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第八章 世界樹ユグドラシル

キリムの魔石

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アシュラの亡骸が目に入る。
その側まで寄って、バルは目を瞑り、冥福を祈る。

腰の鞘を取ると、抜き身のままだった魔剣を鞘に収めた。

「まだまだ未熟だが、あんたを使いこなせるようになってみせる。よろしく頼む、フォルテュード」

魔剣に語りかける。
キラリ、と一瞬光る。その鍔の部分には、青い宝玉のようなものが埋め込まれていた。

『承知』

本当にそう言ったのかは分からない。けれど、そんな「意思」のようなものが魔剣から伝わったのを、バルは感じていた。



次いで、バルが目をやったのは、アシュラの耳元だ。
魔道具作成組が、魔族の作る魔道具を見てみたい、と言ったのだ。

だが、その目を見開いた。

耳元には何もなかった。代わりに、地面に魔石の残骸のようなものだけが残っていた。


※ ※ ※


「……なあ、魔物もあんな風に豪快に土に埋めてんのか?」

バルがどこか困った声でバナスパティに聞いた。

アシュラを土に埋める、といったバナスパティのやり方は、まさに豪快だった。

いきなり、アシュラの下の土が消える。当然アシュラは下に落ちる。

その消えた部分の土がなぜか空中にあって、下に落ちたアシュラの上にそのまま被せる、というか、落とす。

あっという間過ぎて、感慨も何も沸かなかった。

『そうだが、何かあるか?』

その返答に、バルは眉をひそめる。

「……魔石はどうしてんだ?」

『特に何もしておらぬが』

「…………………」

それで大丈夫なのかよ、という突っ込みは入れられなかった。
バナスパティの様子からして、何も問題なかったのだろう。

「……おれらの常識じゃ、最低限魔石を取ってから土に埋めることが条件だ。じゃねぇと、魔石が魔力を吸収して、新たな魔物として蘇ると言われてんだ」

『ほう、そうなのか。特にそういうことはなかったぞ』

バルは黙り込んだ。
言われてきたことは、実は全く事実と違っていた、と言うことだろうか。


※ ※ ※


「ユグドラシルの樹が浄化しているからじゃないですか?」

戻ったバルが、それを言ってみたら、ユーリからあっさりと答えが返ってきた。

「魔法ほどの速さではありませんが、常時この地を浄化するような力が流れています。だから、そのまま土に埋めても問題ないんだと思いますよ?」

「……そうかよ」

一体自分が悩んだのは何だったんだ、と言いたくなるようなあっさりぶりだ。



「アレクとリィカはどうしたんだ?」

とりあえず、魔石の事は納得することとして、気になることを問いかける。

「アレクが、話をしたいと連れ出しましたよ」

ユーリが言うと同時に、暁斗が視線を向けて、バルも同じ方向に視線を向ける。
アレクが、リィカを抱えて戻ってきた。

「……ん? なんで抱えてんだ?」

「……リィカ、寝ちゃった?」

バルと暁斗が同時に疑問を呈する。
アレクがわずかに動揺を示した。

「……いや、寝たわけじゃなくて、気を失った」

「……なんで?」

首を傾げる暁斗の質問に、アレクが言葉に詰まっているのを見て、バルが半眼になる。

「お前、何してんだよ?」

「……い、いや、何ってほどのことも、してない、はず」

今度ははっきりアレクが動揺した。

「したんだな」

バルが容赦なく、一言の下に切って捨てた。

「……だから、何も……………………やはり、俺のせいか……?」

アレクはガックリと項垂れた。


※ ※ ※


落ち込んだアレクを横目に、バルは手に持っていたものを差し出した。

「ユーリ、タイキさん。これが、アシュラの使ってた風の手紙エア・レター……らしきものの残骸だ」

「残骸……?」

「壊れちゃってるんですか?」

