上 下
597 / 612
間章~モントルビア王国~

盗みを働いた青年

しおりを挟む
 時は遡り、まだ魔王が倒される前のこと。

 勇者たちが出発したアルカトル王国の隣国、モントルビア王国の王都モルタナは、人で溢れかえっていた。
 それに伴い治安も悪化。だが、それもギリギリの所で抑えられ、時間が経過すると共に、少しずつ改善傾向が見られていた。

 そのことに王都に住む人々は安堵し、それらを担ってくれている兵士たちの労をねぎらった。同時に、それらの対応をしてくれているのが国王ということも、徐々に浸透しつつあったのだった。


※ ※ ※


「閣下、街の巡回から戻りました。異常ございません」
「そうか、ご苦労。少し休んでくれ」
「はっ、ありがとうございます」

 モントルビア王国王弟であるルイス公爵は、兵士からの言葉に頷きとねぎらいの言葉を掛ける。

 ここ最近、落ち着いてきたことと人員も増えてきたことで、ようやく休む余裕もできた。それまで休みらしい休みがなかったのだ。その分、休ませてやりたいとルイス公爵は考えており、そう考えていることを部下たちも知っている。

 当のルイス公爵自身はあまり休んでいないことも知っているが、何かあったときに存分に動けるように、休めと言われれば休むようにしている。

 報告に来た兵士が去り、その後すぐに別の報告者が現れた。

「閣下、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」

 疲れは一切見せず、問い返すルイス公爵に、報告に来た兵士は頭を下げた。

「実は、盗みを働いた者を捕らえたのですが、それが……」
「どうした?」

 ようやく落ち着いてきたとは言っても、まだまだ窃盗・盗難といった行為は多く見られている。悲しいが珍しいことではなく、その報告がわざわざルイス公爵の元まで上がるのが珍しい。

「……その、申し訳ありませんが、ご足労願えませんか。見て頂くのが一番早いかと……」
「ん?」

 何のことだと思いながら、ルイス公爵は立ち上がる。わざわざ言ってくるのだから、それなりの理由があるのだろうと判断する。

 兵士の後に付いていきながら、向かう先は一時的に犯罪を犯した者を捕らえている牢屋。その一つを示されて視線を持っていったルイス公爵は、危うく声を上げるところだった。

 髪の色は、栗色というか茶色というか、平民の持つよくある髪色。だが、その顔に見覚えがある。というか、よく似た人を知っている。

「……とりあえず、報告に感謝する。そして悪いが、もう少し付き合ってくれないか」
「はっ、かしこまりました」

 報告を上げた兵士に告げて、牢の中の青年を見る。ため息をつきたい気分だったが、これは放置できない。

(ユインラムと同じくらいか?)

 いや、顔がそっくりだというだけで判断してしまうのは、いけないのだろうが。

 その青年は、モントルビア王国の公爵、ベネット公爵とそっくりの顔をしていた。
 ベネット公爵よりは、ずっと若い。だが、その長男であるユインラムと同年齢か、あるいは年上に見えたのだった。


※ ※ ※


 青年を牢から出して、別室に移動する。もし何か不審な動きがあってもすぐ対応できるように、報告を上げた兵士がそのまますぐ後ろに立っていてもらっている。

 さらに、ルイス公爵は自らの息子であるジェラードも呼んで同席させている。そのジェラードも、青年を見た時に絶句していた。

「クリフ、と申します」

 名前を聞くと、その青年は思いの外丁寧な言葉遣いと所作で、逆らうことなく素直に答えた。
 それに驚いてしまったのは、みすぼらしい身なりからは想像つかなかったからか。あるいは、ベネット公爵に似ているから、素直な返答があるなど思わなかったからか。

「なぜ、盗みを働いた?」

 クリフと名乗った青年が盗んだのは、食料品ばかりだ。となれば想像はつくが、それでもルイス公爵が聞いたのは、この青年の背後を知りたかったからだ。
 クリフが、拳を強く握ったのが見えた。

「僕は七歳の時に母を亡くして、孤児院で育ちました。その孤児院にいる子たちがお腹を空かせてるんです。入ってくるお金も減って、十分な食べ物がありません。だから、あるところから盗もうとした。それだけです」

 怯むことなく、ルイス公爵の目を見て言い返す。それを見て内心で「ほお」とつぶやく。
 度胸があることに感心し、さらに孤児院育ちであれば、知るよしもなさそうな敬語で話をしていることに、感心したのだ。

「その言葉遣いは、誰かから学んだのか?」
「…………っ……! 言いたく、ありません」

 言えば、その相手に迷惑をかけると思ったのか。だが、それはつまり、学んだ相手がいるということを肯定したことに他ならない。

「ふむ。ところで、母親を亡くして孤児院に入ったということだが、父親は?」

「さあ、知りません。お偉い人だと母が言っていたことはありますけど、それ以上は何も。僕は顔も名前も知りませんが、母が僕と似てると言ってたことはあります」

 興味なさそうに吐き捨てた。おそらく苦労してきたのだろう。それなのに、お偉いはずの父親が顔すら出さなかったことに、腹を立てているのかもしれない。

「なるほど」

 ルイス公爵は頷いた。詳細を調べる必要はあるが、この話だけ聞くのであれば、間違いないと言っていい。
 となると、一つの案がルイス公爵の頭に浮かぶ。

「クリフ、と言ったな。きちんと給料を支払うから、私の元で働かないか?」
「は?」

 クリフは目を丸くして、黙って話を聞いていたジェラードは苦笑したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 衝撃で前世の記憶がよみがえったよ! 推しのしあわせを応援するため、推しとBLゲームの主人公をくっつけようと頑張るたび、推しが物凄くふきげんになるのです……! ゲームには全く登場しなかったもふもふ獣人と、騎士見習いの少年の、両片想いな、いちゃらぶもふもふなお話です。

