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8.思い出したくないコト

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「お前な……それを早く言えよ」

 フワッと身体が宙に浮いたかと思うと、私はあっという間にレオ様によって横抱きで運ばれていた。柔らかいベッドへ思った以上に優しくおろされると、レオ様は何も言わずに、再び私を抱きしめた。

 ふわりと柑橘系の爽やかな香りが、私を優しく包み込む。

「レ、レオ様?」

「……あ? 床よりかはマシだろ。雷は暫く止まないだろうけど、明かりはすぐ戻るはずだ。視界は覆っといてやるから、お前は自分で耳でも塞いでおけ」

 耳元でそう囁かれた私は、慌ててコクコクと頷いて耳を塞ぐ。あとはとにかく早く明かりが点きますようにと願うしかなかった。

 外は相変わらずの酷いどしゃ降り雨が続き、さっき程の落雷はないものの、近くで轟いている音が時折鳴り響く。耳を塞いでいても聞こえる時があり、その度に私がビクッとすると、レオ様はポンポンと頭を撫でてくれるのだった。

 ……腹黒王子なんだから、こんな姿を見せたら、てっきり呆れられると思っていたのに。口は相変わらず悪いけれど、ちゃんと聞けば、私の事を心配してくれているのが分かる。

 もしかして、私が思っている以上に本当はもっと優しい人なのかも……?

 人の体温をこんなに近くで感じるなんて、いつぶりだろうか。……あったかくて、安心する。それと同時に、何だか心の中でポカポカと、温かさとは違った初めての感覚がしたのだった。

 ────────────────

 それから少し経つと、明かりが復旧した。室内がほんのりと明るくなり、不安な気持ちも大分薄れて私はホッと息をついた。

「……やっぱり、お前は一緒にベッドにいても気にならないな」

「?」

 何かを呟かれたと思うけど、何て言ったんだろうか? 私は耳を塞いでいた手をそっと離して、レオ様を見上げた。

「俺がお前以外の専属メイドを置いていない理由、聞いてるか?」

「ええと、女性がお嫌いだから……ですよね?」

 私は陛下から事前に言われていた事を、頭に巡らせながら答える。

「……? 詳しくは知らないのか」

「はい。陛下からは『レオ様は女性を毛嫌いしている節がある』とだけ」

「……もう何年も前になるが、長年専属にしていたメイドの女に、夜襲われそうになった事がある」

 もちろん未遂で終わったが、と言って溜息をつくと、レオ様はそのまま淡々と語り続けた。

「歳もそう変わらず、姉のように慕っていたからな。自分をそういう目でずっと見ていたのかと、裏切られた気持ちになったんだ。それから、自分に近づいてくる女に対して、不信感を抱くようになってしまった。だから今回の夜這いのトラップも、影武者に頼む事にした」

「そうだったんですか……」

「専属として、お前とロランしか置いてないのもそういう訳だ」

「でも、それならこの状況は、ご無理をされているんじゃ……」

 もう大丈夫ですから、と急いで距離を取ろうとモゾモゾ動くと、レオ様の抱きしめる力が逆に強まった。

「……レオ様?」

「不思議なんだが……ルルとは、これだけ近くにいても嫌じゃないんだよな」

「それは私が、レオ様に対して下心も何も抱いてないからでは……?」

「……お前、一人で部屋に戻ったところで、雷が鳴ってたらどうせ寝れないだろ? ちょっと付き合え」

「…………はい?」

 そう疑問形の返事をしたはずなのに、次の瞬間。私の視界はぐらりと後ろに傾いていた。何を思ったのか、レオ様は私を抱きしめたまま、ベッドにゴロンと横になったのである。つまりは必然的に、私も一緒に横になってしまった訳で。

「な、なんっ……」

 驚きのあまり言葉も出ず、パクパクと口を動かすだけの私を見て、レオ様は愉快そうに口元を緩ませている。

「花嫁を選んだ後、そのまま夜も一緒に過ごす事になるのに、女と寝台を共に出来なかったら、流石にマズイだろ」

「それはそうかもですけど、何も私で試さなくたって……」

 喜んで希望する人が他にいると思うんですけど……と、私がブツブツ呟いているのも無視して、私の眼鏡をヒョイっと勝手に外したりと、やりたい放題のレオ様である。

「勝手に取らないでいただけます……?」

 レオ様が側にいてくれると、雷の音も気にならなくなってきたから不思議だった。おかげで、とはあまり言いたくないけれど、私もレオ様に反論する元気が出てきた。

「伊達眼鏡なら、別にかけなくてもいいだろ? わざわざ変装しなくたって、お前は俺専属なんだから」

「いえ、そう言われましても。そもそもウィッグだってしてますし…………って、聞いてます?」

 頭上からスースーと寝息が聞こえてきた私は、思わず耳を疑った。女と寝るのは無理なんじゃないんですか……!?

「え……? えぇ? ね、寝たんですか?」

 百歩譲って、寝るのは構わない。仕事をいつも遅くまで頑張ってこなしている事を知ったから。

 でも、私を抱きしめたまま寝たら、私はどうやってここから抜け出したらいいんですかね……!?

 その時、コンコンコン、と小さなノック音がした。

「ロランです。遅くなりすみません、只今戻りました。入室してもよろしいでしょうか?」

 部屋の主はすっかり寝入ってしまっているので、当然返事は出来ない。私がどうしたものかとあわあわしている間に、優秀な護衛騎士様は既に入室していた。

「おや? レオ様、もうお休みになられましたか? 珍しいですね」

 ベッドの膨らみに気が付いたらしいロラン様が、こちらへと歩み寄る気配がする。私はレオ様の腕の中にしっかりと身体を抱き込まれていたけれど、とりあえず顔だけは出す事に成功した。

「ロ、ロラン様っ、助けてくださいっ……」

「え? ルルリナ様? どちらにいらっしゃいますか?」

 情けない声を出す私に驚いたのか、どうされましたかっ……と、ベッドのそばにやって来たロラン様と目が合って、ピタリと固まったような音がした。

「ち、違っ、私がしたんじゃなくてっ」

「……大丈夫ですよ、ルルリナ様がそんな事するなんて一ミリも思っていません。っとに全く、この王子様は……」

 ふー……と溜息をつき、私を抱き込んだままの腕をベリッと思いっきり剥がしてくれた。

「……あ?」

 ドスの効いた低音ボイスが響く。……ええと、レオ様の寝起きが悪いという事も、今日初めて知りました。

「流石に未婚女性を抱きしめたまま眠らないでください。もしルルリナ様に変な噂がたったら、どうするんですか」

「何だよ、よく寝れそうだったのに……」

 私たちが騒がしくしていたその頃には、雨も雷もすっかり止んでいて。夜空には月と星が光り輝いていたのだった。

 
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