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第十三章 魔国への道

森の魔女

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「やはりあなたは日本人ですか? 俺は鈴木泰基と申します。そして、こっちが息子の暁斗」

「へぇ、似てると思ったけど、親子なんだ。そうよ、妾も日本人。今じゃもう日本の記憶なんてほとんどないけど。あんたたちは、なぜこの世界に?」

「魔王を倒せと召喚されました」

「召喚……?」

 香澄の顔が訝しげになる。
 その様子を、泰基は怪訝そうに見つめた。

「何か?」
「あんたたちが来た転移陣、どうやって発動させたの? 日本人がいるなら発動してもおかしくないって思ったんだけどさ。召喚の魔方陣で召喚された奴の言葉には、反応しないはずだけど」

 一瞬、泰基は口ごもった。
 教えて駄目なわけではないが、ここでは話せない。

「……なぜ、召喚の魔方陣で召喚された人の言葉には、反応しなかったんですか?」

 悩んだ末に、香澄の疑問はすっ飛ばした。それをどう思ったのか、香澄は目を細めたが、それにツッコむことはしなかった。

「妾がこの世界に迷い込んだとき、言葉が分かんなくて大変だったの。あの魔方陣で召喚された奴は、最初から言葉が分かるんでしょ。ズルくてムカつくから、わざと反応しないようにしたの」
「……わざと、ですか」

 泰基は苦笑した。
 ズルいという気持ちは、分からなくもない。言葉が分からなかったとしたら、相当に苦労しただろうから。

「えーなんで。別にそんなのオレたちのせいじゃないのに」
「うっさい黙れ」
「えー……」

 暁斗の文句を、香澄は理不尽な一言で片付ける。不満顔の暁斗をそのまま無視して、質問を続けた。

「で、あんたたちは何か目的があってここに来た? "森の魔女"の事は知ってたみたいだけど」
「あの、そのっ。実は……」

 香澄の質問にリィカが口を出す。手に握ったままだった魔方陣が書かれた紙を渡そうとして、それができないことに気付く。

「この魔方陣、森の魔女が作った魔方陣を元に、勇者を元いた世界に帰すために作った魔方陣だそうです。でも、作ったのに発動しなかったらしくって……。何か分かりませんか?」

 結局、透明の壁越しに提示すると、香澄がそれをのぞき込む。マジマジとそれを眺め、やがて得心がいったように頷いた。

「ああ、なるほど、あれね。病気が蔓延したときに、薬を取ってきた魔方陣。なるほど、送る機能だけ残して、帰ってこれる機能はなくしたわけか」

 それは、かつてリィカにこれをくれたフロイドが言っていたことと見事に合致する。そう言うのだから、この魔方陣に改良した神官は間違っていなかった事になる。

「発動しなかったのは、なぜですか?」

 質問しつつ、リィカは緊張した。もしこれで分からないと言われたら。発動しないと言われたら、泰基と暁斗を帰すための手がかりが何もなくなる。息を詰めて、香澄の返答を待つ。

「それを聞いてどうするの?」
「え……?」
「もしかして、日本に帰したいとか思ってるわけ?」

 肯定でも否定でもない言葉に、リィカはどう答えるべきか一瞬考え、すぐそのまま自分の思いを口にした。

「帰したいと思っています。二人とも、納得もしないままこんな世界に強引に連れてこられたんです。だから……」

「へぇ、意外ね。勇者を帰したいなんて、この世界の人が思うんだ。……ああ、でもこの魔方陣も、勇者を帰すために誰かが改良した魔方陣なんだっけ?」

 本気で思いも寄らないことを聞いたと言いたげな香澄に、リィカはどう言うべきか、言葉に悩む。
 それが思い浮かぶ前に、泰基に視線を向けられた。しかし、それは一瞬で逸らされ、泰基が口を開いたのは、香澄に対してだった。

