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第2章

8.悪役令嬢って本当?

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「…………サシャ? 大丈夫?」

 私がハッと現実世界に意識を戻した時、心配そうに私の顔を覗き込んでいたのはノエル様だった。

「……色々驚いてしまって。すみません、もう大丈夫です」

「ロワン嬢が驚くのも無理はない。会って早々に、普通は有り得ないような話をしてしまったからな」

「いえ、とんでもないです。私は【黒猫の涙】を探す手伝いの為にここに来たのですから、最善を尽くしたいと思っております」

 そう言って、レクド王子にペコリと頭を下げた。
 報酬に見合った仕事をきちんとこなすのは、私のモットーでもあるから。

「ありがとう。君の身の安全はしっかり守ると約束する。ノエルやライも側にいるだろうが、私からも君を守る影をつけておくから」

「あ、ありがとうございます……」

 えっと、まさか私も危険な目に遭う可能性があるとか……?

 ノエル様にチラリと視線を向けると、段々見慣れて来たお得意の胡散臭い微笑みをされた。……これは後で要確認案件だな。

「それから、私から言えるのは……無闇に王宮の人間を信じないように、だな。君がノエルの婚約内定者になった事で、あからさまに擦り寄ってくる輩が現れる筈だ。私やノエル、まぁ……ここにいる4人は少なくとも信じてくれて構わないが」

 なるほど。私以外の、今この部屋にいる4人は、秘密を共有して大丈夫って事かな。

「分かりました」と、大人しく頷いていたところで、コンコンコン、と軽快なノック音が響いた。

「確認してまいります」と、スッとフェルナン卿が扉へと向かう。

「マクシミリ嬢がいらっしゃいました」

「もうそんな時間だったか」

 レクド王子はフェルナン卿に通すようにと合図する。

 カチャ、と静かに開いた扉からやって来たのは、それはそれは女の私でも見惚れてしまう程に可愛らしいご令嬢だった。
 庇護欲をそそる華奢な背格好。漂うご令嬢のオーラ。これぞ、ザ・美少女だ……!

「まぁ、初めましての方がいらっしゃったんですわね? クララ・マクシミリと申しますわ」

「ロワン嬢も、名前は聞いた事があるかもしれないな。クララは私の婚約者なんだ」

 クララ様は、栗色のふんわりとした髪の毛を少しすくって編み込んでおり、ふわりふわりとその毛先が優しく揺れていた。
 くりっとしたオレンジ色の瞳は、小動物を彷彿とさせるようで可愛らしい。

「は、初めまして。サシャ・ロワンと申します……!」

「サシャ・ロワン様……あっ、占いの……!」

 そんな方が、自分めがけて一直線に向かって来てくれて、ニコニコされながら手を握られてみてほしい。惚れない訳がない。

「サシャ様のお噂は、かねがね聞いております! お時間が合えば、私も是非占いをしていただきたいですわ……!」

「あ、有り難きお言葉、感謝いたします。是非」

 あれ? この方がレクド王子の婚約者だとすると、ヒロインにとっての悪役令嬢ポジションになるんだよね?

 私の返答を聞いて、ほんわかと嬉しそうに笑ったクララ様に【悪役令嬢】なんて肩書きは似合わなさすぎるんだけど。むしろ貴方がヒロインだと思う。

「クララ、その位にしておこう。ロワン嬢が驚いているから」

「はっ……! ご、ごめんなさい!」

「ほら、こっちに座って」

 手招きしたレクド王子の隣に、しおしおと座るクララ様を、レクド王子は愛おしげに見つめながら、優しく頭を撫でている。

 ……こんなに人前でイチャイチャする程に仲がよろしいのに、ヒロインが登場したら心変わりするのかな?


 前世の友人が熱中していた乙女ゲーム。
 確かタイトルは……『王宮迷宮ラビリンス~黒猫の涙を探して~』だった、気がする。
 王宮迷宮って、韻を踏んでるのかと友人に聞いたら「迷宮はラビリンスって読むの!」と怒られた記憶がある。

 あの時は興味がなくて、友人の会話を右から左に流してしまっていたから、ゲームの詳しい内容は覚えていないんだよなぁ。

 今更になってちゃんと聞いておけばよかったと思う。まさか転生してその世界に生まれて、ゲームの知識を使う事になるなんて思わないじゃんか……

「クララが来たなら、僕達はおいとまするよ。このままサシャに王宮を案内してくる」

 私もこの甘い雰囲気にちょっと耐えきれなくなってきていたので、これ幸いとばかりにノエル様の提案に乗っかった。

「もう? 折角なら2人も一緒にお茶しましょうよ」

「うーん……でもレクドはきっと、クララと2人っきりを所望してると思うよ?」

 ノエル様の言葉に「私もそう思います」と、心の中でうんうんと相槌を打っておいた。

「暫く王宮に滞在させていただくので、またお時間があれば……」

「本当ですか!? 私、後でスケジュールを確認して、空いている日をご連絡しますっ! 約束ですわよ、サシャ様!」

「はい、約束しました」

 パァッと笑顔を向けられて、私も釣られて笑顔になる。

 あぁ、可愛い。甘えん坊の妹を持った気分になった私は、うっかりレクド王子みたく頭を撫でそうになって、スススと手を押し留めたのだった。


 ────────────────


「ごめんね。レクドの事もそうだけど……今話していた内容の詳しい事は、また部屋に戻ってからでお願いしたいんだ」

「分かりました」

 部屋から退出した私達は、諸々の確認要項については一旦保留にして、王宮内を巡った。今日見て回ったのは全体の1/3程度らしい。王宮広すぎる。

「とりあえず今日はこんな所かな。後はこのまま王族の住居スペースを案内するよ。というか、そもそもサシャってあんまり王宮自体、来た事がないんだったよね?」

「そうですね。でもここ数年は、年中行事にだけは参加させていただいているので……年に1回はお邪魔していますよ?」

「……流石に少なくない? 年中行事って一応、年に何回もあるんだけど」

 ……王宮はドロドロしていて居心地が悪いので、とは住んでいる王子様に口が裂けても言えない。

「それは社交界から消えたと言われる訳だね。じゃあ、サシャの部屋に行こうか」

「私の、部屋、ですか……?」

 待って。願わくば、1番質素な客室であってほしい。

 ──私の願いは虚しく、王宮住居スペースの一室に案内された。
 いや、まぁ仮にも王子の婚約内定者なんだから、そんな控えめな待遇にはならないと思っていたけど。
 部屋の内装は、想像したよりも煌びやかさが控えめになっていて、落ち着いた雰囲気だったのでちょっとホッとした。

「護衛の関係もあるし、なるべく僕の部屋の近くにしておいたから」

「……?」

 またこの王子様は意味深な発言をするな……?

「ちなみにですけど、ノエル様のお部屋はどちらに……」

「隣っすよ。何ならそこの扉からサクッと行けますよ」

「……となり?」

 何気なくそう告げるライの言葉に、私の語彙力は低下した。

 
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