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第十二章 帝都ルベニア

ルバドールの家族会議

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「兄様、ごめんなさい」

皇女ルシアは、兄である皇太子ルードリックに対して頭を下げる。
勇者一行の、というか、リィカの対応の失敗についてだ。

「侍女長か。無能ではないし、決められたことを決まったように対応するだけなら、あいつは有能だがな」

「引き渡せと言われても突っぱねた所だけは、侍女長の融通の利かなさが良かったのだけど、他は完全に裏目に出たわね」

答えたのは、母のケイトリンだ。
ルードリックの私室にいるのは、今はこの三人だけだ。

「処罰はどうするの? 侍女長と、リーチェン公爵とジョーズ伯爵。他にも彼女の姿を見た者は大勢いるだろうけれど、全員に処罰を与える?」

「……流石にそこまでは。特定も容易じゃない。勇者たちの反応次第だが、できればその三人だけで済ませたいところだ」

姿を見ただけの者は、侍女長がやらかした事に巻き込まれただけだ。
それにわざわざ乗っかっていったリーチェンとジョーズ二名はともかく、他の者への罰は避けたいところだ。

「ケルー少将はよく対応してくれたのにな。皇城に入ってから、それを全部無駄にしている」

ルードリックは大きくため息をついた。

水の問題の件にしても、厳命していたというのにリーチェン公爵にあっさり破られ、勇者たちに睨まれる羽目になった。

鏡の作成をさせた件は間違っていたとは思わない。自分の目で見なければ、どうしても信じられなかった。それは、勇者一行側も納得していたようだった。

大問題はその後だ。よりによって、その鏡を作成したリィカに、また明るい内から薄い夜着を着せて、まだ人が大勢いる中を歩かせた。

『平民の娘が勇者様のご一行にいるのです。体で勇者様方を慰めるのがあの娘の役割でしょう。何か問題がございましたか?』

取り調べに侍女長はそう言ったらしい。鏡を作成した件を話しても「ありえない」の一言で切って捨てた。

例え位の高い貴族が何を言っても、決してそれに阿ることはない。そういう意味では侍女長は信頼できるのだが、今回に限っては侍女長は不適格だった。

ルシアはそれを分かっていたから、侍女長に対応させなかった。だというのに、当の侍女長が何も分かっていない。問題があるから問題が起こったのだと、理解して欲しい。

ちなみに、貴族二人の言い分はこうだった。

『あの娘が悪いのだ! ずっとガチガチの顔をしておったくせして、あんな風に笑いおって!』
『あんな顔を見せたのだ! 男を誘っているに決まってる!』

ケイトリンとルシアは何のことだと疑問に思ったようだが、ルードリックはすぐに分かった。

「鏡が出来上がったときの話だな。出来具合に満足したのか、リィカ嬢が会心の笑みを浮かべたんだ。鏡に向けた笑みだし、どう見たところで男を誘う笑みじゃない。だが……」

ルードリックはあの時の事を思い出す。

リィカはずっと緊張した顔をしていて、鏡を作っている間は真剣な表情だった。あの時初めて、笑顔を見せたのだ。
それまで見せていた表情との差は、大きかった。

「あら。つまりお二人さんは、そのギャップにやられちゃったってこと?」
「阿呆だろう? 成人近い子供もいるというのに、その程度で見惚れるんだから」

母と兄の会話にルシアはグッタリ項垂れた。その阿呆のせいで、こんな事態になっている。
監督不行き届きと言われればそれまでだが、それでも自分たちのせいじゃない、と声を大にして叫びたくなる。

