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第3章
18.怪しげに煌めく夜会
しおりを挟む夜会が始まる、小1時間前。私はノエル様と最後の打ち合わせを行っていた。
お互いにキラキラした正装でコソコソと打ち合わせというのも、なんだかおかしいかもだけど……話している内容は至って真面目である。
「いい? 今日の夜会では、足を麻痺させてから初めてレクドが貴族の公の場に立つ。もう既に事前報告は済ませてあるけれど、貴族達からの要らない憶測が夜会中は出回るはず」
そう真剣に語るノエル様を見つめながら、私も神妙な面持ちでコクリと頷いた。
「それに加えて、僕が婚約者候補を1人に絞ってサシャをエスコートするから……」
「良くも悪くも、貴族達がポッと出て来た私へ興味を向ける可能性がある……という事ですね」
「……うん、その通り。本当、サシャの先見の明には参るよね」
「私、あんまり喋らない方がいいですよね?」
できたら壁の花になって過ごしたい私は、ちょっとした期待を込めて問い掛ける。
「僕と合流するまでは挨拶とかも回らなくていいし、大人しくしてていいよ。それに、僕達王家からの挨拶が終わるまで、クララがサシャと一緒にいてくれるって言ってたからね。クララと一緒なら滅多な人間は近づいて来ないと思うし、安心して」
「目立つけど、安全って凄いですね……」
私の脳内に、ウフフ~とほんわか笑ったクララ様が浮かんできた。
「第1王子の婚約者に、王子がいない時に話し掛けようとする馬鹿は今後出禁になるからね」
レクドは自分の溺愛っぷりをワザと世に知らしめてるから、とクスリと笑った。
「そういえばさ」
「はい」
「そろそろ僕を呼び捨てにする気にはなった?」
「……はい?」
「ノエル様じゃ、まだ堅いと思うんだよね。その辺のご令嬢と同じ呼び方じゃない?」
「そもそもノエル様って呼べる(度胸のある)ご令嬢は、高位貴族のほんのひと握りかと思いますけど……?」
私の反論に、何故か不服そうな表情のノエル様である。ここ最近、どこか犬っぽい顔をするんだよね、この王子様。私に少しは慣れてきたのか……はたまた懐いてきたのか。
「あ~……まぁ緊急事態の時は、うっかり呼び捨てするかもしれませんね? その時は不敬でも許してくださいね!」
冗談混じりでそんな事を言い、私はその場を逃れたのだった。
────────────────
「サシャ様、ノエルがいない間は私にお任せくださいませ!」
私と会場で合流するなり、そうやる気満々に話しているクララ様は、今夜も可愛らしい。
淡いオレンジ色のシフォンドレスには、金色の花の刺繍が上品且つ、豪華になされていた。あ、金色ってレクド王子の髪色ですもんね、なるほどなるほど。
「ふふ。なんだかノエルに、凄く久しぶりに頼られましたわ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ。普段のノエルって、何でもそつなく1人でこなしているから。きっと今でもノエル自身は私の手伝いを必要としないのでしょうけれど……サシャ様の事は特別なのね」
ロマンチックで素敵ですわ……! と顔をほんのりと赤らめているクララ様には、大変申し訳ない。ある意味特別な関係ですけど……ビジネスなんですよ、私達の関係。
そんな事を口が裂けても言えない私は、え、えへと曖昧に笑うのだった。
「……あ」
「どうかしましたか?」
「い、いえ……ちょっと見覚えのある方がいらっしゃったもので」
うーわ、嫌な顔を見つけてしまった。
ほんの少しだけ眉間に皺が寄った気がするけど、表面上は冷静を装った顔なはず。私は気を紛らわすかの如く、手に持っていたグラスを傾けてドリンクをコクリと飲む。
「あの辺りにいらっしゃる方だと……ランベール侯爵かしら? あの方も色々な事業をされていて有名ですものね」
本当、何で嫌いな人物ってすぐ目に入ってしまうのだろうか。私のいる位置からはだいぶ離れた所で、にこやかに談笑しているランベール侯爵。
あの営業スマイル……前世で近寄ってきた胡散臭い人にそっくりなんだよね。
実は数年前に、父様に怪しい商売をけしかけてきた、限りなく黒に近いグレーの人物なのだ。
私が気付いて取引を止めたからよかったものの、ロワン家まで巻き込もうとした事を、私は未だに根に持っている。未遂だったけれど、要注意人物に変わりはない。
先程父様達とは話してきたけれど、ノエル様がロワン家に派遣してくれた人物は、かなり頼れる方らしい。義母様からもお墨付きをいただいていて、ホッとした。
それより、ご令嬢からの視線が痛いなぁ……
序盤にノエル様のエスコートで入場した時の事、当分は忘れられなそうだ。令嬢からの呪いで、どうか悪夢を見ませんように。
今はクララ様が隣にいてくださるから、面と向かっての攻撃はないのだけど……時折視線がチクチクと刺さるのだった。
うぅ……久しぶりの夜会はやっぱり、地味にダメージを与えてくるな……
私がお手洗いから戻ってきた時には、ホール内でこれからレクド王子とノエル様それぞれの挨拶が行われようとしていた。
「やば、早く戻らないと」
小声で呟き、クララ様の元へと向かおうとした矢先。チカ、チカとなんだか私の視界がほんの少しだけ揺らめいた。
……うん?
会場の雰囲気にあてられて、目眩でも起こしたのかな。はたまた姿勢を意識しすぎて、首でも張ってるのか……
ふぅ、と天井を見上げると、クリスタルが使われているのだろうか、キラキラと反射している豪華なシャンデリアが微かに揺れていた。
その光景を見て、ふと、私の脳裏に先日のクララ様が話していた言葉が蘇ってくる。
『視界いっぱいに、キラキラしてたんです』
『まるで空から宝石が降り注ぐみたいに……綺麗だなと思っていたら、そこでハッと目が覚めましたわ』
「キラキラした物が、頭に降り注ぐ、夢……待って?」
違う。あれは、夢占いじゃなかったんだ。
──クララ様が狙われる予知夢の方だ……!
私はヒールの靴で、周囲の視線もなりふり構わず、会場内を走り出す。お願い、間に合って……!
「クララ様っ……!」
「え?」
私が叫んだのとほぼ同時に、シャンデリアがクララ様の頭上へと落ちてくる。私は咄嗟にクララ様を庇って、抱きしめながらそのまま床へと倒れ込んだ。
ワンテンポ遅れて、ガシャーンと、ガラスが酷く割れる音がホール内に響き渡った。周囲にいた人々からの悲鳴が上がる。
「っ……怪我は、ありませんかっ?」
「は、はい……!」
私はバッと上半身を起き上がらせると、周囲に目を向けた。
犯人がこの場にいる可能性は充分ある。
私達を心配そうに見ている視線。混乱や、不安そうにこちらを伺う表情。そんな中で、大衆とは離れた会場の隅にその人はいた。
「……見つけた」
離れていても目立つ容姿の持ち主だという事が、仇となったのかもしれない。
私は青ざめた顔色でこちらを見つめるナタリーを、しっかりと目視したのだった。
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