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第十二章 帝都ルベニア

リィカ観賞会

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パタン、と扉が閉められて、部屋の中には勇者一行だけが残された。

アレクに視線が集まる。
その中で暁斗だけがすぐ真っ赤になって視線を逸らして、後ろ向きになったが。

「あー……」

何とも言えない空気の中、アレクは言葉を発しようとして何も出てこず、押さえ込んでいたリィカがモゾモゾ動いたので、腕の力を緩めてやる。

――と、ガバッと音が出そうな勢いでリィカが顔を上げた。

「なんで! わたし着替えたかったのに! この格好、すごく恥ずかしいの!」
「……ああ、うん、まあ、そうか。そうだよな」
「そうだよな、じゃなくて!」

アレクの返答になっていない返答に、リィカは真っ赤になって怒る。
だが、すぐにフイッと視線を逸らした。

「もういいっ! アレク、手はなして。アイテムボックスから服を出すから」

何やら騒ぎになったが、元々部屋に着いたらそうするつもりだったのだ。
聖地からもらった服が入っているから、何も問題ない。

そう思ってアレクから離れようとするが、アレクの手が緩まない。

「駄目だ、リィカ。……可愛いし綺麗だから、もう少し観賞させろ」
「なっ……かっ……」

もはや言葉にならない。

少し体を離されて、文字通り全身を見られる。
恥ずかしくて体を隠したくても、腕を抑えられているからそれもできない。

「アレク。堪能し終わってからでいいですから、僕もリィカの姿を見てみたいんですが」
「ひぇっ!?」
「………………」

ユーリからの提案に、リィカは悲鳴を上げるが、アレクは無言だ。

「おいユーリ、何を言い出すんだ」
「だって、女性のこんな姿、見るの初めてですよ」
「……見た事ある方が、問題だろうが」

バルがユーリを窘めるように言っているのが聞こえた。
そのままユーリを説得して! とリィカが思っていると、さらにユーリの声がした。

「それに、僕はユグドラシルの所でリィカに裸を見られてますし。これでおあいこです」
「見てないっ!」

たまらずリィカは言い返す。本当に上半身をチラッと見ただけだ。
だが、意識がユーリの方に向かうと、アレクにムッとしたように腕を引かれる。

「リィカ、俺だけを見ていろ」
「――だからっ、アレク、もう……!」

どうしようもなく恥ずかしいのに、アレクが離してくれない。
怖さはない。けれど、そういう問題じゃない。

「この世界にも、ああいう衣装、あるんだな」
「タイキさんのところにもあるんですか? あ、もしかして奥様が……」
「え、あるの!? ていうか待って! 親のそんな話、聞きたくない!」
「アキトの言うとおりっていうか……。タイキさんまで話しに乗んのかよ」

リィカの後方で男性陣が何やら自由に会話を始める。
泣きたくなった。

「あいつに着せてみたかったんだけどな。言ったら顔面をグーで殴られた。それっきりだったな」
「なんで言うの!? 聞きたくないって言ったのに!」
「そこまで言うほどの内容じゃありませんよ。……何というか、お元気な奥様だったのですね」
「……それ、元気っつうのか?」

そっかグーで殴っちゃえばいいんだ! と思ったリィカだが、がっちり掴まれているせいで、動かしたくても動けない。

「大体ああいう衣装は透けてみえるものだと思ったが、リィカのは違うんだな」
「確かに透けてませんけど……そういうものなんですか?」

泰基とユーリのその会話が聞こえた途端、リィカは体をくるっと回転させられた。
あまりに突然で、目が回る。

「特別サービスだ、ユーリ。バルとアキトも聞いてろ。講義してやる」

前にいたはずのアレクの声がすぐ後ろから聞こえた。手は、後ろ手にアレクに取られている。どうやら、アレクに回転させられたらしい。
代わりに、バルとユーリ、泰基が見えた。暁斗は後ろ姿だけだ。

「こういう女性の衣装は、色々な種類があるらしい。大抵は侍女がその女性に似合う物を選ぶらしいが、男性側が希望を出せば、それを身に付けさせてくれる。残念ながら、身に纏う本人である女性の意見は通らないらしい」

宣言通りに、講義を始めた。

「丈が短い物や長いもの。前開きもあるし、透ける素材もあれば、透けない物もある。だが、いくら男性側の希望に添うといっても、調子に乗ると奥方に嫌われるから気をつけろ、と教師に言われた」

