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第五章 デトナ王国までの旅路

誕生日②

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暁斗の誕生日は、十月二十日だ。
異世界に飛ばされた日が、七月二十三日。
ここに来て、三ヶ月弱。誕生日は二日後だ。

暁斗は、日にちなんかまったく数えていなかった。誕生日など、完全に忘れていた。
差し出されていた腕輪を受け取る。

「リィカと、父さんの、合作なの?」
「ああ。リィカに、お前の誕生日が近いと言って頼んだら、快く引き受けてくれたよ」

暁斗の誕生日プレゼント、そのやり取りをどうやって暁斗に気付かれないようにするかを悩んだ。夜番が一緒の時だけだと限界がある。
だったら、どうせバレるんだったら気にせず、目の前で堂々とやってしまおうか、と話をした。

「お前、あまり突っ込んで聞かなかったらしいしな」
「…………だって、あの時は」

そこで、暁斗の言葉が途切れる。
確かに気になった。けれど、それよりもリィカを独占できる方への意識が強かった。
腕輪に目を向けた。

「どんな魔道具なの?」
「リィカにあげた指輪にもついてる自動回復。それと、防御力を上げる効果がある」

「――防御力アップ? でも、この世界の魔法って、そういうのはないよね?」
強化魔法は、力とスピードを上げるものだけ。防御魔法はあっても、防御力を上げるわけではない。

「できるんじゃないかと思ってやったらできた。ゲーム風に言うなら、リィカに付与してもらった土魔法が物理防御力、俺の光魔法が魔法防御力、という感じになるんじゃないか?」

「――父さん、すごいなぁ」
自分にはできない事を、どんどんできるようになっていく。だから、暁斗は素直にそう思ったのだが。

「お前が不器用なだけだろ」
父の言葉はあっさりで、暁斗はやや不満げだ。

「お前も17歳か。皆より年上になったんだから、少しはしっかりしろよ」
「年上じゃないもん。みんなも、誕生日いつか知らないけど、年は同じだもん」
年上と聞いて怯みながら反論する暁斗に、泰基は笑った。

「残念ながら、そうじゃないらしいぞ。年齢の数え方、ここじゃ違うんだと」
日本の、満年齢での数え方と、数え年での年齢の数え方が、混ざったような年齢の数え方を、ここではする。

生まれたときは、零歳。
しかし、年が変わった時点で、生まれたのがいつであろうと、年が一つ増える。
誕生日を祝う風習はあるが、誕生日で年齢が上がる訳ではないのだ。


リィカ達の年齢は、16歳だと聞いている。
つまり、日本風に言えば、今年16歳。満年齢で数えてしまえば、誕生日が来ていなければ15歳だ。

「えぇっ!? じゃあ、みんな15歳なの?」
「リィカは、春に誕生日だと言っていたから、満年齢で数えても16歳だな。他の奴らまでは知らないが」

「リィカ、誕生日過ぎちゃったんだ……。でも、そっか、うわぁ……」
年下だとは思いもしなかった。みんな、自分なんかよりよほどしっかりしている。
何だか妙なプレッシャーを感じてしまう。

「無駄に力んでも良いことないから、あまり気にするなよ」
「……父さんが最初に、しっかりしろって焚き付けたんじゃないか」
「そうだったか?」

泰基が笑う。
そんな父を見て、暁斗はリィカに言った言葉を、父にも投げかけた。

「父さん、最近リィカと仲良いよね。年齢の話とか、全部リィカから聞いたんでしょ?」
「ああ。なんだ、ヤキモチか?」
からかってくる父の言葉にムッとすると、泰基の表情が変わった。

「――お前、リィカのことが好きなのか?」
「好きだけど、アレクみたいなのとは違う……と思う。でも、優しくするのはオレだけにしてほしい、とは思う」

「そうか。――そのくらいにしておけよ。もしリィカのことが好きになったら、アレクとライバル同士だからな。お前じゃ勝てないだろ」
からかうようでいて、どこか真剣な光を帯びた目をしている泰基が何を考えているのか、暁斗には分からなかった。



