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間章~モントルビア王国~
クリフとコーニリアス
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「ここが、ベネット公爵邸……」
クリフは初めて足を踏み入れたその場所に、何となくつぶやいた。
感慨があるかと言われれば、複雑なところだ。
広い。豪華。大きい。そんな感想と共に、こんなところにまで来てしまった、という気持ちもあるから、感慨はあるのかもしれない。
「悪趣味だねぇ」
そう言ったのは一緒に来ていたジェラードだ。それに対してクリフは首を傾げるだけで、同調したのは別の声だ。
「そうですね。ですが、売り払えばそれなりの金額になりそうです。売って、もう少しマシなものを購入しましょうか」
そう言ってアッハッハッと笑ったのは、小さい頃からクリフに色々教えてくれていた先生である。ルイス公爵に引き合わされたとき、なぜこんなところにいるのかと思ったのだが。
「コーニリアス殿にお任せします。我々もフォローいたしますが、これから時間が取れないことも増えるでしょうから」
「ええ、この老骨めが見つかってしまいましたからな。最後の勤めと思い、出来るだけのことは致しましょう」
飄々と笑う老人に、ジェラードが苦笑して、クリフは困った顔をする。
「……あの、コーニ先生」
「先生は付けず、呼び捨てにしなさい、クリフ。……っと違いますな、クリフ様」
「……すっごいやりにくいんですけど」
大体、コーニリアスとは何なのか。ずっとコーニ先生と呼んでいたのだ。
街でもあまり裕福ではない人たちが集まる区画において、コーニリアスは確かにどこか浮いていた。けれど、普通であれば学ぶべくもない文字や言葉遣いなんかを、無償で教えてくれた。
それが嫌な子供ももちろんいたけれど、クリフのように学ぶのが楽しかった子供たちも多くて、それなりに人気者だったのだ。
「なんでそんな人が、普通にルイス公爵と知り合いなんですか……」
「教えたでしょう。私は先王の……いや先々王というべきですかね。側近をしていた人間ですよ。ボードウィン国王になって、真っ先に追い落とされてしまいましたがね」
そしてまたアッハッハッと笑う。笑い事じゃない、とクリフは思う。
「父が、あなたが真っ先にやられてしまったことに驚いて、そして悔しがっていました。もう少し力になれれば、と」
「どうせ何もできない、と高をくくっていたのが失敗でしたな。油断した私が悪い。ですが、そのせいで止めるものもなく、この国は堕ちていきましたから、それは本当に申し訳なかったと思っておりますよ」
ジェラードの言葉に、コーニリアスは悔恨をにじませる。だが、それを隠すように、クリフに頭を下げた。
「最後にあなたの力になれることを嬉しく思います、クリフ様。……やりにくければ、当分はクリフと呼ぶが、少しずつでいいから慣れるように。それが君がやると決めたことだ」
「はい、コーニ先生」
クリフは、正式にベネット公爵家の当主となる。自分でそう決めた。それに当たってのサポートとして、ルイス公爵が連れてきたコーニリアス。
クリフの新しいスタートだ。
※ ※ ※
クリフがコーニリアスと引き合わせられる前、ベネット公爵とその長男ユインラムとも会った。二人は最初、クリフを見て叫んだ。
「平民が何のようだ!」
「我らを誰と思っている! 頭が高いぞ!」
「……ええっと」
今、二人は手錠で拘束され、兵士たちに剣を突きつけられている状況だ。その状況で、どうしてそこまで上から命令できるのか、その精神がすごいと思ってしまった。
「まったく……」
同じようなことを考えたのか、一緒に来ていたルイス公爵は額に手を当てて呆れている。クリフが困ったように見上げれば、ルイス公爵は笑った。
「まあ、こういう奴らだ。気にするな。それにしても、何も思わないとは驚いたな。誰もがクリフの顔を見て驚いていたというのに」
