上 下
293 / 619
第九章 聖地イエルザム

バルと泰基

しおりを挟む
「副隊長のシダー、参りました。今お時間よろしいでしょうか?」

イグナシオとウリックの元に、ウリックの部下でもある、副隊長のシダーが訪れた。


「光の教会の神官長、レイフェルと、その他数名、捕らえて牢に入れてあります」

その報告に、イグナシオとウリックが、目を細めた。

「リィカ様に、近づいたか」

言ったのは、ウリックだ。

「はい。……近づく前に捕らえてしまいましたが、問題なかったでしょうか? リィカ様を見て、気色悪く笑っていましたので」

「心配ない。何も問題ないよ」

イグナシオが、薄く笑っている。

「全く。こうも予想通りだと笑えてくるね。……お二人には、気付かれてないな?」

問いただされたシダーは、僅かに目を泳がせる。
イグナシオが笑うのをやめて、厳しい目で見てきたので、諦めて素直に答えた。

「リィカ様には気付かれていませんが……」
「アレクシス殿下に、気付かれたのか」

厳しく詰問されて、シダーは肩を落とす。

「レイフェルや我々が動く前、ただ視線を送っただけで、殿下に気付かれました。あの時点で気付かれてしまえば、どうすることもできません」

「そうか…………」

イグナシオは、厳しい口調を緩めた。

あちらの方が一段も二段も上手だった、という事だろう。さすが、勇者の一行だというべきか。リィカに気付かれなかっただけで、満足するべきだろう。

「悪かった。厳しく言い過ぎた」

シダーに謝罪する。シダーは少し笑って、黙って一礼した。

「ところで、街は騒ぎになっていないか?」

ガラッと口調と表情を変えて、シダーに質問する。
イグナシオとしては、こちらも気がかりだった。

「騒ぎ……でございますか?」

シダーの反問に、ホッと胸をなで下ろす。そういう反応ということは、問題は起こってないのだろう。

「リィカ様を見ただろう? 男がわんさか引っかかって、何か騒ぎが起こるんじゃないか、と心配になってな」

「ああ、確かに」

シダーも、疑問が氷解する。
確かに、彼女を見れば、その心配も理解できる。

「問題ないと思いますよ? 確かに男の視線は集めていましたが、アレクシス殿下が睨みをきかせていましたから」

「……………………そうか。殿下も大変だな」

イグナシオは、たっぷりと間を置いてから、しみじみつぶやいた。

「そこまで言われると、私も見てみたいですね」

「隊長」

ウリックが、率直な感想を漏らすと、シダーに大真面目な顔で呼ばれた。

「なんだ?」

「お二方のいちゃつきぶりを見せられて、恋人もいない若い奴らが落ち込んでいます。今後このような仕事を行うときには、そういったことまで考えて、仕事を割り振られた方がよろしいかと」

「結婚の有無はともかく、恋人がいるかどうかなど、把握してないぞ」

そんな面倒な事、誰がするか。

ウリックはそう考えて、そう言えばシダーが「恋人もいない若い奴」に該当することに気付いたのだった。


※ ※ ※


「ここか?」
「ここだな」

泰基は、バルと一緒に街に繰り出していた。


イグナシオにお礼を、と言われた時、泰基は「新しい剣が欲しい」とお願いした。

泰基の持つ剣は、アルカトル王国で用意された剣だ。
もちろん、悪いものであるはずもなく、一級品と呼べる代物だ。

だが、だからといって、アレクやかつてバルが持っていた剣のような特注品というわけでもない。
値段は高いが、店で買おうと思えば買える物だ。

ここまでは問題なく使ってこられたが、刃こぼれなども目立つようになり、買い換えを考えたのだ。


それを言ったところ、イグナシオに渡されたのは紹介状だった。

この聖地で一番の鍛冶士を紹介された。腕は確かだが、偏屈な爺さんだから気をつけてくれ、という注意と一緒だったが。

剣と言われても分からないから、自分で選んでくれ、ということなのだろう。

だが、泰基とて、剣の善し悪しを見分けるのは無理だ。それで、バルに頼んで一緒に来てもらった、というわけだった。


イグナシオに渡された地図を見れば、ここで間違いない。
あくまで鍛冶士であるから、店ではないのは分かるが、入り組んでいて非常に分かりにくかった。


泰基が、何となく入りづらさを感じていると、バルがさっさとドアをノックしていた。
遠慮なく、ドアを開ける。

すると、奥から声が聞こえた。

「なんだ。用があんなら、勝手に入ってこい!」

その声に、バルと泰基は顔を見合わせて、奥へ入っていく。

(日本じゃ、まずあり得ないな)

