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第十二章 帝都ルベニア

リィカとユーリの剣

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「では、これでタイキさんの剣は終了ですね」

とりあえず、泰基の状態に問題はないと踏んだのだろう。
ユーリがにこやかにサムに向かって話しかけた。
それでリィカも思い出した。

「サムさん、僕とリィカの剣を作ってくれませんか?」

それをお願いしようと言っていた事に。
が、サムの機嫌が目に見えて悪くなった。

「なぜだ。あんたらには必要ないだろう」
「……手を見せろとか言わないんですか?」
「見なくても分かる。あんたらは剣に関してはド素人だ。帰った帰った」

シッシッと追い出すような仕草をされたが、それでもそれを頼むのには意味があるのだ。
リィカも参戦した。

「お願いします、サムさん。これから魔族と戦っていくのに必要なんです。作って下さい」
「ヤだね」

頭を下げたが、あっさり切り捨てられた。
さすがに、ちょっとムッとくる。

「えーと何だっけ……。目をうるませて、上目遣いで頼む、だったっけ……?」

かつてトルバゴ共和国で出会った老婆、ペトラに教えてもらった事を思い出す。
自分がそんなことをやっても似合わないとは思うが、この際手段を選んでいられない。

「……でも、目をうるませるって、どうしたらいいの?」
「リィカ、頑張って下さい!」

悩むリィカに、ユーリからの応援が入る。

その応援に応えたいと思うが、どうしていいか分からない。
目をうるませるということは、つまりは泣けということだろうか。だが、そう都合良く涙が出てくれるはずもない。

うーんと唸るリィカに、サムが呆れた顔で告げた。

「あのな。確かに年頃の男には有効だろうが、娘よりも年齢が下の女の子にそんな事されても、全く心は動かんぞ」

やる前に言われてしまい、リィカは落ち込んだ。
できる気もしなかったとは言っても、そう言われてしまうとショックだ。

「剣を実際にどう使いたいのか、見せたらどうだ?」
「それだ!」
「それです! サムさん、何でもいいので、軽い剣一本貸して下さい!」

泰基の提案にリィカとユーリが同時に叫ぶ。
さらに図々しく剣を貸せと言えるのは、さすがユーリという所だろうか。

「…………こいつでいいか?」

先ほど自らの夢を叶えてくれた泰基の提案を一蹴することはできないと見えて、サムが渋々ながら差し出した剣は短剣だ。

受け取ったユーリは、そのままリィカに渡す。

「なんでわたし?」
「リィカの方が種類が豊富じゃないですか」

それは単に持っている魔法適性の差でしかないが。
しかし、素直に受け取ったリィカは、サムに視線を向けた。

「すいません。何か壊れても良いものってありませんか?」
「………………」

サムは無言で指を指す。
その先にあったのは、見た目がなんとなくサンドバッグに似たようなものだ。それが、上から紐で吊されている。

「Cランクの魔物の皮を剥いで丸めたものだ。剣の切れ味とか、まあ色々確かめるのに使う。壊れたら壊れたで構わん。――やれるものならな」

わざわざ最後に付け足された一言に、リィカがムッとした表情を見せるが、すぐにその口元は弧を描く。

「壊せたら、剣を作ってくれますか?」
「一時間も二時間もかけて壊した所で、認めないぞ。それに、上の紐を切っても認めない」

挑発するようにリィカが言うが、サムはそれに乗る様子は見せない。
逃げ道を塞ぐように色々釘を刺すが、リィカからしたらそれらは完全に見当外れだ。

「そんなことしません。あれ、エンチャントの魔法を使ったとして、どのくらい保つんですか?」

「エンチャントか。あの中にもぎっしりCランクの魔物の皮が入っているんだ。表面を切り裂くくらいなら難しくないが、壊すには四回か五回、唱え直しが必要だな」

「四回か、五回……」

リィカはつぶやく。
あのサンドバッグみたいなものとの距離は、およそ二メートル。