後半は、ベネット公爵とユインラムに向けられた言葉に、二人が胡乱げになる。そして、先に気付いたのはユインラムだった。
「……父上に、にている?」
「なんだとっ!? そんなはずがないだろう! 私は公爵だぞ! こんな平民に似ているはずが……っ!?」
反論しかけたベネット公爵は、途中で何かに気付いたかのように言葉を切る。そして、「まさか……」と小さくつぶやいた。
その様子に、クリフは何かを期待して身を乗り出しかけて、それはルイス公爵に押さえられる。
「心当たりがあるようで何よりだ、ベネット公爵。――相手の女性の名は?」
「知らぬっ!」
ユインラムが「相手の女性」の単語に、さらに驚きを見せたが、それを全く見ないままベネット公爵は喚いた。
「私は鬱憤がたまっていたのだ! あの口うるさい父親に押さえつけられて! それを、ちょうどいいタイミングですり寄ってきた女で解消しただけ! 悪いのは私ではなく、父親だ!」
「やれやれ。いい歳してまだ父親のせいにするか。……クリフ、すまないな。ベネット公爵が何を言うか、私が想像していた中で最低に近いものだった。覚えていないよりはマシかもしれないが。嫌な思いをさせた」
「いえ……」
クリフは何とか言葉を絞り出した。
別に謝ってもらうことなどない。何もしてくれなかった父親に、何も期待などしていなかった。それが単に証明されただけ。
それでも、もしかしたら心のどこかで、何かを期待していたのかもしれない。
「会わせて下さって、ありがとうございました、ルイス公爵」
それでも、自分の父親と兄弟だ。もしかしたら、家族として育っていたかもしれない相手。幸か不幸かは分からないが、それでも会えて良かったと、クリフは思うことにしたのだ。
※ ※ ※
面会はそれだけだった。
ベネット公爵とユインラムは、それぞれ別の牢に入れられていて、それぞれに取り調べを受けているらしい。
二人が会ったこと自体久しぶりのようだが、二人が会話できた時間はなかっただろう。単にクリフに会わせるためだけに、牢から出されただけだから。
「コーニ先生、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「結局、あの人たちって何をやらかしたんですか?」
ベネット公爵は何となく分かるが、ユインラムの方は全くだ。
「ふむ。では、分かりやすく説明しようか」
コーニリアスが笑顔なのは、なんだかんだ言って「先生」でいられることが嬉しいのかな、とクリフは思った。
※ ※ ※
「まず、国王と王太子、ベネット公爵……いずれも先代の、とつくが。この三名は、勇者様ご一行への無礼。一言で言えばそれだ」
「……それはまあ、何となく」
チラリと話は聞いたが、ヒドイものだった。顔立ちの良い平民の魔法使いの少女を、言いがかりをつけて逮捕して牢に入れて、水も食べ物も与えなかった。その理由が、弱らせたところで王太子らが犯すつもりだったから。
その話を聞いたときには、耳を疑った。魔王が誕生して魔物が大量に発生している状況で、何をやっているんだと。
「せっかく途中まで上手くいっていたのに、勇者様方に少女を取り返されてしまった。それで逆恨みをして、魔族の口車に乗ってBランクの魔物を二体も街中に放った。これをしたのが、王太子とベネット公爵だ」
「はい……」
聞いているだけで腹が立つが、それをした片割れが一応自分の父親だというのが、なんというか情けなくなる。
そこまで考えて、ふと気付いた。
「勇者様方は、国王たちに対して何もしようとしなかったんですか?」
あるいはその時点で追い落とすことも可能だったのではないだろうか。そう思ったクリフだが、コーニリアスは首を縦に振った。
「何もしなかったらしいな。さらに滞在が延びる余裕がなかっただろうし、取り返すのに尽力したフェルドランド殿下……おっと、陛下に配慮したのかもしれない。何よりも、その少女が早く出て行きたかったのではないかな」
