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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ
31.泰基②
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午後、希望した通りに治療場所を移してもらうことができた。
「我が儘を言って、申し訳ない」
神官長には謝っておいた。
「父さん! こっちで治療するの?」
「ああ。旅に付いていくのに、何もできないのも問題だろ。見るだけなら治療しながらでもできる」
「――ホントに、父さん付いてくるの? ここにいてもいいのに」
「行くよ。当たり前だろう」
「でも……」
俺にすがるように、何かを言いかけたが、結局はそこで言葉が途切れた。
頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
――そういや、癌が分かってから、頭を撫でることが増えたな。
「ほら、ちゃんと練習してこい」
最後に頭を小突いてやると、「痛いなあ」と言いながら、アレクやバルの所へ向かっていった。
暁斗とバルが向かい合う。
どうやら二人で手合わせをするらしい。
暁斗は、手に真剣を持っていた。
二人の打ち合う様を見て、驚いた。レベルが高すぎる。
暁斗の上達がすごい。
しかし、それ以上にバルが強いのが分かる。
「……こりゃ、本気で足手まといだな」
思わずそうつぶやいてしまう。
どのくらい差があるのか、それすらよく分からない。
「タイキ殿、お久しぶりです」
「あ、お久しぶりです。場所をお借りしてすいません。それと、暁斗がお世話になっています」
声を掛けてきたのは、バルの父親、騎士団長だった。
「いやいや、教え甲斐があって、楽しいですよ。基礎はちゃんとできてっから、そこは楽ですしね」
素直だから教えた事をそのまま吸収するし、負けず嫌いだからできないことをできるまで頑張る。負けず嫌いが過ぎる所はあるが、そこを気をつければ、教える側にとっては教えやすい相手だ。
ただ、と言葉をつなげる。
「一つ、どうしても気になる点があって、アンタに聞いときたかった」
「……何でしょう?」
その時点で想像はついたが、素知らぬふりをして聞き返す。
「アンタ達のいた所でやってる剣は、殺し合いなんぞじゃない、きっちり防具を着けて怪我さえしないようにして、ルールで守られた試合の中で、打ち合いをするんだと聞いた」
「ええ、そうですね」
「その割には、アキト殿は痛みに強すぎる。そんな剣しかやってこなかったんなら、木剣で殴られただけで、痛みで動けなくなってもおかしくねぇだろうに、平然としてる。
……聞いた話とアキト殿の姿が全くかみあわねぇんだよ」
ああ、やっぱり。そういう話か。
そう思ったけれど、知らない振りをして、言葉を返す。
「防具を着けているといっても、全身くまなく覆っているわけじゃないですし、防具の上からでも痛みを感じることはありますよ。
――暁斗は、あれでも俺たちのいた所じゃかなり上位に入る実力者です。痛いから動けない、なんて言っていたら、そんな上位にいけません」
決して嘘ではない。
誰かに言われたら、こう答えようと決めていた答えを返す。
「……ふん。ならいいんですがね。分かってっとは思いますが、俺の息子も旅に同行するんですよ。何か抱えているものが足を引っ張らないように、お願いしますよ」
全くごまかせていないことに、笑ってしまうしかない。
立ち去る騎士団長を見送っていたら、今度は治療をしている神官長と目があった。
――この人の息子も、旅に出るんだよな。
ただ見送る事しかできないこの人たちに比べて、付いていくという選択肢を取れる自分は、まだ幸運かも知れなかった。
ガキィン
剣のぶつかる音が高く響いてそちらを向けば、暁斗とバルが鍔迫り合いになっていた。
暁斗はだいぶ息が乱れているようだが、バルはまだまだ余裕がありそうだ。
ついでに言えば、バルの方が明らかに力がありそうだから、力比べは不利だろう。
――と、暁斗の口先がニッと笑ったのが見えた。
「《水の付与》!」
暁斗が魔法を唱えた。
剣の周りを水が取り囲んだ事で増えた重さに、バルが押され、そのまま暁斗が剣を振り切る。