「じゃあ、ここから動かないであれを壊します。唱えるエンチャントは二回。それで壊せたら、作って下さい」
「ほお?」

サムは驚いたように言った。
エンチャントが二回、というのも驚くが、それ以上に二メートルも離れていれば、普通はエンチャントでは届かない。

「面白い、いいだろう。壊せたら、あんたら二人の剣を作ってやる」
「約束ですよ」

言って、サンドバッグもどきに向き直る。
チラッと仲間たちを見て見れば、皆楽しそうな顔をしているだけで、心配そうな顔は全くない。

クスッと笑って、リィカは魔法を唱えた。

「《火の付与フレイム・エンチャント》!」

短剣に炎が灯る。
そこに魔力を付与すると、一直線にサンドバッグもどきに向けて、火の剣が伸びた。

「なっ!?」

サムが驚いたのが聞こえる。
一方、リィカはわずかに眉をひそめる。

サンドバッグもどきの中央を貫けるかと思ったら、途中で止まった。思った以上に頑丈だ。
だが、火のエンチャントの追加効果で、サンドバッグもどきが火に包まれる。
それでも、壊れない。

このまま斬り付けたり刺したりを続けるのもいいが、それでは面白くないだろう。
火のエンチャントの長さを元に戻す。

そして、左から右に横に薙ぐように短剣を動かす。
普通なら、サンドバッグもどきに届くはずがない。

しかし、火のエンチャントから小さな火の玉が放たれて、それがすべてサンドバッグもどきに命中した。

同時に、火のエンチャントが消える。
チラッとサムを見ると、厳しい表情でリィカを見ていた。

フウッと息を吐いて、二つ目のエンチャントを唱えた。

「《風の付与ウインド・エンチャント》!」

魔力を付与すると、風のエンチャントがムチのように伸びた。ジャダーカを相手に使った時と同じだ。
それでサンドバッグもどきを叩く……つもりだったが、止めた。
さらに操って、風のムチがサンドバッグもどきに巻き付き、ギュッと締め付けた。

先の炎のエンチャントで脆くなっていた皮は、その締め付けに耐えきれず、ボロボロに破れて壊れたのだった。


※ ※ ※


ホッと息を吐いたリィカの耳に、拍手が聞こえた。
パンパンパンパンと手を叩いているのは、サムだ。

「なるほどな、あんなの初めて見たぜ。魔法使いが使うエンチャントか」

ご機嫌そうな表情をしている。

「あんたら、ルビーの剣を見てるんだもんな。確かにあんな使い方するんなら、ルビーのと同じように魔石から作った剣の方が使いやすいだろうな」

「じゃあ……!」

「ああ、二人分作ってやるぜ。どんなのがいいんだ? とりあえず希望を言ってみろ」

リィカとユーリがお互いに笑顔を見合わせ、頷く。

「軽い剣がいいです!」
「軽い剣にして下さい!」
「……そういやさっきも軽い剣と言ってたな」

なぜだ、という顔をするサムに、泰基が説明をした。

「少し前までリィカはショートソード、ユーリはロングソードを使っていたんですが、どちらも剣が重かったようなんです。ユーリにショートソードを持たせてみたらちょうど良かったんですが、そのショートソードが壊れてしまいまして」

「……なるほどな。ってことは、全く剣を使ったことがないわけじゃないのか」

「二人でゴブリン一匹何とか倒したのが、成果と言えば成果ですね」

あれはまだルバドール帝国に入国する前の話だ。
泰基が苦笑して伝えるが、サムの反応は予想とは違った。

「へぇ。魔法使わずにか? 剣だけで?」

感心したような様子を見せたのだ。
視線を向けられたリィカとユーリは、黙って頷く。
そうしたら、サムが何かを考え込んだ。

「……そうか。ゴブリンを倒せるなら、普通に剣を振る可能性も考えるべきか。となると」

立ち上がると、何やらゴソゴソやり出した。
やがてその手に取ったのは、ショートソードだ。それをユーリに渡す。

「これは?」
「失敗作のガラクタだ。とりあえず振ってみろ」
「……構いませんが、なぜ?」
「剣士は手を見れば、大体実力が分かる。どんな剣がいいのかもな。だが、あんたらに関しては分かる気がしない。だから、振って見せろ」

