上げたがシグウェルさんは
それを綺麗に無視して続けた。
「ヨナスの力を感じる」
くいくいとチョーカーをもてあそびながら
その瞳は私の目をひたりと見据えて、
私がどう反応するか観察している。
ヨナス・・・?
って、あのヨナス?
「まさか・・・」
「へぇ、心当たりあるのか」
私の動揺に何を思ったのか、
さして驚く風でもなくシグウェルさんは
そこで初めて口の端を
わずかに持ち上げて笑った。
「オレはてっきり、あの儀式で呼ばれたのは
女神イリューディアの力を騙った、
女神ヨナスの手の者かと思って
それを確かめに来たんだが」
だけど、とシグウェルさんは男の人にしては
長くて形の良い綺麗な指を
チョーカーから外すと
今度はついっ、と私の鼻先を撫でた。
続けて右頬、左の顎下、
最後に唇をその形の良い指でなぞられる。
またそれが妙な色気を伴った
触り方だったものだから
私はあっという間に赤面した。
な、な、この人は一体
子ども相手に何をしているのかしら⁉︎
それを側で見ていたルルーさんと
ユリウスさんの2人も
その色気に当てられたのか
赤くなって、ただ口をパクパクさせている。
平然としているのはシグウェルさんだけだ。
最後になぞった唇の近くに指を置くと、
トントン叩きながら
目を伏せて何かを考え込んでいる。
「近くで見て確信した。
今なぞったあたりに何らかの傷はなかったか?
回復魔法で治癒された気配が残っているんだが、
そっちはそっちでヨナス神じゃなくて
イリューディア神の
加護を感じるんだよなぁ・・・
女神イリューディアとヨナスの、
反発しあう2人の加護を受けるなんて
見たことも聞いたこともない。
ユーリ、あんた一体どうなっているんだ?」
「わ、分かりません!ていうか近いですっ、
もっと離れて下さい‼︎
恥ずかしいのでもう触らないでっ‼︎」
「わ、わぁぁーっ、マジですみませんっ!
ホント申し訳ないっす、許してください‼︎
この人魔法バカで友達も恋人もいなくて
普段の人付き合いも悪い人だから
ちょっと他人との距離感おかしいんっス‼︎
悪気はないんで淫行罪とか不敬罪で
連れてかないで‼︎
処すのだけは勘弁してくださいっ‼︎」
「シグウェル様‼︎ユリウス様も!
悪気がなければ何をしても良いという訳でも、
何でも許される訳でもございませんよ!
このルルー、イリヤ様から直々に
ユーリ様のお世話を言いつかっております!
このことはしっかりと殿下に報告させて
いただきますからね‼︎」
ユリウスさんがそんなぁ!と悲鳴をあげて
シグウェルさんを再び私から引っぺがすと
土下座しそうな勢いで頭を下げた。
ルルーさんは顔を真っ赤にして
怒ってくれて私を抱きしめる。
私はただただ恥ずかしい。
それでもシグウェルさんは一人平然としている。
それどころか、ちょっと小馬鹿にしたような
冷たい眼差しで騒いでいる私達を見た。
「ふん、オレはただ召喚で呼び出された者が
何なのか見極めに来ただけだ。
召喚に携わった者として儀式の結果を
最後まで確かめるのは当然の義務だろう?
一体何が問題だ?
あと、ルルー。
王子の乳母だったかなんだか知らないが
告げ口できるならするがいい。
オレも面会後に殿下に報告する事になっている。
この程度のこと、殿下は歯牙にも掛けないだろうよ」
た、確かにあのデリカシーのない殿下には
この恥ずかしさが全然伝わらなさそう・・・。
ルルーさんもそう思ったのか、
クッ、と悔しそうに口をつぐんだ。
さすが殿下の乳母をやっていただけあって
あのデリカシーのなさそうな性格は
良く分かっているらしい。。。
「とりあえず無害そうなことは確認できた。
あとはユーリ、何か話したくなったら
魔導士団まで来るがいい。相談には乗る」
シグウェルさんは自分の気になる事を
確認できたら満足したらしい。
用は済んだとばかりに
後ろ手にひらりと手を振ると
さっさと出て行ってしまった。
「あっ、ちょっと団長⁉︎
結局謝らないんっスね⁉︎あーもう‼︎」
本当にうちの団長がすみませんでした‼︎
このお詫びは後日必ずっ‼︎
と最後にもう一度深く腰を折って
ユリウスさんは頭を下げると、
慌ててシグウェルさんの後を追っていった。
「な、何だったの一体・・・」
良く分からない恥ずかしい目にあって
私は精神的に疲れる召喚初日を終えたのだった。
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そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
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※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
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