「それもそうですね……」
フェルドランド殿下は、つまりはルイス公爵のことだと、クリフは頭の中で考えつつ、頷く。
自分の基準で置き換えると、何となく分かる。平民視点で見れば、相手を追い落とすことを考えるよりも、早く逃げたいと思うだろう。
定住するなら考えるかもしれないが、通過地点でしかないのだから、さっさと出て行こうと考える方が自然だと思う。
「で、実はその少女と同じような目に合っていた女性が、国内に複数いることが判明している」
「同じような目?」
反問して聞き返したが、自分で答えに行き着く。
「それはつまり……王太子らに、その、犯されそうになった?」
その単語を出すことに何となく躊躇ったが、どう言葉を言いつくろっても事実は変わらないから、そのまま言う。
「はっきり言えば、犯された上に殺された。水も食べ物も与えられず弱らせられた所から"同じ"だ。親類などがない女性たちばかりであったため捜索願などもなかった、と思われていたから、調べることもできなかった」
「……思われていた?」
そう言うということは、実際には違ったということだろうか。
クリフの疑問に、コーニリアスは頷いた。
「ああ。友人や知人からの捜索願はあったらしいが、握りつぶされていた。しかし、今回の治安維持で動いていた兵士たちの耳に入って、ようやく情報を掴めた、というところだな」
捜索願がなくても調べてはいたが、情報がなさ過ぎた。友人や知人からの情報を得たことで、一気に調べが進んだのだ。
「それをしていた中心人物が、元王太子のクライドと君の弟であるユインラムだった。相手が平民だ、など言い訳にもならない」
「はい」
そんなものを言い訳に許されてはたまらない。平民は、貴族の玩具ではないのだ。力強く頷いたクリフに、コーニリアスは嬉しそうに頷いた。そしてさらに解説を続ける。
「陛下はそれらすべての物証を、街の治安維持を行いながら揃えていた」
「……すごいですね」
ルイス公爵は、自分よりよほど忙しかったはずだ。一体どこにそんな余裕があったのか、不思議でしょうがない。
そんなクリフに、コーニリアスは苦笑した。
「一番の悩みは、ベネット公爵家をどうするかであっただろうな。簡単に取り潰すのは難しい。遠縁から誰か連れてくるか、最悪ユインラムはそのまま残すか、そんなことを考えていたところにクリフ、君が現れた、というわけだ」
クリフは何とも言えない顔をした。
自分がベネット公爵家の新しい当主となる。そう発表された時、猛反発が起こった。
だが、自分がベネット公爵とそっくりだったことや、ユインラムよりも年上だったこと。そして、実際に外で女性に手を出していたことを、知っていた者がいたこと。
それらの事実と、新しく国王となるルイス公爵、しかも民たちからの強い支持のある新国王からの推薦があったことで、反発はすぐ収まった。力のある国王に、真っ向から刃向かうのは不利と判断したらしい。
それでも影で色々言われてはいたようだが、コーニリアスがクリフの側近となった事で、それらの声も一気に小さくなったらしい。
「何にしても、陛下は良いタイミングで喧嘩を仕掛けた。無論、見計らっていたのだろうが」
王太子やベネット公爵に対して、すでに国としての処分を行っている。一週間の謹慎という生ぬるいと言うにも甘すぎる処分であっても。それらを覆すのは簡単ではない。
それを可能にしたのが、外国の人間である各国の大使たちの声である。
魔王が存在している間は本国と連絡を取り合うのが難しかったため、静かにしていた大使たちだが、魔王が倒れてそれが可能になった。
しかしだからといって、距離的な問題もあって連絡がすぐ取れるわけではない。
"魔王が倒れた"ことについても、事実として間違いないだろうと判断されても、公表されたわけではないから、国としては安全のことも考えると、正式発表されるまでは待ちたい、というのが本音だ。
