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第十七章 キャンプ
アレク側の状況
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アレクは目の前で交わされているやり取りに、いい加減面倒になりつつ、それを眺めていた。
「何度でも言いましょう。この魔物の量は異常です。生徒たちの身の安全を考えるのであれば、今すぐキャンプを中止して引き返すべきです」
「魔王が倒れた直後で、魔物の量は多いだろうと言ったのは、そちらじゃないか。それに合わせて兵の数も増やした。そうじゃないのかね?」
「確かに言いましたが、想定を遙かに超えた多さです。これ以上は危険です」
「対処できているではないか」
「ですからこれも言いましたが、すでに我々の対処能力を超えています。対処できているのは、アレクシス殿下を始めとした勇者ご一行様が力添えをしてくれているからに、他なりません」
「であれば、良いのではないか?」
「良くありません! 彼らとて生徒の一人なのです。彼らに手伝ってもらわなければ対処できないということは、すでに限界を超えているということです」
護衛の全責任者であるヒューズのこめかみが、苛立ってピクピクしている。話をしている相手は、このキャンプにおける総責任者、学園に所属する教師、その名をゼブと言う。
この教師が毎年キャンプの責任を担っている。他の誰もやりたがらない仕事を、この教師は毎年自ら引き受けているのだ。
ゼブとは、名前であり家名ではない。貴族家出身らしいが、家名を名乗ることがない。自らが学生の時にこのキャンプに参加して「人生が変わった」らしい。その後、それまでのすべてをなげうって、学園の教師となった人物だ。
故に、キャンプにかける情熱は並々ならぬものがある。中止にしろと言われて、簡単に「はいそうですか」と納得する教師ではない。
(だから、兄上に同行してもらえば良かったんだ)
アレクはそう思う。生徒だからと気にしている場合じゃない。
生徒ではなく、王太子としてのアークバルトに、中止するように指示されれば、目の前の男とて承服せざるを得ないはずだ。
アークバルトもそれを分かっているから、自分が言うと言ったのだ。しかし、「責任者は自分だから」とヒューズが断った。
アレクがここにいるのは、そのアークバルトに頼まれたからだが、ヒューズに「口出し無用」と言われてしまったので、ただ様子を見るだけに留まっている。
結局ゼブが頷くことはなく、場を辞したヒューズは大きくため息をついた。
「全く、教育に熱心なのはいいですけど、安全が確保されることが一番でしょうに」
「兄上を連れて、もう一度話をしたらどうだ?」
「責任者は彼ですよ」
だからそんな話じゃない、と言いかけたアレクだが、ヒューズに厳しい目に口を噤んだ。
「王太子殿下にお出まし頂いた時点で、責任は王太子殿下に向かってしまいます。アレクシス殿下、あなたが前に出た場合も同様です。そう簡単な話でもないんですよ」
このキャンプには、準備にかけた人員も時間も費用もかなりのものになる。それらの責任者はゼブなのだ。不測の事態が起こったとき、最終的な判断を下すのもゼブでなければならない。
王太子の命令、という形で中止したとなれば、その責任をゼブは負わず、すべてアークバルトが背負うことになってしまう。
「殿下方に魔物の対処をお願いする程度でしたら、私の責任の範囲内です。無論、それで殿下方が魔物に殺されたりしないことが大前提ですが」
「まあ、この程度なら」
数が多くて対処に手が回らない兵士たちだが、襲ってきている魔物はDランク程度だ。アレクからしたら、対処は一瞬で済むレベルでしかない。
何てことない様子のアレクを、ヒューズは恨めしそうに見るが、それについては何も言わない。
「申し訳ありませんが、またしばらくご協力をお願いします」
「ああ。正直、馬車に大人しく乗っているより、こっちの方がいい」
今アレクは馬に乗って動いている。魔物の数が明らかに多くなった時点で、馬車から馬に飛び移った。
この方が性に合っていると、正直思う。
苦笑するヒューズの元に、一人の兵士が駆け寄った。女性兵士側の責任者だ。
「副団長、申し訳ありません。リィカ様が魔物の対応を手伝ってくれると仰り、私の判断で了承してしまいました。よろしいでしょうか」
「構いませんよ。私もすでに協力を頼んでいます。勇者ご一行であれば、滅多なことにはならないでしょう」
その会話を聞いて、アレクはやはりと思う。この状況でジッとしているリィカでもないだろう。
「リィカはどこにいるんだ? 馬には乗れないだろう?」
「御者台に座っています」
「御者台か。まあ、そこなら……」
女生徒たちの周囲を守っている兵士たちも女性とはいえ、女性兵士の数は男性より数が少ない。だから、本当に周辺だけだ。
御者も兵士が勤めているが、そこまで回す人員がもったいないので、女生徒の馬車でも御者は男性兵士だ。だが、リィカたちの乗っている馬車だけは、御者も女性兵士がやっている。
