上 下
9 / 34
第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】

ep.9 路地裏は猫だらけ!

しおりを挟む
 

「……そんなに驚くような話だった?」

 私としては、世間話の1つくらいの感覚だった。もちろん誰にでもペラペラ話す内容じゃないし、ニアになら話してもいいかなって思っての事だけども。

 私の言葉に、ほんのりと困った感情が入り混じっていたのを察してか、ニアは慌てて顔をふるふると横に振った。

『違うわ。そういう純粋な心の持ち主のメルだから、全ての精霊動物たちの声が聞こえるんだって……そう思ったらなんだか色々と腑に落ちたのよ』

「そ、そう……なのかな……?」

『私、初めてメルに会った時に何となく感じたのよね。メルならきっと助けになってくれるって』

 うんうん、と1人(1匹)で納得するニアに、私はちょっとついていけてないよ?

「……えぇと、褒められてるんだよね?」

『勿論よ──つまりね、メルにはずっとそのまま、優しい気持ちを持ち続けていてほしいって事』


 さぁ、そろそろ着くわよというニアの合図と同時に角を曲がると、行き止まりの空間にたどり着いた。

「う、わぁ……なんか、猫がいっぱいいる気がする……!」

 高く積まれた古い木箱や樽、劣化した機械の部品など、とにかく物で溢れている。姿は見えないのに、そこから何となく猫の気配を感じる。

『私は話を聞いてくるわ。その間メルは少しでも猫慣れを頑張りなさいな』

 ニアは小声で私にそう告げると、溜まり場のボスらしき野良猫の元へ行き、会話し始めた。私もよしっと気合いを入れて、他の猫達がいるだろう箇所へと視線を向けた、のだが。

「あれ……?」

 ……猫の方が警戒心マックスで、近づこうにも近づけないのですが?

 致し方なし。序盤にして終盤、秘密兵器の出番である。

 私は気づいていませんよ~気にしていませんよ~という風を装いながら、腰に下げていた小さな鞄をおもむろに開けた。

 実はここに、前世の知識を引っ張り出して用意した、猫慣れの為のアイテムが入っているのだ。湯がいた鶏肉を小さく裂いた物猫慣れアイテムが入った袋を開けて、地面に置かれていた端の欠けた器を見つたのでそこに乗せる。今回は餌づけ目的じゃないし、無責任な事も出来ないから、ほんとにちょっぴりだけ。

 前世で、猫は意外とお肉も好きって聞いた事があるんだけど、本当なのかなぁ……?

 遠巻きにこちらを見ている野良猫たちの方に、そっと差し出すように近づけた。香りに反応してか木箱の陰から恐る恐る顔を出した彼らは、野良特有のパサついた毛並みで薄汚れていたけれど、可愛く感じる。

 私が猫を怖がるのと同じように、彼らだって見知らぬ人間である私を警戒するのは当たり前だよね。

「突然お邪魔してごめんね。変な物は入ってないから、よかったら食べてね」

 そう小さな声で呟いて、自分から後ろへ下がった。少しずつ警戒心を解いて食べ始める姿を、遠目から眺めてほんわかタイム。

 こんなに沢山猫がいる空間でリラックス出来ているなら、少しは私、進歩してるよね?


 それから数分も経たない内に、ニアが私の元へと戻ってきた。

『お待たせ。やっぱりここの地区でも、数日前から姿を見かけなくなった猫が1匹いるみたい。金目の黒猫らしいわ』

「黒猫が1匹行方不明、かぁ……」

 忘れないように、持参した紙へとメモを残しておく。黒猫、特徴は金の目と。

『それから、私が相談を受けた精霊猫とは別に、ここによく来ていた野良の精霊猫がいるそうなの。何か知っているかもしれないし、その子の事も探して、一応話を聞いておきたいわね』

「ほんと精霊猫って、野良猫に混じって自由に過ごしてるんだね……ちなみにその子はどんな子なの?」

『それがね、今の私と全く同じ色味の三毛猫みたいなのよ』

 なんと。偶然だろうけど、なんかちょっとだけ運命的じゃないか。

『見つけやすい特徴で有難いんだけど、問題は何処にいるかよね。どの辺りにいるのかしら……』

「じゃあ、その子を探しながら別の溜まり場に向かう? 出会えたらラッキーくらいな気持ちで」

『考えている時間も勿体ないものね。今日のところはそうしましょう』

 私達は路地裏を一度抜けて大通りに出ると、また別の区間を歩き始める。副団長から言われている残り時間はまだあるけれど、今日はどこまで回れるだろうか。

 そんな風に時間配分を考えながら、2つ目の路地裏へと足を踏み入れた時だった。

『ちょっと、アンタッ!? その人間、猫攫いじゃないの!? そんな綺麗な黄金の瞳なら目をつけられても可笑しくないし……離れた方がいいって!』

 猫攫い……?

 物騒な単語が降り注いできた私達は、ギョッとして思わず足をピタリと止めた。

 声のする方を見上げれば、ふしゃーっと警戒心マックスに毛を逆立てた三毛猫姿の精霊猫が、塀の上から私を睨んでいる。

「ね、ねぇニア……あの子、ついさっき話してた子じゃない……?」

『そのようね。向こうから現れてくれるなんてツイてるわ』

 ニアはニンマリと口角を上げると、タンッと塀の上に飛び乗った。

『誤解よ。あの制服、見た事ない? この子は精霊騎士団の人間で怪しい者じゃないわ。ねぇ、さっき路地裏で城下町の猫が突然減っているっていう噂を耳にしたんだけど、貴方は何か知ってる?』

『精霊騎士団……? 噂……?』

 先程までの勢いはたちまち消え、ポカンとした様子でニアの言葉を反復する野良の精霊猫。
 そんな中私は、瓜二つの容姿をした綺麗な猫が並んでると、まるで芸術作品のようで目の癒やしだなぁ……と呑気に心の中で思ったりしていた。

『だ、だったら聞いてよ! この前アタシ、人間に捕まったんだよ……! 夜、実体化して過ごしてたら、突然変な物を嗅がされて、黒猫の子と一緒に攫われた!』

「!!!」

 つまり、言っている事が本当なら、猫失踪はれっきとした事件。
 しかも、この子も被害に遭っていた?

 その衝撃発言に、私は塀の上にいるニアと無言で目を合わせた。

『アタシは精霊だから、実体化を解いてすぐに逃げられた。こうしてピンピンしてるし平気だったけどさ……黒猫は見つけてあげられなくて……一緒に逃げ出せなかったんだ』

 精霊猫の頭と尻尾は、悲しげに力なく項垂れ、暗い影を落としていた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...