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追放された弟は、兄の手を取り、英雄への道を進む

2.精霊王との契約と、兄との再会

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魔法の練習を始めたけれど、とにかく大変だった。

魔力量が多いせいか、制御が上手くできない。
暴れまくる魔力を抑えるのが、本当に大変だった。

初歩の魔法と言われる、『球』の魔法を使えるまでに、半年もかかった。

できたのは、白い球。でも、六つの属性の、どの属性とも色が違う。
『炎球』は赤、『水球』は青、『風球』は緑、『地球』は黄、『光球』は金、『闇球』は黒。

「……ふむ。きっとこの白い力が、本当の力だね。仮に属性の名前を付けるとするなら……そうだね。属性がない、と言われる所から、無属性魔法、としてみようか」
面白いだろう? とランディさんに言われて、僕も頷いた。


この無属性魔法がなんなのか。
ランディさんが何かしらの推測をしているので、試してみようと言われた。

ランディさんの『水球』に、僕の白い球をぶつける。
そうしたら、白い球が『水球』を吸収して、巨大化してランディさんに向かっていった。

僕は慌てたけど、ランディさんは冷静に防御魔法を使っていた。


「おそらくだけどね。無属性魔法は、六つの属性、火・水・風・地・光・闇のすべての属性を兼ね備えた属性なのではないか、と思っている」

先ほどの吸収・巨大化の現象は、水以外の五つの属性が『水球』の力を弱め、水属性が同じ属性を持つものの力を取り込んだのではないか、と。


魔力量が多いのも、なかなか制御できないのも、納得できる。
六つの属性全部を扱うに等しいのだから、魔力量が少なかったら話にならない。
一つ属性を扱うだけに比べれば、制御だって難しくなるのも当然だろう。

でも、だからこそ、使いこなせれば、他の誰よりも強くなれる。


そう思いながら、練習に励み、上級魔法の発動に成功したある日。
「こんにちは」
突然目の前に、妙齢の女性が姿を現した。

「…………えっと……こんにちは」
一応挨拶を返したが、冷や汗が止まらない。
分かる。これは、水の精霊王と対したときと同じ、あるいはそれ以上の緊張感だ。

「ねえ、あなた。私と契約しない?」
いきなり何を言うのだろう。何となく想像は付くが、それでも相手が誰か分からない。

「ああ、言い忘れていたわ。私は、精霊王よ。六つの属性の精霊王を統べる精霊王。それが私。あなたが気に入ったの。契約しましょう?」

いや、六つの属性の精霊王を統べる精霊王? なにそれ?
首を横に振る。

「……駄目なのかしら」
「あ、いえ、その」
落ち込む精霊王に、僕はやっと声を出すことができた。

「その、なんで僕に……。そんな、精霊王に認めてもらえるような器じゃないです」

ランディさんを見ていると、余計にそう思う。
あの人は、本当にすごい人だ。精霊王が認めるのも分かる。
でも、僕がランディさんみたいになれるとは思えなかった。

「……精霊と契約したいとは思わない?」
「え、いや。それは思いますけど……」
精霊王の問いにそう答えた途端、僕の体に何かが流れ込んでくるのが分かった。

「………………………え?」
「あなたの名前を教えて?」
驚いている僕をよそに、精霊王はなぜが笑顔だ。

「…………グレン」
思わず答えれば、精霊王は一つ頷く。

「私のすべてを持って、グレンに力を貸すことを、ここに誓うわ」

その宣言後、僕の中に何かとの繋がりが出来上がるのが分かった。
その繋がりは、間違いなく、目の前にいる精霊王との繋がりだ。

「……………………………………………え…………?」

絶句している僕に、精霊王はどこ吹く風だ。
「これからよろしくね。グレン」
え、もしかして、精霊王と契約しちゃったの……?