泰基、そしてユーリが手に乗っているのを見て、不思議そうに反問する。

「ああ。すでに壊れてた。いつ壊れたのかまでは分かんねぇな。地面に落ちてたのを、拾える範囲で拾ってきたんだが」

二人が興味深そうに、残骸の大きめなものを手に取って眺める。

「魔力はまったく感じないな」

「そうですね。本当に魔道具だったのかどうかさえ、分からないですね。……リィカにも見てもらいたいですが」

ユーリが、チラッとアレクを見やりつつ言うと、アレクが「うぐっ」と呻いた。

「目を覚ましたら、その時見てもらいましょう。ありがとうございます、バル」

「ああ」

返事をしつつ、バルはアレクに気の毒そうな目を一瞬向けた。


※ ※ ※


『一ついいか』

話が切れた所で、バナスパティが口を挟んできた。

『キリムも、あの魔族の者と同じように土に埋めたいのだが……、魔石は必要か?』

「そうですね、確かに。欲しいですね」

「……どれだけ大きいのか、少し怖い気もするが」

ユーリが頷き、泰基も多少不安を見せつつも頷いている。



魔石は、魔物のランクが上がるほどに、強くなるほどに大きくなる。

多少の差はあるが、Eランクはその直径が指の付け根くらい、Dランクになると手の平で包み込めるくらい、Cランクでこぶし大、Bランクはそれより一回り大きくなる。

Aランクの魔石は見たことがない一同だが、話に寄れば、人の頭大くらいの大きさがあると言われている。



『承知した。では、魔石を取り出してから埋めるとしよう。待っているが良い』

「……待て。魔石、取り出せんのか?」

あっさり言ったバナスパティに慌てたのはバルだ。
取り出したことはない、と先ほどバナスパティが言ったばかりだ。

『やったことはないが、どうにかなるであろう』

その返答には、不安しかなかった。
五人がお互いに顔を見合わせ、アレクとバルが立ち上がる。

「……リィカのこと、頼む」

未だに目を覚まさないリィカを寝かせて、アレクは泰基に頼んでいた。
泰基は苦笑しつつ、請け負う。

「ああ、分かった。悪いが、キリムの方を頼む」

暁斗もだが、泰基も魔物の解体ができない。どうしても、受け付けない。

それが分かっているから、アレクはリィカのことを気にしつつも動いてくれたのだ。


※ ※ ※


「こうしてみると、本当にでかいな」

バルがキリムを見上げて、感心したようにつぶやく。

「……そうだな」

対するアレクは、苦い顔だ。

でかいというだけで、十分に脅威だ。それを思い知らされた戦いだった。
前足を上げて地面に叩き付けただけで、こちらは身動きを封じられたのだ。

そして、その結果、ユーリとリィカが炎に巻かれて……。

思わずそこまで考えてしまい、アレクは目をギュッと瞑る。反省はするべきだし、今後の対策を考えるのはいい。けれど、これ以上の後悔は必要ない。


「――で、どうやって解体するんだ、これ」

アレクは、目の前の問題に意識を移す。
大きすぎて、どこから手をつければいいのかが分からない。

ついでに言えば、すでに日は落ちて暗い。

「明るくなってからの方が良くないか?」

アレクがそう提案するが、バナスパティからは反対の返事があった。

『今の時期は、やめた方が良い。すぐ腐って匂いがひどくなる』

今はまだ夏だ。確かにそれは分かる。
この巨体が腐ったときの匂いは想像もしたくない。

『先ほど解体と言うたが、欲しいのは魔石だけで良かろう? 他にあるのか?』

「「………………」」

アレクとバルは、顔を見合わせる。

「肉か?」
「肉だな」

二人の声が揃う。

どんなときであっても、食べるものは必要だ。
決して食い意地が張っているわけではない。

お互いが心の中でそう言い訳をしていると、バナスパティが悩ましげに言った。

『ふむ……。だが、勇者が倒すとき、炎の魔法を体内で発動させている。おそらく肉は焼き焦げて、食べるのは不向きだと思うが』

