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第十五章 帰郷
三ヶ月
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「これが魔方陣か」
教会の地下に降りて、泰基が驚きとともに言った。
以前、この教会に来たときに実際に魔方陣を見たのはリィカだけだ。他の皆は、話を聞いただけで終わった。
だからこそ泰基の驚きは、リィカ以外の皆の驚きでもある。
魔方陣の直径は、三メートルか四メートルか。
香澄の転移陣は一メートルもなかったので、かなりの大きさに見える。よくここまで大きな陣を書くための地下を作った、とさえ思えてしまう。
リィカは躊躇うことなく魔方陣の上を歩き、止まったのは魔方陣の空白の上だ。
「ここに、行きたい場所を書くんだよね」
「ああ、できるだけ詳しくな」
リィカの問いに、泰基が答える。
そんな二人を、他の四人が何とも言えない表情をして見ている。
「……ホントに、帰れるの?」
聞いたのは、暁斗だ。
この魔方陣は発動しなかったと、以前そう言っていた。だというのに、日本に帰るためにこの魔方陣を使うのだという。
一体二人が何を知っているのか、その説明がまったくないままなのだ。
暁斗は、あの時の事を思い出す。
リィカに「帰してあげる」と言われたとき、暁斗の頭は真っ白になった。帰れるなんて思っていなかった。それまで「帰れない」という事実があっただけだったのだから。
けれど、暁斗の口は勝手に動いた。
「帰りたい。……オレ、日本に帰りたい」
無意識に出た言葉。だからこそ、それは暁斗の偽りのない本音。誰にも何にも気遣いなしに、ただ暁斗が望んだこと。
「分かった。任せて」
そう言ってくれたリィカの笑顔だけ、覚えている。
その後、暁斗は我が儘を言った。
帰ると決めた。帰りたい。仲間たち以外との、この国の人たちとの接触を、最小限にしたかった。
けれど、魔国へ行くときの旅のように、普通に身分証明を出して入国すれば、否が応でもその事実が国のトップへと届いてしまう。
魔王討伐を果たした。その報告をしただけで、はいさよならとはいかない。お礼だの祝いだの言われて、なんだかんだと足止めされ、したくもないパーティーに参加させられ、話をしなければならなくなる。
「いや、だがそれは……」
アレクが渋い顔をした。暁斗もその理由は分かる。純粋に、通るルートとしてそれが一番分かりやすく、安全な道なのだ。
身分証明を出さずとも済むルートを通ろうとすれば、どんな危険があるか分からない。
今の自分たちが、そう簡単に危険な目に合うとは思えなかったが、それでも何があるか分からない以上、正規のルートを辿るべきなのだ。
分かっていても、嫌だった。
そんな暁斗の為に、手を尽くしてくれたのはやっぱりリィカ、そして泰基だった。
「……大丈夫なの、それ?」
「たぶん」
出来上がった魔道具を前に不安げな暁斗を余所に、堂々と不安を煽るだけの返事をしたのはリィカだった。
リィカの手にあるのは、Bランクの魔石だ。そして、それには火・水・風・土、そして光の、合わせて五属性の魔法が封じられ、それは"空間魔法"へと変化した。
自分たちの持つアイテムボックスと同じもの。しかし、その魔道具はアイテムボックスではない。
「あまり長い距離になると不安だから、短距離からね」
その手にあるのは"転移"の魔道具。リィカと泰基で作り上げた魔道具だ。
正規のルートを通りつつ、身分証明の提出が必要な街は、この魔道具で通り過ぎてしまおう、というわけだ。
そしてそれは、無事成功した。
そうやって、時には歩き、時には転移で飛びながら、モントルビアの教会までたどり着いたのだ。
※ ※ ※
アレクやバル、ユーリは、複雑そうな顔をしながらも何も言わない。
帰ることを選択した暁斗のことも。暁斗の我が儘を叶えるために、行ったことのある場所へ一瞬で移動できるという、転移の魔道具を作るリィカと泰基の二人のことも。
どうやって帰るのか、その方法は聞かされていない。聞いたのは、モントルビア王国で見つけた、教会の地下にある魔方陣を使う、ということだけ。
発動しないんじゃないのか、と思ったアレクだったが、すぐ思い出した。
あの魔方陣の元は、森の魔女が作った魔方陣だ。リィカと泰基は、二人で香澄と話をしている。つまり、あの時に発動させる方法を聞いていたのか。
「………………」
つまり、魔国に乗り込み、魔王と戦っている時にはすでに、帰れる算段はついていたということだ。それでも、リィカも泰基もそれを口にしなかった。
魔王を倒すまで、付き合ってくれたのだ。
アレクは、泰基と暁斗が帰るのを止めるつもりはなかった。留まって欲しい、という願いはある。それでも、止める権利などないからだ。
ただ、一度はアルカトル王国へ一緒に行って欲しいと思う。それ以上は望まない。ただ一度だけ顔を出してくれたら、後は引き留めない。
そう言おうとした言葉は、喉元で引っかかって止まった。
自分は引き留めないつもりでも、父が兄が、他の貴族たちがそうしてくれる保証など、どこにもない。
父は元々、勇者を帰すための方法を探していたから大丈夫かもしれない。けれど他の貴族たちは、なんだんかんだと王宮に留めおこうとする可能性が高い。
だから、アレクは出掛かった言葉を、飲み込んだのだ。
魔方陣の上で何やら作業している二人を見つめる。
いつもであれば、リィカが他の男と二人で集中していれば、ヤキモチなりなんなりで気持ちが落ち着かなくなるのだが、今は全くそういう気持ちにならない。