それらの理由があって、実際に大使と本国との連絡の行き来にはまだ時間がかかる。その時間の隙間に、ルイス公爵は動いたのだ。
「でもだったら、大使がよく声をあげたというか……。連絡取れないなら、取れるまで待つんじゃないんですか?」
クリフが首を傾げる。
タイミングは良かったのかもしれないが、その前提となった大使たちが声をあげた理由が分からない。
「そんなもん、陛下が大使たちに働きかけていたに決まっている。大使たちとて、色々やらかした奴らが国の中心にいる現状を良く思わない」
「……あ、そうですか」
つまりは、国王たちを追い詰めたものすべて、ルイス公爵の計画通りというわけだ。
ルイス公爵は、王城に乗り込む前に「もし国王に負けたら」などと言っていたが、どこに負ける要素があったのか分からない。
クリフがそう疑問を口にすると、コーニリアスは苦笑した。
「それでも、その時の陛下は王弟であり公爵だ。より強い権力は国王にある。準備万端整えても、権力には敵わないこともある。絶対などないのだ」
「……はい」
コーニリアスの顔は笑っているが、その言葉には重みがあった。実際、国王になったばかりの先代国王に、コーニリアスは追い落とされたと言っていた。つまりは、"権力に敵わなかった"のかもしれない。
神妙な顔になったクリフに、コーニリアスはアッハッハッと笑った。
「まあ心配するな。今はもうフェルドランド殿下が、国王陛下になられたのだ。心配はいらない。それよりも、まずはクリフが色々覚えねばな」
「はい、お願いします」
それも尤もだ、とクリフは頭を下げる。
すると、非常に苦い顔をされた。
「よろしいですか、クリフ様。今はあなたがご当主であり、私は部下です。部下に当主が頭を下げるなど、何事ですか」
「いきなり部下モードにならないで下さい! 教えてもらう立場で、偉そうになんてできませんから!」
「ふむ。まずはそこからだな」
考え込むコーニリアスに、クリフは公爵家の当主となることを引き受けてしまったことを、微妙に後悔したのだった。
クリフは初めて足を踏み入れたその場所に、何となくつぶやいた。
感慨があるかと言われれば、複雑なところだ。
広い。豪華。大きい。そんな感想と共に、こんなところにまで来てしまった、という気持ちもあるから、感慨はあるのかもしれない。
「悪趣味だねぇ」
そう言ったのは一緒に来ていたジェラードだ。それに対してクリフは首を傾げるだけで、同調したのは別の声だ。
「そうですね。ですが、売り払えばそれなりの金額になりそうです。売って、もう少しマシなものを購入しましょうか」
そう言ってアッハッハッと笑ったのは、小さい頃からクリフに色々教えてくれていた先生である。ルイス公爵に引き合わされたとき、なぜこんなところにいるのかと思ったのだが。
「コーニリアス殿にお任せします。我々もフォローいたしますが、これから時間が取れないことも増えるでしょうから」
「ええ、この老骨めが見つかってしまいましたからな。最後の勤めと思い、出来るだけのことは致しましょう」
飄々と笑う老人に、ジェラードが苦笑して、クリフは困った顔をする。
「……あの、コーニ先生」
「先生は付けず、呼び捨てにしなさい、クリフ。……っと違いますな、クリフ様」
「……すっごいやりにくいんですけど」
大体、コーニリアスとは何なのか。ずっとコーニ先生と呼んでいたのだ。
街でもあまり裕福ではない人たちが集まる区画において、コーニリアスは確かにどこか浮いていた。けれど、普通であれば学ぶべくもない文字や言葉遣いなんかを、無償で教えてくれた。
それが嫌な子供ももちろんいたけれど、クリフのように学ぶのが楽しかった子供たちも多くて、それなりに人気者だったのだ。
「なんでそんな人が、普通にルイス公爵と知り合いなんですか……」
「教えたでしょう。私は先王の……いや先々王というべきですかね。側近をしていた人間ですよ。ボードウィン国王になって、真っ先に追い落とされてしまいましたがね」
