132 / 619
第四章 モントルビアの王宮
VSカークス③
しおりを挟む
「グワァァァァァァァァァァァァ!!」
カークスが大きく叫ぶ。
三つの口から出た炎が一つにまとまる。一つの口から出ていた炎とは比べものにならないほどの威力を宿し、一直線にリィカに向けて射出された。
リィカは呼吸を整える。右手を前に出す。
「《水蒸気爆発》!!」
カークスの炎とリィカの魔法が、ちょうど中央でぶつかった。
※ ※ ※
「スチーム……バースト……?」
何だその魔法は、とルイス公爵は考えて、すぐに思い至る。
「混成魔法か!?」
過去にたった二つ、発動に至った混成魔法。そのうちの一つが、そんな名前だった。
「…………ヒィ!?」
「…………な、なぜ、平民の小娘が、あんな魔法を……!」
王太子が悲鳴を上げる。
ベネット公爵の言葉に、ジェラードが冷たい視線を向け、その言葉も冷たかった。
「彼女が、凄腕の魔法使いだからじゃないですか?」
ジェラードも驚いてはいるが、調べた彼女の噂から納得もできてしまう。
「……へ、平民だぞ……」
「ふざけるな、縄をほどけ! 私は王太子だぞ! こんな所にいられるか! 私の身に何かあったら、貴様らどうしてくれる!?」
ベネット公爵の言葉を遮り、王太子が喚き出す。どうやらすさまじい魔法のぶつかり合いに恐怖したらしい、とルイス公爵は予想し、しかし一言告げただけだ。
「黙って見ていろ」
視線を、戦いの場に戻した。
※ ※ ※
「………………あ……」
暁斗が小さく呻く。
リィカの背中が見える。自分を守る、リィカの背中。優しい手をした、母親のようだと思った人の、背中。
夢の中の、母親の背中と被る。
暁斗の目から、涙が零れた。
体が動かない。
何もできない。ただ見ているだけ。
夢と同じだ。
ただただ、自分を守って死んでいく姿を、見ることしかできない。
「――暁斗!」
体がビクッとする。呼ばれて顔を向ける。
「…………とう……さん?」
どこか痛めたのだろうか。動きがぎこちない。
泰基はホッとした顔をして、しかし哀しそうな顔にすぐ変わる。
暁斗に抱き付くように密着して、魔法を唱えた。
「《上回復》」
痛みが癒えていく。
ようやく、暁斗は自分がカークスの炎を、正面からまともに受けたことを思い出した。
動かなかった体が、動くようになる。
「アキト! タイキさん!」
アレクたちが駆け付けてきた。
「…………倒したの?」
暁斗の、主語のない問いだが、アレクは理解したらしい。
「ああ、サイクロプスは倒した。……アキト、大丈夫か? ――泣いているぞ」
「……………え?」
手を持っていけば、確かに濡れていた。
「……………なんで?」
いや、何でなんて分かってる。自分を守る、リィカの背中が見えるからだ。
カークスの炎と、リィカの魔法。
中央でせめぎ合っていた。
「アキト、休んでいろ。後は俺たちがやる」
「三人とも待ってくれ。――暁斗、動けるな?」
アレクが身を翻し、それにバルとユーリが続こうとするのを、止めたのは泰基だった。
泰基は、厳しい目を暁斗に向ける。
「…………父さん?」
「泣くだけで動けないなら、この先戦っていくのは無理だ。魔王討伐の約束は俺が果たす。聖剣を俺に渡して、お前はアルカトルで待ってろ」
泰基は右手を差し出す。
暁斗は、その手を見る。自分に差し出された手じゃない。聖剣を受け取るための手だ。
リィカを見る。
今だ、魔法のせめぎ合いが続いている。
背中しか見えなくても分かる。リィカは、死ぬ気なんかない。せめぎ合いを、制するつもりでいる。
(母さんはどうだったんだろう? 死んでも守るなんて、そんなつもりなかったのかな?)