「城戸さん、伺いたいことがあるんですが、いいですか?」
「城戸さんなんて久しぶりに呼ばれたわね。なに?」

 日本人なら当たり前の呼び方だ。初対面の人に対して、いきなり名前で呼んだりしない。泰基もその感覚を懐かしいと思いながら、名字で呼びかける。

「城戸さんはこの世界に来て、どのくらいになるのですか?」
「……それ、聞く意味あるの?」

 泰基の質問に、香澄は胡乱げに問い返す。けれど、泰基は平然と答えた。

「純粋な興味、でしょうか? 若く見えますが、魔方陣のことなど、ずいぶん詳しいように感じたので」
「………………ふーん」

 リィカは口出ししたいのを抑える。
 泰基が香澄に話しかける直前の泰基の視線。その意味は「それ以上は聞かなくていい」という意味だ。

「さぁね、覚えてないわ。四百年か五百年か……そんなところかしら?」
「よんひゃくっ!?」

 リィカは驚きの声を上げた。香澄の見た目は、どう見ても二十代だ。

 そこまで考えて、リィカは思い出した。
 ユグドラシルが言っていたのだ。『森の魔女は人でありながら、そうとは思えないほど長生きしている』と。

「なんでかこの世界に来て老化が止まったの。最初は喜んだけど、これだけ長生きすると、さすがにね。人のいるところで暮らせないし、最終的にここに来た。魔物が鬱陶しかったけど、魔方陣を上手くやったら大人しくなったし」

 そこまで言って、思い出したようにアレクを睨んだ。

「貴族たちも面倒だった。魔力病治療の魔方陣。最初は普通に喜ばれたけど、途中から訳分かんないこと抜かす奴らが現れたの」

 せっかく魔力量が多かったのに、それを減らされた、とか。
 魔力量を減らせるなら、増やすこともできるだろうからやれ、とか。

「せぇっかく治してやったのに! 増やせるかバカヤロウ! ああもう、思い出したら腹立ってきた!」

 怒鳴られて、アレクは何となく身を退く。何が起こったのか理解したくないのに、できてしまうのが悲しい。

「で、妾は誰の命令も受けないって言い捨てて、ついでにバカどもの急所蹴飛ばして逃げた」
「ぶぶっ」
「笑うな、冗談じゃないんだから」
「……その、申し訳ない。色々と」

 決して笑ったつもりではないが、素直にアレクは謝った。
 で急所を蹴られた貴族どもの行く末に興味はあるが、そんな事を聞いたら、さらに怒りそうだ。

「……ま、いいわ。そういうわけだから、他言無用よろしく。本当なら、もう二度と使う気なかったんだから」
「約束する」

 アレクは大真面目に頷いた。ついでに、バルとユーリにも目を受けると、二人も頷く。
 その使う気のなかった魔方陣の中にいるリィカに目を向けると、大分顔色がいいようだ。

「リィカ、体調はいかがですか?」
「うん、すっごくいい。余分な魔力は全部抜けた。思い切り魔法を使いたい」
「……僕のした注意、覚えてますよね?」
「えっ!? えーと……うん、覚えてるけど、大丈夫だって」
「だからっ、言ったでしょう! 大丈夫だと思っても、生活魔法から試すんです!」

 フイッと視線を逸らすリィカに、ユーリが青筋を立てる。

「リィカが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だよ。ユーリって、父さん以上に口うるさい」
「おい暁斗、どういう意味だ」
「アキトは黙って下さい。それでも順番に試すのが当たり前です。何か起こってからでは遅いんですから」
「タイキさんが口うるさいのは、アキトに対してだけだろう。問題があるのは、お前の方だ」
「えーなんで」
「ユーリに限らず神官は口うるせぇのが多いぞ。ユーリの父親の神官長は、穏やかな笑顔で相手を黙らせるっつう、口うるせぇより強力だが」

 やいのやいのと話し始める一行を、香澄は少し切ない目で見る。
 けれど、それも一瞬で消え失せた。

「とりあえず、あんたら一晩泊まってって。寝る部屋はそんなにないから、男どもには雑魚寝してもらうけど。リィカのその後の状態もみたいからね」

 香澄のその一言で、"森の魔女"宅での一泊が決定したのだった。


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