そしてまたアッハッハッと笑う。笑い事じゃない、とクリフは思う。
「父が、あなたが真っ先にやられてしまったことに驚いて、そして悔しがっていました。もう少し力になれれば、と」
「どうせ何もできない、と高をくくっていたのが失敗でしたな。油断した私が悪い。ですが、そのせいで止めるものもなく、この国は堕ちていきましたから、それは本当に申し訳なかったと思っておりますよ」
ジェラードの言葉に、コーニリアスは悔恨をにじませる。だが、それを隠すように、クリフに頭を下げた。
「最後にあなたの力になれることを嬉しく思います、クリフ様。……やりにくければ、当分はクリフと呼ぶが、少しずつでいいから慣れるように。それが君がやると決めたことだ」
「はい、コーニ先生」
クリフは、正式にベネット公爵家の当主となる。自分でそう決めた。それに当たってのサポートとして、ルイス公爵が連れてきたコーニリアス。
クリフの新しいスタートだ。
※ ※ ※
クリフがコーニリアスと引き合わせられる前、ベネット公爵とその長男ユインラムとも会った。二人は最初、クリフを見て叫んだ。
「平民が何のようだ!」
「我らを誰と思っている! 頭が高いぞ!」
「……ええっと」
今、二人は手錠で拘束され、兵士たちに剣を突きつけられている状況だ。その状況で、どうしてそこまで上から命令できるのか、その精神がすごいと思ってしまった。
「まったく……」
同じようなことを考えたのか、一緒に来ていたルイス公爵は額に手を当てて呆れている。クリフが困ったように見上げれば、ルイス公爵は笑った。
「まあ、こういう奴らだ。気にするな。それにしても、何も思わないとは驚いたな。誰もがクリフの顔を見て驚いていたというのに」
後半は、ベネット公爵とユインラムに向けられた言葉に、二人が胡乱げになる。そして、先に気付いたのはユインラムだった。
「……父上に、にている?」
「なんだとっ!? そんなはずがないだろう! 私は公爵だぞ! こんな平民に似ているはずが……っ!?」
反論しかけたベネット公爵は、途中で何かに気付いたかのように言葉を切る。そして、「まさか……」と小さくつぶやいた。
その様子に、クリフは何かを期待して身を乗り出しかけて、それはルイス公爵に押さえられる。
「心当たりがあるようで何よりだ、ベネット公爵。――相手の女性の名は?」
「知らぬっ!」
ユインラムが「相手の女性」の単語に、さらに驚きを見せたが、それを全く見ないままベネット公爵は喚いた。
「私は鬱憤がたまっていたのだ! あの口うるさい父親に押さえつけられて! それを、ちょうどいいタイミングですり寄ってきた女で解消しただけ! 悪いのは私ではなく、父親だ!」
「やれやれ。いい歳してまだ父親のせいにするか。……クリフ、すまないな。ベネット公爵が何を言うか、私が想像していた中で最低に近いものだった。覚えていないよりはマシかもしれないが。嫌な思いをさせた」
「いえ……」
クリフは何とか言葉を絞り出した。
別に謝ってもらうことなどない。何もしてくれなかった父親に、何も期待などしていなかった。それが単に証明されただけ。
それでも、もしかしたら心のどこかで、何かを期待していたのかもしれない。
「会わせて下さって、ありがとうございました、ルイス公爵」
それでも、自分の父親と兄弟だ。もしかしたら、家族として育っていたかもしれない相手。幸か不幸かは分からないが、それでも会えて良かったと、クリフは思うことにしたのだ。
※ ※ ※
面会はそれだけだった。
ベネット公爵とユインラムは、それぞれ別の牢に入れられていて、それぞれに取り調べを受けているらしい。
二人が会ったこと自体久しぶりのようだが、二人が会話できた時間はなかっただろう。単にクリフに会わせるためだけに、牢から出されただけだから。
