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第十一章 四天王ジャダーカ

ルベルトスの父親

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アレクの視線に気付いたリヒトーフェンが、少しバツの悪そうな表情を見せる。
謝罪するかのように、僅かに目を伏せる。

一瞬のことだったので、おそらく他に気付いた者はいなかっただろう。

リヒトーフェンが、一同を見渡した。

「ジャダーカは攻めてこない。そして、あの魔法を心配する必要がないのであれば、防衛線に関しては問題ございません。皆様方が魔王を倒すまで、持ち堪えてみせましょう。休養を取った後、旅を再開されて下さい」

言って、ルベルトスへ視線を向ける。

「これでよろしいでしょうか、元帥閣下」
「ああ、構わん」

ルベルトスは答えると、勇者一行に、主にリィカに向かって頭を下げた。

「ジャダーカを倒すため。目的はそこにあったとしても、おかげで防衛線が救われたことは事実。感謝する」

「――え、あ、その……」

「役に立ったのなら、良かった。持ち堪えると言った言葉、違えることのないようにお願いしたい」

頭を下げられて、アタフタしているリィカの代わりに、アレクが答える。
挑発的にも聞こえるアレクの言葉に、ルベルトスははっきり口の端を上げた。

「ああ、無論。いつまででも耐えてやろう。失敗せぬよう、ゆっくりやって頂いて結構だ」

同じように、挑発的にルベルトスも返したのだった。


※ ※ ※


この後は、帝都ルベニアに向けて出発する。
出発日は未定だ。
リィカの腕の状態を見て、決定することとなった。

一通り話が修了して解散、という時にルベルトスが話しかけたのはバルに対してだった。

「バルムート殿。先ほど魔剣を持っている、という話をされていたが……」
「は? ええ、そうです。戦った魔族が使っていた魔剣を、譲られました」

疑問に思いつつも、バルは返事をする。
先ほども言った事だし、隠す事でもなかった。

「相手の、魔族の名は……?」

それもさっき言ったな、と思いつつも、バルは口にする。

「アシュラ、ですが」
「やはりそうか! 頼みがある! 帝都へ行ったら、父の元に顔を出して頂けないだろうか!」
「は? 父?」

顔を輝かせたルベルトスに、バルは疑問を返すしかできなかった。
なぜ魔族の話から、父親の話になるのか。

ルベルトスの父親と言えば、やりたいことがあるから、と皇位継承権を放棄して出て行ったはず。帝都にいるとは聞いていたが、どういうことなのか。

「父は、帝都で鍛冶士をしている」

「……は?」

「オレの使っている剣も、父が作ってくれた剣だ。普通とは違う特別な剣だが、父の目指すところはその先だ。そのためにも、その魔剣を父に見せてやってはくれないだろうか」

「……申し訳ありませんが、もう少し詳しく教えて頂けませんか?」

突然、魔剣を見せろと言われたところで、はいそうですか、とは言えない。
アシュラと何の関係があるかも不明なままだ。

「うむ、そうだな」

バルの言葉にルベルトスは鷹揚に頷いて、話を始めた。


※ ※ ※


それはまだ、ルベルトスの父親であるルバンザムが、次期皇位継承者として皇宮にいたときのことだ。

あるとき、帝国の北の地にBランクの魔物が現れた。
スプリガンという、普段は小柄で一見ゴブリンにしか見えないが、戦闘になるとたちまち巨大化するという魔物だ。

ルバンザムは軍を率いて、それの討伐に向かった。
Bランクは確かに強敵だが、数と質を揃えて戦えば、勝つことはそう難しくない。
誰もがそう考え、討伐に向かったのだが、スプリガンは強かった。

