上 下
511 / 619
第十五章 帰郷

三ヶ月

しおりを挟む
「これが魔方陣か」

 教会の地下に降りて、泰基が驚きとともに言った。
 以前、この教会に来たときに実際に魔方陣を見たのはリィカだけだ。他の皆は、話を聞いただけで終わった。
 だからこそ泰基の驚きは、リィカ以外の皆の驚きでもある。

 魔方陣の直径は、三メートルか四メートルか。
 香澄の転移陣は一メートルもなかったので、かなりの大きさに見える。よくここまで大きな陣を書くための地下を作った、とさえ思えてしまう。

 リィカは躊躇うことなく魔方陣の上を歩き、止まったのは魔方陣の空白の上だ。

「ここに、行きたい場所を書くんだよね」
「ああ、できるだけ詳しくな」

 リィカの問いに、泰基が答える。
 そんな二人を、他の四人が何とも言えない表情をして見ている。

「……ホントに、帰れるの?」

 聞いたのは、暁斗だ。
 この魔方陣は発動しなかったと、以前そう言っていた。だというのに、日本に帰るためにこの魔方陣を使うのだという。
 一体二人が何を知っているのか、その説明がまったくないままなのだ。

 暁斗は、あの時の事を思い出す。
 リィカに「帰してあげる」と言われたとき、暁斗の頭は真っ白になった。帰れるなんて思っていなかった。それまで「帰れない」という事実があっただけだったのだから。

 けれど、暁斗の口は勝手に動いた。

「帰りたい。……オレ、日本に帰りたい」

 無意識に出た言葉。だからこそ、それは暁斗の偽りのない本音。誰にも何にも気遣いなしに、ただ暁斗が望んだこと。

「分かった。任せて」

 そう言ってくれたリィカの笑顔だけ、覚えている。

 その後、暁斗は我が儘を言った。
 帰ると決めた。帰りたい。仲間たち以外との、この国の人たちとの接触を、最小限にしたかった。

 けれど、魔国へ行くときの旅のように、普通に身分証明を出して入国すれば、否が応でもその事実が国のトップへと届いてしまう。

 魔王討伐を果たした。その報告をしただけで、はいさよならとはいかない。お礼だの祝いだの言われて、なんだかんだと足止めされ、したくもないパーティーに参加させられ、話をしなければならなくなる。

「いや、だがそれは……」

 アレクが渋い顔をした。暁斗もその理由は分かる。純粋に、通るルートとしてそれが一番分かりやすく、安全な道なのだ。
 身分証明を出さずとも済むルートを通ろうとすれば、どんな危険があるか分からない。

 今の自分たちが、そう簡単に危険な目に合うとは思えなかったが、それでも何があるか分からない以上、正規のルートを辿るべきなのだ。

 分かっていても、嫌だった。
 そんな暁斗の為に、手を尽くしてくれたのはやっぱりリィカ、そして泰基だった。

「……大丈夫なの、それ?」
「たぶん」

 出来上がった魔道具を前に不安げな暁斗を余所に、堂々と不安を煽るだけの返事をしたのはリィカだった。

 リィカの手にあるのは、Bランクの魔石だ。そして、それには火・水・風・土、そして光の、合わせて五属性の魔法が封じられ、それは"空間魔法"へと変化した。
 自分たちの持つアイテムボックスと同じもの。しかし、その魔道具はアイテムボックスではない。

「あまり長い距離になると不安だから、短距離からね」

 その手にあるのは"転移"の魔道具。リィカと泰基で作り上げた魔道具だ。
 正規のルートを通りつつ、身分証明の提出が必要な街は、この魔道具で通り過ぎてしまおう、というわけだ。

 そしてそれは、無事成功した。
 そうやって、時には歩き、時には転移で飛びながら、モントルビアの教会までたどり着いたのだ。


※ ※ ※


 アレクやバル、ユーリは、複雑そうな顔をしながらも何も言わない。

 帰ることを選択した暁斗のことも。暁斗の我が儘を叶えるために、行ったことのある場所へ一瞬で移動できるという、転移の魔道具を作るリィカと泰基の二人のことも。

 どうやって帰るのか、その方法は聞かされていない。聞いたのは、モントルビア王国で見つけた、教会の地下にある魔方陣を使う、ということだけ。

 発動しないんじゃないのか、と思ったアレクだったが、すぐ思い出した。
 あの魔方陣の元は、森の魔女が作った魔方陣だ。リィカと泰基は、二人で香澄と話をしている。つまり、あの時に発動させる方法を聞いていたのか。

「………………」

 つまり、魔国に乗り込み、魔王と戦っている時にはすでに、帰れる算段はついていたということだ。それでも、リィカも泰基もそれを口にしなかった。
 魔王を倒すまで、付き合ってくれたのだ。

 アレクは、泰基と暁斗が帰るのを止めるつもりはなかった。留まって欲しい、という願いはある。それでも、止める権利などないからだ。

 ただ、一度はアルカトル王国へ一緒に行って欲しいと思う。それ以上は望まない。ただ一度だけ顔を出してくれたら、後は引き留めない。
 そう言おうとした言葉は、喉元で引っかかって止まった。

 自分は引き留めないつもりでも、父が兄が、他の貴族たちがそうしてくれる保証など、どこにもない。
 父は元々、勇者を帰すための方法を探していたから大丈夫かもしれない。けれど他の貴族たちは、なんだんかんだと王宮に留めおこうとする可能性が高い。

 だから、アレクは出掛かった言葉を、飲み込んだのだ。

 魔方陣の上で何やら作業している二人を見つめる。
 いつもであれば、リィカが他の男と二人で集中していれば、ヤキモチなりなんなりで気持ちが落ち着かなくなるのだが、今は全くそういう気持ちにならない。

 明らかに、リィカの雰囲気が違うのだ。暁斗に「帰してあげる」と言った時から。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

『 使えない』と勇者のパーティを追い出された錬金術師は、本当はパーティ内最強だった

紫宛
ファンタジー
私は、東の勇者パーティに所属する錬金術師イレーネ、この度、勇者パーティを追い出されました。 理由は、『 ポーションを作るしか能が無いから』だそうです。 実際は、ポーション以外にも色々作ってましたけど…… しかも、ポーションだって通常は液体を飲むタイプの物から、ポーションを魔力で包み丸薬タイプに改良したのは私。 (今の所、私しか作れない優れもの……なはず) 丸薬タイプのポーションは、魔力で包む際に圧縮もする為小粒で飲みやすく、持ち運びやすい利点つき。 なのに、使えないの一言で追い出されました。 他のパーティから『 うちに来ないか?』と誘われてる事実を彼らは知らない。 10月9日 間封じ→魔封じ 修正致しました。 ネタバレになりますが、イレーネは王女になります。前国王の娘で現国王の妹になります。王妹=王女です。よろしくお願いします。 12月6日 4話、12話、16話の誤字と誤用を訂正させて頂きました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” 投稿日 体調不良により、不定期更新。 申し訳有りませんが、よろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” お気に入り5500突破。 この作品を手に取って頂きありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)まだまだ未熟ではありますが、これからも楽しい時間を提供できるよう精進していきますので、よろしくお願い致します。 ※素人の作品ですので、暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

処理中です...