上 下
223 / 612
第七章 月空の下で

膠着状態

しおりを挟む
ククノチがアレクに飛びかかる。

右手、左手と交互に、その長い爪でアレクに攻撃を仕掛けるが、アレクはそれを防ぎ、弾く。
ククノチの体勢が崩れる。

その瞬間、アレクがククノチに攻撃を入れようとして……しかし距離を開けられた。


何もなければ、そこで追撃できている。
だが、リィカを抱えている今、それはできない。



木の枝が四方八方から攻撃してくる。

すべては捌ききれない。何発も攻撃を受けてしまう。
痛みはあるが、それだけだ。その痛みも徐々に治まる。

(そういえば、自動回復の効果もあったんだったな)

アレクは、魔道具のもう一つの効果を思い出していた。


ククノチの攻撃は、爪での攻撃と木の枝での攻撃の二つのみ。

アレクは、攻防していて気付いていた。
ククノチは戦いに慣れていない。同じパターンの攻撃を繰り返すだけ。

そう見せかけて実は、と言うこともなくもないが、おそらくそれはなさそうだ、とアレクは思っている。


だが、アレクも相手に全く攻撃を当てられない。

剣技は効かない。
普通の剣の攻撃だって当然効果はないだろう。

有効と思われる魔法は、詠唱しなければ使えない。

戦いは、完全に膠着状態に陥っていた。



(――どうしたらいい?)

この状況に、焦りが生じる。
ジッとチャンスを待つべきだ。それは分かるが、捕らえられたままのリィカの負担が心配だった。

「アレク」

そのリィカから声が掛けられた。

「……何だ?」

視線を向けずに答える。

嫌な予感がした。もう一つの心配事項。この膠着状態を見かねたリィカが、何か無茶をしようとするのではないか、という予感。

「ククノチの、根幹となる部分があるの。その部分に攻撃をした方がいい。あの姿は仮の姿だから、攻撃しても意味ない」

「……は?」

「――なっ、馬鹿な。なぜそれを知っている!?」

リィカの言葉に、より驚いたのはククノチだった。

なぜリィカがそんな事を知っているのか、という疑問はあるが、後回しだ。
ククノチの反応は、それが正しいことを示している。

図星を指されてごまかすこともなく素直に反応など、間違いなくククノチは戦いに慣れていない。

だが問題は、アレクに打つ手がない事に変わりがないということだ。

「根幹の部分とは?」

視線はククノチから逸らさず、リィカに問いかける。
目の前の存在に意味がないなら、そこに賭けるしかない。

「大切に、奥深くに隠されてる。このままじゃ届かない。わたしが引きずり出すよ」

リィカの声は、決意に満ちている。
アレクは、自らの嫌な予感が的中したことを悟った。

「無詠唱は、慣れてる魔法でやった方がいいよ。エンチャントを使って。魔力の付与ができるんだから大丈夫。成功するよ」

「だが、エンチャントは……!」

エンチャントでは、遠方の攻撃はできない。
リィカから離れるしかないのだ。

「わたしは、アレクと一緒にいる。ククノチと一緒はイヤだ。だから、アレクが手を離しても、根幹部分を壊すまで耐えてみせるよ。絶対にアイツの手に落ちないから」

リィカの声は、強い。
アレクが何を言っても、きっと翻さないだろう。だったらもう後は、信じるしかない。

「分かった。約束だからな。破ったら許さないぞ」

「――うん」

嬉しそうなリィカの返事。多分、笑顔なんだろうな、と思った。


※ ※ ※


「……そんな……馬鹿な……。我が、妻よ……」

だが、一方でククノチは衝撃を受けていた。

自らの妻となるべき存在。
それが、自らを拒否するのか。他の男の手を取ると言うのか。

「わたしは妻じゃないよ。――あなたには、ちゃんと大切な人がいるはずでしょう?」

その言葉に、一瞬棒立ちとなる。

悲しくて、辛い、遙か過去の記憶。忘れられない、もう二度と会えない大切な人。その記憶が、ククノチに怒濤のように押し寄せてきた。

「もう居らぬ! 香織はもう、居らぬのだ!」

「いるよ。気付いてないだけ」

どういうことだ。
その質問は、声にならなかった。


※ ※ ※


リィカは深呼吸した。

魔力は空だ。
自分に残されているものは、命……生命力しかない。

(昔のアニメとかで、そんな言葉、出てきたっけ?)