かろうじて躱したバルだが、姿勢が崩れていた。
そのまま暁斗が追撃をかけようとして……、
「【走鹿駿撃】!」
バルの放った横に切り払う剣技を慌てて剣で防御したが、
「――――!」
暁斗は剣を突きつけられていた。
「そこまで! バルの勝ちだ!」
「負けたー!」
「ついに、剣技を使わせられたな」
地面に寝転ぶ暁斗に、バルがそう声をかけている。
今まで普通に剣を振るうだけで勝てていたのに、と悔しそうにしている。
「魔法を無詠唱で使うっていいな。ああいう場面で使われたら、確かにやっかいだ」
そこにアレクも加わって話を始めた。
「アレクもバルも、やればいいじゃん。簡単だよ?」
「お前と一緒にするな、この規格外」
「やろうとしても欠片もできねぇんだよ。分かったか、この規格外」
「二人して、規格外、規格外って! もうそれやめようよ!」
暁斗の叫びが響きわたった。
暁斗が魔法を使えるようになった日、ついでに言えば、レイズクルスが魔法の指導係から降ろされた日。
魔法を使えるようになった事は喜ばれたが、普通に詠唱すると使えない、無詠唱でなら使える、という話に一同絶句していた。
以来、暁斗は「規格外」と呼ばれ続けていて、ふて腐れていたりする。
俺も、治療を受けながら、魔法についての説明はしてもらったので、この世界に人々にとって、それがどれだけ異常なことなのかは理解できる。
なので、この件に関して、暁斗には「諦めろ」と一言言うだけだった。
――それでますますふて腐れていたが。
「父様、タイキさんも。本当にこっちにいたんですね」
その声が聞こえた方を向けば、神官長の息子、ユーリだった。そして、後ろにはリィカもいた。リィカは、数日前から王宮に泊まっているので、交流が増えてきた。
「ユーリ、どうしましたか?」
「タイキさんの治療が間に合うようなら、一緒に旅に行くという話になっていたでしょう? どうなのかと思いまして」
「ええ、想定よりも早く終了しそうです。行けると思いますが……どうかしたんですか?」
「タイキさんって、水の適性があったんですよね?」
父親と話をしていたと思ったら、今度は俺に話しかけてきた。何なんだ?
「ああ、そう言われたな」
「絶対に回復魔法使えるようになってくださいね。支援魔法に関しては、全くリィカが役に立たないことが分かったので」
は? と思ってリィカを見れば、何やら半泣き状態になっている。
「あれだけ攻撃魔法が使えるのに、なんで支援魔法になると、まったく発動しなくなるんですか。唯一使える《防御》も、詠唱すると発動しない、とか、どこかの規格外の勇者様と同じ事してますし!」
「……そんな事言われても、わたしも何でなのか、分かんないんです」
そうゴニョゴニョと半泣き状態でつぶやかれると、本人の見た目の可愛さも手伝って、無条件で味方をしてしまいたくなる。
実際に、怒っていたユーリも「……うっ」とか呻いたのが聞こえたしな。
一番の問題は、リィカ本人が、自分の見た目がどう周りに見られているかを全く認識していないことだよな。無自覚の男ホイホイは、面倒だよな、と昔を思い返しつつ、思う。
「――何となく話は分かった。確かに回復魔法使える奴は多くいた方がいいもんな」
苦笑しつつ、話を引き継ぐ。
「神官長。今日の治療が終わったら、魔法の練習をしても差し支えないですか?」
「――構いませんが、無理はしないで下さいよ」
何回、この人に無理するなと言われたかなぁ、と思い出そうとして、しょっちゅう言われていたなと思う。年齢40を過ぎてもこれじゃ、どうしようもない、と思っていると、リィカに見つめられている事に気付いた。
「……魔法の練習も、ですけど、治療が終わってすぐに旅に出るって大丈夫ですか? 体力とか色々……大変だと思います」
「大丈夫かどうかじゃない。問題ないようにする。残る気はさらさらないからな」
「……泰基が、それでいいのならいいんですけど……」
泰基と呼ばれ、心臓がドクンとなった。
この子と話すのは、どこか緊張する。
旅への同行が決まったから、と治療中の俺の所に、リィカが挨拶に来た。
それが初対面。
治療中だったため、邪魔にならないように、とお互いに名乗るだけで終わるだけだった。
しかし。
「ご病気なんですよね……。大丈夫ですか?」
