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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

10.リィカ⑩ーマジックポーション

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「さてアレク、どうしますか? レーナニア様を校舎にお連れすること自体は賛成しますが、強行突破は難しいですよ」

わたしの回復が終わると、ユーリッヒ様が話を切り出した。

「確かにな。おれらがここまで来んのもかなり苦労したんだぞ。難しいっつうか、無理じゃねぇ?」

バルムート様もユーリッヒ様に同意する。

わたしは、結界の周囲を見る。
考えてみれば、この魔物の群れをお三方は突破してきたわけで、それってとんでもなく大変だったんじゃないんだろうか。

そこを、レーナニア様を守りながら突破するのは、確かにムリだ。

「俺たちが通り抜ける間だけでいいから、ユーリの魔法で道を作れないか?」

第二王子殿下……じゃなくて、アレクシス殿下が聞いたけど、ユーリッヒ様の顔は芳しくなかった。

「……仮に上級魔法で吹き飛ばしたとしても、これだけの数です。空いた空間はあっという間に埋められますよ。その間に通り抜けるのは無理です」

「そうか。リィカはどうだ?」

聞かれて、グッと息が詰まった。

できないからじゃない。
正直言えば、自信はあった。
けれど、ユーリッヒ様ができないと言ったのを、できると言っていいのか悩んだのだ。

「どうした? 出来ないなら出来ないでいいぞ」
「出来るなら出来ると言って下さいね。変な遠慮は無用ですよ」

アレクシス殿下は、純粋にわたしを気遣ってくれた言葉だろうけど、ユーリッヒ様は正確にわたしの心情を読んだ上での言葉のように聞こえる。

大きく息を吐き出した。
わたしを平民と知りながら、蔑むでもなく、普通に話をしてくれている方たちだ。
だからきっと、わたしの知っている貴族とは違う。必要以上に怖がる必要は、たぶんない。

「できる、と思います。自信はあります」
「出来るのか!」

驚くアレクシス殿下に、わたしは頷いてみせる。

「お待ち下さい。リィカさん、上級魔法を連発なさっていたでしょう? 魔力は大丈夫なのですか?」

レーナニア様に聞かれて、そういえばと思って確認してみる。正確な数字があるわけじゃないから、ざっくりした感覚で判断するしかないけれど。

「まだ三割くらいは残っていると思います。道を作るくらいであれば、何も問題ありません」
「三割!? あれだけ魔法を使って、まだ三割も残っているのですか!?」

驚かれた。
わたしとしては、少ないって言われるんじゃないかと思ったけど、逆だった。

魔力暴走を起こすほどだ。わたしの魔力量は多い。
クレールム村で魔力量を測定したら、群を抜いて多い事が分かって、側にいた軍人さんが頭を抱えていた。

『とんでもない人見つけちゃったよ……』

ボソッとつぶやかれた言葉は、あの時は分からなかったけど、今は何となくそう言いたかった気持ちは分かるようになった。

――話が逸れた。

アレクシス殿下と目があう。

「では、リィカ。道を作るのを頼む。それと突破した後、俺と一緒にこの場に残って、魔物の足止めもして欲しい。いいか?」
「はい、分かりました」

迷わず頷いた。

「バルとユーリは、義姉上を守って校舎まで送り届けてくれ。その後は戻ってきて、一緒に魔物退治だ」

すぐ頷くと思ったバルムート様とユーリッヒ様だけど、反応が予想外だった。

「ほお、成長したな、アレク。ちゃんと戻ってこいと言えるとは」
「そのまま校舎に残ってろ、とか言われたら、どうしようかと思いました」

アレクシス殿下をからかうような言い様だ。
というか、間違いなくからかってる。

「あーもう、うるさいな! 残りたかったら残ってろ!」
「ごめんだな。嫌だと言っても、戻ってくんぞ」
「戻ってこなかったら、アレク、寂しくて泣いちゃうでしょう?」
「誰が泣くか!」