渋い顔になったアレクに、バルが問いかける。

「教師?」
「アルカトル王国一の、スケベジジイだよ」
「……あの爺さんが、教師かよ」

額に手を当てて大きくため息をつくバルの横で、ユーリも顔をしかめている。

「誰なんだ?」
「父上の父、つまり俺の祖父の従兄弟に当たる方だ。その何というか……女性をよく見ている方で……」

泰基の疑問に、アレクの返答は何とも歯切れが悪い。
だが、泰基は半眼になった。

「スケベジジイと言っておきながら、変なごまかしをしなくてもいいだろ。ようするに、女好きなんだな」
「あーまあ……」

アレクは視線を微妙に逸らす。

「一応フォローしておくと、奥方一筋の方ではあるんだ。他の女性に手を出したことはない。だが、侍女の誰それが可愛いとか胸が大きいとか色々言っては、その侍女に給仕させたりデートに誘ったりしててな……」

「……給仕はともかく、奥方一筋の人がデートに誘うのか」

「若い女性と一緒にいると、いつまでも元気でいられるんじゃ、とか宣っているな」

「………………」

泰基からすれば、まったく理解できることではないが、それ以上ツッコんでもしょうがないことだけは理解した。
代わりにバルが口を開く。

「……そういうの習ってるあたり、お前って王子だったっけな、と思ったが……他に教師いなかったのかよ?」

「父上が決めたことだ。俺に言われたって知るか」

そもそもアレクはそんなものを受けたくなかったのだ。
兄に引っ張って行かれて、拒否できなかっただけで。

(あー、そういえば……)

思い出してしまった。
あの講義の後の、兄とのやり取り。
話があると言われて、兄の部屋に行ったのだ。

『アレク。ちょっと練習台になってくれ』
『は?』
『キスマーク。つけてみたい』
『はあっ!?」

本気で抵抗すれば……、いや、本気じゃなくてもアレクが抵抗すれば、兄がアレクをどうこうすることなど出来るはずがない。
だというのに、兄に弱いアレクは抵抗できなかった。

兄が満足するまで練習台に徹したのだが……兄に付けられた赤い痕が消えるまで、恥ずかしくてしょうがなかった。

(いやいや、いいから忘れろ。俺は、付けられる側じゃなくて、付ける側なんだから)

掴んでいるリィカの腕に、もう少しだけ力を込める。

「リィカの衣装は、おそらく一回限りの贅沢品だな。肩紐を引っ張れば簡単に千切れるようになっていて、一度切ってしまえば二度は着られない……」
「アレクっ!!」

アレクの講義を、リィカが叫んで止めた。
真っ赤な顔でわずかに顔を後ろに向けて、アレクを睨んでいる。

「あー……」

アレクも、何となく顔が赤くなった。
講義のつもりで言ったから何も気にならなかったが、引っ張って千切ってしまえば、服は脱げてしまうのだ。

「贅沢品ですか。ようするに、あの侍女長さんとやら、良いものをリィカに着せたんですね」

「リィカにこの上なく似合ってるしな。あの人からすれば、自分のやるべき仕事をきっちりやったという気分なんだろうな」

マジマジ姿を眺められながら、ユーリと泰基にも言われて、リィカは本気で涙が出そうだった。

「……もうやだ。服、着たい……」

うつむいて小声で言えば、慌てた声が聞こえた。

「い、いや、すいません。リィカ」
「悪い、つい。……透け感がないせいか、あまりその、な」

泰基は上手く説明できず、というか、説明したら、それはそれでリィカが泣きそうな気がして、言葉を濁す。

洋服のようだ、とまでは言わないが、だからといって色っぽい感じもしない。少なくとも平然と話をしてしまう程度には。

だが、ユーリは平然としていても、バルは目を泳がせているし、暁斗はずっと背を向けたまま。
アレクはテンションがおかしい。普段のアレクなら、リィカのこんな姿を他の男に見せようなんてしないだろう。

ユーリという例外はあっても、年頃の男子には色々な意味で刺激が強いようだ。

「……アレク、どちらにしてもその格好じゃ風邪ひくぞ。服、着せてやったらどうだ」

夜になれば冷えてくるのもあるので、とりあえずリィカのフォローに入る。
リィカはパアッと顔を輝かせるが、アレクは分かりやすくムッとした顔をした。

不満な顔をしたまま、アレクはリィカを抱えたまま、アイテムボックスから毛布を取り出した。

「リィカ、これを掛けるのは許してやる。服は駄目だ」
「なんでっ!?」

上から目線というか、命令口調のアレクにリィカは反発するも、後ろから毛布ごと抱き締められて、動きを封じられていた。


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