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第九章 聖地イエルザム

アンデッドについて

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リィカと暁斗の反応に、イグナシオが視線を向けた。

「……あの、何か不都合がございますでしょうか?」

その問いかけは、かなり怖々としたものだった。

「「………………」」

が、リィカも暁斗も黙して語らない。

そんな二人をアレクも不思議そうに見たが、とりあえず後でいいと判断したのか、イグナシオに向き直る。

不死アンデッドが住み着いているのは分かりましたが、ランクの高い魔物はいないはず。高くてもCランクです。光魔法での対処は難しいのでしょうか?」

不死アンデッドの弱点は、炎か光の魔法だ。

ここは、当然ながら光の教会だって存在する。神官も多くいるはずだ。
多くの神官がいて、Cランクの対処もできないとは、正直あまり考えたくないのだが……。

「無論、通常の不死アンデッドであれば、対処は可能です。ですが、これまでにその教会に踏み込んだ神官から、見たことのない不死アンデッドの魔物がいる、との報告が上がっているのです」

イグナシオは、沈痛の表情を浮かべる。

「これまで、何人もの神官が入っては犠牲になりました。生きて戻った者もおりますが、戻らない者がどうなったのか。生きているのか死んでいるのかすら分かりません。
 問題が何もなければ、放置する、という手段もあるのですが……」

「被害が出た、と?」

アレクの確認に、イグナシオが頷いた。

「近隣に住む者が、不死アンデッドの魔物に襲われています。幸い、命は取り留めましたが……。その不死アンデッドが教会の不死アンデッドと関係があるのかどうか、はっきりと分かってはおりませんが、無関係だと断ずることもできません」

対処できるならしたい。だが、神官の犠牲が多すぎる。

だから、ルバドール帝国の状況次第ではあるが、勇者一行がこの聖地を訪れたなら、対応をお願いできないかと考えていたのだ、とイグナシオは語った。

「ルバドール帝国にも了承は取っています。あと一、二ヶ月程度は第三の防衛線を保たせるから、それまでに勇者一行を送ってくれれば構わない、と」

その了承を取ったのはつい最近なので、まだ余裕はあるはずだ、とイグナシオは話をしめた。

「……それはつまり、ルバドール帝国も俺たちの力を借りたい、という事か」

(過去の勇者たちは、脇目も振らずに真っ直ぐ魔国に向かっていた、って話だったのにな)

それだけ魔族に内側に入り込まれた事が大変だという事ではあるのだが、アレクは思わず遠い目をしてしまった。


とりあえず、それはさておき、アレクは一行を見回す。

「引き受けていいか?」

「――えっ!?」

「引き受けるの!?」

ほとんど悲鳴といっていい声を上げたのは、リィカと暁斗だった。
それにアレクは胡乱げな顔をする。

「さっきからどうした? 不死アンデッドはCとDランクだけだぞ? たいした相手じゃない。炎と光に弱いというれっきとした弱点もあるし、何をそんな……」

気になると言えば、見たことのない魔物という点だが、これまでにも魔族と戦い、キリムというAランクより手強い魔物と戦ってきたのだ。

何をそんなに悲鳴を上げることになるのかが分からない。

「ヤだ。ユーレイとかお化けとか、怖い」

「お化け屋敷とか、ロクな事なかったし、きらい」

「………………はあ?」

リィカと暁斗のその言い分に、アレクは意味が分からないという様子を見せた。


※ ※ ※


(あーあ。アンデッド、か)

泰基は苦笑するしかない。

本当に碌な思い出がないのだ。まあ、お化け屋敷と魔物を一緒にするのも、どうかとは思うが。



とある遊園地に、話題になっているお化け屋敷があった。

『ねえねえ、泰基。行ってみようよ』

凪沙に誘われて、二人で出かけた。
だが、お化け屋敷から出てきて、凪沙に泣かれた。

『バカバカ、泰基のバカ! 何でこんなとこ、連れてきたのよ!?』

非難された。周りの視線が痛かった。

お化け屋敷の中で、ものすごく怖がってたのは分かってはいた。
だが、行きたいと言ったのは凪沙じゃないか、と物申したかった。



そして、それから時が経ち。

『友達がね、すごく面白かったって言ってたんだ。オレも行きたい!』

あれは暁斗が小学生の時だっただろうか。

剣道に夢中になって、少し経った頃。凪沙に泣かれたお化け屋敷に、今度は暁斗が行きたいと言い出した。

何となく嫌な予感はしたが、行きたいとごねる暁斗をなだめる術がなく、連れて行った。

そして、嫌な予感は的中した。
お化け屋敷内にいるときから、グスグスと泣きべそをかき始めた暁斗は、外に出てから爆発した。

『なんでこんなとこ連れてきたんだよぉ! 父さんのバカ!!』

その暁斗の文句の付けようが、凪沙とそっくりだった。

暁斗に凪沙と似ているところを見つけると、切なくなりながらも嬉しかったものだが、これに関してだけは似ないで欲しかった、と本気で思った。



泰基はそんな事を思いだしつつ思う。

(暁斗は苦手なままか。リィカも、転生までしたのに苦手なままなんだな)