そう聞いた彼女の仕草や表情がなぜか、凪沙に、俺の妻に、暁斗の母親に被って見えた。
思わず息を呑んだ俺を不思議そうに見て、「……泰基……?」と小さく首をかしげながら、名前を呼ばれた。
言った彼女は、すぐに呼び捨てで呼んでしまったことを謝罪してきたが、それでいい、と俺が言ったから、そのまま泰基と呼んでくれている。
『泰基、風邪引いたんだって? 大丈夫?』
あれは確か高校生の時だった。修学旅行の前日に風邪を引いて学校を休んだら、凪沙がお見舞いに来た。
心配そうに、凪沙が俺をのぞき込んできた。
『明日の修学旅行、行けないね』
『行くに決まってるだろ。居残りする気なんかさらさらないからな』
『ええ? 大丈夫なの?』
『大丈夫かどうかじゃない。俺が大丈夫にする。だから問題ない』
『何それ。泰基がいいんならいいけど……』
結局、熱が下がらないまま行った俺は、宿でずっと寝てる羽目になったわけだけれど。
リィカと話をしていると、なぜか凪沙を思い出す。
もう会えない、死んでしまった妻を、こんなに思い出すことなんて、なかったのに。
ふと暁斗を見れば、リィカに話しかけている。
暁斗が、リィカと親しげに話をしているのも、意外だった。
日本にいた時の暁斗は、女性に決して近づこうとせず、近寄らせようともしなかった。
それが、死んだ母親に関係していることを知っていたから、俺も何も言わなかった。
それなのに、むしろ暁斗の方から、リィカに近づいていっているように見える。
恋だの愛だの、そんな感じはまったくない。
むしろ、それは後ろから暁斗を睨み付けているアレクの方だろうが……。
恋愛感情じゃないだけに、暁斗にとってのリィカがどんな存在なのか、気になった。
――聞きたい、と思うけれど。
なぜか、それを躊躇う自分もいた。
治療を始めてから10日後。
神官長と二人きりになると、完治しました、と言われた。
ただし、と言われる。
「最初にもお伝えいたしましたが、この病気は『再発』する可能性が非常に高い病気です。五分五分の可能性……ですが、タイキ殿の場合、かなり進行していましたので、さらに可能性は高いと思われます。――どういうわけか、再発すると、魔法で治療ができません。どうか、お身体をお大事にして下さいませ」
確かに、最初に言われた。
今あるものに関しては、全部治せます、と。
「俺も言いましたけど、再発が数年後なら全く構いません。あいつが一人で生きていけるようになるまで生きていられれば、それでもう俺は満足です」
だから、今あるものが治ってくれれば、それで十分だった。
「我が儘を言って、申し訳ない」
神官長には謝っておいた。
「父さん! こっちで治療するの?」
「ああ。旅に付いていくのに、何もできないのも問題だろ。見るだけなら治療しながらでもできる」
「――ホントに、父さん付いてくるの? ここにいてもいいのに」
「行くよ。当たり前だろう」
「でも……」
俺にすがるように、何かを言いかけたが、結局はそこで言葉が途切れた。
頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
――そういや、癌が分かってから、頭を撫でることが増えたな。
「ほら、ちゃんと練習してこい」
最後に頭を小突いてやると、「痛いなあ」と言いながら、アレクやバルの所へ向かっていった。
暁斗とバルが向かい合う。
どうやら二人で手合わせをするらしい。
暁斗は、手に真剣を持っていた。
二人の打ち合う様を見て、驚いた。レベルが高すぎる。
暁斗の上達がすごい。
しかし、それ以上にバルが強いのが分かる。
「……こりゃ、本気で足手まといだな」
思わずそうつぶやいてしまう。
どのくらい差があるのか、それすらよく分からない。
「タイキ殿、お久しぶりです」
「あ、お久しぶりです。場所をお借りしてすいません。それと、暁斗がお世話になっています」
声を掛けてきたのは、バルの父親、騎士団長だった。
「いやいや、教え甲斐があって、楽しいですよ。基礎はちゃんとできてっから、そこは楽ですしね」
素直だから教えた事をそのまま吸収するし、負けず嫌いだからできないことをできるまで頑張る。負けず嫌いが過ぎる所はあるが、そこを気をつければ、教える側にとっては教えやすい相手だ。
ただ、と言葉をつなげる。
「一つ、どうしても気になる点があって、アンタに聞いときたかった」
「……何でしょう?」
その時点で想像はついたが、素知らぬふりをして聞き返す。
「アンタ達のいた所でやってる剣は、殺し合いなんぞじゃない、きっちり防具を着けて怪我さえしないようにして、ルールで守られた試合の中で、打ち合いをするんだと聞いた」
「ええ、そうですね」
「その割には、アキト殿は痛みに強すぎる。そんな剣しかやってこなかったんなら、木剣で殴られただけで、痛みで動けなくなってもおかしくねぇだろうに、平然としてる。
……聞いた話とアキト殿の姿が全くかみあわねぇんだよ」
ああ、やっぱり。そういう話か。
そう思ったけれど、知らない振りをして、言葉を返す。
「防具を着けているといっても、全身くまなく覆っているわけじゃないですし、防具の上からでも痛みを感じることはありますよ。
――暁斗は、あれでも俺たちのいた所じゃかなり上位に入る実力者です。痛いから動けない、なんて言っていたら、そんな上位にいけません」
決して嘘ではない。
誰かに言われたら、こう答えようと決めていた答えを返す。
「……ふん。ならいいんですがね。分かってっとは思いますが、俺の息子も旅に同行するんですよ。何か抱えているものが足を引っ張らないように、お願いしますよ」
全くごまかせていないことに、笑ってしまうしかない。
立ち去る騎士団長を見送っていたら、今度は治療をしている神官長と目があった。
――この人の息子も、旅に出るんだよな。
ただ見送る事しかできないこの人たちに比べて、付いていくという選択肢を取れる自分は、まだ幸運かも知れなかった。
ガキィン
剣のぶつかる音が高く響いてそちらを向けば、暁斗とバルが鍔迫り合いになっていた。
暁斗はだいぶ息が乱れているようだが、バルはまだまだ余裕がありそうだ。
ついでに言えば、バルの方が明らかに力がありそうだから、力比べは不利だろう。
――と、暁斗の口先がニッと笑ったのが見えた。
「《水の付与》!」
暁斗が魔法を唱えた。
剣の周りを水が取り囲んだ事で増えた重さに、バルが押され、そのまま暁斗が剣を振り切る。
かろうじて躱したバルだが、姿勢が崩れていた。
そのまま暁斗が追撃をかけようとして……、
「【走鹿駿撃】!」
バルの放った横に切り払う剣技を慌てて剣で防御したが、
「――――!」
暁斗は剣を突きつけられていた。
「そこまで! バルの勝ちだ!」
「負けたー!」
「ついに、剣技を使わせられたな」
地面に寝転ぶ暁斗に、バルがそう声をかけている。
今まで普通に剣を振るうだけで勝てていたのに、と悔しそうにしている。
「魔法を無詠唱で使うっていいな。ああいう場面で使われたら、確かにやっかいだ」
そこにアレクも加わって話を始めた。
「アレクもバルも、やればいいじゃん。簡単だよ?」
「お前と一緒にするな、この規格外」
「やろうとしても欠片もできねぇんだよ。分かったか、この規格外」
「二人して、規格外、規格外って! もうそれやめようよ!」
暁斗の叫びが響きわたった。
暁斗が魔法を使えるようになった日、ついでに言えば、レイズクルスが魔法の指導係から降ろされた日。
魔法を使えるようになった事は喜ばれたが、普通に詠唱すると使えない、無詠唱でなら使える、という話に一同絶句していた。
以来、暁斗は「規格外」と呼ばれ続けていて、ふて腐れていたりする。
俺も、治療を受けながら、魔法についての説明はしてもらったので、この世界に人々にとって、それがどれだけ異常なことなのかは理解できる。
なので、この件に関して、暁斗には「諦めろ」と一言言うだけだった。
――それでますますふて腐れていたが。
「父様、タイキさんも。本当にこっちにいたんですね」
その声が聞こえた方を向けば、神官長の息子、ユーリだった。そして、後ろにはリィカもいた。リィカは、数日前から王宮に泊まっているので、交流が増えてきた。
「ユーリ、どうしましたか?」
「タイキさんの治療が間に合うようなら、一緒に旅に行くという話になっていたでしょう? どうなのかと思いまして」
「ええ、想定よりも早く終了しそうです。行けると思いますが……どうかしたんですか?」
「タイキさんって、水の適性があったんですよね?」
父親と話をしていたと思ったら、今度は俺に話しかけてきた。何なんだ?