「コーニ先生、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「結局、あの人たちって何をやらかしたんですか?」
ベネット公爵は何となく分かるが、ユインラムの方は全くだ。
「ふむ。では、分かりやすく説明しようか」
コーニリアスが笑顔なのは、なんだかんだ言って「先生」でいられることが嬉しいのかな、とクリフは思った。
※ ※ ※
「まず、国王と王太子、ベネット公爵……いずれも先代の、とつくが。この三名は、勇者様ご一行への無礼。一言で言えばそれだ」
「……それはまあ、何となく」
チラリと話は聞いたが、ヒドイものだった。顔立ちの良い平民の魔法使いの少女を、言いがかりをつけて逮捕して牢に入れて、水も食べ物も与えなかった。その理由が、弱らせたところで王太子らが犯すつもりだったから。
その話を聞いたときには、耳を疑った。魔王が誕生して魔物が大量に発生している状況で、何をやっているんだと。
「せっかく途中まで上手くいっていたのに、勇者様方に少女を取り返されてしまった。それで逆恨みをして、魔族の口車に乗ってBランクの魔物を二体も街中に放った。これをしたのが、王太子とベネット公爵だ」
「はい……」
聞いているだけで腹が立つが、それをした片割れが一応自分の父親だというのが、なんというか情けなくなる。
そこまで考えて、ふと気付いた。
「勇者様方は、国王たちに対して何もしようとしなかったんですか?」
あるいはその時点で追い落とすことも可能だったのではないだろうか。そう思ったクリフだが、コーニリアスは首を縦に振った。
「何もしなかったらしいな。さらに滞在が延びる余裕がなかっただろうし、取り返すのに尽力したフェルドランド殿下……おっと、陛下に配慮したのかもしれない。何よりも、その少女が早く出て行きたかったのではないかな」
「それもそうですね……」
フェルドランド殿下は、つまりはルイス公爵のことだと、クリフは頭の中で考えつつ、頷く。
自分の基準で置き換えると、何となく分かる。平民視点で見れば、相手を追い落とすことを考えるよりも、早く逃げたいと思うだろう。
定住するなら考えるかもしれないが、通過地点でしかないのだから、さっさと出て行こうと考える方が自然だと思う。
「で、実はその少女と同じような目に合っていた女性が、国内に複数いることが判明している」
「同じような目?」
反問して聞き返したが、自分で答えに行き着く。
「それはつまり……王太子らに、その、犯されそうになった?」
その単語を出すことに何となく躊躇ったが、どう言葉を言いつくろっても事実は変わらないから、そのまま言う。
「はっきり言えば、犯された上に殺された。水も食べ物も与えられず弱らせられた所から"同じ"だ。親類などがない女性たちばかりであったため捜索願などもなかった、と思われていたから、調べることもできなかった」
「……思われていた?」
そう言うということは、実際には違ったということだろうか。
クリフの疑問に、コーニリアスは頷いた。
「ああ。友人や知人からの捜索願はあったらしいが、握りつぶされていた。しかし、今回の治安維持で動いていた兵士たちの耳に入って、ようやく情報を掴めた、というところだな」
捜索願がなくても調べてはいたが、情報がなさ過ぎた。友人や知人からの情報を得たことで、一気に調べが進んだのだ。
「それをしていた中心人物が、元王太子のクライドと君の弟であるユインラムだった。相手が平民だ、など言い訳にもならない」
「はい」
そんなものを言い訳に許されてはたまらない。平民は、貴族の玩具ではないのだ。力強く頷いたクリフに、コーニリアスは嬉しそうに頷いた。そしてさらに解説を続ける。
「陛下はそれらすべての物証を、街の治安維持を行いながら揃えていた」
「……すごいですね」
ルイス公爵は、自分よりよほど忙しかったはずだ。一体どこにそんな余裕があったのか、不思議でしょうがない。
そんなクリフに、コーニリアスは苦笑した。