明け方。
暁斗は、明るくなる空を見ていた。

「お前に、多分話したことなかったよな」
泰基の静かな声が聞こえて、そっちに視線を向ける。
泰基も、空を見ていた。

「お前が生まれたとき、外が明るくなって朝だな、と思った時だったんだ。その日の日の出の時間とお前の生まれた時間が一緒だった」
暁斗は瞠目した。初めて聞く話だ。

「そうしたら、凪沙が、お前の母さんが言ったんだよ。夜明けを現わす『暁』の字を名前に入れたいってさ」
「…………母さんが?」

父の口から、母についての話を聞くのも初めてだった。
声が震えそうになる。

「夜明けと日の出は違うだろと言っても聞かないし、気持ちは籠もってるからまあいいかと思ってな」
泰基が一度クスリと笑って、さらに続ける。

「で、名前を暁斗に決めて凪沙が初めて呼んだら、お前笑ったんだよな。俺が呼んだときは反応なかった。凪沙に勝ち誇った顔されて、悔しかったな」
「…………………」

当たり前だけど、そんな事覚えていない。
暁斗に母親の記憶はない。あるのは、夢の中の後ろ姿だけだ。

「それからは、暁斗が笑っただの泣いただの、こんなことをしたらこんな反応しただの、そんな話ばかりしていたな。あいつが言うから、俺が同じ事しても俺には反応しないし。こいつは俺のことが嫌いなのかと、実は本気で心配した」

「……………なにそれ」
暁斗は泣きたくなりそうになる。
自分の知らない両親の姿。自分にも、間違いなく母と一緒に過ごしていた時間があったという、確かな言葉。

「つまり、凪沙はお前の事を、大切に思っていたよ。それだけは、教えておきたかった」
「……………自分が死んでも守ろうとするくらいに?」

暁斗は自分の声が沈むのを感じた。どうしても、思考がそこに行く。
だが、泰基から返ってきた言葉は、想像した以上に軽いものだった。

「どうかな。そんな殊勝な気持ちがあいつにあったとは思えない。後先考えない奴だったから、むしろ自分が死んだ事に驚いたんじゃないか? 強盗のバカヤロー、とか叫んでたりしてな」

暁斗の口元が綻んだ。
悲壮な覚悟で自分を守ろうとした、と言われるよりよほどいい。

ふと、リィカの優しい手を思い出した。
「ねぇ。オレがリィカに母さんを重ねてるの、母さん嫌がるかな」
父が息を呑んだように見えた。言葉を探しているように見える。

「……リィカなら問題ないだろ。他の奴なら嫌がったかもしれないけど」
「なんで、リィカならいいの?」

なおも、迷うようなそぶりを見せた泰基だったが、やがて諦めたように口元を緩めた。

「リィカは、凪沙に似てるから。顔が似てるわけじゃないが、それでも似ている。そう思って見ていたら、まさかお前がリィカに懐くとは思わなかった」

「だからオレ犬じゃない!」
父の、懐くという言葉に、とりあえず反論だけはしておいた。

「……似てるんだ」
つぶやきながら、でも暁斗は自分の心境が分からない。
嬉しいのか悲しいのか。近づきたいのか遠ざかりたいのか。
ただ少なくとも。

「だったら、もっと甘えちゃっても良いかな?」
そんな事を思うのだから、遠ざかりたいとは思っていない。

「いいんじゃないか? リィカも構わないと言ってくれてたしな。お前が満足するまで好きにしろ」

リィカにまできちんと根回し済みらしい父の言葉に苦笑する。
考えてみれば、この父もずいぶん自分に甘い気がする。年下の女の子に、好きなだけ甘えろと許可する父親なんか、いないんじゃないだろうか。

「うん。好きにする」
自分を苛む、夢の中の母の姿。その夢から抜け出す道が、先に見えたような気がした。


※ ※ ※


(似てる、程度の話なら大丈夫か)
泰基は、暁斗を見ながら考える。

暁斗に話すか否か。
リィカと話をしているが、結論が出ていない。
似てると言うのも大丈夫か緊張したが、暁斗の反応からは問題なさそうだ。


凪沙のことは言えない。
けれど、リィカが元日本人かもしれない、という話は暁斗とした事がある。だから、その程度の話は、本来ならするべきだろうとは思う。

それすら言えないでいるのは、暁斗がリィカに前世の事を色々聞こうとする可能性があるからだ。
凪沙のことを隠すのなら、何も言うべきではない、と思う。

問題は、それが本当に正しいのかどうか、自信を持てないことだった。


※ ※ ※


王都テルフレイラが見えてきた。
魔物の姿は見えないが、その気配はとんでもなく多い。

「ここは王都の西門です。魔物が押し寄せてきているのは南門です。……まだ耐えているといいのですが」

カトレナが不安そうな様子を見せる。
最悪、王都に入ったら魔物だらけ、という可能性もゼロじゃないのだ。


「少なくとも、街中に魔物の気配はしません。行ってみなければ分かりませんが、ギリギリで押さえ込んでいると思います」
気配を読んでいたアレクが、そう告げた。
仲間たちを振り返る。

「気配からして、Cランクがゴロゴロいそうだ。数も、千まではいなそうだが、それに近いくらいはいる。それと、確かに魔物の気配に混じって、別の気配が三つある」
各々が頷いた。


王都の攻防戦が始まる。
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