「…………アキト」

「なにやってんだよ」

アレクもバルも不満そうに言うが、当の暁斗がいれば言い返しただろう。

二人も不満はあっても、倒す手段を選んでなどいられなかった事くらいは分かっている。

「もしかしたら、まだ食べられる場所があるんじゃないか?」

『面倒だ』

アレクが未練たらしく言うが、バナスパティに一喝された。
この巨体を、暗い中で、いちいち解体して食べられる肉を探すのが面倒なのは分かる。

「……魔石だけでいいか」
「……そうだな」

二人揃って、諦めたようにつぶやいた。



「魔石を取り出してしまうから、少し待っていてくれ」

言うアレクの側で、バルが魔剣を抜いた。
魔石は体の奥深くにあるのだ。切ってしまうのが早いだろう。

最初に魔剣を使うのが魔物の亡骸の切断、とはあまりにも情緒がないが、他に手はない。

――と思っていたのだが。

『剣をしまえ。我がやった方が早い』

バナスパティがそう言ってすぐ、キリムの上に、月の光を反射して輝く「何か」が出現する。

「――何だ!?」

アレクが、一瞬警戒を向ける。

『安心しろ。我が生み出した水の刃だ』

バナスパティの言葉に反応するように、その「何か」……、水の刃がキリムに向かって振り下ろされた。

そして、一撃でキリムの胴体を半分に断ち切っていた。

「「――――――!」」

アレクとバルが、驚きに目を見張る。いかにその対象が動かぬ死骸とは言え、簡単にできることではない。

思ったのは一つだった。

(――何で、自分でキリムを倒せなかったんだ?)

そう考えてしまうくらいには、すごい。

実際の所、水の刃を振り下ろしたところで、七つある首に阻まれるし、水の刃では簡単に首は再生してしまう。

火を扱えないバナスパティが対抗するには、相性が悪すぎたのだ。


『ほれ、魔石が見えておるはず。さっさと取り出せ』

二人の驚きなど、まるで意に介さないバナスパティは素っ気なく言い放つ。

どちらからともなく、キリムに近づき、確認する。
月明かりのおかげで、確かに魔石らしいものは見える。

「暗いな……」

取り出すのには、暗い。
ユーリにも来てもらえば良かったか、とアレクが考えたら、パアッと周囲が明るくなる。

『これで良いか?』
「「………………」」

光魔法の《ライト》よりももっと明るい光の球が浮いていた。

またも、アレクとバルは顔を見合わせて、お互いの顔に諦めのような表情が浮かんでいるのを確認した。

(何で、光魔法まで使えるんだよ)

二人がそんな事を考えていることを、バナスパティが知る日は来ないだろう。



だがおかげで、魔石を取り出すだけなら十分な光量にはなった。

二人がかりで何とか取り出した魔石は、とにかく大きかった。
アレクやバルが両手で抱えなければ持てないくらいには、大きい。

「……こんなの、何に使うんだろうな」

「……誰かが何か考えつくんじゃねぇの?」

アレクもバルも、他人事の口調だった。


※ ※ ※


「お帰りなさい……って、その魔石……」

「すっごく大きいね」

ユーリの声と暁斗の声が出迎える。

「お帰り。リィカは寝たままだ」

泰基からはそんな報告があがり、ユーリが付け加えた。

「かなり疲労もあったでしょうから、普通に寝てしまったんだと思いますよ。――そんな心配そうな顔をしないで下さい」

後半は、アレクの顔を見ての言葉だ。
ユグドラシルも、リィカを見て、そして一行に声を掛ける。

『皆も休め。言ったように、魔物の心配はしなくていいから、戦い疲れた体を休めてくれ』

それが合図となったように、各々が横になる。
寝具は、最初にここに泊まることが決まった時に、すでに出してある。

アレクは、リィカのすぐ隣で横になった。

不思議な力に守られているような感覚に安心し、すぐに眠りに落ちた。

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