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第十章 カトリーズの悪夢

母親

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「うわわ……っ……!?」

ユーリが倒れてきたリィカを受け止めようとして、一緒に地面に倒れ込んだ。
それを暁斗は霞む目で確認する。
リィカの首輪は、間違いなく壊れた。

「よか……っ……た……」

安心して、地面に膝立ちに座り込んだ。


「暁斗!」

父の叫び声がする。

「父さん、いたい……」
「当たり前だ! 待ってろ、今……」

痛みを訴えれば、聞こえた父の声は、どこか泣きそうな声に聞こえた。

(やっぱり心配かけちゃったなぁ)

でも、剣が刺さったまま倒れたらもっと痛くて、傷もひどくなるだろうから、膝立ちで何とか頑張っているのだ。
暁斗としては、褒めて欲しいくらいだ。

「待って下さい、タイキさん。僕が剣を抜きます」

正面からユーリの声が聞こえた。
ユーリの手が、暁斗に刺さっている剣に伸びている。

「剣を抜いている間、タイキさんは《回復ヒール》を。痛み止め代わりになります。抜き終わったら、《全快オールヒール》に切り替えて下さい!」

「分かった」

ユーリの指示は淀みない。
こういう治療、初めてじゃないのかな、と思う。
だったら、安心できそうだ。

泰基が《回復ヒール》を唱えた。


※ ※ ※


「《全快オールヒール》」

剣を抜き終わり、泰基が魔法を切り替えた。

剣を抜いている間、痛み止めの効果を疑うくらいには、メチャメチャ痛かった。
それでも、泣き言だけは言いたくなくて、歯を食いしばって痛みを堪えていた。


「なぜ、あんなことをしたんだ?」

痛みが少し落ち着いてきた頃、泰基が聞いてきた。
多分、すぐ聞きたかったのを、痛みが和らぐまで待っていてくれた。

わざわざ刺される必要などなかった。
あんな事をしなくても、リィカを押さえるなど簡単だったのだから。

「オレたちを倒さないとリィカは止まれないから。だから、倒させてあげようって思っちゃった」

「……馬鹿なのか、お前は」

泰基の言葉に、エヘヘと笑いが零れる。
その通りだと思う。

強引に押さえ込んだ所で、リィカは止まれなかった。きっと、動こうと暴れただろう。
でもそれは、首輪を壊すまでの数秒間だけだ。
たった数秒間のためだけに、あんな事をする必要なんてない事くらい、分かる。

でも、何かしたかった。
それが例え無駄なことであっても、リィカのために、自分が出来ることをしたかった。

そして………………………。

「父さん。刃物に刺されるって、すごく痛いね」
「そんなの、当たり前だろ」

笑いながら言えば、泰基の声が苛立っていた。
顔を見れば、怒ってるのに、その目は泣きそうだ。

「刺されて痛くて、その後リィカの腕を押さえるのに力を入れたら、もっと痛かった」

こんなに痛いのか、と思った。
つい昨日の戦いで、死ぬ一歩手前までいったのに、それでもあの戦いの時の痛みよりも、もっと痛かった。

リィカのためじゃなかったら、あんな痛みに耐えるなんて、できなかった。

ただ、おかげで分かったことがある。
暁斗は、泣きたくなるくらいに切なくて、それでいて幸せな気持ちが湧いているのを感じていた。

「母さんって、すごいね」

溢れる気持ちのままに、暁斗は言葉を紡いでいた。

「こんなに痛いのに、刺した奴を離さなかった。オレを、守ってくれた」
「暁斗……」

押し入ってきた強盗から赤ん坊の暁斗を守ろうとして、代わりに刺された母。
そのまま強盗にしがみついて、死んでも離さなかった。
自分の命と引き換えに、暁斗を守った母。

でも、自分がその立場になって、分かった。
母は、死んでも守ろうと思ったわけじゃない。

ただ、自分のことを大事に思ってくれていた。
自分が、大切なリィカのために何かしたいと思ったように、大切だから、ただ守ろうとしてくれた。

多分、それだけの話なのだ。
それだけの話なのに、ずいぶん遠回りしてしまったと思う。

「オレ、母さんのこと、好きだよ。こんなに痛くても守ってくれた母さんが、大好きだ」

父の目から、涙が零れたのが見えた。

「父さん、長い間、ごめんなさい。でも、もうオレ、大丈夫だから」

ずっと心配をかけていた。
心配しながらも、何も言わずに見守ってくれていた。

泣く父を、どうしていいか分からない。
ただ、もう母の夢に惑わされることはないと、それだけは伝えたかった。

無言のままの泰基の手から、魔法の光が消えた。
傷は塞がっていた。もう、痛みはない。

傷があった箇所に手を触れて、暁斗は笑った。

「父さん。オレ、母さんに勝った」

おどけたように言う。
父が不思議そうな顔をした。

「だって、オレ、生きてるもん。父さんがいるから、すぐに治してもらえると思ったし。その通りになったでしょ? だから、オレの勝ち」

父は、涙を拭って笑った。

「……そうだな。お前はすごいな」

てっきり、馬鹿だとか何とか言われるかと思ったのに、まさか褒め言葉が出てくるとは思わなくて、暁斗は目をパチクリさせた。


※ ※ ※


(馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、正真正銘の馬鹿だな)

必要ないと分かっているのに、自分から刺されに行くなんて、馬鹿も突き抜けている。
馬鹿だとしか思えないのに、泰基は流れる涙を止めることが出来なかった。

「オレ、母さんのこと、好きだよ。こんなに痛くても守ってくれた母さんが、大好きだ」

今さらか、と思う。
刃物で刺されて痛くても守った、なんて、最初から分かっていたことなのに。

母親と同じように刺されて、やっと分かったらしい暁斗は、本当に馬鹿だと思う。
それなのに、嬉しくて涙が出る。

「父さん。オレ、母さんに勝った」

この言葉は、まさに馬鹿を証明している。
勝ち負けの問題じゃない。
そうツッコみたいのに、口を開いたら、別の言葉が出た。

「……そうだな。お前はすごいな」

馬鹿でも何でもいい。
きちんと自分で答えを出した。自分で母の夢を乗り越えた。

地面に横たわっているリィカを見る。その中に存在する凪沙を。

早く、その意識が戻ることを願う。
少しでも早く、暁斗の事を凪沙に伝えたかった。

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