仲良く言い合いしている目の前の光景が、意外すぎた。
王子とか貴族とかのイメージが、ガラガラ崩れてく。

「仲良いでしょう? いつもこんな感じですよ」

レーナニア様と目があったら、笑ってそんな事を言った。
言い合いを止めてバツの悪そうな顔をしているお三方を、わたしは呆然と見つめたのだった。


※ ※ ※


わたしは、結界ギリギリの所に立つ。
深呼吸をした。
唱える魔法は、二つだ。

「《竜巻トルネード》!」

まず一つ目。風の中級魔法だ。
竜巻が一直線に、魔物を巻き上げていき、その後に道が、空白ができた。

でも、これだけではダメだ。
すぐ魔物に埋め尽くされるだけ。

「《流星群メテオ・シャワー》!」

二つ目の魔法を唱えた。
土の上級魔法。空から無数の岩が降り注ぐ魔法。

空飛ぶ魔物を倒し、道を埋めようとしていた魔物を倒し、《竜巻トルネード》によってできた道の両脇にその岩が積み上がる。

「今です!」

わたしが叫ぶのと同時に、ユーリッヒ様の張っていた《結界バリア》が解除された。
一斉に走り始めた。


※ ※ ※


魔物の群れを抜けると、わたしはアレクシス殿下と共に、向きを変えて群れと向き合う。

「リィカさん、お気をつけて!」

背後からレーナニア様の声が聞こえた。
見えないと思いつつ、軽く頭を下げた。

実は、わたしがこの場に残ることについて、レーナニア様が反対を示していた。

「わたくしを守って大変だったのです。魔力の残量のこともあります。わたくしと一緒に来て、校舎に入った方がよろしくないですか?」

わたしは大丈夫だと言おうとしたら、先にアレクシス殿下が口を開いた。

「義姉上、この状況で魔物と戦えるリィカを後方には下げられません。そして、義姉上を守りながら進むのに、防御に長けたユーリに義姉上の側にいて欲しい」

そこまで言うと、今度は殿下がわたしを見た。

「だが確かに魔力残量は心配だ。戦えるのか?」

「はい。けれど、上級魔法はできるだけ控えたいです。初級か中級の魔法をメインにしていいですか?」

「分かった。それで十分だ。――義姉上も、そういうことでよろしいですか?」

レーナニア様はすぐに返事をしなかった。
悔しそうな表情で、わたしを見る。

「……申し訳ありません、リィカさん。わたくしのせいで、大変な目にあわせてばかりです」

「とんでもありません。心配、ありがとうございます。回復もして頂きましたし、問題ありません。こういう状況ですから、わたしも自分にできることがあるなら、したいんです」

アレクシス殿下たちの言い合いでイメージが崩れ去ってしまったせいか、レーナニア様に対してもそこまで息が詰まる感じがしなくなった。
素直に思った言葉が、口をついて出た。

レーナニア様はわたしに一度頭を下げる。
そして、アレクシス殿下に「分かりました」と答えたのだった。


※ ※ ※


レーナニア様たちを、魔物が追い掛けていく。

「《氷の剣林ペニテンテ》!」

魔物の行く手を遮るように、水の上級魔法を唱える。
先ほどは壊されてしまったので、さらに魔力を込めて発動させる。

行く先を遮られた魔物の意識が、わたしたちに移る。
何体かはすり抜けられてしまったけれど、バルムート様とユーリッヒ様がどうにかしてくれるだろう。

「リィカ、助かった。だが、上級魔法を使い過ぎるなよ!」
「はい!」

道を作るのと、そして今と、上級魔法をすでに二発も放ってしまった。
この先は控えていかないと、本当に魔力が空になる。
中級魔法の範囲魔法で、何とか戦っていくしかない。

