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第十七章 キャンプ

宿到着

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「あら、馬車の上に乗っていた方よ」
「さすが、野にお育ちの方ね。あんなところに登って、何をしたかったのかしら」
「役に立っているアピール? 何もしてないのにね」

 無事に宿に到着した。
 馬車の上から降りてきたリィカの姿を見て、ヒソヒソと聞こえるようにリィカの陰口を叩いている令嬢たちの声に、可能な限りリィカは表情を変えないことを意識した。

 外の護衛たちのバタバタぶりから、魔物が結構な頻度で襲ってきていることくらいは分かっていたとは思うが、それに危機を感じている生徒はごく少数だ。

 実際の所、リィカたちが手を貸さなければ、魔物は護衛たちを突破して馬車に到達していただろう。だが、その事実を知らない生徒から見れば、リィカは何の意味もなく馬車の上に登って座っていただけにしか見えなかった。

 使っている魔法も凝縮魔法だったから、そもそもそれが魔法だという認識すらされていなかったかもしれない。

「腹立つ。何の意味もなく、あんなところに登るわけないくらい、分かるじゃない」

 フランティアが憤りを見せるが、周囲に聞こえないような小声だ。危険な状態であることを下手に知らせて、パニック状態になられるよりはずっとマシだからだ。

 だが、知ってしまった側としては、不安も残る。

「このままキャンプ続行なのかな」
「先ほどアーク様に伺いましたけど、責任者のゼブ先生が続行と仰ったらしいです。リィカさんたちが手を貸して対処できているのだから、問題ないと仰ったそうで」

 フランティアの疑問にレーナニアが答えると、皆が「えー」と言いたげな顔になる。

「そういう問題じゃないですよね?」
「本来であれば、リィカさんたちだって生徒であり、護衛対象よ。手を貸してもらっている時点で、すでに問題だと思うのだけどね」

 フランティア、ミラベルが言うと、エレーナやセシリーも何も言わないが、同感と言わんばかりに頷いた。

「その程度では、ゼブ先生の教育熱は止められない、ということでしょうね」

 うんざりな様子のレーナニアがため息をつきつつ言って、リィカに視線を向けた。

「リィカさんは大丈夫ですか? 体力とか魔力とかは……」
「明日も続くようなら、あたしも外に出ようか? 男性陣だって戦える奴らはいるし」

 レーナニアとセシリーの心配に、リィカは苦笑した。ただ座って防御して、魔物を見つけたら凝縮魔法を放っていただけなのだ。何も無理はしていない。

「この程度なら何も問題ありません。魔法も、魔力の消費が少ないものしか使ってませんし。――それに、セシリーが外に出るのは、護衛の人たちからの許可が下りないと思うよ。それで怪我でもさせちゃったら、大変だから」

 前半はレーナニアに、後半はセシリーに答える。半信半疑な様子ながら一応納得した様子のレーナニアに対して、セシリーは少し不満げだ。

「あたしだって、Dランクなら倒せるのに」
「何があるか分からないし、もっと上のランクが出てこないとも限らないから。何があっても問題なく対処できると思われるくらいじゃないと、多分だめだと思う」

 セシリーが、うーんと唸る。

「ちなみにさ、リィカはどのランクまで相手できるの?」
「一人でってこと?」

 頷くセシリーに、リィカは首を傾げた。魔物が強くなるほどに、一人で戦っていないのだ。それに魔物にもよると思うが、「たぶん」と口を開く。

「Bランク相手なら、問題なく倒せると思う。Aランクは……どうだろう、倒せなくはないと思うけど。どっちにしても状況次第かな」
「うわぁ、マジか。そういえば、マンティコア相手に普通に戦ってたんだった。――うん、分かった。馬車で大人しくすることにする」

