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第十七章 キャンプ

モントルビア王国の現状

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「君に話があって来たんだ、リィカ嬢。……君の、父親のことで」

 ジェラードの言葉に、アレクがリィカを庇うように前に出た。バルとユーリは「父親?」と不思議そうにしている。

 執務室に降りた沈黙を、国王の声が破った。

「ジェラード殿、その話は後にしてもらって構わないかな。まずは儂の話を済ませてしまいたい」
「はい、申し訳ありません、国王陛下」

 ジェラードは素直に謝罪して後ろに下がる。国王より先に自分が用件を言ってしまったことは、あまり褒められたものではない。

 国王は、アレクの後ろで呆然とジェラードを見つめているリィカをチラッと見て、しかしその件には触れず、口にしたのはキャンプのことだった。

「四人ともご苦労だった。そして助かった。おかげで沢山の生徒たちの命が失われずに済んだ。感謝する」

 国王の言葉に、アレクとバル、ユーリが頭を下げて、リィカが一拍遅れてそれに続く。そしてすぐに頭を上げて、言ったのはアレクだった。

「恐縮です、陛下。何とか無事に切り抜けられました。後ほど詳細について報告させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「うむ」

 アレクの視線が、わずかにジェラードへ向かう。魔族が関わっている内容だ。この場で話すわけにはいかなかった。

「騎士団長も研究所へ行ったそうだしな。まとめて報告を聞くが、良いか?」
「はい、構いません」

 アレクが頷き、これでひとまずキャンプについての話は終わりだ。国王がジェラードを見て、アレクやリィカも見る。バルやユーリは「そういえば」という感じで、つい先ほどの疑問を思い出していた。

「では、ジェラード殿から話を……」
「お待ち下さい、陛下」

 言いかけた国王を遮ったのはアークバルトだった。

「バルムートとユーリッヒは下がれ。それぞれ婚約者の家に向かうように。その後はゆっくり休め。……リィカ嬢、アレクはこの場に残して構わないかな?」
「あ……………」

 話を振られて、リィカは小さく声を出す。
 自分に話が振られた理由。「君の、父親のことで」というジェラードの言葉を思い出して、リィカが手を強く握りしめる。

 バルとユーリは何も知らない。だから、きっと二人に下がるように言ってくれた。けれどそれを言えば、アークバルトも国王も何も知らないはずだ。それにジェラードだってそのはず。

 一体どういうことなのか。なぜ知っているのか。そもそも彼の言う「父親」は、リィカの頭から離れないあの男のことなのか。

 話が唐突すぎて何も分からない。けれど、父親のことを乗り越えなければならない。アレクとの未来を考えるためにも、まずはそこをどうにかしなければならない。

(怖い、けど……)

 どう乗り越えればいいのか、全く分からない。話を聞くことでそのきっかけになる可能性があるのなら、怖いからと逃げるわけにはいかない。

 リィカはアレクを見上げる。アレクの目が僅かに笑う。「心配するな」と言ってくれているようで、リィカも安心する。

(こういうところ、いつもすごくアレクのことを頼ってるんだよ)

 キャンプ地での話を思い出す。アレクがいてくれるから、リィカは怖さに呑まれずに済んでいるのだ。覚悟は決まって、アークバルトを真っ直ぐに見た。

「はい、お願いします。――バル、ユーリ、ごめんね」

 何かあるということは勘付いただろう。心配そうな二人に、リィカはそれだけ告げる。"事情は後で説明する"とでも言えれば本当は良かったのだろうが、絶対に話ができる自信はないから、謝罪だけする。

 バルもユーリも戸惑うような視線がリィカを捉え、アレクを見る。それで何かを悟ったのか、アークバルトに頭を下げた。

「かしこまりました、そうさせて頂きます」
「これで失礼致します」

 下がれとの指示に従って、執務室から出て行った。出て行く直前に、二人がリィカに対して笑いかけたのは、気にするなということだろうか。

(ありがとう)

 そんな二人に、リィカは心からの感謝を内心で告げて、そしてジェラードと向かい合った。

「話を、お伺い致します」

 感情を見せず、静かにリィカが言うと、ジェラードは少し驚いた顔をしてから笑う。

「うん、もちろんだ。まず最初に今現在の我が国の状況を伝えておく」
「え?」

 一体どういうことなのか。リィカだけではなく、アレクも疑問を浮かべている。

「まず、ボードウィン国王は退位して、今は我が父ルイス公爵が国王となった。今の僕は、モントルビア王国の王太子だ」

 そうなんだ、とだけ思ったリィカだが、アレクは疑問がなくならないようで、疑問を口にした。

「まだお元気であったかと思うが、退位されたのか? それに、なぜルイス公爵が国王に? クライド王太子がいたはずだろう?」

 ルイス公爵はあくまでも王弟だ。王位継承権は、ボードウィン国王の息子であるクライドの方が上だ。つまりは、王太子も何らかの理由でその座からいなくならない限り、ルイス公爵が国王になることはあり得ない。

 アレクの疑問に答えたのは、国王だった。

「勇者様ご一行への無礼と、そのうちの一人を害そうとしたこと。そして、魔族の口車に乗って街中で魔物を放ってしまったこと。それらの責任をとって、国王と王太子、そしてベネット公爵がその座を追われたのだ」

 出てきた名前に、リィカが目を見開いた。
 同じようにアレクも驚く中、国王が面白そうに笑った。

「アレク、だから言っただろう? 数ヶ月以内に結果が出ると。出なければ我が国を筆頭に、モントルビア王国に非難が殺到したであろうよ。そうだろう、ジェラード殿?」
「仰る通りです」

 ジェラードが苦笑する。そして、リィカを見る。

「詳細は追って説明するけれど、とりあえず結論だけ告げる。ベネット公爵……元、とつくけれど、あの男がこのアルカトル王国で一人の女性に手をつけたと白状した」
「……!」

 リィカが目を見開くが、それ以上の反応ができない。ジェラードもそれを分かっていたかのように、さらに言葉を続けた。

「君は、あの時ベネット公爵に質問していたね? 十七年前にアルカトル王国に来たか、と」
「あ……」

 否定できるはずもなく、リィカは小さく声をあげるしか反応できない。次に、説明するために口を開いたのは国王だった。

「リィカ嬢、学園入学時にお主の身元調査は行っていたから、父親がいないことは判明していた。その上で、お主がベネット公爵にしたという質問内容の情報が入ってな。調べられるだけ調べさせてもらった。その上で、ベネット公爵が父親で間違いなかろうという結論に達した」

「有り体に言えば、君の母親と君への賠償のために、僕はここへ来た。金で片付けられるものではないから、要望があれば聞きたい。そして……」

 ジェラードはいったん言葉を切り、そして続ける。

「新しくベネット公爵になった青年……クリフというのだけど、彼が君に会ってみたいと言っている」

「え……」

「実はクリフも、元ベネット公爵が外の女性に手をつけて生まれた子どもなんだ。七歳の時に母親を亡くしてからは、孤児院で育ったそうだ。今は四苦八苦しながらも、公爵家当主を務めてくれている。その彼が、妹がいると聞いて、とても喜んでいたんだ」

 考えてみて欲しい、と言われても、与えられた情報の整理さえできていないリィカの頭は、パニックになるばかりだった。
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