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第十七章 キャンプ

母の家で

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 結局、それからすぐにその場は解散となった。リィカが落ち着いて、情報を整理して考える時間が必要だと、誰もが分かっていたからだ。

 王宮に泊まりなさいと言われて、断る気力もなく頷いてしまった。頷いてから、また話をされたらどうしようと不安になったのだが、誰も不要な干渉はしてこなかった。食事もアレクと一緒にとっただけである。

 そうしてベッドに潜り込んだが、全く眠気はやってこない。国王やジェラードから聞いた話が、頭の中をグルグル回る。

「……ああっもうだめだ! 全然眠れない!」

 結局叫んで、ベッドから起きた。窓に近づいて、そこから外を眺める。

 ジェラードから一つ言われたことがある。母に説明するので、明日一緒に行って欲しい、というものだ。

 ジェラードからしたら当然だろう。本来ならばリィカの前に、母に話をするべきだ。本当の被害者は母なのだから。それをしなかったのは、完全に平民である母への配慮だろう。いきなり王子という立場のジェラードが行くよりは、リィカも一緒の方がいいと判断したのだ。

「お母さんは、どう思うのかな……」

 旅から戻ってすぐ、ベネット公爵のことを話した。あの時の母は「そう」と言って、大変な目にあったリィカのことを気にかけてくれた。母自身がどう思ったのかは、何も言っていなかった。

 ――何も言っていなかったことに、今になってリィカはやっと気付いた。

 だから話を聞いて、母がどう思うのか、何を言うのか、リィカには全く分からない。でも、話さないという選択肢はなかった。父親の問題は、リィカだけの問題ではないから。

 リィカは母の気持ちを知りたかった。その上で、父の問題に向き合いたかった。どうしたらいいのか、まだ全然分からない。けれど、確実に事態は動いた。その先で、父親を乗り越える道があることを、リィカは願った。


※ ※ ※


 翌日、リィカは貴族街を出て一般街を母のいる自宅に向かって歩いていた。一緒にいるメンバーは、ジェラードは当然として、アークバルトとアレクもいる。

 豪華すぎるメンバーだ。リィカ以外、全員王族である。立派な馬車なんか用意されていたらどうしようかと思ったのだが、普通に歩いて行くと言われて、拍子抜けしてしまったリィカだ。

 母が仕事だったらどうしようと思ったのだが、そこはしっかり調べがついているらしく、今日は休みらしい。そんなことまで調べられるんだ、と感心した。

 家に到着して、一つ深呼吸する。そして、ドアを開けた。

「お母さん、ただいま」
「……リィカ?」

 家の奥から不思議そうな声がして、母が姿を見せる。旅から帰ってきた日に会って以来だが、あの時やつれたように見えた母は、今はそんな様子はなかった。

 ちょうどリィカで隠されていて、後ろにいる面々が見えていないのか、母は不思議そうにした。

「どうしたの? 学園は休みなの?」
「……あ、うん、やってはいるんだけど」

 昨日、キャンプから戻ってきた三年生たちは休みだったらしいが、今日は普通に授業をやっている。だから、リィカもアレクも、アークバルトも普通に欠席である。

 リィカが少し脇に寄る。そこからジェラードが姿を見せた。

「リィカ嬢の母君の、マディナさんですね。初めまして。隣国モントルビア王国王太子、ジェラードと申します。お話ししたいことがあり、こうして伺いました。お時間よろしいでしょうか」