泰基は、そんなことを思う。変なところで世界の違いを感じた。



たどり着いた場所は、非常に暑かった。
まだまだ夏の盛りだというのに、炉に火が燃えていれば、暑くて当然だろう。

そこにいたのは、老人が一人。
入ってきた二人をギロッと睨む。

「何の用じゃ」

偏屈な爺さんだと言った、イグナシオの言葉がまざまざと思い出された。



「あの坊主の紹介か」

イグナシオからの紹介状を渡して、事情を説明すると、老人が言ったのがその一言だった。

(……坊主……)

おそらく、泰基とバルの内心は、一緒だっただろう。

間違いなくイグナシオのことを指すのだろう。聖地の代表まで務めていながら、坊主呼ばわりされてしまうことに、同情を禁じ得ない。

「手を出せ」

何の前触れもなく、老人は泰基に言う。

こっちは自己紹介したが、老人は名乗ろうともしない。
そういえば、イグナシオからも名前は聞いていない。

しかし、何となく聞きにくく、素直に泰基は右手を出す。

「フン。明日には出発するんだな?」

泰基の右手を一瞥すると、つまらなそうに聞いてきた。
その理由は分からないが、泰基は頷いた。

「時間がありゃ、一から作ってやるんだがな。つまらん。明日朝、出発前に来い。今ある剣を調整しておいてやる」

老人はそれだけ告げると、用は済んだとばかりに泰基とバルから視線を外して、何やら作業を始める。

完全に無視されて、またも顔を見合わせる。
どうすることもできないので、そのままその場を立ち去ったのだった。


「なんつうか、すげぇ爺様だな」

「悪かったな、バル。わざわざ一緒に来てもらったのに。まさか剣を見せてもらえすらしないとは思わなかった」

「気にすんな。ま、おれも意外だったが」

建物から出た二人は、思い思いに感想をぶちまけた。


泰基はもちろんだが、バルも鍛冶士に会ったことはない。

旅に出る前までは、店売りの武器で済ませていた。旅に持ってきた剣は、父が鍛冶士に作ってもらった剣だろうが、バル自身がその鍛冶士に会ったわけではない。

「鍛冶士って、皆あんななのかねぇ」

バルは、つぶやく。
泰基の右手を一瞥しただけで何が分かって、何を調整するのかさっぱりだ。

「明日剣を受け取ったときに、本当に腕がいいかどうか、分かんのかな」

バルの、その言葉に泰基は頷いた。

「そうなるだろうな。――さて、せっかく街に出たんだ。どこかで食事でもしていくか?」

「いいな。タイキさん達が作ってくれるのも上手いが、たまにはな」

バルも、その誘いに乗った。


※ ※ ※


「なあなあ、さっきの女の子、見たか?」

「ああ、見た見た! メッチャ可愛かったなぁ……」

「隣にいた奴、彼氏か? 怖ぇ目つきでニラんできやがった」

美味しそうな食事場所を求めて街を歩いていると、こんな会話が聞こえてきた。

すれ違う男三人組を、バルと泰基は何となく立ち止まって見送る。
また歩き出して、どちらからともなく言った。

「もしかして、リィカのことか?」
「怖ぇ目つきは、多分アレクだな」

近くにいるのかもしれないが、わざわざ探す気も起きない。
何となくそのまま歩いていたら、今度は女性たちの声が聞こえてきた。

「さっきの男の人、格好良かったね」

「うん、とっても素敵だった」

「隣にいた子、悔しいけど可愛かったなぁ」

「でもいいよね、ああいうの。男の人の目、すっごい優しかったよ」

「うん、羨ましい。私もあんな風に守ってくれる男性に巡り会いたいなぁ」

「そんじょそこらの男じゃ、無理だよ。狙うなら神官兵じゃない? ほら、副隊長のシダー様とか、狙い目だよ?」

「あの人、競争率高いよ? 鈍感だから全然気付いてもらえないらしいし」

キャイキャイ話をしながら、女子集団が通り過ぎていく。

「アレクとリィカの話か?」

泰基は何となくそう思う。
だが、バルから猛反論を食らった。

「んなわけねぇだろ。聞いただろ? 優しい目をした素敵な男性の、どこがアレクだ」

「リィカに対するときのアレクは、そんな感じじゃないか?」

「怖ぇ目をして周りを威嚇してるか、独占欲丸出しにしてるか、どっちかだろうが」

「…………………まあ、それも間違ってはいないだろうが」