明らかに、リィカの雰囲気が違うのだ。暁斗に「帰してあげる」と言った時から。
教会の地下に降りて、泰基が驚きとともに言った。
以前、この教会に来たときに実際に魔方陣を見たのはリィカだけだ。他の皆は、話を聞いただけで終わった。
だからこそ泰基の驚きは、リィカ以外の皆の驚きでもある。
魔方陣の直径は、三メートルか四メートルか。
香澄の転移陣は一メートルもなかったので、かなりの大きさに見える。よくここまで大きな陣を書くための地下を作った、とさえ思えてしまう。
リィカは躊躇うことなく魔方陣の上を歩き、止まったのは魔方陣の空白の上だ。
「ここに、行きたい場所を書くんだよね」
「ああ、できるだけ詳しくな」
リィカの問いに、泰基が答える。
そんな二人を、他の四人が何とも言えない表情をして見ている。
「……ホントに、帰れるの?」
聞いたのは、暁斗だ。
この魔方陣は発動しなかったと、以前そう言っていた。だというのに、日本に帰るためにこの魔方陣を使うのだという。
一体二人が何を知っているのか、その説明がまったくないままなのだ。
暁斗は、あの時の事を思い出す。
リィカに「帰してあげる」と言われたとき、暁斗の頭は真っ白になった。帰れるなんて思っていなかった。それまで「帰れない」という事実があっただけだったのだから。
けれど、暁斗の口は勝手に動いた。
「帰りたい。……オレ、日本に帰りたい」
無意識に出た言葉。だからこそ、それは暁斗の偽りのない本音。誰にも何にも気遣いなしに、ただ暁斗が望んだこと。
「分かった。任せて」
そう言ってくれたリィカの笑顔だけ、覚えている。
その後、暁斗は我が儘を言った。
帰ると決めた。帰りたい。仲間たち以外との、この国の人たちとの接触を、最小限にしたかった。
けれど、魔国へ行くときの旅のように、普通に身分証明を出して入国すれば、否が応でもその事実が国のトップへと届いてしまう。
魔王討伐を果たした。その報告をしただけで、はいさよならとはいかない。お礼だの祝いだの言われて、なんだかんだと足止めされ、したくもないパーティーに参加させられ、話をしなければならなくなる。
「いや、だがそれは……」
アレクが渋い顔をした。暁斗もその理由は分かる。純粋に、通るルートとしてそれが一番分かりやすく、安全な道なのだ。
身分証明を出さずとも済むルートを通ろうとすれば、どんな危険があるか分からない。
今の自分たちが、そう簡単に危険な目に合うとは思えなかったが、それでも何があるか分からない以上、正規のルートを辿るべきなのだ。
分かっていても、嫌だった。
そんな暁斗の為に、手を尽くしてくれたのはやっぱりリィカ、そして泰基だった。
「……大丈夫なの、それ?」
「たぶん」
出来上がった魔道具を前に不安げな暁斗を余所に、堂々と不安を煽るだけの返事をしたのはリィカだった。
リィカの手にあるのは、Bランクの魔石だ。そして、それには火・水・風・土、そして光の、合わせて五属性の魔法が封じられ、それは"空間魔法"へと変化した。
自分たちの持つアイテムボックスと同じもの。しかし、その魔道具はアイテムボックスではない。
「あまり長い距離になると不安だから、短距離からね」
その手にあるのは"転移"の魔道具。リィカと泰基で作り上げた魔道具だ。
正規のルートを通りつつ、身分証明の提出が必要な街は、この魔道具で通り過ぎてしまおう、というわけだ。
そしてそれは、無事成功した。
そうやって、時には歩き、時には転移で飛びながら、モントルビアの教会までたどり着いたのだ。
※ ※ ※
アレクやバル、ユーリは、複雑そうな顔をしながらも何も言わない。
帰ることを選択した暁斗のことも。暁斗の我が儘を叶えるために、行ったことのある場所へ一瞬で移動できるという、転移の魔道具を作るリィカと泰基の二人のことも。
どうやって帰るのか、その方法は聞かされていない。聞いたのは、モントルビア王国で見つけた、教会の地下にある魔方陣を使う、ということだけ。
発動しないんじゃないのか、と思ったアレクだったが、すぐ思い出した。
あの魔方陣の元は、森の魔女が作った魔方陣だ。リィカと泰基は、二人で香澄と話をしている。つまり、あの時に発動させる方法を聞いていたのか。
「………………」
つまり、魔国に乗り込み、魔王と戦っている時にはすでに、帰れる算段はついていたということだ。それでも、リィカも泰基もそれを口にしなかった。
魔王を倒すまで、付き合ってくれたのだ。
アレクは、泰基と暁斗が帰るのを止めるつもりはなかった。留まって欲しい、という願いはある。それでも、止める権利などないからだ。
ただ、一度はアルカトル王国へ一緒に行って欲しいと思う。それ以上は望まない。ただ一度だけ顔を出してくれたら、後は引き留めない。
そう言おうとした言葉は、喉元で引っかかって止まった。
自分は引き留めないつもりでも、父が兄が、他の貴族たちがそうしてくれる保証など、どこにもない。
父は元々、勇者を帰すための方法を探していたから大丈夫かもしれない。けれど他の貴族たちは、なんだんかんだと王宮に留めおこうとする可能性が高い。
だから、アレクは出掛かった言葉を、飲み込んだのだ。
魔方陣の上で何やら作業している二人を見つめる。
いつもであれば、リィカが他の男と二人で集中していれば、ヤキモチなりなんなりで気持ちが落ち着かなくなるのだが、今は全くそういう気持ちにならない。
明らかに、リィカの雰囲気が違うのだ。暁斗に「帰してあげる」と言った時から。
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