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第7章

46.気づけば叫んでいた

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「私は貴方に興味があったんです、ロワン嬢」

「は……? 私……?」

「ノエルのお気に入りだと知って、最初は貴方の事を壊してあげようかなと思ったんです。だから一度は殺すように命令を出しましたがね……暗殺が未遂に終わって、結果的には成功でした」

 話が一区切り着くごとに一歩、また一歩とこちらへゆっくりと近づいてくるアルシオ様。その何とも言えない恐怖感に、思わず私は後退りをしながらノエル様の後ろへと隠れていた。

 いつから目を付けられていたんだろう。そもそも何で悪役令嬢ポジションの私なんかに興味を持つんだ?
 そこまで深く関わったつもりもないし、ヤンデレ心をくすぐるような事はしていない筈なのに……

 意を決して伏目がちにしていた目線を上げると、暗く熱を帯びたようなアルシオ様からの視線とかち合った。

「あぁ……その儚げな、憂いを帯びた瞳。何かを諦めたかのような冷めた雰囲気。やはり貴方は、私が愛した彼女にどこか似ている」

「な……私は王妃様の代わりになんてなりませんから……っ!」

「そうでしょうか? レクドの足は後遺症で不自由ですし、ノエルがいなくなり・・・・・、最終的に王家の秘宝を私が手にすれば……慣例に則って私は王位を継ぐ事になります。貴方を王妃にして、一生寵愛してあげますよ?」

「何をふざけた事……ちょっと待ってください。それよりノエル様がいなくなるって、何ですか……」

 アルシオ様は何故わざわざ不吉な表現をするのか。嫌な予感がした私は、ぎり、ともどかしく唇をかみしめる。その時、会話を遮る甲高い声が響いた。

「あら、そろそろじゃないかしら?」

 ナタリーが猫目をスッと細めて、満面の笑みを浮かべた。その視線の先は、私の隣だ。

「うっ……!?」

「ノエル様!?」

 隣から聞こえてきた苦痛ともとれる声に驚き、バッと見上げると、ノエル様は左手で右腕を掴み、庇ったような体勢をとっていた。

「くそ、あのメイドの接触は、最初から毒が目的だったのかっ……」

 部屋へと向かう際に、不意打ちでノエル様の手を触ってきたナタリー。あの時の去り際に感じたナタリーの意味深な表情。あれはノエル様に毒を刺すというミッションを成功させたからだったのか。

「ち、手先が痺れてきた……腕に、力が入らなくなってる」

「おやおや……僕の見立てですと、その毒の広がり方……遅延性の物でしょうか? それが全身へと広まっていけば、命の危険がある気がしますねぇ」

「わざとらしいっ……! 毒を作ったのは貴方なんでしょうっ……!?」

 分かっているくせに知らないフリをしてのんびりと語るの、ほんと最低。
 だけど、苛立つ私とは裏腹に、アルシオ様の言葉を聞いて、なぜか毒針を刺した張本人であるナタリーが真っ青になっていた。

「なんでノエル様が死ぬのよ!? う、うそ、話が違うじゃない……! 貴方から預かった毒針を刺して事が済めば、解毒剤をくれるって……! その後はノエル様を私のモノにしていいって約束したのに、そんなの聞いてないっ!」

「……全く、何の勘違いをしているのかな? 君がどこか・・・から入手した毒針で、王子を害そうとした。事実はそれだけでしょう? 私も今までに見た事がない毒のようです。残念ですが解毒剤の作り方は分かりそうにありません」

 綺麗な笑みを浮かべて、ナタリーまでも平気で切り捨てるアルシオ様にゾッとした。

「それにね、知ってるんですよ? 君が私に近づいて、私の事だけが好きだと愛を囁いていたのは、私もノエルも、あわよくばレクドや護衛騎士も全てが欲しかったから。そうでしょう?」