その原因は、スプリガンではなかった。
スプリガンの持つ剣にあった。

人間が捨てていった剣、あるいは冒険者が倒れて残された剣を、魔物が持ち、使ってくる事は時々見られる。
だが、大抵持っているものは、古くなった剣ばかりだ。

だが、スプリガンの持つ剣は違った。
新品と見間違うかのような、立派な両手剣。そして、その両手剣とぶつかると、こちらの剣が折られる。

剣技を放っても、剣で防がれる。
時間を稼いで上級魔法を放っても、その剣を滅茶苦茶に振り回されると、威力が減衰して、ダメージらしいダメージにならない。

何とかスプリガンから剣を奪おうとしても、巨人の魔物の膂力に抗えず、上手くいかない。
このままでは全滅だと、ルバンザムが撤退を決意したとき、その男が現れた。

「まさか、魔族……? なぜ……!」

男、というよりは、まだ少年だ。
だがそれでも、魔王が誕生しているわけでもないのに、そこにいたのは魔族だった。
白い髪、白い肌、長い耳。
伝承にある、魔族の姿。

「……………くっ……」

ルバンザムは、必死に思考を巡らせた。
理由は分からなくとも、そこに魔族がいるのは間違いない。

スプリガン相手にさえ苦戦しているというのに、魔族が加われば勝ち目などない。
撤退しかない。
だが、退かせてくれるのか。

しかし、魔族は人間の軍隊を見ていなかった。
見ていたのは、スプリガンだった。

「魔物よ。貴様にその剣は使いこなせぬ。その身に合わぬ剣は、近いうちにその身を滅ぼすぞ」

魔族が言葉を発した。
少年の身に合わず、ズシンとくる低い声だ。
直接向けられたわけでもないのに、ルバンザムはその威に押されるものを感じた。

だが、スプリガンはどう思ったのか。
返事は、雄叫びだった。

「所詮は魔物か」

その魔族は小さくつぶやくと、剣を抜いた。
スプリガンが剣を大きく振りかざす。
それでも、魔族は冷静だった。

「《水の付与アクア・エンチャント》」

小さく、魔法を唱える声が聞こえた。
魔族の持つ剣に水の付与がされる。

「フンッ」

魔族は気合いを入れるように息を吐き出し、剣を一閃した。

「…………………!」

ルバンザムは、驚きを隠せなかった。
その一閃で、剣を持つスプリガンの右腕が断ち切られていたのだ。

スプリガンの目が血走っている。
魔族を怒りの目で見ている。

残った左腕を振り上げて……同時に魔族も動いていた。
断ち切られた右腕とともに、地面に落ちた大剣を拾い上げていたのだ。

「……素晴らしい剣だ」

恍惚とした表情を見せ、振り下ろされる左腕を拾った剣で受け止める。

「己の名はアシュラだ! 魔剣よ、己に力を貸せ!」

その魔族が叫ぶ。
と同時に、剣が光り輝く。

「フォルテュード、それがか。承った」

そして、スプリガンの左腕を切り裂く。
悲鳴を上げるスプリガンに、その体を足台にして、アシュラが飛び上がる。

――斬!

気付けば、スプリガンの首は落ちていた。

ルバンザムは、呆気にとられてアシュラと名乗った魔族を見つめる。
その視線に気付いたのか、アシュラは一瞬だけルバンザムに目をやるが、すぐ興味をなくしたように視線を逸らす。

去っていくアシュラの姿を眺める。
その時、ルバンザムの胸中には今まで感じたことのない感動が沸き起こっていた。

あの剣は魔剣だ。
アシュラの呼びかけに、剣が応えた。

その瞬間に、ルバンザムはどうしようもなく惹かれたのだ。


※ ※ ※


「その瞬間をもう一度見たい、と父は言っている。だが、魔剣がそう簡単にあるはずもない。だから、自らの手で魔剣を作るのだと、自らが作った魔剣と人とが一体になる瞬間を見たいのだと、父はそう言っている」

「……………」

バルは無言で、剣の柄に触れる。
アシュラから譲り受けた、魔剣フォルテュード。
間違いようもなく、その話はアシュラが魔剣を手に入れた瞬間の話なのだろう。

「だが、魔剣の作成は非常に難しい。過去に幾人もの鍛冶士たちが挑戦し、散っていった。今では、そんなものに挑戦するのは変わり者扱いされる。それでも父は挑戦しているが、やはり気持ちが落ち込むこともあるようなのだ」

その話はバルも知っている。
魔剣作成は、鍛冶士たちの決して届かない、見てはいけない夢の話だ。

「だから、その魔剣を父に見せてやっては頂けないか。父の原点だ。きっと、父にとって大きな力になる」
「…………………」

バルは無言でアレクを見る。
アレクが頷いたのを見て、バルは答えた。

「分かりました。帝都へ着いて状況が許せば、ご覧に入れることをお約束します」
「ああ、それで良い。父も喜ぶ」

ルベルトス自身も嬉しそうに微笑んだ。

「父は、鍛冶士としてサムという名でやっている。居場所は、兄に聞いてもらえれば分かるから」
「かしこまりました」

バルは一礼した。

「サム……………?」

頭を下げたバルに、驚いた声が届く。
顔を上げてみれば、泰基が手紙を手にしている。

「あ」

気付いて声を上げたのは、バルだけではなかった。

泰基の手にしている手紙。
それは、聖地で泰基の剣を用意してくれた鍛冶士がくれた、帝都にいる自らの兄弟子への紹介状だ。
その兄弟子の名が、サムだった。

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今週より、火・木・土の週三回の更新に戻ります。

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