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第四章 モントルビアの王宮

牢屋から出されて

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時は、その日の朝に遡る。

食事が配られ始めた。
(やっと、朝かな……?)
寒さに体を震わせながら、リィカは思う。
外が見えないから、推測しかできないけれど。


昨日。おそらく、夜だろうという時間に、急に冷え込み始めた。
牢の中には毛布も何もないから、体を丸めて耐えるしかない。
歯がガチガチなっていると、牢番が面白そうに声を掛けてきた。

「寒そうだなぁ、お嬢ちゃん。大変だねぇ」
ギャハハ、と笑われる。
「そこの牢は特別なんだよね。特段に冷えやすい。なのに、他の牢には置いてある毛布も何も置かれないんだから、笑えるだろ?」

リィカは、顔を上げて牢番を睨む。
「まだまだ元気じゃないか。頑張るねぇ。じゃあ、特別にもう一つ教えてあげようか。
 他の牢屋ってね、ちゃんと明かり取りの窓が付いてるから、昼か夜かくらいは分かるんだよね。ところが、そこにだけはないから、時間も何も分かんない。食事が配られてるのは分かっても、果たしていつの食事かなぁ?」

「……な、んで」
震えながらも、何とか絞り出したリィカの質問に、しかし牢番は面白そうに笑う。

「何がなんでか分かんないから、答えようがないなぁ。でも、人間って外の情報が何も入ってこないって、結構ストレスになるらしいよね」
言うだけ言って去っていく牢番を、リィカは見ることしかできない。

食事抜き以外にも、弱らせるための仕組みができているのか。
現実逃避のように考えたところで、事態は何も改善しない。
寒さは増すばかりで、結局リィカは、まったく眠ることができないまま震え続け、朝らしい時間を迎えたのだった。


牢屋に入れられたときは、こんなに寒くなかったのだ。
だから、朝と思われる次の食事の時間が来れば少しは暖かくなると思ったのに、まだ寒いままだ。
寒くて、水を飲もうという気にもなれない。

(お願いだから、早く暖かくなって)
リィカのその願いが叶ったのは、さらに次の食事が配られた辺りからだった。


暖かくなってホッとしたら、今度は眠くなってきた。
ウトウトしていたと思う。
そうしたら、ガシャン、と大きな音がして、リィカはビクッとして目が覚める。


見れば、牢の扉が開けられていて、兵士らしい人が入ってくる。
「立て」
短く命令され、しかし、リィカが動こうとする前に、髪を捕まれて引っ張られる。

「……いたっ!」
痛みに顔をしかめるリィカを気にする事なく、膝立ち状態にさせられると、体に縄を打たれた。
「…………え?」
「立て」
不安につぶやくリィカに、再度命令が下される。

両手は相変わらず後ろに拘束されたまま。そこにさらに縄まで打たれた。
何とか立とうとするが、想像以上に足に力が入らない。
それでも何とか立ち上がれば、今度はめまいがした。

「来い」
容赦なく縄を引かれれば、足がもつれて簡単に倒れてしまった。
地面に全身を打ち付けてしまい、リィカは痛みで呻く。

「さっさと立って歩け」
しかし、兵士は容赦なかった。

牢屋から出てボロボロの荷馬車に乗せられるまで、リィカは何回転んだか、もう数えていなかった。
立つのがやっとなのに、縄を強引に引かれては歩けるはずもない。だというのに、容赦なく縄を引かれる。

荷馬車の乗り心地も最悪だ。転んで何度も打ち付けた体が、さらに痛んだ。


荷馬車が止まった。
「降りろ」という言葉と共に、縄が引っ張られる。

引きずられるように下ろされれば、また縄が引かれて、リィカは懸命に歩く。
時間帯が、すでに夕方を過ぎて、薄暗くなってきている事だけは分かった。

ボロボロの小屋のような前で、兵士が立ち止まる。
縄がほどかれた。
と思ったら、思い切り背中を突き飛ばされて、そのボロ小屋に転がりこんだ。

扉が閉まり、カタン、と小さな音がした。


リィカは動こうとして、ふいに咳き込んだ。
(ここ、どこ? 空気が、すごく悪い)
それでも、ゆっくり呼吸をする。這うように移動して、まずは扉を確認する。
予想通りではあるが、開かない。多分、閂がかけられている。

そして、小屋の中を確認する。
壊れた家具等が置かれているのが見えた。要するに、不要品置き場なのか。
換気なんかされているはずもないだろうから、空気も当然悪いだろう。

壁に寄りかかる。
寒さは牢屋ほどじゃないし、ニヤニヤ見てくる牢番がいないのも、気楽だ。

だが、想像以上に体が動かなかった。力が入らなかった。
歯を食いしばる。

(これからが、本番なのに)
牢屋から出された。だから、この後、ここに王太子たちが来るんだろう。
でも。

(魔法は使えるし、拘束もいつでも外せる。けど、この状態で逃げ切れる?)
やるしかなかった。できなかった場合に待つ自分の末路は、最悪なのだから。
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