切なく、懐かしく思う。泰基は、怖いだのキライだのと言っている二人を眺めていた。


※ ※ ※


不死アンデッドの魔物。
不死、とついているからといって、別に死なないわけではない。

魔物のランクは、DかC。

その弱点は、炎か光の魔法だとはっきりしている。Dランクならば、初級魔法が直撃すれば、簡単に倒せる。
Cランクでも、中級魔法の直撃で倒せるだろう。


Dランクの不死アンデッドの魔物は、グール、スケルトン、ゾンビ、ミイラ、レイス、とどこかで聞いたようなものばかりだ。

アレクの説明を聞いた限り、その特徴も変わらなそうだ。

Cランクは、デュラハンとスペクター。
デュラハンは、首なし騎士だ。それは分かった泰基だが、スペクターは分からなかった。

「……レイスの上位バージョンじゃない?」
暁斗の言葉に、アレクが「正解。よく知っているな」と驚いていた。



ここまでが、今までに分かっている不死アンデッドの魔物だ。
正直、これだけならば神官たちだけでも十分対処は可能だった。

問題が、これまで見たことのない魔物だった。

教会から逃げ戻ってきた神官の目撃情報では、赤い目をした黒い犬のような魔物がいたらしい。別の目撃情報では、長い髪の女に見える魔物もいた、との話もあった。

一方、近隣の者が襲われた不死アンデッドは、目撃情報を集めると、赤い目をした老人のような魔物ではないか、と考えられている。


「つまり、三体か」

アレクが考え込むと、服の裾を引っ張られる。
見れば、リィカが縋るような目でアレクを見ていた。

「……ねぇ、ほんとにやるの?」

その目が怖がって潤んでいるのを見ると、何も考えずに「やっぱりやめようか」と言ってあげたくなる。

実は暁斗も似たような目でアレクを見ていたのだが、そちらは全く目に入っていないアレクだ。

「……ああ、やる。大丈夫だ、リィカ。お前の魔法なら、不死アンデッドなんか敵じゃない。怖がる必要なんか、どこにもないんだ」

「……そういう問題じゃなくて……生理的にああいうのダメ。怖い」

「オレもオレも」

脇から、暁斗も必死にアピールしてくる。

「――うーん……」

アレクが唸る。その辺りの感覚が、アレクには分からない。

リィカはもちろん、暁斗も自分より魔法が使えるのだ。怖がる必要などどこにもない。

むしろ、炎も光も適性を持っていないバルをどうしようか、という事の方がアレクとしては重要だった、のだが。

「アレク、不死アンデッドだけはどうしても駄目、受け付けない、という人は、多少なりともいますよ。無理はさせないほうがいいです」

ユーリの言葉に、アレクの疑問は高まるばかりだ。

「そうなのか……?」

「ええ。神官の中にも、たまにいますよ。だから、そこはそういうものと認めて下さい」

「…………そうか」

そう言うのなら、そこは認めるしかないのか。
だが、そう考えるとなると、問題も出てくる。

「暁斗とリィカがいないと、戦力激減だぞ? それに、バルは炎も光も適性がない。他の属性でも効果がゼロじゃないが、薄いだろう。どうするんだ?」

「おれのことは心配いらねぇよ。多分、どうにかなる」

驚いたアレクだが、バルの手が魔剣に触れているのを見て、それで納得する。



ユグドラシルの所で、魔道具を作っている三人は(主にリィカは)大変だっただろうが、自分たちはやることがなかった。

バルはずっと魔剣を振っていた。振っていない時でも手に触れていた。

「少しは馴染んだぞ」

バルは笑って、暁斗に手合わせを申し込んでいた。

魔剣の能力を発動させたら、アレクの剣を折ってしまう。だが、聖剣なら大丈夫だろう、というのがその理由だ。

実際、バルは魔剣に魔力を流し、強度を増すという能力を発動させていた。
その瞬間、聖剣からも凄まじい火花が飛び散って、弾かれるように二つの剣は離れていた。

「――あはは……」

その時の暁斗は、何とも言えない笑いをしていた。



バルは、短い間で魔剣をかなり使いこなせるようになったようだったから、どうにかなるというのなら、本当にどうにかするのだろう。

「……じゃあ、四人で乗り込むか?」

「それがいいかと思いますよ」

アレクが言って、ユーリが頷く。
そこに、泰基が付け加えた。

「暁斗とリィカにも、教会の入り口までは来てもらった方がいいんじゃないか? 二人の力が必要になるかもしれない」

「ええぇぇえ……?」

暁斗は不満そう……というか、嫌そうな顔を浮かべたが、リィカは迷いつつも、頷いた。

「……分かった。そこまでは行く」

「ええっ? 行くの!?」

声を上げる暁斗に、リィカはぎこちなく笑う。

「うん、行く。暁斗はいいよ、ここにいても」

「………………オレも行く」

リィカの笑みに何かを感じたのか、暁斗も同意した。



アレクは、リィカの手が震えながら自分の服の裾を掴んでいることに気付く。

(――やっぱり、まだ怖いのか)

不死アンデッドの魔物も怖いが、貴族への恐怖も残っている、というところだろうか。

この聖地の身分制度がどういう形になっているかは分からない。だが、この聖地の代表だというイグナシオや、教会を出入りしている人たちが、平民と同じ身分ということはないだろう。

夜に魘されることはなくなっているし、あからさまに怖がる様子も見せなくなったが、それでも恐怖心がなくなったわけではないのだろう。

不死アンデッドへの恐怖と、貴族階級への恐怖。それらを考えて、教会の入り口までは行く、という選択を取ったということか。

(――それを提案したの、タイキさんだよな)

泰基がリィカのことをよく理解しているような気がして、アレクは悔しかった。

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