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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】
ep.15 スリル満点な急降下
しおりを挟む「……あれ? 私、なんかやらかしてます……?」
皆さんの反応がどうにも薄い……
私が近くにいた焔天の騎士へ困惑気味に目を向けると、彼は弾かれたように動き出した。
「ちょ、え!? 君、医務課所属だったのっ……!?」
両手をぎゅっと握りしめられたかと思うと、そのままブンブンと勢いよく振られる。おぅふ、身体までぐわんぐわんと揺れて、ちょっと気持ち悪いかもしれない。
「どうりで手当てが慣れてると思った! 騎士のやつらにやらせると、大抵雑なんだよな!」
「あ、ありがとう、ございます。うぇ、と、まだ新人なんですけどね……?」
「そっか、そうだよな。騎士団が違えど今まで見かけた事もなかったし、話題に上がらない方がおかしいもんな。あれ? じゃあ、新人の非戦闘員なのにさっきの身のこなしって、どういう事なんだ?」
「ばっかお前! それよりもっと個人的な事を聞いとけよ!」
「そうだよ! 黒夜といえど、非戦闘員の可愛い女の子と出会えるなんて超貴重なんだぞ!」
酔いも相まってたじろいでいる私の前に、なぜか目まぐるしく入れ替わり立ち替わる、焔天の騎士たち。
対処できずにどうしたものかと困っていると、どこか冷めた声とともに、副団長に後ろから肩を掴まれた。
「決着はつきましたので、終わりという事でいいでしょうか」
すぐ後ろに来ていた副団長を振り返れば、普段通りの感情の読めない静かな表情だった。喧嘩を始める前の、あの口の悪さもなくなっていて、いつもの敬語に戻ってる。
でも冷めた瞳からは、まだ機嫌の悪さが滲み出ている気がするような……?
『暴走してたあの男なら、メルが木箱を壊したすぐくらいに、シルヴァがコテンパンにしてたわよ』
あ、ほんとだ。ニアからのヒソヒソ話を聞いてそろっと目線を向ければ、泥水に突っ伏す灰になった騎士様が1名。お疲れ様です……
「手当してあげた方がいいのかな……って、わっ!?」
私の視界が急に高くなり、訳も分からず目の前の服に掴まったけれど、自分の姿にギョッとした。だって、米俵のように副団長に担がれていたから。
「では、我々はこれで。ニア」
『はいはーい』
副団長の合図で、ニアが精霊魔法を使った。
雨除け魔法のベールはそのままに、副団長とニアの身体がふわりと浮かぶ。もちろん荷物ポジで担がれている私も、その恩恵に預かっている。
「え? 俺の目がおかしくなったのかな……女の子が俵担ぎされてるんだけど」
「俺にもそう見える……黒夜って普段から女の子をそんな扱いしてんの? いや、あのシルヴァ・ステラだからか?」
空に飛び立つ直前、地上では困惑した焔天の騎士たちの感想が、それはもう色々と洩れていた。
「こ、今後は管轄外に入らないよう気をつけます! お邪魔しました!」
副団長の評判がこれ以上落ちないといいんだけどな……と思いながら、私は精一杯の笑顔で叫んでおいた。
◇◇◇◇
──メル達が飛んで行ったのとは反対方向の屋根の上。煙突に隠れるようにして、3つの影があった。
喧嘩騒ぎの前、メルに声を掛けて先に帰ると話していた軽薄そうな焔天の騎士と、そのパートナー精霊のカラス。
そしてもう1つの影は、大きな鷹の精霊だった。
「えぇ~? まじで? 結局団長に全部報告するの? 思わぬ収穫もあった事だし、俺だけお咎めなしにしてくれないかなぁ……」
彼は帰るフリをしてここに身を潜め、事の成り行きを黙って見ていたらしい。
「黒夜の女の子ってだけでも珍しいのに、あんな立ち回りされちゃあね」
雨の中、焔天の騎士が語りかける声は聞こえるが、雨音が邪魔をして精霊たちの声は聞こえない。
「あの子を気にしない方が無理な話じゃない? 焔天でも話題になっちゃうと思うし。うちの団長もきっと気に入っちゃうよね。賭けてもいいよ~って、アイタッ!?」
精霊鳥たちにどつかれた彼は頭を抱えながら、メル達と反対方向へと飛び立っていったのだった。
◇◇◇◇
『──メル、魔法を重ね掛けしてるけど気分は悪くないかしら?』
「うん。今のところ全然。ありがとうニア」
私とニアの会話にも入ってくる事なく、淡々と前を向いて方向転換を行っている副団長。
えぇと……多分、副団長は魔法が使えない私も一緒に帰れるように、わざわざ担いでくれてるんだよね?
女嫌いの方なのに、なんか申し訳ないなぁ……
その事実に薄々気がついていた私は、身体を少し捻って起き上がらせた。
「副団長、ありがとうございます」
「……荷物のように扱ってお礼を言われるとは思いませんでした」
「まぁ……この抱えられ方だとちょっとお腹が苦しいですけど……自分がお荷物だというのは理解しているので」
精霊魔法が使えないって、やっぱり不便な事もあるよね。一般人ならともかく、精霊騎士団に所属しているなら尚更だ。
本当、自分は外での任務には向いてないんだなぁ……とボンヤリ思っていると、副団長から声がかかった。
「一度請け負った荷物は落とさないつもりですけど、その体勢でいるのなら、私の肩でも首でも適当な所に掴まっておいてください」
あれ? くの字のように抱えられていた身体の向きが、いつの間にか変わっていた。楽にはなったけど、上半身がふらついて、確かにこのままだと少し不安定だ。
「わ、分かりました。すみません」
なんだっけ、この体勢。米俵とはまた違った感じになったんだけど……まぁいいか……?
「じゃあ、ええと、肩をお借りします。……あの、ついでといってはなんですけど、下降する時は事前に言っていただけますか?」
「……怖いんですか? 目の前に木箱が吹っ飛んできても冷静に対処していた君が?」
そんなに不思議に思っているのか、真面目に返してくる副団長がちょっと憎たらしい。
「私は精霊魔法で空を飛んだ事がないので、怖いと思うのは当たり前だと思うんですけど……それと、あれは条件反射でやっただけです」
「そういえば、あの技はどこで?」
「技と呼べる程の事じゃ……幼少期、カインと一緒に祖父から剣を習っていた時期があって。その時に」
「あぁ……あの方はうちの団長も頭が上がらないという話らしいですね。子どもだから手加減はされていたでしょうけれど、よく訓練に付き合えましたね」
「といっても私は数年だけでしたし。祖父から斬る事に向いてないと言われて、それからは自己防衛用の最低限のものだけを学んで、祖母から薬草について教わりました」
「なるほど。だから君は医務課配属になったんですね。ようやく合点がいきました。……あぁ、そうだ」
「何ですか?」
「騎士団が見えてきたので降ります」
「え!? あ、ちょ、もう降り始めてるじゃないですか!?」
全然心の準備が出来てないのに!
しかも出さなくていいスピードまでオマケで付けてるあたり、意地が悪い。
「~~~っ!」
急降下していく身体を縮こませながら副団長の肩をギュッと掴めば、小さく笑われた気がした。
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