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第4章 焔天の鷹はなぜ微睡む【case3:精霊鷹】

ep.29 【幕間】絶対零度の練習場

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 メルが焔天の団長に担がれて、練習場を去った後。医務班の待機テント周辺は、どんよりとした空気に包まれていた。

「あぁぁ……ほんとにメルちゃん行っちゃいましたよ、団長ぉ……」

「休憩時間だし、別にどこへ行ったって問題ないだろ? 普段じっくり見て回らない焔天の敷地内を、焔天の団長が案内してくれるってんならラッキーじゃねぇか」

 さっきまでの騒ぎなんてなかったかのように、黒夜の団長ラズは澄ました顔をして、テント内の椅子に悠々と腰を下ろした。

「いや、問題はそこじゃないんですよ。まずメルちゃんが望んで行ってない時点でアウトな気がします」

 団員の1人が困った顔でそう話すと、周りにいた黒夜の団員達は、うんうんと一斉に頷いた。

 メルの直属の先輩であるレイラに関しては、妖艶な微笑みを浮かべて事態を見守ってはいるものの、その目は全く笑っていない。

「なんだよお前ら。焔天の奴ってだけでそんなに信用ないのか?」

「いやー、確かに焔天の一部の貴族連中はアレっすけどね? でも所属は違えど、同じ精霊騎士団だっていう仲間意識は俺らにもありますし、多分向こうもちゃんとあると思います」

「俺ら的には、焔天が云々とかじゃなくて、男がメルちゃんを担いで連れ去った事実が心配なんすよ! それが最悪なことに、うちの団長と実力が相違ない焔天の団長ですよ!?」

「そうですよ。万が一何かされた時に、メルちゃんじゃ抵抗もできないじゃないですか」

「あー? んなこと心配しなくても、メルならそんくらい……まぁ、大丈夫だって。アイツ1年目のくせして社会人経験が長い奴みたいな所もあるし。長いものに巻かれるタイプだから、俺が許可した時点で諦めてっと思うぜ。つーわけでレイラ、なんか飲みモンくれ」

「かしこまりました。団長様は熱々の紅茶でよろしかったかしら」

「おいおい、レイラも怒ってんのかよ……まだ数ヶ月だってのに、メルも随分と黒夜に馴染んだなぁ」

 レイラの刺々しい攻撃にも気にする事なく、しみじみとしているラズの元に、焔天の団員が1人慌てた様子で駆けつけた。

「……あら? 貴方さっきの……」

 レイラはその駆けつけた人物に、少しだけ驚いた。

「うっわ、空気がまじでヤバい!? ちょ、すみません……! うちの団長が何やら暴走したって風の噂で聞いたんですけど、一体何をやらかしましたかね……!?」

「まぁ暴走はしたな。やらかした張本人はもういねぇけど。てかお前、顔は見たことあるけど、誰だっけか?」

「ゲッ……最悪だ……あ、失礼しました……ディニエ・パークと申します」

 軽薄騎士ディニエは、団長のしでかした後始末をすることになりそうだと直感し、へらりと作り笑いをぎこちなくしたのだった。

 めんどくさがりなラズに代わって、黒夜の団員がディニエに事の経緯を説明し始めると、ディニエの余所行きの作り笑いはひくりと歪み、顔色も悪くなっていく。

 ディニエに消毒液をぶっかけたレイラも、その姿を見てちょっと同情を覚えていた頃、もう1人の人物がテントに現れた。

「何の騒ぎでしょうか?」

「おい~! おせぇよシルヴァ! お前がいない間になぁ、俺らの妖精メルちゃんが……」

 メルちゃん、と団員が言葉を発した瞬間、シルヴァは冷ややかな目を向けた。

アシュレー・・・・・が、どうしました? ……先ほど焔天の団長に担がれていくのを、遠目から見かけましたが」

「簡単にいえば、焔天の団長様が、なぜか突然メルちゃんを貸してほしいってうちの団長様に言い出して、団長様がメルちゃんの意思関係なく許可した途端に抱き抱えて・・・・・出ていっちゃったのよ」

 レイラのまとまった説明を聞くや否や、ディニエはそれが決定打のように崩れ落ち、シルヴァは一気に顔を無表情にさせ、絶対零度の雰囲気を纏った。

「もぉぉぉ……! だからあれほど後先考えずに突っ走るなって言ってんのに……! ほんっとすみません! 俺なら団長の行き先に関してはアテがありますんで、直ちに迎えに行ってきます!」

 ディニエは「ではっ!」と頭を勢いよく下げて、メル達が消えていった練習場の出入り口へ走り出していった。

「案外悪いやつじゃなさそうね……」

 ただのチャラ騎士だと思っていたけれど、意外と使える男だわ、とレイラはこっそり感心していた。

「なぁ、シルヴァ」

「……何ですか団長」

「どうだ? 黒夜は楽しいだろ」

「……今は少なくとも楽しいという感情には同意しかねますが。そうですね……ひとまずトーナメント戦には、私も飛び入りで参加しようかなと思います」

 シルヴァの感情のこもっていない呟きに、周囲の団員たちがギョッとした。

「なぁ……ありゃどう見ても、シルヴァ絶対苛立ってるだろ」

「目も声も感情がなくなってる……オマケにオーラがやべぇよ。俺の精霊動物ですら怯えてるもん」

 副団長シルヴァとトーナメントで当たる焔天の騎士は、確実にとばっちりを受けるぞ……!

「おっ、いいねぇ~、たまには焔天の奴らもビシバシ鍛えてやれよ」

 そんな団員達の焦りを知ってか知らずか、ラズは呑気に賛成している。

 頼むから、早く無事に帰ってきてくれメルちゃん……!

 そう祈らずにはいられない、黒夜の団員たちなのであった。
 
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