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13.特別になりたい
しおりを挟むレオ様に惹かれている事を自覚した私だったけれど、この想いは誰にも気づかれないように、そっと心に閉じ込めておこうと決めた。
どんなに私が想いを募らせても、あと数日後には、予定通り花嫁選びの儀が執り行われる。
そうなれば嫌でも、レオ様の花嫁は確定するのだから。
身勝手かもしれないけれど、それを機に専属メイドから外してもらおう、そう思っていた。だから側にいられる残りの日数を大切に、キチンと職務を全うしようと決めたのだった。
──そして、ついに花嫁選びの儀、当日を迎えた。
王宮内は会場の最終準備や、ご令嬢方の身支度などで、朝からとても慌ただしい。
私も普段より早くに王宮へ来て、準備要員として駆り出されていたのだが、とある客室へと向かう様に、指示が出る。
忙しくしていた方がレオ様の事を考えなくて済むし、気も紛れるから丁度よかったかもしれないな。そんな事を考えながら、私は指定されていた客室の前に立って、ノックをしたのだった。
「失礼致します」
部屋の中から返事はなかったが、どうやら鍵は開いているようだ。恐る恐る扉を開けてみると、部屋には誰も居なかった。
呼ばれてきた訳だけど、この場合はどうしたものか……と、キョロキョロと室内を見渡していると、外からノックがされる。
不思議に思いつつも「はい」と声をかけると、ゾロゾロと忙しない様子で、メイドの方々が入室してきたのだった。
「失礼致します。黒髪に眼鏡、メイドの格好……ルルリナ様でお間違いないでしょうか?」
「あ、はい。そうですけれど……」
「ささ、お支度を! 皆さん、急ピッチで完璧に仕上げますわよ!」
物凄い勢いで着ていたメイド服やウィッグ、眼鏡を剥がされた私は、何故か準備されていたドレスに袖を通し、髪の毛やメイクを整えられていく。
「あ、あの、このドレスやアクセサリーは一体……?」
支度をしてくれているメイドの方に慌てて問い掛けるのだが、にっこりと微笑まれるだけで、何も教えてくれそうになかった。
どうなってるの……?
「出来上がりましたよ、ルルリナ様」
姿鏡の前に立った私は、いつもよりも華やかなメイクが施され、瞬きをすると目元はキラキラとして見えた。
銀色の髪は毛先だけを緩く巻き、耳元の毛を少し取って編み込み、ハーフアップのように後ろでふんわりと纏められていた。
編み込みには、所々に紫色の小さな花とスワロフスキーが付けられている様で、一つ一つがキラキラと光っている。
淡い青色のドレスは、裾にいくにつれて濃い紫へと変わる、綺麗なグラデーションになっていた。
「とってもお似合いですわ。こちらを贈られたあの方は、ルルリナ様の事をよく分かってらっしゃるんですね」
「贈った……」
誰が、どうして?
私が再び問い掛けようとした時、コンコンコンと扉をノックされた。マナーなんて吹っ飛んだ私は、慌てて自ら扉を開けに行く。
勢いよく扉を開けた私の目の前にいたのは、少し驚いた表情のロラン様だった。
「ロ、ロラン様……?」
「ルルリナ様、とてもお似合いですね」
クスッと笑ったロラン様は、私の格好を眺めると優しく微笑んだ。
「ただ、迎えに来たのが私で……何というか、すみません。会場へご案内します」
「いえ、あの……はいっ!?」
私も会場に行く、という事自体も驚きだったのだが……部屋に来たのがロラン様だった事を、私は残念がっていた……?
無意識に自分は、このドレスを贈ってくれたのがレオ様で、迎えに来てくれるのかもなんて期待をしていたのだろうか。そう考えて、少しだけ切なくなる。
「そんな訳ないのに……」
小さく呟いた私の言葉を拾ったロラン様が、キョトンとした様子で私の方を見た。
「ルルリナ様、これから頑張ってくださいね」
「……はい?」
至極真剣な顔で、謎の発言をするロラン様を見上げた私だっだが、既に目の前の大ホールの扉は開かれていた。
私が足を踏み入れた途端に、一気に静まり返る会場。ロラン様はお役御免と言わんばかりに、スッと私の一歩後ろへと下がられてしまった。
私は訳も分からず、尻込みしたい気持ちに駆られたが、この姿である以上、私は今メイドではなく侯爵家の娘だと自身を奮い立たせた。
気持ちを落ち着かせて、少しだけ俯いていた顔を上げる。スッと前を向いた瞬間、私の視界に入ったのは……
「ルル」
レオ様の視線が、ただ真っ直ぐに、私を射抜いていた。
天井に吊るされたシャンデリアから溢れる光が、正装に身を包んだレオ様をより一層輝かせる。その姿は、思わず息を呑むほどに綺麗で、目を奪われた。
ほんの少しの期待と欲が、私の中に沸き立つ。
嘘だって、そんな事あり得ないって誰かが言ってくれなきゃ、私の心はいとも簡単に揺らぐんだな。
静まり返ったホール内に、カツン、カツンと床を鳴らす私の靴の音がやけに響いている。
目の前に立つレオ様に、私は何て言葉を掛けたらいいのか分からなくなった。
レオ様は戸惑いを隠し切れていない私の手を掬い取ると、そっと口付けを落とす。それから小さな、でも確かにホール内に響き渡る声で呟いた。
「花嫁は、お前じゃなきゃ嫌なんだ」
それは、私がもしかしたらと期待して、夢見た言葉で。
「……っ」
今この時になって、どうして私が欲しかった言葉をくれるんだろうか。
「ルルと出会ってから、側に居てほしいと思う気持ちも、触れたいと思う気持ちも、全部知った。他の誰でもない、俺はルルがいい」
そんな事を言われたら、レオ様を諦められなくなるじゃないか。
それでも、もし本当に諦めなくていいのなら……
「……好きにさせた責任、とってくださいよ」
泣きそうになる気持ちを堪えて、私は震える声で言い返した。可愛げないと言われたって仕方ない。
私の強がりな返事に、レオ様はフハッと笑った。私の事を覗き込むようにして見つめると、いつもの意地悪そうな笑みを浮かべて、こう囁いた。
「ルル?」
「……」
悔しいけれど、見つめ返した私の顔は、絶対に赤くなっているに違いない。
「違うだろ? ほら、もう一回」
「…………好き」
その一言をポツリと呟いた瞬間。
私の目の前には、さっきよりも、もっともっと距離が近づいたレオ様がいて。
「よく出来ました」
完璧な微笑みっていうのは、こういう顔の事を言うのかな。
意地悪なのに甘ったるい。私の事が好きで仕方ないって、勘違いしそうになるような、そんな笑み。
思わず見惚れてしまっていた私が気が付いた時には、レオ様に唇を塞がれていた。
「っ⁉」
その瞬間、会場内がキャアァァッという悲鳴の様な、歓声の様な声に包まれる。
……私も叫びたいくらいだ!
周りのどよめきなんて気にならないのか、レオ様の口付けは止まらない。角度を変えて、私の息継ぎが間に合わないくらいに、何度も繰り返した。
「んぅ……っ……」
長い口付けの末に、腰を抜かしてしまいそうになった私は、レオ様に難なく身体を支えられる。呼吸の乱れた私を見て、やたら満足げな様子なのが憎たらしい。
ふわりと身体が浮いたと思うと、視界が高くなった。
レオ様にお姫様抱っこをされている、そう気が付いて慌てふためく私を気にも留めずに、私たちは会場を後にした。
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