「……はいっ!?」

 ジェラードの挨拶に、母の声は裏返った。


※ ※ ※


 城と比べれば、この家は納屋程度でしかないだろうと思うのだが、王族三人誰も何も言わず、表情一つ変えず、勧められた椅子に座った。

 アークバルトとアレクがそれぞれ挨拶したときは、母は口をパクパクさせてリィカを見た。だが、フォローする言葉も見つからず、ただ苦笑したリィカである。

 だが、その後のジェラードの説明が始まると、母の顔は次第に無表情になっていった。どう思っているのか、リィカにもまるで分からない。

「本当に申し訳ありませんでした。当人に代わり、謝罪申し上げます。しっかり賠償させて頂きますので、ご要望があれば伺いたいのです」
「……そうですか」

 母が、フーッと息を吐いた。しばらく考えるように目を瞑っていたが、やがて目をあけて、リィカを見た。

「あんたは先に話を聞いたんでしょ。どう思ったの? どうしたい?」
「……分かんない。だから、お母さんの気持ちを知りたい」
「そう」

 しょうがない子だ、と言いたそうな顔で母が笑った。そして臆することなく、まっすぐにジェラードを見返した。

「旅から戻ったこの子から、そのベネット公爵という方の話は聞いていました。だから、その時から考えていたんです。もし会ったとしたらどうしたいか」
「そうなのっ!?」

 母の言葉に、リィカが驚愕の声をあげる。母はなぜか得意そうに笑った。

「当たり前でしょ。私のこともそうだけれど、あんたが大変な目に合わされたのよ。仕返ししないと、気が済まない」
「しかえし……って……」

 一体何を考えて、何を言うつもりなのか。リィカは身構えるが、ジェラードの表情は変わらない……どころか、どこか楽しそうに見える。

「とりあえず、殺せという話でなければ構いませんが」
「ぶっ」
「怪我であれば問題ありませんか?」
「お母さんっ!」

 ジェラードもだが、母も何を言うのか。二人とも揃って物騒すぎる。だが、悲鳴を上げるリィカを気にしてはくれなかった。ジェラードがあっさり頷く。

「死ななければ問題ありません」

 問題あるでしょ、と叫びたいリィカだったが、頭が混乱してしまって声が出ない。アワアワしているリィカを見て、母がほんのり笑った。

「では、私からの要望を言います。そのベネット公爵という方に直接会わせて下さい」
「……お母さん?」

 リィカの不安そうな声と顔に、母はその手を握る。

「殺しはしませんが、怪我はするかもしれません。その方のいる所にリィカと二人で行きますので、その分の旅費と滞在費を出して頂きたいと思います」
「……………」
「なるほど」

 リィカは母が何を考えているのか分からず、不安な顔が消えない。だが、ジェラードはその要望に考え込む。が、それもすぐ終わった。

「今、元ベネット公爵は城の牢に入っています。面会は制限されていますが、許可は下りるでしょう。見張りはつきますが、構いませんか?」
「はい」

 ジェラードの言葉に母は悩むことなく頷く。

「旅費についてですが、マディナさんは旅の経験はあるのですか?」
「……いえ、旅というほどでは。そこは、娘に頼ろうかと思っています」

 何せ娘のリィカは、はるか北の魔国まで旅した経験の持ち主だ。そこは当然とも言える考えだ。だが、ジェラードは言った。

「確かにリィカ嬢と一緒であれば問題はないでしょうが、やはり歩きだと時間がかかります。私が帰国する時に、一緒にモントルビアへお越し下さい。馬車をご用意致します。滞在先もご用意致しますし、帰られるときもしっかりお送りさせて頂きますので」

「……い、いえ、それはご迷惑になるので」

 母の顔が引き攣った。王族と一緒なんかイヤだと思っているのが、リィカにもはっきり分かった。でも、思う。ジェラードの提案をひっくり返すのは無理だと。

「とんでもありません、迷惑などありませんよ。むしろ、こちらが責任をとる立場ですので、お気になさらないで下さい。では、私の帰国の日程が決まりましたら連絡致しますので、マディナさんもお仕事の調整をお願い致します」

 ああ、やっぱり。
 こうなるだろうなと思った結果になって、リィカは遠い目をした。下手に出ているように見せかけて、最終的にこちらに有無を言わせずに押し込まれる。きちんと、出した要望の内容に沿っているだけに、「否」とも言いにくい。

「……はい、分かりました」

 結局、母は頷くしかなかったのであった。
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