「諦めなさい」

僕が契約をした事に真っ先に気付いたのは、水の精霊王、らしい。
それで、ランディさんが駆けつけてくれて、呆然としたままの僕に言った最初の一言が、それだった。

「精霊王からの契約は、断れない。私が契約したのも、キミと似たり寄ったりの状況だよ」
ため息交じりにそう言われて、僕もようやくそこで現実に立ち返ってきた。

「え、ランディさんも、気付いたら契約してた、みたいな感じ?」
「困ったことに、そうだ」

普通、人間と精霊の契約って、双方の同意がないとできないはず。
それを飛び越せるって、絶対におかしい。

「アハハハハハ。王も契約したんですねぇ」

「ええ。これからはあなたとしょっちゅう顔を合わせることになるかしらね。水の精霊王」

「そうですね。あ、メルって呼んでもらっていいですよ。あと、あんまり王の顔しないで下さいね。上司が近くにいるのって緊張するんですから」

「あなたのどこが緊張しているのか、逆に聞きたいわ」

その精霊王と言えば、こっちの困惑をよそに、のほほんと話をしている。
思わず腹が立った。
と思ったら、まるでそれを見透かしたかのように、精霊王が僕に振り向いた。

「グレン。私に名前を付けて?」
笑って小首を曲げる精霊王に、何となく敗北を感じた。
かなわないな、と思ってしまう。

精霊との契約において、名前は大切だ。
人間は、精霊に自分の名前を告げる。
そして、契約後に精霊に名前を付ける。そこまでして、真に契約が完了する。

「……ミーシェ」

どうしようと悩んだのも一瞬。彼女を見て、思い浮かんだ名前を、そのまま告げる。
彼女の顔が笑顔で綻んで、魔力が吹き荒れた。
そして、僕は、精霊王と、ミーシェと契約をした。


それからの練習は、さらに大変だった。
自分の魔力だけでも持て余していたのに、そこに精霊王が加わったのだ。
必死に、練習を重ねた。


そして、14歳になった日。
僕は、ランディさんの養子になった。

ランディさんは、結婚はしていない。当然子供もいない。
養子の話は大分前から出ていて、僕もそれを了承していたけど、ここまで待ったのは面倒な制度のせいだ。

ランディさんが調べてくれたところだと、僕は追放と同時に、ウォーレンサー家から除名処分になっていたらしい。

ただ、貴族というのは、除名処分を言い渡したのにも関わらず、後になって仲直り、みたいな例がそこそこあるらしい。
そのため、除名処分されてからも、三年間はその家の籍に残り続ける。
三年経って初めて、完全に除名となり、家の籍から抜けるわけだ。

三年経つ頃に、その家に完全に除名になる旨の連絡が行くようになっている。
なので、三年たってすぐに養子契約をした場合、何かの話で、僕のことがバレる可能性もゼロじゃない。

ということで、そこから念のためさらに一年待っての、契約だ。
契約した日、初めて「義父とうさん」と呼んだ。恥ずかしかった。


ちなみに、僕の母さんは、義父さんに仕えている執事さんと再婚した。
いや、全然気付かなかった。いつの間に、って感じだ。
でも、もうみんな家族みたいなものだったら、僕も素直に祝福できた。


ところで、義父さんは、魔法支局長長官だ。
国内で起こる魔獣被害の対応だったり、魔法の研究なんかをしているらしい。
忙しくて、家にいられない日もある。

そんなある日。
「勝手に入られては困ります! お待ち下さい!」
執事さんのそんな大声が聞こえて、驚いてそっちに向かおうとすると、先にその相手が現れた。

「――君がグレン?」
その金髪の男は、そう言って笑った。


その男は、この国の王太子だと、そう自己紹介した。
「ランディが養子契約をしたっていうからさ。会わせろって何回も言うのに、会わせてくれないんだ。だから、あいつがいない隙に、押しかけた」

僕の一つ上の15歳。
今年、国立マルメクレン魔法学校を受験して、見事に合格したらしい。

……あそこは、王族だろうと何だろうと、決してひいきしない。それだけ、実力があるんだろうな。
とは思ったけれど、押しかけの客に丁寧にしてやることもない。

相手が王太子だろうと知った事か、と思って無視していたけど、聞き過ごすことのできない言葉が、王太子から飛び出した。

「ねぇ。フランルーク・ウォーレンサーの話、聞きたくない?」

無視すれば良かったのに、体をビクッとさせて反応してしまった。
僕の反応に気をよくしたんだろう、「聞きたい?」とさらに詰め寄ってくる。


フランルーク・ウォーレンサー。
僕の味方をしてくれた、兄さんの名前だ。
というか、そもそも兄さんの名前を出してくる時点で、こいつは僕のことを知っている事になる。
睨み付けたが、笑顔を返された。


「去年だったかなぁ。妹が誘拐されそうになってね。そこに居合わせたフランルークが、妹を助けたんだよ」
頼んでもいないのに、勝手に語り出した。

「本当に助かったんだけどさ。でも、それ以降、妹がフランルークにすっかり夢中で、もともとウォーレンサー家があまり好きじゃなかった父上が、さらに嫌いになっちゃってね」