権力乱用と言われても仕方がないが、男を近くに置くなという自分たちの無言の圧力の結果である。
「だけど、御者台じゃリィカは自由に動けないよな。この程度の魔物に後れを取ることはないだろうが、でもあっちは一人でこっちは三人だしな……」
「変な理屈つけてないで、素直にリィカの近くに行きたいと言ったらどうですか」
割り込んできた呆れたような声は、ユーリだった。こちらも馬に乗っている。その表情を見るに、"ような"ではなく、本当に呆れているのだろう。
しかし、ユーリの言葉に嬉しそうな顔をしたアレクに、呆れは通じていないらしい。
「行っていいのか?」
「護衛の責任者に確認して下さい」
確認してくるアレクに、ユーリは面倒になってヒューズに押しつける。押しつけられたヒューズは、ユーリに嫌そうな顔を向けた後に、期待している表情のアレクに容赦なく告げた。
「申し訳ありませんが、女生徒の周辺の兵士は女性のみです。女性兵士のさらに外にいる護衛たちと行動するなら構いませんが」
「それじゃあリィカに近づけないじゃないか」
「近づくなと言っております」
「……お前、思った以上に融通が利かないな」
「よく言われます」
取り付く島のないヒューズに、アレクはため息をついた。
「分かった、それでいい。悪いが案内してくれ」
「――はい、かしこまりました」
女性兵士に話を振る。兵士はヒューズに確認をとるように目で見て、ヒューズが頷いたのを確認して、自身も頷く。
そして女性兵士の後を付いて去っていくアレクの姿を、ユーリは苦笑しながら見送った。
※ ※ ※
アレクとリィカが、どうなったのか。
様子のおかしかった一日を経てから、二人はまたいつも通りだった。何があったのか、ユーリがアレクに聞いた時、アレクはアッサリと言った。
「結婚を申し込んだんだ。そして、返事待ち」
「へぇ、アレクも待てるんですね」
思わずそう言ってしまったら、アレクは何とも言えない表情を見せた。その表情が、どこか悲しそうな表情にも見えて、ユーリはそれ以上何も言えなくなる。
「待つさ。……きちんと、リィカが自分の気持ちを、整理できるまで」
結婚のことだけではなさそうなアレクの言葉に、ユーリもそれ以上は何も聞けなかった。
旅の間からずっと、二人の関係に気を揉んできた。協力できるところは、協力してきた。アレクが見つけた大切な人に、アレクの側に留まっていて欲しかったから。
でももう協力はいいだろう。最後くらい、自分だけの力で、リィカを自分のものにしてみせろ。そう思ったから、ユーリは静観する道を選んでいた。親友の恋が無事に成就することを祈って。
「何度でも言いましょう。この魔物の量は異常です。生徒たちの身の安全を考えるのであれば、今すぐキャンプを中止して引き返すべきです」
「魔王が倒れた直後で、魔物の量は多いだろうと言ったのは、そちらじゃないか。それに合わせて兵の数も増やした。そうじゃないのかね?」
「確かに言いましたが、想定を遙かに超えた多さです。これ以上は危険です」
「対処できているではないか」
「ですからこれも言いましたが、すでに我々の対処能力を超えています。対処できているのは、アレクシス殿下を始めとした勇者ご一行様が力添えをしてくれているからに、他なりません」
「であれば、良いのではないか?」
「良くありません! 彼らとて生徒の一人なのです。彼らに手伝ってもらわなければ対処できないということは、すでに限界を超えているということです」
護衛の全責任者であるヒューズのこめかみが、苛立ってピクピクしている。話をしている相手は、このキャンプにおける総責任者、学園に所属する教師、その名をゼブと言う。
この教師が毎年キャンプの責任を担っている。他の誰もやりたがらない仕事を、この教師は毎年自ら引き受けているのだ。
ゼブとは、名前であり家名ではない。貴族家出身らしいが、家名を名乗ることがない。自らが学生の時にこのキャンプに参加して「人生が変わった」らしい。その後、それまでのすべてをなげうって、学園の教師となった人物だ。
故に、キャンプにかける情熱は並々ならぬものがある。中止にしろと言われて、簡単に「はいそうですか」と納得する教師ではない。
(だから、兄上に同行してもらえば良かったんだ)
アレクはそう思う。生徒だからと気にしている場合じゃない。
生徒ではなく、王太子としてのアークバルトに、中止するように指示されれば、目の前の男とて承服せざるを得ないはずだ。
アークバルトもそれを分かっているから、自分が言うと言ったのだ。しかし、「責任者は自分だから」とヒューズが断った。
アレクがここにいるのは、そのアークバルトに頼まれたからだが、ヒューズに「口出し無用」と言われてしまったので、ただ様子を見るだけに留まっている。
結局ゼブが頷くことはなく、場を辞したヒューズは大きくため息をついた。
「全く、教育に熱心なのはいいですけど、安全が確保されることが一番でしょうに」
「兄上を連れて、もう一度話をしたらどうだ?」
「責任者は彼ですよ」