「三人の処罰の内容は考えている。あまり重い処罰にも出来ないから、この程度でどうかと思ったんだが」

そう言って、ルードリックはその考えを口にする。
ルシアは微妙そうな表情をしたが、母のケイトリンは笑った。

「いいんじゃない? ちょうどリィカさんがされたことを返す程度だものね」

母の意見に、ルードリックはホッと息を吐く。

リィカは、ルシアや侍女長を、怒る勇者やアルカトルの王子から庇ったらしい。リィカの口添えがなければ、彼らは間違いなく皇城を出て行っただろう。

自分たち皇族から見れば、リィカの対応は甘いの一言なのだが、だからこそ、あまり厳しい罰を与えてしまえば、逆にリィカが気にしてしまう。

「では、この件はこれで終わりだ。あとは勇者たちの反応次第だ。ルシアもそれでいいな」

「ええ。――あ、でも、アレクシス殿下に着替え不要と言われて、本当にそのままにしてしまったのは、問題なかったかしら?」

やっぱりリィカの着替えくらいは持っていくべきか、悩むルシアにルードリックは複雑な表情を浮かべる。
コロコロ笑ったのは、ケイトリンだった。

「着替えは明日朝になさい。余計な事をするんじゃないの」
「余計かしら?」
「余計よ。好きな子の艶姿を拝んでいるんでしょうから、邪魔しないの」
「え?」
「侍女長のしたことに怒っても、させた格好は気に入ったのよ。だからほっときなさい」
「……え?」

ルシアの顔が赤くなっていく。
自分のことでもないのに、恥ずかしい。

「しょうがないわねぇ、ルシアは。もうすぐあなたも嫁ぐのよ。殿方のことをもう少し知らないとね?」

一応勉強はしました、と心の中で思うだけで、口には出せない。
机の上での勉強だけでも恥ずかしかったのに、実際にそんな話を聞くと色々想像してしまう。

「でも、ちょっと残念だわ。ルビーがリィカさんに惚れちゃったんでしょ?」
「そうみたいだな。ルビーは手に入れる気満々だが、果たして上手くいくのやら」

手紙にあったルベルトスの、というよりは、リヒトーフェンの企みを思い返す。
確かに、四属性の適正持ちは珍しい。手に入るなら欲しい。

しかし、リヒトーフェンほど熱心に思えないのは、自分が軍人ではないからだろうか。
国を回すのに、四属性持ちがいなくても何も問題ないのだ。

「残りの問題は、水の問題の解決か……」

弟の恋の行方は気になるが、それを論じても仕方がない。
目下の問題に意識を移す。

「最悪、水の問題の解決は諦めるか」

水の豊富な西側から運んでくる方法もある。
魔王が倒れ、魔族が退けば、有能な軍人たちを水問題の解決に回すこともできる。

どちらも金も時間もかかるので、あまり取りたい方法ではないのだが、勇者一行の好意に頼ってしまうには、ちょっと問題が起きすぎた。

「献上品の鏡も問題だな。頂いたのは有り難いが、少しもらいすぎだな」

ルバドールの皇城にも鏡が一つあるが、比べものにならないくらいに、とても綺麗に映る。
あれでさえ相当な金額だというのに、一体リィカが作った鏡はどれだけの値がつくのか。

一枚でも十分すぎるほどなのに、それが四枚。
その上、色々問題を起こした挙げ句に頼み事までしようとしている。

だが欲しい。
バシリスクによる被害は大きい。一番厄介な石化能力への対策なのだ。四つと言わず、もっと欲しいと言いたいくらいなのだ。

「何かこちらからも相応の返礼が必要だな」

国同士のやり取りであれば当たり前の事だ。
リィカと勇者親子は気にしなさそうだが、あちらにアルカトルの王族と貴族がいる以上、もらうだけで終わらせるのは、下策だ。

「――ああ、そうだ」

それで思い出した。
別に返礼に、というわけでもないが。

「母上、ルシアも。もしかしたら頼み事をするかもしれない」
「頼み?」
「なにかしら?」

異口同音に聞き返す二人に、ルードリックは告げた。

「リィカ嬢に、貴族としての立ち居振る舞いやマナーなんかを、簡単でいいから教えてやって欲しいんだ」

その頼み事に、ケイトリンは面白そうに、ルシアは目をぱちくりさせて答えたのだった。


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