見ようともしないのに、なぜ分かる気がしないと言い切るのか。
何となく釈然としないものを感じながらも、ユーリは言われた通りに剣を振る。
ジッと見ているサムが、何を考えているのかよく分からない。

「そこまででいい。次、嬢ちゃん振ってみろ。悪いが、さすがにショートソードより軽い剣はない。短剣じゃ分かりにくいから、それを振ってみろ」
「は、はいっ」

ユーリから剣を受け取って、振ってみる。さっきの短剣と比べると、重く感じる。
それでも自分にできるだけの事をやると、サムからストップがかかった。

「何となく分かった。何であんたらが剣をやる必要があるかは分からんがな。だが、きっとそれが必要なんだろう」

あえてそれ以上の事情を聞くつもりはないようだ。
腕を組んで考えている。

「……話を聞いたかも知れないが、俺がルビーに作ってやってる剣は完全とは言えない。あいつが全力で魔力をこめたら壊れてしまうような代物だ。だから、あいつのと同じように作っただけでは、あんたらの魔力に耐えられない可能性が高い」

「ええ、伺いました。だから、質よりも量を優先していると」

「そうなんだよな。鍛冶師としては不本意極まりないが」

ユーリの答えに、サムは笑うでもなく真顔で頷く。
そして、少し考えるようにしながら、言葉を続けた。

「純粋に考えれば、魔石のランクが上がれば上がるほど、込められる魔力も増える。だが、魔石がでかいのに、小ぶりな剣を作るのができるかどうかがちょっと分からない」

サムの言いたい事はよく分かる。
魔道具を作るにも、その魔石の大きさに合った大きさで作るのが作りやすい。

「あんたら、Cランク以上の魔石はどのくらい持っている?」
「CとBはたくさんありますよ。Aランクは三個ですね」

ユーリが答えると、サムの目が輝いた。

「マジか。売ってくれって言ったら、売ってくれるか?」
「……今って僕たちの剣の話をしているんですよね?」
「そうだが、たくさんあるなんて言われたら、欲しくなるじゃないか」

ちなみにBランクの魔石がたくさんある理由は、ユグドラシルの島でバナスパティが色々魔物を狩ってきた結果である。

だが、その中にAランクの魔物はいなかった。
だから、持っているAランクの魔石は、カトリーズの街でリィカとユーリが戦ったヒドラ。
そして、最終防衛線で戦った二体の魔物のAランクの魔石。合計三個だ。

「これは真面目な話だが、失敗前提というか練習用というかでBランクの魔石をいくつか提供してくれないか。Aランクが三個だけじゃ、そっちを練習用とするわけにはいかないからな」

いったん言葉を切って、さらに続ける。

「作るならAランクの魔石で剣を作るべきだろう。大きい魔石で小ぶりの剣を作れるか、Bランクの魔石で試してみたいんだが」

ユーリがアレクを見る。
アレクが頷いた。

「構わない。Bランクは十個ほどでいいか?」
「そんなにくれるのか!?」

多かったらしい。
しかし、正直魔石はたくさんあるのだ。

「ああ。もし余ったら、そのまま差し上げよう」
「イヨッシャー! よーし、最低限で済ませるぞ!」

何だか別方向でやる気を出し始めたサムに微妙に不安を抱きながら、魔石を渡す。
Bランクの他に、Aランクの魔石も二個渡す。

「残りもう一つのAランクの魔石は、くれないのか」
「なぜあげる必要があるんだ」

身を乗り出して要求してくるサムに、アレクが冷たい声で告げた。


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