9 / 15
9.苦いのは、媚薬?
しおりを挟む花嫁選びの儀まであと一ヵ月となり、夜会が開かれる事となった。今回の夜会では、レオ様は花嫁候補のご令嬢と、一人ずつダンスを踊るらしい。十三人と順番に踊らなきゃいけないって、結構ハードだ。
夜会でのダンスのタイムスケジュールをロラン様から説明されて、舌打ちをするレオ様である。この方の驚くほどの乗り気のなさ、本当に花嫁を選ぶ気があるのだろうかと、私が日々疑問に思ってしまうのも無理はないと思う。
まぁ、そうでなくても夜会は疲れるけどね……と、他人事のように思いながら、頑張ってくださいと言おうとしたところで、レオ様から恐ろしい事を告げられたのだった。
「ルル。他人事だと思ってるみたいだけど、お前もその夜会、強制参加だからな」
「は?」
「夜会なんて格好の場ですから、また他のご令嬢が何かをしでかす可能性もあるんですよ。ルルリナ様の観察眼を、是非とも頼りにしたいんです……」
ロラン様から申し訳なさそうに告げられると、私だけ楽するのも何だか悪いような気がしてきた。
「うっ……わ、分かりました……」
────────────────
夜会ではメイドとして目立たないように仕事をしているフリをしつつ、ご令嬢たちの様子をそっと伺っていた。隣国の公爵令嬢への嫌がらせに、夜這い未遂……この二件が起こった後は、特に大きな問題もなかった。そんな事をするご令嬢は、もういないと信じたいものである。
夜会はつつがなく進行していたと思っていた、のだが。
バルコニーへと繋がる扉の、すぐ横の壁に寄りかかって少し休憩をしていた私は、外から人の気配を感じた。バルコニーは夜会中も解放されているので、誰かが休憩しているのかもしれない。
ご令嬢のどなたかでもいらっしゃるのかな……と、ほんの少しだけ扉を開けて、外の様子を伺おうとした時である。
「商人から購入したはいいけれど……この媚薬、本当に効くのかしら?」
ん……⁉
私は思わず自分の耳を疑った。何だってここに来るご令嬢方は、支離滅裂な強硬手段を取りたがるのだ。犯罪ですってば。
あの声、それからあのドレス姿は、公爵令嬢のアニエス様か。そっと扉を開けて、私は気づかれないようにバルコニーへ足を運んだ。アニエス様の手元には、飲み物が注がれているグラスと、恐らく媚薬が入っていたであろう空の小瓶があった。
「これをお渡しして、私が薬の効いたレオドール様を介抱して差し上げれば……」
フフ、と小さく笑ったアニエス様に待ったをかけるように、私は声を掛けた。
「アニエス様。その様な得体の知れない代物を、レオドール王子に渡すのはおやめください」
「……っ!?」
私から隠すように、サッとドレスの中に小瓶を仕舞ったけれど、もう遅いです。
「……もし、それでも頑なに渡すとおっしゃるのなら、この目で見て、耳で聞いた事を一言一句違わず王子にお伝えしますが」
私は冷ややかな目で忠告する。そう言われてカッとなったアニエス様は、私が想定していなかった、突拍子もない行動に出たのだった。
「な、何よっ……! なら、私が飲めば問題ないんでしょ⁉ それでレオドール王子に介抱していただくわっ……!」
持っていたグラスを自分の口元に持っていこうとするのを、慌てて止めに入る。
「ちょ、そんな事は言ってな……!」
バシャンッ!
アニエス様が思い切り私の手を振り払った瞬間、弾みで私の顔にグラスの中身が全てかかったのだった。
「あ」
ポタ……ポタ……と顔から水滴が滴り落ちる。アニエス様はバルコニーに置かれていたミニテーブルに、カチャンとぞんざいにグラスを置くと、キッとこちらを睨みつけてきた。
「メイドの分際で、私にあれこれ言うからバチが当たったのよ! 私は知りませんからねっ……!」
そう捨て台詞を吐いて、バルコニーから逃げるように会場へと戻っていた姿を見送りながら、私は溜息をついた。
「これはひとまず、未遂で終わったという事でいいのかな……」
呟いた時に、口元に滴ってきた媚薬入りの液体を、反射でペロッと舐めてしまった。あ、これ媚薬入りなんだっけか……?
「……にが」
まぁ、怪しいルートで手に入れた媚薬なんて、きっと偽物を高額で買わされている可能性の方が高いだろう。ごく少量を舐めただけでこんなに苦いのなら、レオ様に飲ませた時点で、あのご令嬢は毒殺未遂でもかけられて、大騒ぎになってしまうと思うのだけど……
「もうこの格好では会場に戻れないや……」
「ルルリナ様? 影から連絡がありましたが、どうかされましたか……って、その格好は⁉」
横目で扉の方を見ると、ギョッとした顔のロラン様と目が合った。
なるほど、影の護衛の方が先程の一部始終を見てくれていたのか。私はアニエス様がしようとしていた事、それを止めようしたらグラスの中身を被ってしまった事を、簡単に説明した。
「……その媚薬とやらが本物かどうかは分かりませんが、早く洗い流さないとですね。お風邪を召してしまいます」
ロラン様が持ってきてくださったタオルを、お礼を言ってから受け取り、ざっと拭き取った。かかってしまったのは色の薄いドリンクだったので、赤ワインのように、色の濃いものじゃなかったのは、幸いだったかもしれない。メイド服も濡れているが、ぱっと見なら分からないだろう。
「私はレオドール様に、急いでこの件を伝えてきます。ルルリナ様は、以前使っていただいた従者の待機部屋のシャワールームをお使いください」
付き添いたいのですが、と、申し訳なさそうに待機部屋の鍵を渡してくれる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「あの、本当に体調はお変わりないのですか……?」
「えーと、アニエス様が言うには媚薬らしいんですけれど、本当にごく少量しか舐めてないですし。体調も変わりないので、十中八九、偽物だと思いますです、はい」
「ますです……? 分かりました、なるべく早めにお部屋に様子を伺いに行きますので。影もいるので、体調に異変があれば何なりとお申し付けください。お気をつけて」
ペコリと頭を下げて、私は人目を避けながら会場を後にしたのだった。
────────────────
◇◇◇
「──影がグラスに少量残っていた中身確認したところ、ルルリナ様が被ってしまわれた飲み物は、毒や媚薬の類ではなく、恐らく高濃度のアルコールかと」
ロランは、つい先程発生した出来事を、レオドールに耳打ちでそっと告げた。
「…………酒?」
「はい。口に含んでしまった量もほんの僅かだったそうなので、命の危険はなさそうです。ただ、何だかルルリナ様のご様子が、いつもと違うような気がしたんですよね……気のせいですかねぇ……」
レオドールが、横目でチラリとロランを見る。
「そもそも、そのアニエスとかいう奴は、異物混入した物を俺に渡そうとしてきた時点でアウトだけどな。そのままそいつの動向も見張らせておけよ。とりあえず、さっさとやるべき事を終わらせる」
にこやかな微笑みを保ちながら、とんでもなく低い声で話すレオドールに「ふふ、仰せのままに」と、ロランは頭を下げる。主の声から滲み出る、珍しく公の場で隠しきれていない不機嫌さを微笑ましく感じていた。面白半分ではあるのだが。
◇◇◇
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。
藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。
「……旦那様、何をしているのですか?」
その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。
そして妹は、
「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と…
旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。
信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる