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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘

追憶―アレク⑦―

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――ずっと痛かったお腹の痛みが消えた。
身体はまだ重いが、気持ちが楽になった。

まどろむアレクの意識が、過去と混ざる。

ずっと痛かった。ずっと辛かった。
兄を害してばかりの自分が嫌だった。
でも、そんな自分が兄を守ることができた。

――そう思えた瞬間、自分でも驚くくらいにホッとして、痛みがなくなるのを、感じた。


 〔アレクシス〕

あれから、一ヶ月が経った。
夜寝ているところに、何か気配を感じて目が覚めた。

夜番は、『影』の連中が交代でやっているらしい。元々、ずっと以前から『影』は交代で夜も起きて父上の警護をしていたようなのだ。

俺が初めて暗殺者を捕まえた時も、気配を感じて動こうとしていた所だったらしい。そこに、俺が飛び込んできたので、手を出さずに様子をみたそうだ。

ちなみに、寝ていても気配を感じるようになったのは、フィリップに仕込まれた結果だ。

できるようになったら楽ですよ、と言われたのだが、夜寝ているところに、ゴブリンなんか比べものにならない殺気をぶつけられるのは、正直怖かった。
危機感が出るように、と抜き身の刃物を持っているのは、完全にアウトだろう。

文句を言っても、まったく堪えた様子はなかったのが悔しい。

恐怖感のせいなのか、たった一週間でできるようになってしまった。

ちなみに、『影』の連中の気配は、向こうが意図的に強くしてくれない限り、全く感じられない。

どうやら徹底的に気配を消す訓練をしているらしい。完全に気配を消せないのは、未熟な証拠、と暗殺者をこき下ろしていた。


「……この気配、『影』の連中じゃないよな?」

フィリップ以外に会ったことはないのだが、時々こちらを試すかのように気配をちらつかせる奴がいるので、まずそっちを疑ったが……。

「これは、違うな。場所は……今度は城内か」

城内には、隠し通路がいくつかある。
壁を押すとでんぐり返しになったり、突起を押すと壁があいたり、よく見ると回転取っ手が付いていたりする場所がいくつかある。
ちなみに、小さい頃の探検で見つけたものである。

それが全部なのか、まだあるのかまでは知らないが、気配の場所的に、俺の知っている隠し通路にいるようだ。

……というか、なぜ隠し通路を知っている? そんなの王族でもなければ知らないよな?

俺は息を殺して、その気配の主がいる隠し通路へと向かった。
普段使用している剣は狭い通路だと邪魔になるので、短剣を持ってきた。

でんぐり返しになる扉を押そうとして……背後に知った気配を感じた。

「(フィリップか?)」
小声で確認する。

「(ええ、そうです。この気配に気付かれたんですね。しかし、まさか隠し通路の存在まで知っていらっしゃったとは……)」

「(小さい頃、あちこち探検していたからな。それで、何の用だ?)」
まさか、何の用もなしに姿は見せないだろう。

「(殿下は、我々ほどに気配を消せません。今はまだ気付かれていませんが、おそらく殿下が通路に入れば気付かれる可能性が高い)」

「(なるほど……。つまり、通路に入ったら、一気に距離をつめて倒せという事か)」

「(……いえ。ですので我々が対処します、と言いたかったのですが)」

「(却下だ。悪いが、万が一逃げられたときのフォローをしてくれると助かる)」

「(……承知いたしました。お気をつけて)」
気配がフッと消える。本当に見事なものだ。

――だが、知らせてくれたことには感謝する。
そうでなければ、通路に入ってしばらく様子を見ようとして、結果逃げられる事態になっていた。

ゆっくり呼吸を整える。気配は動いていない。
ここから多少離れているが、問題はないだろう。

(よし、行くぞ!)
扉を開けて、身体を滑り込ませると、一気に加速して走り出した。
気配が動揺しているようだ。まだ場所を移動しようとしない。

俺は、短剣を抜き放つと、剣技の振るう準備を始める。

剣技は、放たずにそのまま維持していると、身体能力が少しアップする。その維持が難しいから、やろうとする奴はほとんどいないのだが、できるようになると結構便利だ。

さらに加速する俺に、ようやく気配が俺から遠ざかろうと動くのを感じたが、――遅い!

