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第七章 月空の下で

レッドムーン

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ユーリは座って空を見上げていた。
隣にはバルがいる。

アレクがリィカの元に向かったと教えられた。
それについては、そうかと思っただけだ。

リィカには、アレクの気持ちは伝わっている。後はどれだけお節介を焼いても、自分にはどうすることもできない。応えるかどうかは、リィカ次第なのだ。


月が天頂に昇った。

「“赤い月レッドムーン”!」

こんな時だが、ユーリは少し興奮する。これを見逃せば、また数十年は見られない。

残念と言えば残念なのが、隣にいるのがごつい男だと言うことだろうか。

「できればエレーナと、せめてリィカがいてくれれば、こんな残念な気持ちにならなかったでしょうかね」

婚約者の名前を出しつつ口にすれば、隣からもぼやきが返ってきた。

「何が悲しくて、男二人でこんな幻想的な景色、見なきゃならねぇかな」

睨むような視線がぶつかり合い、同時にフンと視線を逸らす。

が、その一瞬後。

「――ユーリ」

バルの緊迫した声に呼ばれた。

「アレクとリィカの気配が消えた」

ユーリがその意味を理解するより早く、暁斗と泰基が走って行くのが見えた。

「おれらも行くぞ」
「……………ええ」

二人がいるはずのククノチの木に向けて、走り出す。
が、四人の全力疾走は目立った。

「――どこに行く気か!」
「戻れ!」

村人たちの制止の声がしたが、構わず駆けた。


※ ※ ※


ほんの少しだけ、時間は遡る。

まるで狙ったかのように、月の赤い光がリィカに降り注いだ直後。

「――アレク……!」

リィカが悲鳴を上げた。
これまでリィカの両腕だけを捕らえていた木が、さらに枝を伸ばし、リィカ自身を包み込もうとしていた。

「――――っ!」

アレクはリィカの元に駆け寄ろうとするが、周りを囲む枝が邪魔だった。

全部切り払っていたら、間に合わない。
それを直感で悟る。

(――守ってくれよ!)

剣を納め、走る。
枝の攻撃は痛いが、防御の魔道具の効果を信じて、そのまま突き進む。

「――リィカ!」

ギリギリ、間に合った。
枝が完全に包み込む前に、リィカの足首を掴む。そして、アレク自身も枝に包まれ、何かに引っ張られた。



包まれていた枝から解放される。
視界が戻るが、その景色に呆然とする。

「……ここは、どこだ?」

薄暗い空間。周囲が、薄く赤い光で覆われている。

――ドクンドクン

脈動が聞こえる。
自分がいる場所に手を触れて、その感触に驚く。

「……木? ……もしかして、あの木の中なのか?」
「アレク……」

小さく呼ぶ声が聞こえて、ハッとする。
見れば、リィカの足首を掴んだ手は、そのままだ。

「リィカ、無事か……!?」

足首から手を離し、近寄れば、リィカは頷いた。
その両腕は、木に捕らわれたままだ。



「――何と言うことを」

男の声がした。
慌ててその声が聞こえた方を向く。気配がまるでしない。

その男の格好は、アレクには表現する言葉がなかった。変わった服装だ、としか出てこない。

「……あのときの?」

リィカが小さくつぶやいて、アレクは僅かに目を見開く。

「知っているのか?」

「知ってるというか……、突風が吹いたの、おぼえてる? そのときに見たの」

「突風……あれか」

自分たちを木の下から追いやり、リィカを木の下に飛ばした、リィカが捕らわれる原因となった、突風。

あの突風も、偶然なんかじゃないとすれば。

「――何と言うことを。男がこの場に入り込むとは。我が妻となる定めの女性に、男が触れるとは」

「何だと」

アレクの声が低くなる。言い返す言葉は、疑問形ですらない。
木に捕らわれたままのリィカを、アレクは抱き寄せる。

男の顔が怒りの形相に染まる。

「ヒトの男ごときが、我が妻に手を触れるな!」

「誰が妻だ。妄言を吐くな。リィカはついさっき、俺の恋人になったばかりだ」

アレクが睨み付けた。


※ ※ ※


(――あ、そういうことになるんだ)

恋人という言葉に、場違いにもリィカは思う。実感がわかない。

思考が上手く働かず、妻という言葉にも反応できずにいるうちに、アレクがどんどん話を進めていた。

ようやく思考が追いついてきたが、こんな訳の分からない男に、妻呼ばわりされる謂われはないのは確かだ。

一人だったら、怖くて怯えるしかできなかったかもしれない。でも、抱き寄せられる腕の強さが、心地よかった。



「――こいびと。恋人、だと!」

男の形相がさらに怒りで染まり、顔が変化する。

頭から一本の角が伸びる。口が大きく割け、その左右から牙が二本伸び、手の爪が長く伸びる。肌が赤黒く変わった。

「――おに……?」

リィカが、ほとんど声に出さず、口の中だけでつぶやく。

「我が名は、ククノチ! 神により生み出された、神の木! ヒトなどに、我が妻は渡さぬ!」

ククノチの姿は、それを日本人が見たならば、確かに「鬼」と表現するのが相応しい姿になっていた。
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