 学園に現れたマンティコアのことを思い出したのか、セシリーが天を仰ぎ、他の皆の笑いを誘う。

「レベルが違うわね」
「Aランクも倒せるってすごいです。もしかしてユーリ様も……」

 ミラベルがからかうように言って、エレーナが言いかけて口を閉じる。目の前に男子生徒たちの集団が見えて、さらにその声も聞こえたのだ。

「ふん。ヒューズ、情けないものだな。数を多くそろえて、なお対処しきれないとは」

 ミラベルが無表情になる。
 レーナニアが嫌そうな顔をして、フランティアとセシリーとエレーナは「うわー」と小さくつぶやく。リィカは目をパチパチさせている。

「やはり我が父や公爵閣下に額をこすりつけて、魔法師団の精鋭を護衛に揃えるべきではなかったのか?」

 男子集団の先頭にいたのは、ナイジェルだった。


※ ※ ※


 護衛の全責任者であるヒューズは、ナイジェルからの呼び出しにウンザリしながらも応じていた。
 アレクやバル、ユーリが馬車から出て馬で移動している理由が、護衛だけでは魔物に対処し切れなかったから、というのをどこからか知ったらしい。

 放っておけないので応じたのだが、ネチネチと文句を言うナイジェルの後ろには「その通り」「役立たずばかりだ」などと言う生徒たちもいる。こめかみの青筋がどんどん増えている気がしているヒューズだ。

 この場合の"公爵閣下"とは、レイズクルスのことだろう。レイズクルス派閥の魔法師団員がいないから、魔物に対処しきれない事態になったのだ、とナイジェルは言いたいのだろう。

 だが、ヒューズは思う。あいつらがいなかったから、怪我人は出ても軽傷で済んでいるのだ。いたら重傷者が続出している。そして、今以上に事態は悪化していただろう自信がある。
 まあ、言ったところで無駄だろうが。

「生徒たちには言っていないはずですが、どこからその情報を?」

 ヒューズが気になるのはそこである。だから呼び出しに応じた。
 可能性があるとしたら、魔法師団員だろうか。レイズクルス公爵の権力におののいて、話してしまったとしたら問題だ。
 ナイジェルは、フンと鼻をならす。

「ザビニー先生だ。あの先生は、よく道理をわきまえている」
「……はぁ」

 出てきた名前に、ため息をついた。魔法師団員ではなかったことを喜べばいいのか、教師があっさり生徒に暴露したことを嘆けばいいのか、何とも難しい問題だ。

「他の生徒たちには言わぬよう、お願いします。そんなことが知れ渡れば大混乱になりますから。では、明日以降の打ち合わせがありますので、失礼します」

「待て、俺も参加する。貴様らに任せておけるか」

「必要ありません。あなたたち生徒は、私どもの護衛対象。頼んでもいないのに、出張って頂く必要はありません」

 ため息をつきたくなるのを押さえて、ヒューズは淡々と告げる。遠回しに告げたところで、変な解釈をされるだけなので、分かりやすくシンプルに言う。無礼と思われたところで、知った事ではない。

 教師側にも、生徒には言わないように告げなければならない。そんなの当たり前と思っていたから、わざわざ言わなかったのだが、分からない教師がいたようだ。

 そう考えつつ、怒りからか真っ赤な顔になったナイジェルを無視して戻ろうと思ったヒューズは、そこに女生徒たち……主にリィカの姿を目に捉えた。

「リィカ嬢、本日は大変助かりました。ありがとうございます。魔物の襲撃具合によっては、明日もまたお願いすることもあるかもしれませんが」

 そこに王太子の婚約者であるレーナニアがいることにも気付いているが、そこへの挨拶を飛ばしたところで、とやかく言われることはしないだろう。今の自分にとって、このメンバーの中で一番の挨拶の対象はリィカだ。

 ギリッ、と歯ぎしりが聞こえた気がした。そういえばナイジェルが後ろにいる状況で、これはあまり良くなかったかもしれない、と思ったが、言ってしまったものは取り消せない。

「は、はい。その時は手をお貸ししますので、言って下さい」

 気付いているのかいないのか、リィカの返事は何とも頼もしい。勇者一行の四人が四人とも、魔物をただの一撃で倒してくれるので、安心感が半端ないのだ。

 ヒューズはリィカの返答に頭を下げてから、その場を立ち去った。この後起こるだろう一悶着に、申し訳ないという気持ちを込めてレーナニアに目配せをした。

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明後日14日にも更新します。
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