父上って、国王か。それで嫌いになる方が問題だろ。完全に公私混同じゃないか。

「でも、そのフランルークも、今や落ちこぼれだけどね」
「…………えっ?」

その言葉は、聞き流せなかった。
はっきり反応を見せた僕に、王太子がニンマリ笑う。してやったり、という顔をしているけど、それを気にしていられなかった。

「どういうことですか」
低い声で問いかける僕に、王太子は笑顔を崩さない。

「精霊と契約していないんだよ、あいつは。ほとんどが13歳までには契約を済ませるのに、14歳になっても契約できないなんて、落ちこぼれ以外の何者でもない、だろう?」

クスクス笑って、僕に確認を取るように聞いてくる。
答えずに睨み付けた。

「ま、とは言っても強いんだけどね。ずっと優秀で通ってきた奴だから、周りからのやっかみもすごい。あいつが精霊と契約できていないのをいいことに、契約した奴が勝負を挑んで、そのすべてに完勝。
 ボクも何回かあいつの戦いっぷりを見たけど、たいしたものだったよ。それでも、本気を出している様子はないしね。正直、なんで契約できてないのかが分からない」

その話を、どこか嬉しく聞いていたら、ドタドタドタ、と激しく足音が響いて、扉が開いた。

「……義父さん」
「なんだ、ランディ。帰ってきちゃったのか」
「なぜ、殿下がこちらにいらっしゃるのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

義父さんが、思いっきり怒ってた。
だというのに、王太子はひょうひょうとしている。

「なぜって、ランディがなかなか会わせてくれないからじゃないか」

「……グレンに何を吹き込んでいたのですか?」

「吹き込むとは人聞きの悪い。ちょっと、フランルーク・ウォーレンサーのことを話してただけさ」

義父さんから、冷たい空気が吹き付けている。動じない王太子がすごい。

「グレンは、国立マルメクレン魔法学校を受験するのか?」
あげくに、義父さんを無視して、僕に話しかけてきた。

「……そのつもりですけど」

「そうか。それは楽しみだ。――ランディ、グレンを受験させるなら、学校長に話は通しておけよ。かつて忌み子と言われて、ウォーレンサー家から追放された人間の事は知れ渡っている。顔を見れば、一発でバレるぞ。変な勘ぐりをされる前に、話は通した方がいい」

「――言われずとも、分かっております」

「なら、いい。じゃあな、グレン。またな」

ひらひら手を振って去って行く王太子を、何となく見守っていると、
「……すまないな、グレン」
義父さんから、謝られた。

「あ、いや、驚いたけど。それよりも、僕の事ってそんなに知られてるの?」
この家は、王都でもかなり外れにある。
僕は、あまりこの家から外に出ようとしなかったから、そういった情報にはかなり疎い。

「まあね。忌み子なんて判定、そうそう出るものじゃないから、話はあっという間に駆け巡る。キミは兄と一緒によく出かけていたみたいだから、顔も知れ渡っている。多少の歳月があるにしても、多分すぐにばれるだろうね」

だからこそ、会わせたくなんてなかったのに、と義父さんは言う。
でも、たぶんそこまで王太子は分かった上で、来たんだろうな。忠告をするために。
そんなことは、義父さんだって分かってるだろうけど。


それから数日たって、義父さんが学校長だという人を連れてきた。
もともと知り合いらしい。
魔法を見せて欲しい、と言われて、希望通りに魔法を見せた。


そして、いよいよ国立マルメクレン魔法学校の受験を迎えた。

筆記試験を終えて、実技試験。
受験番号は、一番だった。

魔力量の多い順から行われる実技試験。
僕の魔力量は、22万。かなり桁外れの魔力量らしい。

義父さんは30万あるっていうから、僕の上もいるかと思ったら、いなかったようだ。


試験は、宙を動き回る、人の頭大の球体20個を、一発の魔法でいくつ破壊できるかを見る。

中級魔法がまともに当たれば壊せるが、動きが不規則で、しかも早いので、正確に当てるのは、なかなか難しい。

だから、ほとんどの人は、範囲攻撃の上級魔法を使う。
僕も、それでやるつもりだった。


「静粛に!! 試験を始める!!」
試験管の声が響いた。

「では、一番から。グレン・コリンティアス、前へ!」
名前を呼ばれて、前に出た。

「上級魔法――『六造無色』」

放たれた白い光の魔法は、赤へ、青から緑へ、黄色、金色、黒へと変化し、最後にまた白に戻り、爆発した。
色が変わる度に、球体を破壊していく。

「破壊数、19個!」
全部は壊せなかった。少し残念だった。


騒がしい周りを無視して会場を出ようとしたら、
「二番、フランルーク・ウォーレンサー。前へ」
そのアナウンスが聞こえて、立ち止まった。

振り返ると、目があった。
――間違いない。兄さんだ。
すぐに目を逸らされてしまったけど、僕はずっと兄さんの姿を追い続けた。


「中級魔法――『大炎球』。――凝縮。複写」

兄さんの唱える魔法に、目を見張った。
人を飲み込むくらいの大きい炎球が、人の頭大の大きさ、つまり球体と同じ大きさにまで縮まる。
さらに、同じ炎の球が、20個出そろう。

「――発射」

その号令とともに、炎球が素早く動き、球体を捕らえる。
一つの炎球につき、一つの球体を、確実に捕らえ、破壊している。
最後には、空中に炎の花が咲かせた。

「破壊数、20!!」


(すごいわね。あなたのお兄さん)
思わず見入っていたら、ミーシェの声が聞こえた。
僕はその場を去りながら、ミーシェに問いかける。

(ミーシェから見ても、すごいんだ?)

