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第4章

23.現場検証に参ります

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 翌朝。
 着替えなどの朝の支度が済んだ私は、ベッドの端にちょこんと座った。足元には包帯を手に持ったイヴが屈んでいる。

 イヴは昨日お医者様に教えて貰った包帯での固定の仕方を、丁寧且つスピーディにこなしていた。

「いかがでしょうか」

「うん、大丈夫そう。ありがと」

 私は足首をちょっとだけくるりと回して、確認してから返事をした。
 念の為冷やしてから寝たおかげで、腫れてもいないし痛みも全然ない。軽く筋を伸ばしちゃっただけだったのかも。

 何でも出来るメイドさんだわ、本当に……

「これならノエル様も許可してくれるでしょ」

 ふふん、とドヤ顔の私を見つめるイヴの目は、相変わらずであった。


 集合場所である夜会会場へ向かうと、すぐにレクド王子からお声がかかった。

「ロワン嬢、足の具合はどうだ?」

「おかげさまで、一晩寝たら痛みもなくなりました」

「そうか……ならよかった」

 そう言って微笑んだ瞳は、まるで妹を見るような優しいものだった。

 昨晩この怪我について話した時は、自分の足の事と重なった部分があったのか、酷く心配してくれていた。
 この怪我の関係で、現場へ向かうのは私の足次第という事になり、ご迷惑をおかけして申し訳ないと告げると、レクド王子はそんな事は気にしなくてよいと言ってくれたのだった。

 ちなみに、いつも側に控えているレクド王子の護衛騎士のフェルナン卿は、レクド王子の指示で、この時間はクララ様の臨時護衛に借り出されているらしい。

 まぁライとイヴがいる時点で、こちらの警備は充分だと言えるだろうしね。

「サシャ、手。掴まって」

「あ、はい。ありがとうございます」

 長い階段を登り切った所で、ノエル様から手を差し伸べられる。ギュッと手を握り返し、目的地に足を踏み入れた。

 そこは、会場の天井に1番近づける、ギャラリーと呼ばれる狭い通路のような空間になっていた。
 
 狭い通路での松葉杖は危険だろうという事で、レクド王子と護衛担当のライは登らずに、下で待機している。

「シャンデリアをいじるとするなら、このギャラリーからかな」

 ここは会場内をぐるりと囲うように造られていて、会場の真ん中にある1番大きなシャンデリアには届かなくとも、その他いくつかのシャンデリアには、手や道具を使用すれば届く距離なのだ。

「ねぇ、イヴ。ここって普段は誰が立ち入る事が出来るの?」

「カーテンの開け閉めや清掃作業で、朝夕決まった時刻に使用人が立ち入るくらいです。元からあまり足を踏み入れる場所ではないかと」

「そっか、清掃が行き届いているから埃もないのか……誰かが通った形跡とかあればよかったんだけど」

「……本来頑丈であるはずの支えの部分が切れてるね」

 シャンデリアが吊るされていた箇所をジッと見つめていたノエル様が、小さく呟いた。

 その切り口を見て、劣化で千切れたとは私も到底思えなかった。これは途中まで故意に切られて、時間差でシャンデリアの重さに耐えれずに千切れるという、私みたいな素人でも分かる簡単なトリックだろう。

 問題は……誰が、又は誰の命令でやったか、だ。

「夜会中にギャラリーに人が行く事はまずないし、そんな目立つような事しないだろうね」

「ですよね。落下するタイミングを考えていたとしても、流石に正確なものは分からないでしょうから……犯行に及ぶなら夜会当日の夕方、開始前にカーテンを閉めた時、でしょうか」

「それが可能性としては1番あり得るね。イヴ、昨日のギャラリー清掃担当者が誰だったのか確認しておいて」

「あ、でも担当じゃなかったとしても、そのタイミングなら夜会の準備でドタバタしていたでしょうし、別の使用人が出入りしても怪しまれなかったかもしれないです」

「うん。つまり、基本的にここへ立ち入るのは使用人。わざわざ貴族の人間がここを出入りするのはあり得ない。そこから分かるのは……黒幕は別にいるのかもしれないって事」

 目が笑ってないノエル様を見て、ヒヤリと寒気がした。この人、ジワジワと静かに怒るタイプだ。

「……一旦降りましょうか。シャンデリアが落下した箇所も、もう一度確認したいです」

 私達は歩いてきた通路を戻って下りると、会場にいたレクド王子とライと合流した。

「クララ様が王家のご挨拶がある際に待機する席は、かなり前に決まっていたんですよね?」

「あぁ。婚約者という立場だからね。ロワン嬢の立ち位置はクララと一緒の方がいいだろうと私が後から決めて……」

 そこまで話すと、レクド王子はハッとした。

「……つまり一歩間違えていたら、君も巻き込まれて命を落としていた」

 本当に申し訳ない……と、再び昨夜のように謝られてしまった。

「いいんですよ。クララ様の所に戻ろうとして、異変に気づく事が出来たので。立ち位置が違っていたら、間に合わなかったかもしれないですし」

 それに、私がすぐに気づけたのは、クララ様と夢占いをしたおかげだと思うから。

「だが……」

「結果として、私もクララ様も無事だった。それでよろしいのでは?」

 私のストレートな発言に、レクド王子は驚いた様子を見せたが、参ったよと言わんばかりにヤレヤレと軽く微笑んだ。

「ロワン嬢が味方でいてくれて、こんなにも心強い事はないな」

「お褒めに預かり光栄です」

「ただ……ノエル。ロワン嬢も狙われていたと仮定するなら、お前もそろそろ危険かもしれん」

「うん。今まで通り、気は抜かずにいるから大丈夫。レクドを推している貴族が、僕を狙う可能性もあるって事だよね? 僕は王位に興味ないんだから、無意味な事はしないで欲しいんだけど……そう考えると叔父上の身も危ないかもだし、また対策を考えないとだね」

「……私達の命が狙われるのが先か、王家の秘宝黒猫の涙を見つけるのが先か、ですね」

「勿論、サシャには手を出させないから安心して。その為に僕やイヴ、ライもいるんだから」

「ありがとうございます……」

 そりゃあ雇用条件に身の安全確保も入れてもらってありますからね? お願いしますよ本当。

 というか、乙女ゲームなのに推理要素も含まれてるって……何?
 確かにクリアが難しすぎるって友達は嘆いていたけれど、私はやった事すらないんですけども。

「ほら、あんまりロワン嬢を怖がらせるな。お前が本気で怒ると怖いんだから」

 俯いてそんな事乙女ゲームについてを考えていたら、レクド王子に怖がっていると誤解されてしまった。
 確かにノエル様の殺気というか、お怒りが凄いけれど、私に向けられた物じゃないから全然問題ない。

 ノエル様の視線が、ふと私と交わった。かと思うと、視線は足元へと向かう。

「……ねぇ、足は本当に大丈夫なんだよね?」

「意外と心配性なんですね。本当にもう大丈夫ですってば」

「じゃあ今日はこのまま、秘密の部屋へ行こうか」

「秘密の部屋……ですか?」

「王家の秘宝探しにきっと役立つと思うんだ」

 ノエル様はそう言って、いつもと変わらない笑みを浮かべだのだった。
 
 
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