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第十三章 魔国への道

戦いの後

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「バナスパティ!?」
『うむ。久しぶりだな、勇者よ』

 暁斗の驚きに、バナスパティは何てことないように頷く。そして、視線を向けた先は、当然ながらカストルだった。

『さて、どうする』

「……ユグドラシルの守護者が、なぜこのような場所に来る?」

『なに、単に約束を果たしに来た、というだけ。戦っているこの場に来たのは、ただの偶然でしかない。だが、我らが恩人のため、力を振るうことを躊躇うつもりはない』

 途端に、バナスパティから凄まじいプレッシャーが放たれる。それを向けられたわけでもないのに、暁斗は思わず息を呑む。

 ダランが青白い顔をして、後ろに一歩下がった。
 カストルは顔を歪めた。

「……良かろう。我らもユグドラシルやその守護者と事を構える気はない。ここは素直に退くことにしよう」

 言って、カストルも後ろに下がる。
 勇者一行を、見回した。

「魔国に来い。待っているぞ」

 そして、ダラン共々、その姿がフッと消えたのだった。


※ ※ ※


 暁斗はふぅっと息を吐いたが、次の瞬間にドサッと何かが倒れた音に、安心している場合ではなかったことを思い出した。

「リィカ! リィカ、しっかりして!!」

 起き上がっていたリィカが、再び倒れた。血色が戻っていたはずの顔色は、さらに悪くなっている。

『生命力は使うな、と言ったはず。そんなに寿命を縮めたいか』
「……………」

 バナスパティの厳しい言葉にも、リィカは返事をしない。それができる状態ではないのだ。
 バナスパティもそれを悟ったのだろう。それ以上、何も言わない。
 視線を泰基に向けた。

『約束の、世界樹の葉を持ってきた。受け取れ』
「……………!」

 泰基が目を見開く。
 バナスパティが口から出した世界樹の葉を受け取る。

『すまぬが、一枚だけだ。ユグドラシルが、そなたらに渡す一枚を作るために力を注いだ。二枚目が出来るのは、まだ何年も後になろう』

 言いながら、その視線はリィカに向く。

『この場で使うか使わぬかは、そなたらの自由だ』
「……リィカは、治りますか?」

 泰基もリィカを見る。
 生命力、の一言でリィカが何をしたのか察した。暁斗の為に、リィカはまたも命を賭けたのだ。

『さて、回復はするだろう。治るというのが、完治という意味であるならば、何とも言えぬ。前と違い、気に掛けることなく生命力を使ったようであるからな』

 バナスパティの言葉に、泰基は唇を噛んだ。「頼む」と言ったのは自分だ。痛恨のミスだった。

「使います」

 泰基は言い切った。
 一枚しかなかろうと、この世界樹の葉が最高の回復力を宿していることに変わりない。誰からも反対は出ないだろう。

「タイキさん、薬草の煎じ方はご存じないですよね。僕が教えますので」
「ああ。ユーリ、頼む」

 ユーリが頭を押さえてふらつきながら、泰基に声を掛ける。
 バルが肩を貸して、アレクが何とか立ち上がった。

「リィカが飲んだら、少しで良いからこの場を離れて、そこで野営しようぜ」

 バルがそう言うのは、戦って死んだ魔族たちがここに残されているからだ。仮に土に埋めたとしても、移動もせずに野営するのは、あまり気分が良くない。

 だからといって、今の状態からみて、長距離移動するのはもう無理だ。普段であれば、まだまだ先に進む時間だが、今日はもう休むより他ない。

『それが良かろう。この者どもは我が地に埋めよう。明日朝までは我も共にいる故、今宵はゆっくり休むが良い』

「いてくれるのか」

『その方が良かろう? 娘だけではない。皆がボロボロだ。魔物と戦うのも辛いであろう』

「……感謝する」

 心から、アレクはその言葉を言った。
 自分は正直立っているのも辛いレベルだ。バルはまだマシだが、ダメージは負っている。

 他の面々は、戦いを見ていないので分からないが、ユーリはかなりふらついている。泰基は背中に出血の跡があるし、暁斗は全身から出血状態だ。

 そしてリィカは……。

「…………………っ……」

 リィカがなぜあんな状態になってしまったのか、誰も何も聞かない。一人結界に囚われずに戦っていなかったはずのリィカが、なぜ一番重症なのか。

 なぜダランの発動させた結界がないのか。
 なぜ、暁斗もダランも無事に結界の外に出ているのか。

 誰も何も言わない。
 ただ、リィカが暁斗をダランと戦わせまいと、命がけで結界を破壊した、という事実だけは明白だった。


※ ※ ※


 リィカが世界樹の葉を飲んでから、三十分ほど移動して、そこで野営することとなった。
 リィカは、バナスパティが背中に乗せてくれた。

 以前はそう時間も経たずに回復したリィカだが、今回は移動している間に回復することもなく、グッタリしたままだ。
 野営の準備が出来た頃、少しは回復したのか、自分で寝返りくらいはできるようになったが、それでも起き上がるまでには至らない。

 そんなリィカの側に、暁斗が座り込んでいた。

「……リィカ、オレのせいでゴメン」
「どうしたの?」

 少しは回復したリィカが、うつむく暁斗に不思議そうに反問した。

「……だって、オレがダランと戦えなかったから。オレを助けるために、リィカ、無茶してくれたんだもん」
「それは違うよ、暁斗。無茶したのは、暁斗のためじゃなくて、わたしのためだよ」
「……え?」

 泣きそうな暁斗の目が、リィカに向けられる。
 リィカは、優しく微笑んだ。

「わたしが、暁斗に戦って欲しくなかったの。わたしのワガママであって、暁斗のせいじゃない。だから、気にしなくていいの」
「……んで」
「え?」

 消え入りそうな暁斗の声に、リィカが首を傾げる。

「なんで、リィカはオレに戦って欲しくなかったの?」
「なんで……かなぁ……」

 そう言ってリィカは笑うが、その目が少し迷うように動いた。
 少し沈黙が降りる。

「……どうしてもね、イヤだって思ったの」

 リィカが暁斗に告げたのは、そんな言葉。
 答えになっていない答えだが、暁斗の目を見てはっきり告げられた答えに、なぜか暁斗は納得したのだった。


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