(見つけた!)
維持していた剣技を、今度は放つ。

「【隼一閃しゅんいっせん】!」

剣技の中でも、特に早さを特徴とする剣技だ。
その分若干威力は弱い。しかも今使っているのは短剣だから、なおさら威力は落ちる。

だが、狭い通路の中、それで十分。命中して暗殺者が倒れれば、後は追いつくのは簡単だった。



そして三日後。
俺は父上からの呼び出しを受けた。

執務室に入ると、そこにいたのは父上とヴィート公爵。そしてもう一人。――確かハワード公爵、父上の従兄弟にあたる方だったはずだ。

「これはアレクシス殿下。お久しぶりでございます。ご立派になられましたな」
「あ……ああ。久しぶりだ、ハワード公爵」

そんなに会ったことはないはずだが。なぜここにいるのかが分からず、父上に視線を向ける。

「……ハワード公爵。アレクシスに近寄るな」

「国王陛下。それはあまりに狭量というものですぞ」

「そういう問題か! ――アレクシス、こいつが暗殺者を送り込んでいた張本人らしい。本人がたった今、儂にそう告げた」

「……は? ……え? ……ええっ?」

「らしいも何も、もうほとんど容疑は固まっていたでしょう? 後は逮捕するだけ、という段階になっている、と踏んだのですが、違いますか?」

「違わんよ。何だ、それで自首してきたのか?」

「隠し通路を暗殺者に教えましたからね。もし捕まれば、自分までたどり着くのは時間の問題だろうと思っておりましたよ。ですので、成功すればもちろん、失敗してもこれが最後のつもりでした」

驚愕している俺をよそに、二人はどんどん話を進めていく。
――いやいや、なんなんだよ、一体?

「アレクシス殿下、申し訳ございませんでした」
俺が混乱していると、ハワード公爵がそう頭を下げてきた。

「次期王に、アレクシス殿下になって頂きたかった。この国を守るには、それが一番だと、そう思っておりました」

「お前が全部の黒幕だったのかよ!? お前のせいで、どれだけ兄上が苦しんだと思ってるんだ!!」

俺は怒鳴った。拳を思い切り握りしめる。
このまま殴りかかりたいのを、押さえるのが大変だった。

「――そこで、アークバルト殿下の心配ですか。ご自分のことではなく……」
はあ、とため息をついたハワード公爵は、苦笑いだった。

「言い訳をさせてもらうならば、アークバルト殿下の毒殺未遂に関しては、私は関係しておりません。あの三人が勝手にやったことです」

「それを信じろというのか!?」

「まあ、犯罪者の言うことですからな……。信じる信じないは、殿下にお任せいたします」
人を食ったような物言いだ。拳が大きく震える。

「ですが、諦めました。アークバルト殿下を殺すための暗殺者を送り込んで、そのたびにアレクシス殿下が暗殺者と対峙して、危険な目にあっている現状は、本末転倒というものです」

ハワード公爵は、今度は父上を見る。

「アークバルト殿下も、成長するに従い、寝込むことも少なくなってきました。毒殺未遂後からも努力されている姿をよく拝見しております。このままアークバルト殿下が成長されて王位について、アレクシス殿下がそれを補佐するのが、一番理想的な形ではないか、と思うようになりました。
 ――陛下におかれましては、もうあと数年は今の座を維持して下さいませ。その頃には、アークバルト殿下も体丈夫になられているでしょう」

「言われずとも分かっておる。――しばらく、牢屋に入っていてもらうぞ」

兵士達に連れて行かれるハワード公爵を見送った。
そして、拳に力が入っているのを思い出して、ゆっくり緩めていく。

「アレク。これで、戦争急進派も大人しくなるだろう。お前にも辛い思いをさせてしまったな。でも、よく立ち直ってくれた」

「……俺は……バルとユーリが、一緒にいてくれたから……」

「そうだったな。最初に話を聞いたときは、冒険者ギルドに乗り込んで引きずってでも連れて帰る、と本気で考えたんだぞ。だというのに、気がつけば、楽しそうにやっています、なんて報告を聞く毎日だ。……まったく腹が立って仕方がなかったぞ」

「も……申し訳ありません……」

「別に謝らんでいいわ。お前にいい友人ができて、良かったと思っておるよ。――事件は、これで終わりだ、アレク。今後は変な気を遣う必要はないから、もう少しアークに会ってやってくれ。レーナニアと一緒にいるというのに、あの馬鹿者はお前の話しかしておらんらしい」

ずっと黙ったままのヴィート公爵に目を向ければ、苦笑いをしている。

「……しょうがないな、兄上は」

子供の頃、お互いしかいないと思っていた。
でも、今は兄上には婚約者がいて、俺には友人ができた。それぞれに大切なものを見つけた。
それでも、兄上は俺のことを大切に思ってくれているのか。

俺も同じだ。兄上が一番大切だと思う気持ちは変わらないから。

不思議と、気持ちがすっきりしていた。
素直に、兄上と会うのが楽しみだと思えた。
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