だからそんな話じゃない、と言いかけたアレクだが、ヒューズに厳しい目に口を噤んだ。
「王太子殿下にお出まし頂いた時点で、責任は王太子殿下に向かってしまいます。アレクシス殿下、あなたが前に出た場合も同様です。そう簡単な話でもないんですよ」
このキャンプには、準備にかけた人員も時間も費用もかなりのものになる。それらの責任者はゼブなのだ。不測の事態が起こったとき、最終的な判断を下すのもゼブでなければならない。
王太子の命令、という形で中止したとなれば、その責任をゼブは負わず、すべてアークバルトが背負うことになってしまう。
「殿下方に魔物の対処をお願いする程度でしたら、私の責任の範囲内です。無論、それで殿下方が魔物に殺されたりしないことが大前提ですが」
「まあ、この程度なら」
数が多くて対処に手が回らない兵士たちだが、襲ってきている魔物はDランク程度だ。アレクからしたら、対処は一瞬で済むレベルでしかない。
何てことない様子のアレクを、ヒューズは恨めしそうに見るが、それについては何も言わない。
「申し訳ありませんが、またしばらくご協力をお願いします」
「ああ。正直、馬車に大人しく乗っているより、こっちの方がいい」
今アレクは馬に乗って動いている。魔物の数が明らかに多くなった時点で、馬車から馬に飛び移った。
この方が性に合っていると、正直思う。
苦笑するヒューズの元に、一人の兵士が駆け寄った。女性兵士側の責任者だ。
「副団長、申し訳ありません。リィカ様が魔物の対応を手伝ってくれると仰り、私の判断で了承してしまいました。よろしいでしょうか」
「構いませんよ。私もすでに協力を頼んでいます。勇者ご一行であれば、滅多なことにはならないでしょう」
その会話を聞いて、アレクはやはりと思う。この状況でジッとしているリィカでもないだろう。
「リィカはどこにいるんだ? 馬には乗れないだろう?」
「御者台に座っています」
「御者台か。まあ、そこなら……」
女生徒たちの周囲を守っている兵士たちも女性とはいえ、女性兵士の数は男性より数が少ない。だから、本当に周辺だけだ。
御者も兵士が勤めているが、そこまで回す人員がもったいないので、女生徒の馬車でも御者は男性兵士だ。だが、リィカたちの乗っている馬車だけは、御者も女性兵士がやっている。
権力乱用と言われても仕方がないが、男を近くに置くなという自分たちの無言の圧力の結果である。
「だけど、御者台じゃリィカは自由に動けないよな。この程度の魔物に後れを取ることはないだろうが、でもあっちは一人でこっちは三人だしな……」
「変な理屈つけてないで、素直にリィカの近くに行きたいと言ったらどうですか」
割り込んできた呆れたような声は、ユーリだった。こちらも馬に乗っている。その表情を見るに、"ような"ではなく、本当に呆れているのだろう。
しかし、ユーリの言葉に嬉しそうな顔をしたアレクに、呆れは通じていないらしい。
「行っていいのか?」
「護衛の責任者に確認して下さい」
確認してくるアレクに、ユーリは面倒になってヒューズに押しつける。押しつけられたヒューズは、ユーリに嫌そうな顔を向けた後に、期待している表情のアレクに容赦なく告げた。
「申し訳ありませんが、女生徒の周辺の兵士は女性のみです。女性兵士のさらに外にいる護衛たちと行動するなら構いませんが」
「それじゃあリィカに近づけないじゃないか」
「近づくなと言っております」
「……お前、思った以上に融通が利かないな」
「よく言われます」
取り付く島のないヒューズに、アレクはため息をついた。
「分かった、それでいい。悪いが案内してくれ」
「――はい、かしこまりました」
女性兵士に話を振る。兵士はヒューズに確認をとるように目で見て、ヒューズが頷いたのを確認して、自身も頷く。
そして女性兵士の後を付いて去っていくアレクの姿を、ユーリは苦笑しながら見送った。
※ ※ ※
アレクとリィカが、どうなったのか。
様子のおかしかった一日を経てから、二人はまたいつも通りだった。何があったのか、ユーリがアレクに聞いた時、アレクはアッサリと言った。
「結婚を申し込んだんだ。そして、返事待ち」
「へぇ、アレクも待てるんですね」
思わずそう言ってしまったら、アレクは何とも言えない表情を見せた。その表情が、どこか悲しそうな表情にも見えて、ユーリはそれ以上何も言えなくなる。
「待つさ。……きちんと、リィカが自分の気持ちを、整理できるまで」
結婚のことだけではなさそうなアレクの言葉に、ユーリもそれ以上は何も聞けなかった。
旅の間からずっと、二人の関係に気を揉んできた。協力できるところは、協力してきた。アレクが見つけた大切な人に、アレクの側に留まっていて欲しかったから。
でももう協力はいいだろう。最後くらい、自分だけの力で、リィカを自分のものにしてみせろ。そう思ったから、ユーリは静観する道を選んでいた。親友の恋が無事に成就することを祈って。
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