「ひっ……」

「その欲まみれな姿での空回り、実に滑稽で、醜くて……まぁ、見ていて楽しくはありましたよ。だから私も利用させていただいたんです、欲しいモノの為にね」

「何よ……私が貴方やお父様に頼まれてやった事は全部無駄だったって事……?」

 氷のような冷めた微笑みを見せられ、突然切り捨てられたナタリーは、すっかり腰が抜けてその場に座り込んでしまった。

「……っ、フェルナン、叔父上を拘束しろ! イヴはそこのメイドを、ライは医師を呼べ!」

 レクド王子から命令を受けた3人は、自らに課せられた任務を遂行すべく、素早く動き出す。アルシオ様は手を拘束されたままフェルナン卿によって床に伏せられて、動けなくなっていた。

「いいんですか? 不確かな証言だけで王族である私まで拘束して。私が先程語った事なんて別に、証拠にはならないと思いますけど?」

「私達が何もせずに今日までのうのうと過ごしてきたと思わないでくれますか。共謀していたランベール侯爵家には、先ほど騎士団が家宅捜索に入りました。侯爵は自分の刑を軽くする為に、叔父上との綿密なやり取りをした書類を提出してくれたようですよ? 叔父上に脅されて仕方なく計画に加担した、そう言っているみたいですが」

「処分しておけとあれ程言ってあったのに……結局私が味方につけた人間は皆、自分だけが可愛かったようですね」

「それから、牢に入る前に1つ教えて差し上げます」

 レクド王子はそう言って、持っていた杖から手を離した。自らの足だけでしっかりと立ち、アルシオ様を見下ろす。

「私の足の後遺症はもうなくなっている。王位継承権はまだ放棄していないと!」

「嘘だ……後遺症を治す薬なんて存在しないはずなのに……!?」

「それは叔父上が知らなくていいことですよ。どうしても気になるのならば、牢の中でずっと悩み続けてください」

 レクド王子の形勢逆転した姿を見届けたかと言わんばかりに、ノエル様が毒に耐えきれず、崩れ落ちていく。その姿は私の目に、スローモーションのように映った。

「っ、エル!」

 気づけば、そう叫んでいた。
 駆け寄って、そのまましゃがみ込む。目を閉じて苦しそうに歪んだ表情を浮かべるノエル様の手を取っていた私の横に、いつの間にか人影が重なった。

「主」

「バイパー……! この毒、どういう物か知ってる!? どうしたらいい……!?」

「……俺でも知らない毒っぽい。作った本人が解毒剤を持ってない限り、この王子様を救うのは無理だと思う……」

 バイパーは首を横に振って、小さくごめんと呟いた。

 どうしよう、どうしたらいい?
 医師が来るまでに私に出来る事は?

 その時、ドレスの中で巾着袋がガサリと摩擦で動き、ハッとなった。

「ドクダミの葉は、毒消しの効果……」

 巾着袋を取り出して、そこに入っていたドクダミの葉の粉末を手の甲に擦り込むようにして押さえつける。

 前世でちょっと教わった事があるだけの浅い知識。本当に効果があるなんて保障はなかったけれど、それでも私は藁にもすがる思いだったのだ。

 そのまま手を両手で包んで、自分の胸へと抱き締めた。抑えきれずに流れ出る涙は頬を伝って、ノエル様の手まで濡らしてしまった。

 死んじゃうなんて、絶対に嫌だ。

 私は貴方にいつの間にか惹かれていたんだって、やっと気づいたんだから。

「まだ伝えてないのに……勝手に死なないでよ、ばかっ……!」

「…………うん、死なない」

「え?」

 空耳かと思ってパチパチと瞬きをすれば、光が灯ったような生き生きとした、ノエル様の青い瞳と目が合った。

「だから……ねぇ、エルってもう一回呼んで?」

「……!?」

 つい先程まで毒で苦しんでいて、もう目を覚ましてくれないと思っていたのに。止めどなく流れていた私の涙は、驚きでぴたりと止まったのだった。
 
 
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