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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】

ep.18 自分勝手な誘拐犯へ

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「遅くなりました」

「副団長、あの……魔法を解いてしまって……すみませんでした。気をつけるよう言われていたのに……」

「問題ありません。君が動物の件で黙っていられる人間ではないと、想定はしてましたから。まぁ、時間稼ぎをしてくれて感謝していますよ」

「え? 時間稼ぎ、ですか……?」

 そんなつもりはなかったんだけどな、と思いながら後ろを見上げると、副団長はいつもと変わらない冷静な表情のまま、犯人を真っ直ぐに見つめていた。

「そこの野良猫を保護していたとおっしゃる方に捜査協力をお願いしたいのですが、構わないでしょうか?」

 副団長が一歩前へと進み、私の隣に並び立つ。犯人は、副団長から滲み出た静かな威圧を感じて、本能的に怯えたのか少したじろいだ。

「な、何だよアンタも突然……ま、まぁ? 俺に不利益な事がないっていうなら別にいいぜ? そこのお嬢ちゃんにも言ったけど、俺は罪に問われるような事は一切してないからな」

「ご協力感謝します。状況から察するに、貴方は野良猫の保護を依頼されたという事ですか?」

「あぁ。飲み屋で仕事がねぇって話をしてたら、フードを被った男に依頼を持ち掛けられたんだよ。話を聞いたら、金の瞳を持つ野良猫を探して、捕獲するだけって言うじゃねぇか。しかも捕獲に必要な物やこの場所も、ぜーんぶ依頼側が準備してくれたんだぜ? 前収入もあったし、ホント楽な仕事だった」

「依頼主の顔は見てないですか? 何か気になった特徴や、些細な事でもいいのですが」

「俺はそん時かなり酔ってたし、向こうもフードを深く被ってたからなぁ……あぁ、でも高そうな宝石の付いた黒いバングルを手首にしてんの、チラッと見たぜ? だから俺、金持ちなら報酬も奮発してくれんだろって思ったわけよ」

「……なるほど。ありがとうございました」

 犯人にいくつか質問をし、どこか納得した様子の副団長は、団服の内ポケットから1枚の紙を取り出した。

「貴方が依頼された猫の保護という名の誘拐は、どうやら隣国で問題になっている、悪質な違法精霊召喚グループの依頼でほぼ間違いないようです。一応お聞きしますけど、その事は知っていましたか?」

「……は? 違法? なんだよ、精霊召喚って……?」

 違法精霊召喚グループって、何の事?
 聞いた感じからして、物騒な雰囲気がすごいあるけど……

 初めて聞く単語に、私も犯人と同じような反応をしていると、副団長に「なぜ君も知らないんですか?」という呆れた顔をされた。

 地方から来た新人が詳しかったら、逆に怖くないですかね……?

「精霊動物は召喚できると信じている、最近活動が活発化してきた、狂った違法団体です。聞いた話では召喚の実験用として、様々な動物を自国以外からも密輸しているようですね」

 犯人さえも知らなかった事実を、淡々と述べていく副団長である。

「この国では確かに、野良猫の所有権について明確にはなされていません。罪に問う事が出来るのはかなり稀なケースだけ。ですが、今回はその稀なケースに該当しましてね、隣国の騎士団からも協力依頼があって、今日正式な文書が送られてきたんですよ」

 副団長の外せない用事って、もしかして……この文書を受け取る事だったのかな。

「それゆえ野良猫を保護しただけ、と主張する貴方にも、罪状があるんですよ。いくら犯罪に利用されていたと知らなかったとはいえ、貴方を騎士団に連行する理由くらいには……ね」

 チクリチクリと棘を刺すように、そして確実に狙いを外さず攻撃を与える副団長、恐るべし。

 たとえ雇われだったとしても、犯人の野良猫に対する考え方や、した事は絶対に許せない。だけど副団長に追い詰められて、どんどん顔色が悪くなっていく犯人を見ていると「ド、ドンマイ……」と思わず思ってしまった。

 そんな犯人から目線を逸らして檻の中のニアへと目を向けると……意外と快適なのか、騒ぎの中でもまだ檻で寛いでいる。

 見てると何か……この状況でもうっかり脱力しそうになるな……

「……くそっ!!! 元はといえばっ、お前が後なんか付けてきたからこんな事にっ……!」

 自暴自棄になった犯人は、怒りの矛先を私へと向けて、突然手を伸ばしてきた。

「えっ!?」

 な、何で私に飛び火が!?
 とばっちりもいいとこなんですけど……!

 よそ見をしていて反応が遅れた私は、この前とは違って、身構えて目を瞑る事しか出来なかった。

「……っ!」

「ぅぐっ……ぁ……」

 いつまで経っても私にダメージは来ないし、その代わりになぜか、犯人の悲痛な呻き声が聞こえてきた。

「……あれ?」

 そろっと目を開ければ、横にいた副団長が、私の元に伸ばされた犯人の手首を掴んで、ギチ……と、エゲツない角度に捻っていた。

 う、うわぁ……絶対に鳴っちゃいけない音がしてる。

「……ヤケになって、団員に手出さないでいただけます?」

「ひいぃっ……!!!」

 副団長が突き放すように手首を離すと、犯人はそのまま腰を抜かして立てなくなってしまったようだった。

 そんな犯人を冷たく一瞥し、あぁ、そうだと今思い出したかのように、副団長は更に一言、爆弾を落とす。

「貴方が依頼を失敗したと、その違法グループが気づいたら……すぐに釈放されたとしても、貴方は無事ではいられないかもしれませんね」

「は!? そ、そんなの聞いてねぇっ……!」

「所詮、実験用動物を捕獲させる為だけの捨て駒。どのみち依頼を終えたところで……貴方の命はなかったと思いますけど? その依頼を受けてしまった時点で、地獄行きが決まっていたという事ですよ」

「お、おい……で、でもっ、騎士団なら助けてくれるよなっ……!? 俺だって殺されるなんて知ってたら、こんな依頼受けなかったって……!」

「安心してください。先程からうちの団員に、自分に罪はないと散々主張していましたもんね。希望に添えるよう、早めに牢から出られるように配慮しておきますから」

 ニコリと微笑んでいるはずの副団長の顔は、瞳だけ全く笑っていなかった。

「嫌だっ……し、死にたくねぇよ俺……!!!」

「どうですか? たかが野良猫に爪を立てられた気分は」

 副団長は、どうやらかなりお怒りだったらしい。
 なんなら私よりも、ずっとずっと。

 
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