「ああ、そう言われたな」
「絶対に回復魔法使えるようになってくださいね。支援魔法に関しては、全くリィカが役に立たないことが分かったので」
は? と思ってリィカを見れば、何やら半泣き状態になっている。
「あれだけ攻撃魔法が使えるのに、なんで支援魔法になると、まったく発動しなくなるんですか。唯一使える《防御》も、詠唱すると発動しない、とか、どこかの規格外の勇者様と同じ事してますし!」
「……そんな事言われても、わたしも何でなのか、分かんないんです」
そうゴニョゴニョと半泣き状態でつぶやかれると、本人の見た目の可愛さも手伝って、無条件で味方をしてしまいたくなる。
実際に、怒っていたユーリも「……うっ」とか呻いたのが聞こえたしな。
一番の問題は、リィカ本人が、自分の見た目がどう周りに見られているかを全く認識していないことだよな。無自覚の男ホイホイは、面倒だよな、と昔を思い返しつつ、思う。
「――何となく話は分かった。確かに回復魔法使える奴は多くいた方がいいもんな」
苦笑しつつ、話を引き継ぐ。
「神官長。今日の治療が終わったら、魔法の練習をしても差し支えないですか?」
「――構いませんが、無理はしないで下さいよ」
何回、この人に無理するなと言われたかなぁ、と思い出そうとして、しょっちゅう言われていたなと思う。年齢40を過ぎてもこれじゃ、どうしようもない、と思っていると、リィカに見つめられている事に気付いた。
「……魔法の練習も、ですけど、治療が終わってすぐに旅に出るって大丈夫ですか? 体力とか色々……大変だと思います」
「大丈夫かどうかじゃない。問題ないようにする。残る気はさらさらないからな」
「……泰基が、それでいいのならいいんですけど……」
泰基と呼ばれ、心臓がドクンとなった。
この子と話すのは、どこか緊張する。
旅への同行が決まったから、と治療中の俺の所に、リィカが挨拶に来た。
それが初対面。
治療中だったため、邪魔にならないように、とお互いに名乗るだけで終わるだけだった。
しかし。
「ご病気なんですよね……。大丈夫ですか?」
そう聞いた彼女の仕草や表情がなぜか、凪沙に、俺の妻に、暁斗の母親に被って見えた。
思わず息を呑んだ俺を不思議そうに見て、「……泰基……?」と小さく首をかしげながら、名前を呼ばれた。
言った彼女は、すぐに呼び捨てで呼んでしまったことを謝罪してきたが、それでいい、と俺が言ったから、そのまま泰基と呼んでくれている。
『泰基、風邪引いたんだって? 大丈夫?』
あれは確か高校生の時だった。修学旅行の前日に風邪を引いて学校を休んだら、凪沙がお見舞いに来た。
心配そうに、凪沙が俺をのぞき込んできた。
『明日の修学旅行、行けないね』
『行くに決まってるだろ。居残りする気なんかさらさらないからな』
『ええ? 大丈夫なの?』
『大丈夫かどうかじゃない。俺が大丈夫にする。だから問題ない』
『何それ。泰基がいいんならいいけど……』
結局、熱が下がらないまま行った俺は、宿でずっと寝てる羽目になったわけだけれど。
リィカと話をしていると、なぜか凪沙を思い出す。
もう会えない、死んでしまった妻を、こんなに思い出すことなんて、なかったのに。
ふと暁斗を見れば、リィカに話しかけている。
暁斗が、リィカと親しげに話をしているのも、意外だった。
日本にいた時の暁斗は、女性に決して近づこうとせず、近寄らせようともしなかった。
それが、死んだ母親に関係していることを知っていたから、俺も何も言わなかった。
それなのに、むしろ暁斗の方から、リィカに近づいていっているように見える。
恋だの愛だの、そんな感じはまったくない。
むしろ、それは後ろから暁斗を睨み付けているアレクの方だろうが……。
恋愛感情じゃないだけに、暁斗にとってのリィカがどんな存在なのか、気になった。
――聞きたい、と思うけれど。
なぜか、それを躊躇う自分もいた。
治療を始めてから10日後。
神官長と二人きりになると、完治しました、と言われた。
ただし、と言われる。
「最初にもお伝えいたしましたが、この病気は『再発』する可能性が非常に高い病気です。五分五分の可能性……ですが、タイキ殿の場合、かなり進行していましたので、さらに可能性は高いと思われます。――どういうわけか、再発すると、魔法で治療ができません。どうか、お身体をお大事にして下さいませ」
確かに、最初に言われた。
今あるものに関しては、全部治せます、と。
「俺も言いましたけど、再発が数年後なら全く構いません。あいつが一人で生きていけるようになるまで生きていられれば、それでもう俺は満足です」
だから、今あるものが治ってくれれば、それで十分だった。
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