そう思ったら、面白いような恥ずかしいような。

自爆だけはしないようにしよう。それをしてしまえば、凪沙と同じだ。今度はきっとアレクが深く傷つく。

リィカは、意識を集中させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 衝撃で前世の記憶がよみがえったよ! 推しのしあわせを応援するため、推しとBLゲームの主人公をくっつけようと頑張るたび、推しが物凄くふきげんになるのです……! ゲームには全く登場しなかったもふもふ獣人と、騎士見習いの少年の、両片想いな、いちゃらぶもふもふなお話です。

皇女はグリフィン騎士団員になり、憧れの騎士に愛される

ゆきりん(安室 雪)
ファンタジー
「皇女はグリフィンになりたくて騎士になります!?」から題名を変更しました。 皇女として産まれたアリアは、7歳の時にお忍びで行った城下のお祭りで『お楽しみタマゴ』と言う、殆どはヒヨコだがたまにグリフィンや竜が孵るタマゴを買い、兄サイノスとタマゴが孵るのを楽しみにしていた。 そんなある日、とうとうアリアのタマゴにヒビが入り!? 皇女アリアが何故かグリフィン騎士になってしまう!? 37話から16歳のアリアになります。 王族のイザコザや騎士としての成長・恋愛を書いていきます。

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー
人を助けた代わりにバイクに轢かれた男、工藤 英二 その魂は異世界へと送られ、第二の人生を送ることになった。 侯爵家の三男として生まれ、順風満帆な人生を過ごせる……とは限らない。 裕福な家庭に生まれたとしても、生きていいく中で面倒な壁とぶつかることはある。 そこで先天性スキル、糸を手に入れた。 だが、その糸はただの糸ではなく、英二が生きていく上で大いに役立つスキルとなる。 「おいおい、あんまり糸を嘗めるんじゃねぇぞ」 少々強気な性格を崩さず、英二は己が生きたい道を行く。

俺のタマゴ

さつきのいろどり
ミステリー
朝起きると正体不明の大きなタマゴがあった!主人公、二岾改(ふたやま かい)は、そのタマゴを温めてみる事にしたが、そのタマゴの正体は?!平凡だった改の日常に、タマゴの中身が波乱を呼ぶ!! ※確認してから公開していますが、誤字脱字等、あるかも知れません。発見してもフルスルーでお願いします(汗)

トカゲ(本当は神竜)を召喚した聖獣使い、竜の背中で開拓ライフ~無能と言われ追放されたので、空の上に建国します~

水都 蓮(みなとれん)
ファンタジー
 本作品の書籍版の四巻と水月とーこ先生によるコミックスの一巻が6/19(水)に発売となります!!  それにともない、現在公開中のエピソードも非公開となります。  貧乏貴族家の長男レヴィンは《聖獣使い》である。  しかし、儀式でトカゲの卵を召喚したことから、レヴィンは国王の怒りを買い、執拗な暴力の末に国外に追放されてしまうのであった。  おまけに幼馴染みのアリアと公爵家長子アーガスの婚姻が発表されたことで、レヴィンは全てを失ってしまうのであった。  国を追われ森を彷徨うレヴィンであったが、そこで自分が授かったトカゲがただのトカゲでなく、伝説の神竜族の姫であることを知る。  エルフィと名付けられた神竜の子は、あっという間に成長し、レヴィンを巨大な竜の眠る遺跡へと導いた。  その竜は背中に都市を乗せた、空飛ぶ竜大陸とも言うべき存在であった。  エルフィは、レヴィンに都市を復興させて一緒に住もうと提案する。  幼馴染みも目的も故郷も失ったレヴィンはそれを了承し、竜の背中に移住することを決意した。  そんな未知の大陸での開拓を手伝うのは、レヴィンが契約した《聖獣》、そして、ブラック国家やギルドに使い潰されたり、追放されたりしたチート持ちであった。  レヴィンは彼らに衣食住を与えたり、スキルのデメリットを解決するための聖獣をパートナーに付けたりしながら、竜大陸への移住プランを提案していく。  やがて、レヴィンが空中に築いた国家は手が付けられないほどに繁栄し、周辺国家の注目を集めていく。  一方、仲間達は、レヴィンに人生を変えられたことから、何故か彼をママと崇められるようになるのであった。

手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件 追放された雑用係は竜騎士となる

草乃葉オウル
ファンタジー
上級ギルド『黒の雷霆』の雑用係ユート・ドライグ。 彼はある日、貴族から依頼された希少な魔獣の卵を探すパーティの荷物持ちをしていた。 そんな中、パーティは目当ての卵を見つけるのだが、ユートにはそれが依頼された卵ではなく、どこにでもいる最弱魔獣イワトカゲの卵に思えてならなかった。 卵をよく調べることを提案するユートだったが、彼を見下していたギルドマスターは提案を却下し、詳しく調査することなく卵を提出してしまう。 その結果、貴族は激怒。焦ったギルドマスターによってすべての責任を押し付けられたユートは、突き返された卵と共にギルドから追放されてしまう。 しかし、改めて卵を観察してみると、その特徴がイワトカゲの卵ともわずかに違うことがわかった。 新種かもしれないと思い卵を温めるユート。そして、生まれてきたのは……最強の魔獣ドラゴンだった! ロックと名付けられたドラゴンはすくすくと成長し、ユートにとって最強で最高の相棒になっていく。 その後、新たなギルド、新たな仲間にも恵まれ、やがて彼は『竜騎士』としてその名を世界に轟かせることになる。 一方、ユートを追放した『黒の雷霆』はすべての面倒事を請け負っていた貴重な人材を失い、転げ落ちるようにその名声を失っていく……。 =====================  アルファポリス様から書籍化しています!  ★★★★第1〜3巻好評発売中!★★★★ =====================

処理中です...