「一番の悩みは、ベネット公爵家をどうするかであっただろうな。簡単に取り潰すのは難しい。遠縁から誰か連れてくるか、最悪ユインラムはそのまま残すか、そんなことを考えていたところにクリフ、君が現れた、というわけだ」
クリフは何とも言えない顔をした。
自分がベネット公爵家の新しい当主となる。そう発表された時、猛反発が起こった。
だが、自分がベネット公爵とそっくりだったことや、ユインラムよりも年上だったこと。そして、実際に外で女性に手を出していたことを、知っていた者がいたこと。
それらの事実と、新しく国王となるルイス公爵、しかも民たちからの強い支持のある新国王からの推薦があったことで、反発はすぐ収まった。力のある国王に、真っ向から刃向かうのは不利と判断したらしい。
それでも影で色々言われてはいたようだが、コーニリアスがクリフの側近となった事で、それらの声も一気に小さくなったらしい。
「何にしても、陛下は良いタイミングで喧嘩を仕掛けた。無論、見計らっていたのだろうが」
王太子やベネット公爵に対して、すでに国としての処分を行っている。一週間の謹慎という生ぬるいと言うにも甘すぎる処分であっても。それらを覆すのは簡単ではない。
それを可能にしたのが、外国の人間である各国の大使たちの声である。
魔王が存在している間は本国と連絡を取り合うのが難しかったため、静かにしていた大使たちだが、魔王が倒れてそれが可能になった。
しかしだからといって、距離的な問題もあって連絡がすぐ取れるわけではない。
"魔王が倒れた"ことについても、事実として間違いないだろうと判断されても、公表されたわけではないから、国としては安全のことも考えると、正式発表されるまでは待ちたい、というのが本音だ。
それらの理由があって、実際に大使と本国との連絡の行き来にはまだ時間がかかる。その時間の隙間に、ルイス公爵は動いたのだ。
「でもだったら、大使がよく声をあげたというか……。連絡取れないなら、取れるまで待つんじゃないんですか?」
クリフが首を傾げる。
タイミングは良かったのかもしれないが、その前提となった大使たちが声をあげた理由が分からない。
「そんなもん、陛下が大使たちに働きかけていたに決まっている。大使たちとて、色々やらかした奴らが国の中心にいる現状を良く思わない」
「……あ、そうですか」
つまりは、国王たちを追い詰めたものすべて、ルイス公爵の計画通りというわけだ。
ルイス公爵は、王城に乗り込む前に「もし国王に負けたら」などと言っていたが、どこに負ける要素があったのか分からない。
クリフがそう疑問を口にすると、コーニリアスは苦笑した。
「それでも、その時の陛下は王弟であり公爵だ。より強い権力は国王にある。準備万端整えても、権力には敵わないこともある。絶対などないのだ」
「……はい」
コーニリアスの顔は笑っているが、その言葉には重みがあった。実際、国王になったばかりの先代国王に、コーニリアスは追い落とされたと言っていた。つまりは、"権力に敵わなかった"のかもしれない。
神妙な顔になったクリフに、コーニリアスはアッハッハッと笑った。
「まあ心配するな。今はもうフェルドランド殿下が、国王陛下になられたのだ。心配はいらない。それよりも、まずはクリフが色々覚えねばな」
「はい、お願いします」
それも尤もだ、とクリフは頭を下げる。
すると、非常に苦い顔をされた。
「よろしいですか、クリフ様。今はあなたがご当主であり、私は部下です。部下に当主が頭を下げるなど、何事ですか」
「いきなり部下モードにならないで下さい! 教えてもらう立場で、偉そうになんてできませんから!」
「ふむ。まずはそこからだな」
考え込むコーニリアスに、クリフは公爵家の当主となることを引き受けてしまったことを、微妙に後悔したのだった。
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