…………と思っていたんだけど。

火矢ファイヤーアロー》を放つ。少し狙いがずれて倒せなかったけど、すぐアレクシス殿下が剣で止めを刺していた。

殿下は強かった。
分かっていたはずだけど、本当に「はず」でしかなかった。

平民クラスのリーダーの男の子も、クラスの中じゃ剣が強かった。
すごいと思って見てたけど、殿下は格が違った。

一応、複数の魔物が一度に殿下に攻撃を仕掛けたとき、魔法を放って牽制しているんだけど、必要ないかなと思うくらい、殿下はあっという間に魔物を倒していく。

クラスメイトたちと一緒に魔物と戦ったときに、剣士と一緒に戦うときの戦い方については学んでる。

後衛である魔法使いに望まれるのは、前衛の剣士のフォローだ。前衛が戦いやすいように場を整えることが、求められる役目だ。

敵を倒せればそれに越したことはないけれど、倒せなくても足止めできれば十分なことも多い。

でも、アレクシス殿下は強すぎる。
範囲魔法なんか全く必要ない。初級魔法でフォローはしてるけど、しなくても問題ない気がするくらいだ。

そうしてどのくらい経ったのか。
かなりの数の魔物を倒したはずだけど、まだ先が見えない。

「アレク!」
「リィカ!」

名前を呼ばれて見れば、バルムート様とユーリッヒ様が戻ってこられた。
アレクシス殿下の口元が、嬉しそうに綻ぶのが見えた。

「よお、無事だったな」
「当たり前だろう」

バルムート様と軽く言葉を交わしている。
早速、二人で背中合わせになって、魔物を倒し始めた。

もう一方、ユーリッヒ様は真っ直ぐわたしの所に来た。

「リィカ、魔力量はあとどの程度ですか?」
「……そろそろ一割を切りそうです」
「……まだ一割残ってたんですね。でも良かった。これを使って下さい」

差し出されたのは、水晶の入れ物だ。
見れば、中に液体が入っている。

「マジックポーションです」
「えっ!?」

マジックポーションは、飲むと魔力を回復できる。体力を回復するポーション以上の貴重品である。

何でも、人里離れた奥の奥に、たまに「小さな水たまり」が見つかる。数日で消えてしまうそれが、ポーションもしくはマジックポーションらしい。

見つかる確率はどちらも低いけれど、マジックポーションの方がさらに低い。
冒険者が見つけて売ることで市場に出回るらしいけど、とんでもない高値が付く、とダスティン先生が教えてくれた。

そんな超貴重品を差し出されたところで、受け取れない。
首を横に振るけど、ユーリッヒ様に押しつけられた。

「飲んで下さい。この状況です。リィカの魔力回復が、どれだけ力になると思うんですか」

ハッとした。
もし魔力がなくなってしまえば、ただの足手まといだ。

少し厳しいユーリッヒ様の言葉に、わたしは頷いた。一気に呷る。
数秒ほどで魔力が回復した。大体半分くらいは回復しただろうか。

「期待してますよ、リィカ」
「がんばります」

挑発的な笑顔を見せられて、わたしも自然に口元が笑みを形作る。
そして宣言した。

「上級魔法を使います!」

使うのは、《氷の剣林ペニテンテ》に影響のない魔法だ。

「《輝きの氷ダイヤモンドダスト》!」

同じ水の上級魔法。氷の魔法だ。
前方にいた多くの魔物が一瞬で氷に包まれて、砕け散る。

「すげぇな」
「本当に、詠唱しないで魔法を使うんですね……」

バルムート様の称賛の声に重なって、ユーリッヒ様の不機嫌そうな声が聞こえて、何も考えずに無詠唱で魔法を使っていたことに気付いた。

クラスメイトたちの前では当たり前に使っていて、もう驚かれることもなかったから忘れてた。
あまり多くの人の前で見せびらかすものじゃないけど、今さらだろう。

「リィカ、あとでじっくりと話を聞かせて下さいね?」

ユーリッヒ様の目が全く笑ってなくて、怖い。
無詠唱で魔法を使う事について、ザビニー先生のような反応をされたらどうしよう、と少しだけ不安がよぎった。

――魔物を全て倒し終えたのは、それから約一時間後だった。


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