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第3章

17.ドレスの色は何色?

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「サシャ様」

「あれ、イヴ? いつ来たの?」

 王宮に来てから、段々と聞き慣れてきた声が静かに響く。慌てて後ろを振り返ると、イヴがいつの間にか私の後ろに控えていた。

 あの後はすっかりお喋りに夢中になっていたので、そこそこ時間が経っていたようだ。お茶会もお開きとなり、クララ様に別れを告げて私達は庭園を後にしたのだった。

「で、どうだった? 新人メイドの子」

 実は私がお茶会に参加している間、イヴにはナタリーの様子を見てきてもらえるよう、お願いしていたのである。

「概ねサシャ様がおっしゃっていた通りでした」

「うわぁ……当たっちゃってたかぁ……」

 イヴから語られるナタリーの様子は、大方私の予想通りだったようだ。
 基本的に自由奔放。メイドの仕事もそこそこに、また殿下や騎士様方に会えるんじゃないかと浮き足立っている様子だそうで。他のメイドも、ナタリーの仕事の進みの遅さにかなり困っているらしい。

 ……なんでナタリーを採用したんだ? 王宮採用担当、誰よ。

 ただ、メイド達からの評価は悪いみたいだけど、騎士様方には結構人気のようだ。目立つ容姿だしね。
 あの子、絶対騎士様の前では猫かぶってるのよ、と先輩メイドが怒り心頭らしい。

「それから言動についてですが、サシャ様から事前に伺っていた不可思議な単語を話す事は、見てる限りありませんでした。今のところ騒々しいといった点以外には、可笑しな点は見受けられません」

「なるほど……冷静な分析ありがとう」

 うーん……今のところは前世の記憶持ちって訳ではなさそう、が有力候補でいいか。本人がそれを隠してたとしたら分からないけど、あの性格じゃあね……

 シンデレラストーリーって考えたら、ナタリーがヒロインポジションなのは、ほぼ確定だ。
 あとは申し訳ないけど、一応生い立ちとかプライベートな事も調べた方がいいのかもしれないな。

「ただあのメイドだけ、他の新人メイドの王宮入りの日にちと、少しだけズレていたようです」

「うん……? それって普段あまりない事なの?」

 王宮って常に人の入れ替わりが激しそうなイメージだったから、私は気にならなかったのだけども。

「そうですね、面接・採用の流れは王宮の規則もあって厳しくスケジュール管理されてますので。……まぁ、何か事情があって王宮入りが遅れたのかもしれないですが」

「そっか。急遽人手を追加募集した、とかあるもんね」

 うぅん……ナタリーが要注意人物なのは間違いないけど、ずっと新人メイドに張り付いてる訳にもいかないしなぁ。

「いっそ私付きのメイドにするとか……?」

 冗談混じりで呟いたら、イヴに凄い顔された。
 普段無表情の人間が心底嫌そうな表情を浮かべていたから、観察してたナタリーの態度はよっぽどだったんだろう。

 いやいや、自分で言っておきながらナタリーには申し訳ないけど、私だってちょっと無理だよ?
 そんな事を考えながら自室へと戻る道へ進もうとすると、イヴからストップがかかった。

「サシャ様、こちらです」

「あれ? 今日ってこの後、部屋に戻っちゃダメだったっけ?」

「急遽ご予定が追加されましたので」

 イヴの誘導で何故か別の部屋へと向かう事になったのだけど……なんで何処に向かうかを教えてくれないのだ。


 ────────────────


「えーと、ノエル様……これは?」

 私がちょっぴり裾を上げると、シャランと宝石のパーツが音を立て、キラキラと反射する。
 部屋に入った途端に着せられた深緑のロングドレスは、シンプルだけど光沢のある生地で着心地抜群だった。

 はい、これ絶対高級品。

「サシャが今度の夜会で着るドレスの……候補ってとこかな?」

 ソファーにゆったりと腰掛けて肘をついているノエル様は「次はこれね」とドレスを指差して、メイド達に指示を出す。メイド達は慌ただしくドレスに合わせる付属品などの準備に入った。

 本当、いい笑顔で人を使ってるな……

「えーと、お仕事はよろしいんですか?」

 私が夜会で着るドレスなんて、正直ノエル様にとっては何でもよいんじゃないのか。公務の合間にわざわざ自ら選んでくれるなんて、どうしたんだろうと思わざるを得ない、疑い深い私である。

「うん? 仕事はまだ終わってないけど……こっちの方が大事じゃない?」

 まぁ……とメイド達から、キャッキャと声が上がる。

「他のメイドにも仲睦まじい所を見せておかないとね」

 ノエル様は、私にだけ聞こえるように耳元で囁くと、ニッコリ笑った。

「……左様で」

 あ、はい、そういう事ね。
 それで腑に落ちる私もなんだかな、と自分にツッコミを入れながら、また違うドレスへと袖を通すのだった。

 ノエル様の指示で、私は様々な色や形のドレスを着ていく。淡い紫色のオフショルダータイプや、黄色のシフォンが幾重にも重なったドレス、濃い紫色のマーメイドドレスなどなど。

「どれもお似合いですね……!」

「うん。似合うからどれにしようか迷うって、中々困ったものだね」

「あ、ありがとうございます」

 メイド達やノエル様の感想がお世辞だって分かってるけど、それでもちょっと照れるな。

「既製品でごめんね。夜会まで日にちがなくて、オーダーメイドだと間に合わないって言われたから」

「いえ、本当にどれも私には充分すぎるドレスです」

「似合うドレスを選ぶから任せて。きっとサシャなら黒のドレスも似合うと思うけど……黒は流石にメインカラーには出来ないからな」

「黒……」

 黒って、ノエル様の髪の色だからかな? いや、まさかそんな深い意味はないか。

「最後はこれにしようか」

 そう言ってノエル様が指差したのは、青色のドレスだった。

 ドレスの形は、先程着たオフショルダータイプのと似ていた。
 肩が結構出ているけれど、胸元から首にかけては黒のレースで覆われている。露出が多い訳でもなく、程よい感じの透け感でいいかも。

「うん、やっぱり青色が似合うね」

「……ありがとう、ございます」

「僕の色って言いたい所だけど、レクドも同じ色の目だから」

 そう語るノエル様は、何だかシュンとしていて残念そうに見えた。確かに色味は双子だから似てるだろうけど……でも、よく見たら違うと思う。私は──……

「……私は、レクド王子と同じ色だと思ってないですよ。綺麗で好きです、ノエル様の青い瞳」

「……!」

 予想外の事を言ったからだろうか。目を見開き、驚いた表情をしてこちらを見つめるノエル様。
 周りにいたメイド達からは、キャッと小さく歓声が上がった。……あれ、私は思わず何を口走っているんだ?

「……すみません、今のは忘れてください」

「嫌。……何、お世辞だったって事?」

「そうじゃないですけど!」

「じゃあ、サシャの本音なんだ? ありがと」

 小っ恥ずかしくなってきた私は、これ以上余計な事は言うもんかと、うぐぐ……と口籠くちごもってうつむいた。

 でもチラリと覗き見えた、嬉しそうに笑ったノエル様の表情は嫌いじゃない……かもしれない。

 
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