間違ってはいないが、それでもおそらくアレクの事だろうな、と思う。

周囲を一切抜きにして、リィカだけに対した時のアレクを見ると、本当にリィカを大切に思っていることが分かる。

自分がリィカに凪沙を重ねながらも、それ以上の感情をリィカに持たないのは、単に似ているだけの別人だと思っているからだけではない。アレクのその態度が、目があるからだ。

アレクになら、安心してリィカを任せられる。自分の大切な凪沙が生まれ変わったリィカを、アレクになら託せる。

泰基は、心からそう思っていた。



美味しそうな匂いが流れてきた。
その店に入ることにして、席に座る。

泰基が話を切り出した。

「……実際の所、アレクとリィカってどうなんだ? 旅の間はいいんだろうが、旅が終わったら、どうなる?」

「何もしなきゃ、旅が終わった時点でサヨナラだろうな」

バルは全く間を置くことなく、泰基の問いに答えた。
改めて考える必要もない。バルも何度も考えたことだ。

「平民の身分から貴族の身分に上がることが不可能な訳じゃねぇ。一番可能性があんのは、どこか貴族家の養女になることか。でも、それも無条件じゃできねぇ」

それに相応しい実績や手柄を上げていること。
その貴族家にとって、それが必要であること。
それを、国王に認められること。

「あるいは、魔王討伐がその手柄になんのかもしれねぇが」

だが、リィカにそれをすれば、一緒に旅をした自分たちにもそれ相応の報償が必要になる。
すでに貴族位にある自分たちには、さらに上の貴族位が与えられるだろうか。

「だが、じゃあアレクはどうするって話になるし。おれやユーリにしたって、父親の跡を継ぐ気でいるから、もらっても困る。陛下にしても、親父や神官長の跡取りを、取り上げるような真似はできねぇだろ」

貴族位をもらう、ということは、今の家を出て新しい家を興す事と同じだ。だから、父親の跡を取ることはできなくなる。

それをすれば、困るのは国王自身だ。跡取りを取り上げられたバルとユーリの父親に、恨まれる可能性もある。

そうなる可能性があると分かっているのに、国王がその方法を取ることはないだろう。

「アレクが王族の身分を捨てて平民になるって方法もあるが……。あいつはその方法だけは取らないだろうな。それをすれば、王太子殿下の……兄貴の側にいられなくなる」

「そうか……。簡単にはいかないんだな……」

今は旅に出ているが、バルにもユーリにも、アレクにも、今までの生活があって、人間関係があって。やりたいこと、なりたいものがあるのだ。

「確かに簡単じゃねぇが……それでも、アレクにリィカを諦めさせたくねぇ。だから、考えてんだ。全部が丸く収まる方法をな」

旅があとどのくらい続くのか、など分からない。
確実に進んできている。けれど、まだ魔国に到着すらしていない。

時間は、まだある。

絶対にその方法を見つけてやる、とバルは強く語った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

クズな恩恵を賜った少年は男爵家を追放されました、 恩恵の名は【廃品回収】ごみ集めか?呪いだろうこれ、そう思った時期がありました、

shimashima
ファンタジー
成人に達した少年とその家族、許嫁のジルとその両親とともに参加した恩恵授与式、そこで教会からたまわった恩恵は前代未聞の恩恵、誰が見たって屑   文字通りの屑な恩恵 その恩恵は【廃品回収】  ごみ集めですよね これ・・  それを知った両親は少年を教会に置いてけぼりする、やむを得ず半日以上かけて徒歩で男爵家にたどり着くが、門は固く閉ざされたまま、途方に暮れる少年だったがやがて父が現れ 「勘当だ!出て失せろ」と言われ、わずかな手荷物と粗末な衣装を渡され監視付きで国を追放される、 やがて隣国へと流れついた少年を待ち受けるのは苦難の道とおもいますよね、だがしかし  神様恨んでごめんなさいでした、 ※内容は随時修正、加筆、添削しています、誤字、脱字、日本語おかしい等、ご教示いただけると嬉しいです、  健康を害して二年ほど中断していましたが再開しました、少しずつ書き足して行きます。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...