皇女はグリフィン騎士団員になり、憧れの騎士に愛される

ゆきりん(安室 雪)
ファンタジー
「皇女はグリフィンになりたくて騎士になります!?」から題名を変更しました。 皇女として産まれたアリアは、7歳の時にお忍びで行った城下のお祭りで『お楽しみタマゴ』と言う、殆どはヒヨコだがたまにグリフィンや竜が孵るタマゴを買い、兄サイノスとタマゴが孵るのを楽しみにしていた。 そんなある日、とうとうアリアのタマゴにヒビが入り!? 皇女アリアが何故かグリフィン騎士になってしまう!? 37話から16歳のアリアになります。 王族のイザコザや騎士としての成長・恋愛を書いていきます。

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー
人を助けた代わりにバイクに轢かれた男、工藤 英二 その魂は異世界へと送られ、第二の人生を送ることになった。 侯爵家の三男として生まれ、順風満帆な人生を過ごせる……とは限らない。 裕福な家庭に生まれたとしても、生きていいく中で面倒な壁とぶつかることはある。 そこで先天性スキル、糸を手に入れた。 だが、その糸はただの糸ではなく、英二が生きていく上で大いに役立つスキルとなる。 「おいおい、あんまり糸を嘗めるんじゃねぇぞ」 少々強気な性格を崩さず、英二は己が生きたい道を行く。

俺のタマゴ

さつきのいろどり
ミステリー
朝起きると正体不明の大きなタマゴがあった!主人公、二岾改(ふたやま かい)は、そのタマゴを温めてみる事にしたが、そのタマゴの正体は?!平凡だった改の日常に、タマゴの中身が波乱を呼ぶ!! ※確認してから公開していますが、誤字脱字等、あるかも知れません。発見してもフルスルーでお願いします(汗)

トカゲ(本当は神竜)を召喚した聖獣使い、竜の背中で開拓ライフ~無能と言われ追放されたので、空の上に建国します~

水都 蓮(みなとれん)
ファンタジー
 本作品の書籍版の四巻と水月とーこ先生によるコミックスの一巻が6/19(水)に発売となります!!  それにともない、現在公開中のエピソードも非公開となります。  貧乏貴族家の長男レヴィンは《聖獣使い》である。  しかし、儀式でトカゲの卵を召喚したことから、レヴィンは国王の怒りを買い、執拗な暴力の末に国外に追放されてしまうのであった。  おまけに幼馴染みのアリアと公爵家長子アーガスの婚姻が発表されたことで、レヴィンは全てを失ってしまうのであった。  国を追われ森を彷徨うレヴィンであったが、そこで自分が授かったトカゲがただのトカゲでなく、伝説の神竜族の姫であることを知る。  エルフィと名付けられた神竜の子は、あっという間に成長し、レヴィンを巨大な竜の眠る遺跡へと導いた。  その竜は背中に都市を乗せた、空飛ぶ竜大陸とも言うべき存在であった。  エルフィは、レヴィンに都市を復興させて一緒に住もうと提案する。  幼馴染みも目的も故郷も失ったレヴィンはそれを了承し、竜の背中に移住することを決意した。  そんな未知の大陸での開拓を手伝うのは、レヴィンが契約した《聖獣》、そして、ブラック国家やギルドに使い潰されたり、追放されたりしたチート持ちであった。  レヴィンは彼らに衣食住を与えたり、スキルのデメリットを解決するための聖獣をパートナーに付けたりしながら、竜大陸への移住プランを提案していく。  やがて、レヴィンが空中に築いた国家は手が付けられないほどに繁栄し、周辺国家の注目を集めていく。  一方、仲間達は、レヴィンに人生を変えられたことから、何故か彼をママと崇められるようになるのであった。

手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件 追放された雑用係は竜騎士となる

草乃葉オウル
ファンタジー
上級ギルド『黒の雷霆』の雑用係ユート・ドライグ。 彼はある日、貴族から依頼された希少な魔獣の卵を探すパーティの荷物持ちをしていた。 そんな中、パーティは目当ての卵を見つけるのだが、ユートにはそれが依頼された卵ではなく、どこにでもいる最弱魔獣イワトカゲの卵に思えてならなかった。 卵をよく調べることを提案するユートだったが、彼を見下していたギルドマスターは提案を却下し、詳しく調査することなく卵を提出してしまう。 その結果、貴族は激怒。焦ったギルドマスターによってすべての責任を押し付けられたユートは、突き返された卵と共にギルドから追放されてしまう。 しかし、改めて卵を観察してみると、その特徴がイワトカゲの卵ともわずかに違うことがわかった。 新種かもしれないと思い卵を温めるユート。そして、生まれてきたのは……最強の魔獣ドラゴンだった! ロックと名付けられたドラゴンはすくすくと成長し、ユートにとって最強で最高の相棒になっていく。 その後、新たなギルド、新たな仲間にも恵まれ、やがて彼は『竜騎士』としてその名を世界に轟かせることになる。 一方、ユートを追放した『黒の雷霆』はすべての面倒事を請け負っていた貴重な人材を失い、転げ落ちるようにその名声を失っていく……。 =====================  アルファポリス様から書籍化しています!  ★★★★第1〜3巻好評発売中!★★★★ =====================

処理中です...