死んでしまったのはただの結果でしかないのだろうか。
そんな考えが頭に浮かんで、さらに泣きそうになる。
こぼれそうになる嗚咽を必死に押さえる。腕で乱暴に目元を拭う。
「――聖剣は、父さんにだって使えないよ。オレの剣だもん」
成功しているとも思えなかったが、せいぜい不敵に笑ってみせる。
立ち上がって、泰基を押しのけて、リィカの方に向かう。
わずかに苦笑の気配がした。
暁斗の後に、泰基も続く。
近づけば、リィカが軽く視線を向けてきたが、すぐに正面に戻す。
「――今から一気に炎を押し返すね。……ごめん、その後はよろしく」
リィカの表情が辛そうだった。
それに気付いて、泰基は頷いた。
「分かった」
むしろ、押し返すと言い切ったことに驚きだ。
もしかして、自分たちが戻るまで、わざとこの状態を保っていたのだろうか。
「リィカが押し返したらそのまま突っ込むぞ。壁が出現したら俺が破る。お前は、その後全力で攻撃すればいい」
暁斗は黙って頷いた。
どうやって壁を破るのか、なんていうのはどうでもいい。破ると言ったなら、きっと破れるんだろうから。
カークスが大きく叫ぶ。
三つの口から出た炎が一つにまとまる。一つの口から出ていた炎とは比べものにならないほどの威力を宿し、一直線にリィカに向けて射出された。
リィカは呼吸を整える。右手を前に出す。
「《水蒸気爆発》!!」
カークスの炎とリィカの魔法が、ちょうど中央でぶつかった。
※ ※ ※
「スチーム……バースト……?」
何だその魔法は、とルイス公爵は考えて、すぐに思い至る。
「混成魔法か!?」
過去にたった二つ、発動に至った混成魔法。そのうちの一つが、そんな名前だった。
「…………ヒィ!?」
「…………な、なぜ、平民の小娘が、あんな魔法を……!」
王太子が悲鳴を上げる。
ベネット公爵の言葉に、ジェラードが冷たい視線を向け、その言葉も冷たかった。
「彼女が、凄腕の魔法使いだからじゃないですか?」
ジェラードも驚いてはいるが、調べた彼女の噂から納得もできてしまう。
「……へ、平民だぞ……」
「ふざけるな、縄をほどけ! 私は王太子だぞ! こんな所にいられるか! 私の身に何かあったら、貴様らどうしてくれる!?」
ベネット公爵の言葉を遮り、王太子が喚き出す。どうやらすさまじい魔法のぶつかり合いに恐怖したらしい、とルイス公爵は予想し、しかし一言告げただけだ。
「黙って見ていろ」
視線を、戦いの場に戻した。
※ ※ ※
「………………あ……」
暁斗が小さく呻く。
リィカの背中が見える。自分を守る、リィカの背中。優しい手をした、母親のようだと思った人の、背中。
夢の中の、母親の背中と被る。
暁斗の目から、涙が零れた。
体が動かない。
何もできない。ただ見ているだけ。
夢と同じだ。
ただただ、自分を守って死んでいく姿を、見ることしかできない。
「――暁斗!」
体がビクッとする。呼ばれて顔を向ける。
「…………とう……さん?」
どこか痛めたのだろうか。動きがぎこちない。
泰基はホッとした顔をして、しかし哀しそうな顔にすぐ変わる。
暁斗に抱き付くように密着して、魔法を唱えた。
「《上回復》」
痛みが癒えていく。
ようやく、暁斗は自分がカークスの炎を、正面からまともに受けたことを思い出した。
動かなかった体が、動くようになる。
「アキト! タイキさん!」
アレクたちが駆け付けてきた。
「…………倒したの?」
暁斗の、主語のない問いだが、アレクは理解したらしい。
「ああ、サイクロプスは倒した。……アキト、大丈夫か? ――泣いているぞ」
「……………え?」
手を持っていけば、確かに濡れていた。
「……………なんで?」
いや、何でなんて分かってる。自分を守る、リィカの背中が見えるからだ。
カークスの炎と、リィカの魔法。
中央でせめぎ合っていた。
「アキト、休んでいろ。後は俺たちがやる」
「三人とも待ってくれ。――暁斗、動けるな?」
アレクが身を翻し、それにバルとユーリが続こうとするのを、止めたのは泰基だった。
泰基は、厳しい目を暁斗に向ける。
「…………父さん?」
「泣くだけで動けないなら、この先戦っていくのは無理だ。魔王討伐の約束は俺が果たす。聖剣を俺に渡して、お前はアルカトルで待ってろ」
泰基は右手を差し出す。
暁斗は、その手を見る。自分に差し出された手じゃない。聖剣を受け取るための手だ。
リィカを見る。
今だ、魔法のせめぎ合いが続いている。
背中しか見えなくても分かる。リィカは、死ぬ気なんかない。せめぎ合いを、制するつもりでいる。
(母さんはどうだったんだろう? 死んでも守るなんて、そんなつもりなかったのかな?)
死んでしまったのはただの結果でしかないのだろうか。
そんな考えが頭に浮かんで、さらに泣きそうになる。
こぼれそうになる嗚咽を必死に押さえる。腕で乱暴に目元を拭う。
「――聖剣は、父さんにだって使えないよ。オレの剣だもん」
成功しているとも思えなかったが、せいぜい不敵に笑ってみせる。
立ち上がって、泰基を押しのけて、リィカの方に向かう。
わずかに苦笑の気配がした。
暁斗の後に、泰基も続く。
近づけば、リィカが軽く視線を向けてきたが、すぐに正面に戻す。
「――今から一気に炎を押し返すね。……ごめん、その後はよろしく」
リィカの表情が辛そうだった。
それに気付いて、泰基は頷いた。
「分かった」
むしろ、押し返すと言い切ったことに驚きだ。
もしかして、自分たちが戻るまで、わざとこの状態を保っていたのだろうか。
「リィカが押し返したらそのまま突っ込むぞ。壁が出現したら俺が破る。お前は、その後全力で攻撃すればいい」
暁斗は黙って頷いた。
どうやって壁を破るのか、なんていうのはどうでもいい。破ると言ったなら、きっと破れるんだろうから。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
転生したら死にそうな孤児だった
佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。
保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。
やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。
悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。
世界は、意外と優しいのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる