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第1章

2.波乱の幕開け

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「えーと、何々……?」

 手紙の最初にツラツラと書かれていたのは、お決まりの時候の挨拶的なやつだ。

 問題は、その後の文章である。

【婚約者候補として名が挙がっているサシャ・ロワン子爵令嬢と、ゆっくり語らえる場を設けたいと思う。ひいては、明日の昼前に王家の馬車を向かわせるので、それに乗るように】


「…………はい?」

 ……有無を言わさずなこの文章、なんなんだ。ちょっと横暴すぎて、私の口からはそれしか出てこなかった。
 招待とか書いておきながら、ナチュラルに命令されているような。

「ねぇ、これ私に明日予定があったら、どうされるつもりだったのかな」

「サシャお嬢様、お言葉ですが……王家の呼び出しより大事な予定なんて、正直ないと思われます」

 えぇ……? と、私はジト目でメイドを見上げた。

「普通は先に約束していた方を優先するものよ」

「本当、お嬢様は変わっておられますよね……」

 慌てて持ってきた自分が馬鹿らしく思えてきました……と、ガックシと項垂れていた。

 変わってると言われても、まぁしょうがない。

 この深い藍色の髪の毛と紫色の瞳に、最近では趣味の占いも加わって、一部の貴族から【社交界から消えた、神秘の子爵令嬢】なんて噂されているらしい。(エリナから聞いた)
 一時から社交界に姿を出さなくなったのはちょっと色々あったからで、今は行こうと思えば行けるし、別に消えた訳じゃないんだけどね。

 メイドは項垂れていた頭を、クワッと思い切り起こした。

「でしたら、お断りのお返事という事でよろしいんですねっ?」

「えっ? いや、うそ、うそだってば。ごめんて。流石に行きますって」

 とりあえず、返事を書いてっと……そうだ、王宮に行くなら父様と義母様かあさまにも一応報告しとかないと。

「王宮に行くのに適したドレスなんて、あったかなぁ……」


 ────────────────


 馬車に乗り込み、カタンカタンと時折小さく揺られながら、私は外の景色を眺めた。

 一体何の話があるんだか……
 私は「ハァ……」と、聞こえないくらい小さく溜息をついた。とにかくサクッと終わりますように。

 王宮という存在は酷く煌びやかで、目を奪われるような憧れる世界だ。だけど裏にはきっと、その輝きに隠された、魑魅魍魎とした世界があるんだって事を、私は直感している。

 ……お腹の中で、何考えているのか分かんない権力者達がウジャウジャいる王宮に、あんまり長居したくないんだよね。
 だから年1の王宮行事で、美味しい物を食べにコッソリとお邪魔するくらいがちょうどいい。

「ほんと、私みたいな弱小貴族に何の用なのよ……」

 王宮に到着するまでの間、悶々といくら考えても、結局答えは見つからなかったのだった。


 ────────────────


 私が通された部屋は、想像していたよりも比較的小さめな部屋だった。
 部屋の真ん中に長テーブルと、それを挟むように長ソファーが2つ。入ってきた扉とは別に右側に扉があるので、どこかに繋がっているのかもしれない。

所謂いわゆる応接室、なのかな」

 私はひとまず王子が来るまで、ソファーにちょこんと座って、キョロキョロと部屋を眺める。
 置かれている家具は見るからに高級そうだけど。必要最低限の物しか置かれていないみたいで、何だか無機質というか……

「生活感がない……? あんまり使われてない部屋って事……?」

「そう思う?」

 突然横から声が聞こえて、私はビクッとなり、フカフカなソファーの上で軽く跳ねてしまった。慌てて立ち上がって、声の聞こえた右側を向いた。

 そこにいたのは、私を招いた張本人。

 サラサラの黒髪に蒼い瞳。背が高くてスラッとしていて、ほんのりと甘い顔立ちのノエル王子だった。
 こんなに間近で見たのは初めてだけど、流石ご令嬢達が騒ぐだけの事がある美男子だ。

「この度はお招きありがとうございます。サシャ・ロワンです」

「うん、急に呼び出してごめんね? お茶を淹れるからとりあえず座って」

「はぁ」

 私が座ったソファーの横で、護衛騎士であろう背の高い男性が、カチャカチャとティーセットの準備を始めた。

 思わず凝視する。
 ……待て待て。何でメイドじゃなくて、護衛騎士がお茶を?

 まぁ、細かい事を気にしたら負けか……
 あんまりジロジロ見るのも失礼だし、美味しく淹れてくれるのなら誰が淹れても構わない。

「どうぞー」

「ありがとうございます」

 大分砕けた感じの騎士様から受け取った紅茶は、フルーティーで爽やかなオレンジの香りがして、ふんわりと私の鼻をくすぐった。

「……美味しい」

 流石は王宮。いい茶葉を使ってるんだなぁと、思わず気も少し緩んでホッコリした。

「……時間があまりなくて、早速だけど本題に入らせてもらうね? 突然呼び出したのは、ロワン令嬢の噂を耳にしたからなんだ」

「私の噂、ですか?」

「うん。神秘的な見た目で、更には占いがよく当たると評判の、美人な子爵令嬢がいるって。それって君の事だよね?」

「んくっ……!?」

 私は口に含んだ紅茶を、危うく吹き出しそうになった。慌ててカップとソーサーをテーブルに戻す。
 王子の所まで噂が広まってるなんて、聞いてないんですけど!? しかも美人とか、誇張されてる……!

「……う、占いをやっているのは確かですねっ……」

 ふぅん……と少し思案していたノエル王子は、何を思ったのか突然私の腕をグイッと引き、テーブル越しに顔を近づけた。

「!?」

「ねぇ、それなら僕の事も、試しに占ってくれない?」

 そう言って、至近距離でキラキラした微笑みを向けられた。

「……ち、近いんですけど」

 間近で見た王子様は、こんなに綺麗な顔で笑っているのに、目の奥は全く笑ってなくて。
 まるで、占えるものなら占ってみたらと小馬鹿にされている様で、何だか私はイラッとしてしまったんだ。

「……お断りします。ノエル王子は、占いを信じてなさそうですから」

 私は間髪いれずに、ノエル王子に負けず劣らずの満面の笑みで、お断りしたのだった。

 
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