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第七章 月空の下で

フレイム・エンチャント

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リィカの体が光る。

それにアレクが驚く間もなく、その光が真っ直ぐ放たれる。

――ドクン!

聞こえていた脈動が、大きくなった。

現れたものに、アレクが目を見開く。十メートルくらい先だ。

それは、人の頭部より一回りくらい大きな、透明の円球型。その中には、苗のようなものがあるのが見える。

「アレク、あれを……」

リィカが先ほど以上に疲れた顔をしている。息を切らしている。

魔力がないはずのリィカが何をしたのか、アレクには分からない。
何かしら無茶をしたのだろう、という想像だけは付いた。

そんなリィカから手を離すのは、躊躇した。だが、約束したばかりだ。

「信じるぞ、リィカ」

手を離して、走り出した。
リィカの体に、木の枝が巻き付いているのが見えた。



「させぬ!」

ククノチが襲いかかってきた。

相変わらずの長い爪での攻撃。それを受け止め弾く。剣で斬りかかれば、大きく後ろに下がる。

その隙にさらにククノチの本体に向かって走る。

すると、今度は木の枝が正面から襲いかかってくる。

「――ちっ!」

アレクからすれば、ククノチよりもこちらの方が面倒だ。数が多すぎる。
たかだか十メートルが、ひどく遠い。

「【鳳凰鼓翼斬ほうおうこよくざん】!」

縦に切り下ろす炎の剣技。
木の枝には剣技が効くのが、まだ幸いだ。

正面の枝を突破し、さらに走る。

本体を近くに捉えた。

そう思ったら、さらに木の枝が現れ、本体を覆い隠してしまった。さらに一瞬光り、枝の固まりだったはずのものが、木になっている。

「【金鶏陽王斬きんけいようおうざん】!」

炎の直接攻撃の剣技で、攻撃する。
が、まったくダメージが入っていない。

「――木の枝なら効くが、太い木になると駄目なのか?」

剣技の効く効かないをそう判断する。

だが、ただ守っているだけなら、詠唱ができるのでは。
そう思ったアレクだが、やはりそうはいかない。

ククノチが、木の枝が、アレクに襲いかかる。

チラッとリィカの方を見る。
完全に木に呑まれている。

(――時間は、掛けていられない)

ククノチを追い払って距離をあけて、木の枝は剣技で破る。
一瞬の間が空いた。

(成功しろ!)

することは一つ。
ただ魔法が発動した後の状態をイメージするだけだ。

ほんの一瞬、目を瞑る。
強く強く、それをイメージし、そして唱えた。


「《火の付与フレイム・エンチャント》!」


アレクの持つ剣に、炎が宿った。
火のエンチャントは、攻撃力をアップさせる。

初めての無詠唱魔法の成功だ、と考える余裕もなく、そのまま本体を囲っている木に斬り付ける。

剣技で全くダメージが通らなかったのが嘘のように、簡単に斬ることができた。

斬られた木は、その斬られた部分から炎が上がり、燃え上がる。

これが、火のエンチャントのもう一つの効果。斬ったものを燃やす効果がある。


本体がむき出しになった。

「やめろぉぉぉぉぉ!」

ククノチが飛びかかってきた。
それを、アレクは冷静に見つめる。

剣を一振り。
それで、ククノチの長い爪が切り落とされた。

「――な……?」

呆然としたククノチの声を聞きながら、アレクはその本体に剣を刺した。


――ピシッ

軽い音を立てて、その本体が真っ二つに割れ、燃えて消える。


「……あ……ああ……、なんという……!」

ククノチの、愕然とした声が耳に届く。
アレクはリィカの元に向かおうとして、響いた大きな音に足を止めた。


――ビシビシッ!
――ビシビシビシビシッ!!


音が止まらない。どんどん大きくなる。
ふと見れば、周りの木に罅が入っていて、それが増えて大きくなっている。


「――まさか、壊れるのか!?」

それに気付いて、慌ててリィカの所に向かおうとするが、その前にアレクは下に引っ張られる感覚がした。

「――――!」

浮遊する感覚に襲われながらも、周囲を見渡す。

リィカが見えた。
リィカを覆っていた木は、ボロボロに崩れてきているようだ。

必至にそちらに向かい、その腕で抱き留めることに成功した。
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