(ええ。彼は、完璧に魔法を、魔力を制御している。だから、あんなことができるんだけど、どれだけ練習をしたらああなるのか、想像も付かないわ。現時点では、明らかに彼の方があなたより上ね)

兄さんがすごいのは嬉しいけど、そう言われると、ちょっと悔しかった。


結局、僕は、次席での合格だった。
主席が誰か、なんて聞かなくても分かる。
でも、会える。――兄さんに、会えるんだ。


学校への入学に当たって、僕は寮に入ることになった。
なぜって一言で言えば、義父さんの家からは遠いからだ。
義父さんは寂しそうだったから、休みには戻ってくると伝えた。


そして、迎えた入学式。
やっぱり、僕の隣、つまり主席は兄さんだった。
でも、不満なのが、兄さんがいっこうに僕と顔を合わせてくれないことだ。


事件が起こったのは、僕たちSクラスが壇上に上がって、紹介されたとき。

「ちょっと待ってください!」
「一人、不正の疑惑があります!」

そう声を掛けてきた二人が誰か、すぐに分かった。
妹のパーリアと、弟のシリス。
追放がどうの、忌み子がどうのと言っている。

合格したときに、義父さんからも、学校長からも、こういう事態は起こるかもしれない、とは言われていた。
その時には、教師で事態を納めるから何もしなくていい、聞き流せ、と言われていた。


――正直、兄さん以外の元家族に会ったとき、自分がどういう感情を抱くんだろう、というのは分からなかった。

あの、命を落とす直前までいったとき、確かに自分は、こういう目に合わせた家族を憎んだ。

だから、仕返しがしたくなるかも、と思っていたのだけど、叫ぶ二人を見ても、予想した以上に何とも思わない。

二人の力が大したことないのは、すぐに分かったから、そのせいだろうか。
どうでも良かったから、聞き流すのも簡単だった。


「二人とも、黙れ!」
教師が動く前に動いたのは、兄さんだった。そして、僕に頭を下げた。

「申し訳ない。俺の妹と弟なんだが……後でしっかり言い聞かせておく。今は、それで許してくれると嬉しい」

どうでもいいんだから、別に許すも許さないもない。
「………………分かりました。それでいいです」

だから、適当に返事をしてしまったけど、あの二人を放置しておいたら、迷惑を被るのは兄さんなのだろうか。


そして、教室の自己紹介の場で。
明らかに僕を意識しているのに、目を合わせてくれようとしない兄さんに、なんか腹が立ってきた。

タミーと名乗った女性からの質問。
「ね、なんで戻ってきたの? 捨てた家族に復讐とか?」
という言葉に、緊張した様子の兄さんに、ついにキレた。

言いたいことを全部ぶちまけたら、すっきりした。


明日の模擬戦は、兄さんとやるらしい。
その日の帰り、兄さんと帰っていたら、パーリアとシルスがやってきた。
これ以上絡まれるのは面倒だった。

「兄さんが何を言っても、どうせお前達は納得なんかしないんだろ? 別にお前らごときにどう思われようと構わないけどさ。これ以上兄さんに迷惑が掛かるのは、見過ごせない。だから、勝負しようよ。僕が勝ったら、口出しするな」

そう挑発的に言ってやれば、簡単に乗ってきた。


決闘場の使用許可が簡単に出た。
まあ、学校長が絡んでるんだろうけど。

二人を同時に相手にしたけど、やっぱり大したことはない。
見ている兄さんに、明日の模擬戦前にあまり手の内を晒したくなかったから、必要最小限しか魔法は使わなかったけど、それで十分だった。


模擬戦は……、何というか、一言で言えば、完敗だった。

兄さんを驚かせることができたのは、最初の、魔法を吸収して巨大化した所だけ。
手の内を晒したくない、なんて考えがまるで必要なかったくらいには、僕の手の内は読まれていた。

最後に使った魔法なんか、ホントにこんなのが人が使う魔法なのか、と言いたくなるくらいの代物だ。


衝撃だったのは、試合後に話した内容だろうか。
兄さんが、炎の精霊王に契約を持ちかけられていて、断っていた事。
精霊王との契約が断るのは不可能、なんて代物ではなかった事も、衝撃だった。
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